02 気がついたら海の上

「ああ、もう!」


 鉄太郎は頭を掻きむしっていた。

 さくらにカッコイイところを見せたい気持ちはあるが、イキナリの料理は無理だ。

 自分なりに「きょうの料理」のウェブサイトを見たりして、何とかサラダぐらいならできそうだが、しかしそれだけだ。

 買ってきたベビーリーフの詰め合わせに、醤油と酢とオリーブオイルをえたドレッシングをかけるというサラダで、とてもではないがランチの「主役」には向かない。

 あとはこれだけは父に学んで「美味しいね」と言われたコーヒーくらしか無い。


「これで女の子だったらヘルシー志向とかで誤魔化せるけど……」


 鉄太郎はハンバーガー好きで、ハンバーガーショップでアルバイトをするぐらい入れ込んでいる(現に今夜の夕食も、余ったのでもらったハンバーガーだ)。

 そしてそれはクラス中に知れ渡っており、そんな鉄太郎が「サラダオンリー」で済ませていたら、それは変だと思われるだろう。

 このままでは、気になるさくらの提案で、そのさくらの前で大恥をかくことになる……ハッピーエンドなど彼方だ。


「やっぱりメインで何か無いと駄目だなぁ……」


 なげきつつも、宿題はやらなきゃな、と鉄太郎は英語の副読本を出す。

 机上に開いては見たが、ちっとも身が入らない。

 ランチ会のことが気になって仕方ないからだ。

 鉄太郎は頭をきむしる。


「大体……感染症なんか流行はやるからいけないんだよッ! 感染症あれさえなけりゃあ、こんなオンラインでどうこうなんて事態ことにならなかったのに!」


 少年にありがちな、世界への、時代への恨みを口にする鉄太郎。

 そんな彼の目に、つけっぱなしにしていたテレビから、どこかの戦争のニュースが流れる。


「おまけに戦争! 何て世の中だ……」


 こんなんじゃランチ作るどころじゃないよ、という自分への言い訳を考えたが、それがさくらに通じないことぐらいは理解していた。


「何て時代に生まれついたんだろ……」


 ため息をついてから副読本に目を移すと、途端に眠くなってきた。

 こんなことしている場合じゃない。

 その時、オンラインランチ会の予定が明後日になったとのメッセージがスマホに出たが、その時には鉄太郎は眠気に逆らえず、そのまま眠りに落ちていった。











 潮の匂いがする。

 波音が聞こえる。


「う……」


 気がつくと、頬が何か木の板に貼りついている。


「何だ……これ……」


 鉄太郎が薄っすらと目を開けると、何かフローリングのような、そんな感じの細い木の板を組んだ感じの「床」に自分がいるのを発見した。


「海……てことは船?」


 甲板かんぱん、という単語を後で思い出すことになる鉄太郎だが、ふと気がつくと太陽が真上にあり、じりじりと焼け付くような日射が、洒落にならないくらい暑かった。

 とにかく立ち上がらなくては、と上体を持ち上げる。

 その視線の先に。


「Hey! Are you OK? 」


 明らかに外国人とおぼしき老人が、こちらに向かってくるのが見えた。


「え、えっと、ヘルプ! ヘルプ・ミー!」


 英語はそれなりにできる鉄太郎が手を挙げると、老人は小走りに近づいてきて、鉄太郎の手を取った。

 その手の力強さに、思わずうなる。

 感染症下ではためらわれるシェイクハンドだが、今はその力強さが嬉しかった。


「OK, take it easy. OK? And your name? 」


「マ、マイネーム・イズ・テツタロー。テツタロー、ゼンダ」


 鉄太郎は、善田鉄太郎というフルネームの姓と名をどちらが先がいいか悩んだが、とりあえず習ったとおり、名と姓の順で答えた。


「OK! Zenda boy! 」


 ゼンダボーイという言い方が気に入ったらしく、老人は笑った。

 何となく、子ども扱いされたのが気に入らない鉄太郎は、じゃああんたの名は何なんだと聞いた


「My name is...」


 老人はミラーと名乗った(もっと長い名前だったがよく聞き取れなかった)。


 

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