第6記~セハザ《no1》=KISS BLUELAKE On the CHEEK=


 ―――――――その軽装甲車2台は白みかけの空の中、砂の上を音も無く走っていたが、途中でふらふらと進路を変えてグレイズが隠れている、スクラップ置き場へとやってきた。

見張り用のスペースはカモフラージュされていて、誰もいないように見せかけた壁にしか見えないはず、そこに隠れていたグレイズの筈なのだが、その軽装甲車2台は一直線で向かって来た。

そして、フェンスの外側で停まったその車両たちの右扉が急に開き、中から体格の良い短髪の男、軍服の戦闘服の様な格好をした彼と同じような格好の長い髪の女が降りてくる。

その彼らが身に纏っている黒い服にジャケットは見覚えがあった。

だるそうにしてたその女が、おもむろに欠伸をしていたが、顔をこちらへ向けて自分を見た気がしてグレイズはどきりとしたが。

「あの、通報があってきたんですけどー」

えらく軽い口調で女が話しかけてきた。

隠れている筈なのに、グレイズは話しかけられている様子だ・・・とグレイズは・・。

「あのー・・、ここ、ブルーレイクですよね?もしもーし?」

返事が来ない事に何となく堪り兼ねたその女に、目線が完全にこっちを見ているのを・・見ていたグレイズは、・・・スクラップの中で声を張る。

「・・味方、だよな?」

「うっす、味方っす。で、どんな感じすか?」

「・・今、敵が逃げたっつって喜んでいる所だよ」

少々、グレイズの口はぶっきらぼうだったか。

「あ、そうなんすか。どうする?リーダー」

「・・決まってるだろ」

そう言った男は、車の方へと戻っていった。

「ふん・・?あぁ、ありがとねぇ」

女はそう言って多分姿の見えないグレイズに軽く手を振り、男を追って車へ戻っていった。

暫くの間、2台の車は動かず、グレイズの前のフェンス越しに停車したままだった。

1つは白色をベースにしているようなカラーリングで、もう1つは暗い色をベースにしており、どちらもポイントに異なる紋章を付けていた。

その軽車両は1台6人ほど、どう見てもそれ以上は入れないほどの大きさだ。

『―――ざざっ・・どうなっているんだ?こちらからは不審な物は見えない』

グレイズの無線機から応答を求める声が。

「あぁ、いや、まだここにいるが・・」

そう言いかけた直後、車は移動を始めた。

来た時同様に、エンジンの音も無く、タイヤが砂を踏みしめる音だけで、砂漠が広がる方へと2台の軽装甲車は走っていった。

『そこにいるのか?』

「・・あぁ、いや、今、行っちまった」

『はぁ・・?通過したのか?』

『客人方が乗ってきた車に似てなかったか?』

「はぁ・・ああ、そうか、そう。どっかで見たと思ったんだ。そうかもしれない・・・」




ダーナトゥは無線を聞き終え、ミリアを見る。

「どうやら、そうらしい。君たちの仲間のもののようだ」

「はぁ、やっぱり。」

ミリアは少し溜息の様にしてた。

「一足、遅かったようだな」

「そうですねぇ、でもまぁ、後始末、してくれますよ」

にこっと、ミリアはダーナトゥに笑ってみせる。

「後始末・・?それくらいは自分達で」

「いえ。いえいえ、あっちの方、です。」

ミリアが細い人差し指で軽く指差す方向、フェンスの方、いやフェンスの向こう側。

日の光に、砂漠の景色が広がっていく方――――。

ダーナトゥはミリアが何を言いたいのかはよくわからなかった。

「本音は、もう少し早く来て欲しかったんですけどね」

「ん・・、まぁ、それはな」

ダーナトゥは渋い声でそう言うと、終始穏やかな雰囲気を湛えるミリアに重そうな眉を上げて見せ。

「俺もそう思う。」

そう言い残して、そのまま車両の片づけを始めた仲間の所へ歩いていってた。


―――――ふと、ダーナトゥが気付いたのは、空が明るみを取り戻し始めた事と、長い時間が経っていたのだという事を、砂漠の果てに広がりつつある白みを、地平線から色づく光を遠くに眺めていた。

次第に皆がそれに気付き、皆がその白みに目を惹かれ・・・。

砂漠の向こうから白光の輪郭を染め与えいく、日の光は・・・雄大だった。




「―――――ちょっと、どうしたんだい、メレキ、大丈夫かい?」

「どうしたんだいメレキは、ギュレレ?」

身体を揺すられて、ゆっくりと目を開けるメレキは・・・。

「起きた?寝ちゃってたのかい?」

苦笑いでも、心配そうな彼女に。

覗き込むサーナさんの顔が、メレキのぼやけた視界の中に入る。

暗がりの中で、避難していた壕の中で。

「勝ったよ、私たちが勝ったのさ、」

笑顔のサーナさんがいて・・。

そして、メレキは・・一筋の涙が右頬を伝うのを感じた。



 隠れていた人たち、女性や子供や老人たち、彼らが壕から村へ出てきて、朝を迎えた喜びが村の中で溢れていく。

戦いの終わりに歓声と喜びが、戦いを終えた彼らと混ざり合って、今までの辛さの反動が歓喜の大きさに表れているようだった。

重い銃を提げた彼らが声を掛け合い、村には人々の笑顔で溢れていた。

そんな中、村の外では次々に到着してきた車両群が、フェンスの外側を陣取り始めている。

その厳めしい装甲車両の群れは、ドームから遣わされた軍部の治安部隊のものである。

およそ3台の中型車両、2台の大型車両で成っている群れで。

ブルーレイクの住民たちは遠巻きにその光景を目に入れるが、さして気にしていないようだ。

ただ、子供たち数人はその瞳をきらきら輝かせて、あの車両らから降りてくる制服の屈強な人々を見つめていた。

整列して並ぶ黒味がかった車体が、頑丈そうな装甲と塗装と相まって荘厳な印象を覚える。

その内の複数の車体には2種類の紋章エンブレムがそれぞれデザインされている。

1つはリリー・スピアーズ軍部のもの、もう1つはEAUのものだ。

元々、EAU所属のミリアの隊は緊急時の規則が適応され、その車両隊の指揮下に入ることになる。

既に危機は去った筈なのだが、これから事後処理が始まるだろうし、この隊の指揮官が命令を下さなければ、ミリア達は帰れない。

村の入口近くで出迎えたミリアと仲間の3人もそこで、直属の指揮下に入れという小隊長からの説明を早速受け、ミリアは疲れた体で頷いたが。

ガイはともかく、後ろのケイジとかリースなんかはあくびをかみ殺してフラフラしているようだ。

隊長の彼女へ簡潔な報告を済ませた後も、やはり事後処理の手伝いをしろということで。

「次は関係者から確認を取りたい。責任者への案内を・・・」

その最中に無線機から、1つの報せが入ってくる。

『先行隊E-αイーアルファはVパート11・ブルーレイクを襲ったと思われる集団の1つを拘束完了。逮捕へ切り替えた。先行隊αは移送の応援を要請する。』

彼女も指示を止めて無線通信を聞くようだ。

『こちら指揮官のレッカーだ。逮捕者は何名だ?』

『ざっと40名ほどだ。』

『わかった。手配させる。聞いてたな、ゲーラ曹長、移送車1台連れて行ってくれ』

『了解』

大型装甲車の1台を向かわせるようだ。

その報せ、この黒い車両団がここに着いてから、ミリア達が顔を合わせてすぐ指揮下に入る命令を受けた数分後の報せ。

「特務協戦ミリアネァ・C、車両は4台と言ったか?」

「はい。ですが逃走したのは3台のはずです。少なくとも確認したのは・・」

程なくして、移送用の大型車が動き出したのをミリアは横目に少し見ていた。

「1台、中型車両を見たよ」

と、後ろのリースが眠そうにだが教えてくれた。

「つまり、大型3台、中型1台だな?」

「はい。そうなります。」

「確認を取りたい。モレン、聞いてたか?――――」

彼女は耳元の通信機で隊への通信を始めた。

要請で応援に来た彼らの属する部隊はどう見ても中隊規模で、村に駐車しているこの黒い車両団とは別に、まだ先行隊があるようだ。

たぶん、さっき一番最初に見張りの人が見つけたという報告が先行隊の事だったんだろう。

軍部直属のEPFも来てたりするんだろうか。

そういえば、さっきの無線機で先行隊がE-αイーアルファとか言ってたな、と・・。

少し重い頭でミリアはちょっと、ぼうっと考えていた。



 「ご苦労だったな。休んでていい。」

小隊長の彼女はそう言い置いて、部下を連れて車両の群れの方へ戻って行った。

彼女が言った協力は、けっこうすぐ終わらせてくれた。

たぶん、徹夜で戦ったことを配慮してくれたんだと思う。

少しほっとしたミリアはそれから、チームのみんなへ「休んでて」と伝えた後、ふらっと歩いて行った車両の日陰で椅子を借り座っていた。

リリー・スピアーズから来た人たちが動く中に、ブルーレイクの村の人たちが応対していたり、遠巻きにこちらを見ているようなのを・・・。

・・ミリアは、向こうでアシャカさんやダーナトゥさんたちが軍部の彼らに聴取を受けている様子も、少し眺めていた。

現在の状況を聞いたのか、アシャカさんとダーナトゥさんが目を見張った時の表情をミリアは忘れられないと思う。

特に、ダーナトゥさんがあんなにも表情を崩したのを見たのは初めてだったのだから。

たぶん、それは良い報せだ。

逃げた襲撃者たちは目算でも、70名以上はいたはずだ。

それを、軍部の彼らが到着してものの数十分で制圧し拘束していっている。

徹夜で戦ってた私たちからは、安堵のような、そしてCross Handerの彼らは驚きを感じているだろう。

聴取を開始してから、軍部の隊員が携帯端末を操作している。

軍部の大型車両の2台目が動き始めたのが見えていた。

・・テントの日陰で椅子を借り座っていた4人は、それが動くのを目で追っていた。

車両は熱射がたぎる砂漠の方へ走っていくようだ。

「なぁ、あれどこ行くんだ?」

ケイジが聴取を始めようとした軍部の隊員に聞く。

「あれは、拘束したのを取りに行くんだろう」

「はぁ、そうか・・」

ぼぉっとケイジは走行していく車両の後姿を眺めていた。

「なんだ、お前も行きたいのか?」

「・・やだよ、疲れた。」

「だろな。ご苦労さん。お前ら、とんでもない事件に巻き込まれたようだな」

彼はケイジへ、にやっと笑っていた。

ケイジはその笑顔を、眉をひそめた目つき悪く見たが。




 ――――状況は?」

エンジンの音もほぼ聞こえない車両の中で、彼は動く砂漠の景色を見ているが。

「拘束対象は集団に紛れていた模様で、徒歩で砂漠を逃げようとしていたところ、B2部隊が追跡、交戦。足は止めたんですが、現在も激しく抵抗している模様です。」

オペレーターの彼は運転席で携帯端末を操作して、現在の状況を確認している。

「今回のBはショグマンの指揮か。」

「はい。先ほどの報告のアストレイヤー1体に対して、対パーティキュラーズ隊の我々が呼ばれた模様です。」

「あー、何度も言ってるが、うちでは『特能力者』だ。そう言うとまた怒られるぞ。」

「『パーティキュラーズ』のが言いやすいんで。直します。」

悪びれた様子もないそいつだ。

「ショグマンならやろうと思えばやれるんじゃないの?あいつの所にも2、3人活きが良いのがいたじゃねぇか?」

後ろで戦闘用の装備を身に纏ったそいつらが話に入ってくる。

「無傷で捕えたいんだろ。高く評価されて嬉しいねぇ・・」

「ただのアストレイヤーじゃねぇのか?」

「報告ではただのアストレイヤーっすね、でもたぶん、えらく恵まれてるみたいっすね。」

「ほぉん?手こずるほどか?まあどうでもいいか。」

「見えてきました。」

「停めろ。ゲレス、コウディ、行くぞ」

砂を踏みしめ停車した、軽装甲車から出ていく男を先頭に、続いて男1人と女1人が降りて砂を踏んだ。

「相手は1人だ。いつものコンボで行くぞ。」

「了解、」

足を向け小走りに駆けていく。

「もうやっちゃっていいの?味方払いしとかないの?」

「そうだな。ジギー、先行隊に2個煙幕グレネード投げさせてくれ。それを合図に100Mは距離を取らせろ」

『了解。ご武運を』

「祈るほどでもねぇさ』



――――なん、なん、なんんあんんなんんだよっ・・!おまえらあぁあああぁぁぁよおおぉおおぉお!!!!」

『獣の男』の咆哮が砂漠に響く。

彼は独り立ち、仲間たちが無力化され無数に倒れた中で、距離を取って取り囲む兵士たちが今も銃口を突きつけ狙ってきている、その激情を吠えぶつける。

『軍部の制圧部隊だ。大人しく武装解除し、抵抗を・・・』

何度も投降を促す呼びかけを繰り返す拡声器の・・・ひゅっ・・・と何かが飛んできた、その男の厳めしい眼が捉えるそれは手投げのグレネードのなにか・・・、彼は瞬時に大きく跳び、距離を取・・・―――――しゅばふっ・・・っと黒煙が発生して周囲が瞬時に煙が広がった。

男はその黒煙に捕らわれない距離を一瞬で取った、煙が彼に触れることはなかったが・・・それだけで彼の肉体の性能の優秀さはわかる・・・――――。

男の厳めしい眼が、気が付き、向こうを・・そこに立つ、男2人・・毛色の何かが違うそいつらを捉えた・・・――――


充分な距離は取っている彼らは、砂漠迷彩の戦闘服に身を包んでいた。

「おうおう、見事に変形しているな」

「完全に物質模造エグジストタイプですね」

「そう見えるな」

余裕を見せるように会話するその男たちに、獣のような男は、口端から涎を垂らすほどに歪めた顔が、そいつらを睨みつけていて。

「どうだ、コゥディ、か?」

「おかしな動きは無いよ。あいつ、『』だ」

「じゃあ、そのまんまいっていいな」

「『そのまんま』だしな。責任は取らん。」

「おい援護は頼むぞ。」

「念のため、催涙でも投げます?」

「じゃあ・・ちょっと左に投げてくれ」

「いきますよ」

彼が放り投げる催涙弾のグレネードは弧を描き、その軌道を見たその獣の男は、・・弧の中腹に来る前にも逆側に跳んで逃げ距離を置く―――――

着地、する瞬間、―――――空気を切り裂き・・―――遠くから銃弾が目掛けて飛んできた―――――刹那の判断、身体を捻り・・避けたように見えたのはそいつの身体能力の所為か・・・いや、その前だ・・・一瞬で距離を詰めたその男が、目の前に既に突進してきていたのに・・気が付き・・・獣の男は身体を捻る力でそのまま回転して、爪を力強く振るう―――――

・・どんなものでも切り裂く最強の獣の爪が・・・当たらなかった・・奴が避けたのだと気が付いた・・のは、その優れた動体視力のお陰だ―――――。

獣の男は歯を、牙を、ぎりっと噛み締める・・・!・・次の瞬間には、がっ・・・と男が握るナックル-プロテクタがその『アストレイヤー獣の男』の腹に入る、鋭く入ったが、刹那の痛みは無い・・・!獣の男は痛みを感じる前に更に全身に力を入れる!

「きか・・」

きかねぇよっ・・・・!と叫びながら、そのバカでマヌケなクソ野郎の肩口を獣の爪が大きく切り裂く・・・はずだった。

「ガ!?ァッハ!?ッハ!!・・・ッカ!」

全身に鮮烈な痺れが襲う、全身がけいれんを起こし始める・・涎をまき散らして・・・焦げた臭いが鼻をつく・・・――――――


「――――お前を倒すのに、そんな拳は要らねぇよ」

男はその倒れた獣の男だったそいつ、見た目は人間に戻ったようなそいつを見下ろして、拳をぐっぱさせている。

「終わった。スタンで一発で終わりだ。呆気ねぇな」

「こんなもんでしょう。装備も何も無いんだから」

傍に駆けよって来ていた部下の彼がそう言っていた。

その倒れて白目を剥いているその・・獣だった男が、ただの男になっている・・・そいつの髪の毛を掴み、無理やり顔を持ち上げて見た。

完全に気を失っている、汚い顔を至近距離でずっと眺めている趣味は無い。

「ま、『才能ギフト』だけはアリだな・・・」

手を離すとそいつの顔は砂の上に落ちた。

「早く回収させてやれ、火傷じゃすまないぞ」

「隊長が回収してくださいよ。運ぶだけでしょ」

「汚いだろ、変なにおいがする。風呂ぜってぇ入ってねぇだろ」

「ん、こいつ、あばら骨が何本かいってますね・・?」

「なに、俺じゃねぇぞ」

「んー、隊長は手加減できないからなぁ・・」

「おい」

「わかってますよ、元々怪我してたんすかね」

『B隊の指揮官から通信です。繋げますよ』

「ああ。」

『D隊指揮官へ、感謝する。さすがEPFの対特隊だな』

「なんだ新手の皮肉か?」

『ただの感謝さ』

「あんなの手こずらねぇだろ、ショグマン」

『拘束する必要がでてきたんだ。穏便に無力化してくれてありがとう』

「そんなことだろうと思ったよ。」

『それだけだ。』

「おい、回収はそっちでしろよ」

『またあとでな、ガイタス』

通信が切れた、本当に意味のない通信を入れてくる奴だ。

「広報の仕事以外なら、ガイタスさんが一番っすよ」

「殴るぞてめぇ・・・」

部下のそいつの言葉は本当の皮肉だと受け取った指揮官の彼だ、現に部下のそいつはニヤニヤしている。

「それよか、コゥディ。お前は俺に当てようとしたろ」

『当たっても寝ちゃうだけなんだからいいですよぉ』

「お前のその適当な性格が・・」

『あたしが運んであげますよぉお?』

「お前が撃たれやがれ」

『援護しろって言ったの隊長じゃないっすかぁ』

「お前が雑すぎんだよ」

その周囲では指示を受けた兵士たちが動き、その倒れた獣だった男特能力者を拘束し、生存していた敵性戦闘員の武装解除を進めていた――――――。




 「ミリア殿」

呼ばれて歩いていたミリアが振り向くと、そこにはアシャカとダーナトゥが近づいてきていた。

そして、目の前に立つと真っ直ぐに彼らはミリアたちを見つめてきた。

「あなた達は村のために尽力してくれた。とても感謝している。言葉では言い表せない程の感謝をしている。」

ダーナトゥがそう丁寧に。

「いえ、そんな・・」

「まぁ、待て、ダーナ」

「戦士として命を掛けてくれた事、最高の敬意と受け取る。村の総意としての感謝を貴方たちに伝えよう。」

「このごたごたの後で、再度感謝を伝えるがな」

アシャカがミリアに微笑んでみせる。

「つうか、やっぱお前がリーダーみたいだよな。」

ダーナトゥはそのアシャカの言葉に、軽く肩を竦めてみせて口元を緩めた。

「いえ、・・当たり前の事をしただけです・・・。」

ミリアはそう・・・。

「・・何か言いたげだな、ミリア殿は」

アシャカは目を細める。

その目を受けて・・、少し俯くミリアは口を閉じていた。

でも、アシャカもダーナトゥも、ミリアが口を開くまで待っていた。

・・・だから、ミリアは口を開いた。

「――――村の人、5名を、・・・5人が死亡しました。それに重傷者も1人出てます。」

「・・その事か?」

「・・はい、その事です。見張っていた2人、私についてきてくれた4人です。・・・私は・・、」

「ミリア殿」

アシャカがミリアの言葉を遮った。

ダーナトゥは静かに口を開き、落ち着いた声音で言葉を静かに述べ始める。

「覚悟はできている。戦いで死ぬ。それは死んだ者も知っている。覚悟はできている。だが生きて帰れる者もいる、それは奇跡だ。・・奇跡は、生きる事を喜ぶ。生きて帰った者たちを喜ぶ。精一杯。人が死んで泣くのは赤子だけだ。」

「・・・・・・」

見つめるミリアへ、アシャカも口を開く。

「村の子供さえ泣きはしない。死んだのが父親であってもな。泣くなら、笑え。生きて帰った者たちと共にな。・・・ふははは、」

突然笑い出したアシャカにミリアはぴくっと、不思議なものを見る視線を送る。

「すまんな。可笑しくなったんだ。共に戦った戦士に、赤子に教える言葉を伝えたのがな」

「赤子、ですか・・」

「心が赤子に戻る。という言葉もある。」

って、ダーナトゥさんは。

「・・えっと、」

「気を悪くするなよ。したなら謝る。だが、喜ぶ人がいても悲しむ人はいない、この村には。そういう村だ。それを伝えたかった、な、ダーナ」

「そういう事だ」

悲しい事があって、それに泣かない人なんて、いるはずが無い。

けれど、人前では涙を見せずに、笑って乗り越えていく・・・そういうことなのかもしれない。

それに・・・戦士には、敬意を。

それが幼い頃からの、ここの人達の心の奥底から溢れるような力の源である・・・のかもしれない。

アシャカとダーナトゥの穏やかな笑みは、決して大笑いしているわけじゃないから。

ミリアは・・・小さな声が漏れる。

「そう、か・・」

「何か言ったか」

「いえ、・・・その言葉、受け取ります。」

ミリアは微笑むような、はにかむような、穏やかな表情を湛えてみせる。

ダーナトゥは一つ頷く。

「そうか」

「機嫌が直ってなによりだ」

アシャカは笑顔でミリアに応える。

「それでは村の方へ戻る。他のドームから来た方々と色々やる事があるらしいからな」

「はい、お疲れ様です」

「ミリア殿たちもな」

彼らはガイや、ケイジやリースたちも見たようだ。

ガイは敬礼を、ケイジは会釈を返したようになるが、リースは眠い眼をはっと少し開いてた。

悠々と歩いてフェンスの中へ、村へ帰っていく2人を、ミリアは見つめていた。

その後ろ姿は大きくて、堂々としていて――――。




 捕り物から戻ってきたらしい、先ほど動いた軍部の大型車両1台と、異なるカラーリングの軽装甲車2台。

日の下で見れば、片方の白色を基調にした車はミリア達の軽装甲車によく似ている。

その白色軽車両から出てきた中に見知った人間を見つけたケイジは遠いながらも駆け寄った。

「よ、調子どう?」

「お、ケイジか?お前らも来て・・・あ!お前らか!?先に来てたってのは・・・!」

「まあな、昨日の夜から徹夜だぜ」

「はっは、妙なテンションだろ。おつかれ。俺たちもいきなり夜中の招集だからな。かなりびびったわ。まぁ、車ん中で寝てたけどな」

「ぜんぜん楽じゃねぇか。」

「オレは繊細なんだよ。車ん中なんて薬飲んででも熟睡しなきゃいけないんだよ。そんぐらい繊細」

「それ図太いのか?」

「うるせ。でもまぁ、早く仕事が片付いたのは良かったな」

「・・あぁそれ。えーと、けど、なんだ・・?」

ケイジが考え込む素振りを見せる。

「あんだ?モジモジしてんのか?」

「なんだよ。いやまぁ、眠いっちゃ眠い・・。あれだ、なんだっけ・・??グラ・・?アラア・・?みたいな?名前のナチュラル・・」

「ナチュラル・・?あれか?無線で聞いたぞ。軍の方の隊がゲリラを押さえる時にいたって。ナチュラルが。」

「そいつか。どうなったって?」

「恐らくナチュラル1人だけだ。暴れようとしたらしいが、すぐ取り押さえたってさ。」

「はっ、速攻かよ。」

「らしいな。まぁ、軍だしな。えげつない事してでも迅速に・・こんな所じゃまずいか・・」

周囲が軍部の隊員でしか溢れていないのに気付き、口ごもる白いアヒルだ。

「EPFも来てんのか?」

「さあな。特能対策は充分だってんならそうかもな?」

「ふぅん。そうか・・、よろしく言っといてくれ、んじゃな」

「誰にだよ。EPFにかよ」

「ナチュラルに」

「話せるかよ。知り合いか?」

ケイジは肩越しにびしっと指を指してから、後姿を見せて手をわきわきと振りながら去っていった。

「なんだ?」

そのナチュラルと本気で知り合いかよ、と疑問を声に出したかった彼、ラッドだが。

既に行ってしまったケイジの後ろ姿に、その友人は訝しげな表情を向けていた。

あのナチュラルを取り押さえたのはいいけど、軍部が連れ帰ってあいつ生きてられるのかね・・・、と、ある事無い事、色んな噂を聞く軍部のやり方に思いを馳せる。

まあケイジとあいつがどれくらいの知り合いか知らないが。

ぶらぶらと歩き始めた、軍部の奴らが仕事している中を。

とりあえず、集合がかかるまでどうするかね、と考える前に眠気が出てきて、あくびをしていた。




 村の家屋の日陰でパイプ椅子に腰を落ち着けて座っていたケイジが顔を上げると、さらさらとした金髪をそよがせ目を細めたリースの顔が見える。

「・・ねみぃな。」

ケイジがリースへ声をかけたのか、ただ聞こえるような声で呟いただけなのか。

・・そう、リースはケイジを見ながら何気なく、傍の家屋の壁に背中をよっかけ、ケイジと同じ方向、同じ景色を眺める。

そのフェンスの奥の景色は、軍部の団体が駐留している方面とは逆で、騒がしさが無い、―――――ただ風が砂漠の砂を連れて舞い上がるのが見える景色だ。

戦闘の傷跡も少ない、いつか昔の跡だ。

並んだ家屋の形、木と金属のスクラップが混ざり合った見た目、ぼろっちい鉄くず物たちが置かれている。

こんな時なのに、誰かが扉を開けたのか、柵の中では羊たちが闊歩している。

あれ、山羊だっけ?・・・山羊か、メレキが言ってたな・・。

・・・ひなびた光景ってやつだ。

そう数日前から見ていた・・このブルーレイクの本当の風景。

妙に、・・眺めようと思っていた・・・心の中に覚えておきたかったのかもしれない。

・・・ケイジはふと思い出し、呟く。

「・・リース」

言葉遊びのように。

発音のどこか違う・・いつもと違ったような『リース』と呼ぶ響きに、リースは何気なく間を置いて・・・。

それから、応える。

「呼んだ?」

「ぁあ・・。・・・またやったってな・・?」

「・・あぁ、その話・・・」

思い当たるリースは、こういう所を、・・ケイジのこういう所をまだよく理解できずにいる。

無言で、腕を胸の前で組んだリースは簡潔に応える。

「そういう作戦」

「・・そりゃ、わかってる、けど、な」

いつまで経っても、ケイジが納得する事なんて無いと思う。

「僕が、やるなら、ああなる。・・ケイジみたいに速くて、力で倒して、とか・・、僕はそんな事できない。僕がやるならこうやるしかない」

「・・標的は必ず殺すか?」

「・・・始末しないとね。」

リースが感情的になることは滅多に無いが、表情でなく、変わらない口調でのリースの指摘・意見でわかるものは、ある。

今は、微かだけれど、リースがむっとしたらしいのをケイジは少し感じた。

「・・・」

リースは眼を閉じる。

ただ、地面をじりじりと焼く太陽の光が、ケイジにだって眩しい。

「・・ただ、僕の能力がこういう事でしか生かせないっていうのは、僕自身も知ってる」

「ああ。お前、俺よりもずっと強いしな」

「・・それは、・・・」

リースは瞳を開けた。

両目の碧眼が地面の砂を見ているが、言いかけた続きを言わない。

「ん?」

ケイジの催促。

「だってお前、ずっと俺が勝ててねぇじゃん。」

「・・ま、そうだけど。」

リースはそう言って、何か言おうとした言葉を押さえ込む。

「はっきり認めんなよ、」

ケイジは呟くように告げる。

リースがちらりと見る・・・ケイジはずっと遠くを、遠くの景色を見ていた。

「・・事実でしょ?」

リースもそう呟き、遠くの景色に目を移す。

その呟きがケイジの耳に届いたかわからないが。

村人たちの喜び溢れる姿が1人、また1人と、彼らの眺めていた景色にまで入ってくるようになっていて。

笑って何か話している・・・親子か、父親と息子・・・。

「まぁな・・・」

それが在る風景を眺めていた。

2人の間に続く言葉は無く・・・話した内容さえ・・まどろみと、砂漠の微風に溶け消えていく――――。




 「――――ケイジさん!」

少女の声が聞こえた・・・。

「んぁ?・・メレキか」

ケイジは・・・まどろみの中から戻ったようだった。

砂漠をぼうっと見ていて、きっと徹夜した所為だ。

「探しました!あっちの黒い車の人達の中にもいなかったし、聞いてみても教えてくれないし、皆さんもう帰っちゃったんじゃないかって思って・・」

「ん、お、おう・・」

なぜかテンションの高いメレキだ、その勢いにケイジは少し押されてる。

「でも、皆がこの辺で見たって教えてくれて、やっと見つけられたんですから!」

息継ぎの為に、ようやく言葉を途切れさせたメレキで。

「おう・・、えーと・・、何か用だった?」

「皆さんにお礼が言いたかったんですっ!!」

「・・あ、ああ、」

「・・?なんですか?」

「いや・・なんか」

一瞬の剣幕が凄かったからとは言えない。

「本当にっありがとうございましたっ!皆さんがあんなに頑張ってくれたから、ブルーレイクは無事だったんだと思います!・・死んじゃった人もいるけど、仕方ないと思います。ケイジさんじゃなければ、絶対に・・あの・・・」

「・・ん?」

ケイジが怪訝そうにしたから、メレキは少し慌てていた。

「夢見るんです、いつも見ちゃう夢みたいの。」

「夢?」

「隠れてる中で、私寝ちゃったんです。その時、夢で・・ケイジさんたちが戦ってて・・・」

「・・夢見んのか。」

「・・・はい、そうです。」

「・・よく寝れんのな。はははっ」

「べ、別に眠いからじゃないですよ・・っ」

「ん、違うのか?」

「・・ふっ、と、気がついたら、眠っちゃってたみたい・・」

「ぷっははは、同じようなもんだろ」

「う~~~~」

少し顔を赤くしてむくれるメレキを見て、笑う。

それを見て更にむくれるメレキだが、それを見るケイジはやはり嬉しそうに笑ってた。

だから、メレキが諦めたように身体から力を抜いて、一息、吐いてた。

良い言葉は探せなかったらしい。

「そんな意地悪だとは知りませんでした」

で、またむくれた。

別に、意地悪していた気は無いのだが。

「そうか?わりぃな」

「・・う、うん。・・あ、他の皆さんはどこに?」

「他の?ミリアとか?」

「そうです。」

ふとケイジが横を見ても、さっきまでいた筈のリースがいなくなっている。

「あれ・・?」

「はい?」

「いや、」

ふらっとどっかに消えるのはリースのいつもの得意技だ。

そうか、リースはいなくなってたか・・・。

「何か用事?」

「はい!皆さんにもお礼を言おうと思って」

「ん、そうだな・・ちょっと無線使ってみるかね」

「え、いいんですか?」

「ん?いいけど・・ちょっと待ってくれよ」

「はい・・・!」

「おーい、誰か、応答してくれ」

『どうしたの?』

「ミリアか?いる場所どこだ?」

『今?今は、ラクレナイの中よ。あ、そろそろ用が終ったから私達は帰れるって』

「お、早いな」

『EAUの方からも言ってくれたみたい。だから、調整するし、戻ってきて?』

「了解、あ、そこにリースとガイもいる?」

『ガイはいるよ、リースは・・・?』

『・・呼んだ?』

「リースか、今何処にいる」

『・・散歩してる』

「散歩ってどこ」

『さぁ?』

「なんでだよ・・・。まぁいいか、そろそろ戻れよ、聞いてたろ」

『聞いてた、問題ないよ』

「どうでした?」

眼をきらきらさせて尋ねてくるメレキだ。

そういや、連絡とったのはこっちが目的だった。

「俺たちが乗ってきた車にいるってさ」

さっき『ラクレナイ』とミリアが言ってたが、確か前にミリアがつけた名前だ。

以前、車にもニックネーム付けるか、って話になって結局ミリアの案に決まった。

まあ、たまにその名前は使ってる。

「車ですか?もう帰っちゃうとか!?」

「まぁ、そろそろだって言って・・」

「あああ・・、早くしないと皆行っちゃう!私、走っていきます!」

「あ、ああ・・」

既に走り始めたメレキの背中に何とか頷いてみせる。

元気でいて、妙に迫力というか雰囲気?気勢で圧す子である。

ていうか、無線使えば良かったんじゃねぇかな、って思ったが。

それに、俺がここにいるからまだ出発しないだろう、とその慌てて駆けていく後ろ姿を・・・見送るケイジだ。

そんなぱたぱたと駆けていく後ろ姿を見ていると、少し微笑める。

なんか、不思議な子だ。

あれが、純真無垢な子ってやつなんだろうなぁ、とケイジは思いつつ。

ケイジは立ち上がり、寝そうになってた身体を、『うーっ』と伸ばす。

そして、歩き出してのんびり帰るのだった。


つうか、歩いてると村中の人達がこっちを見てくる。

少し居心地が悪かったが、傍でこっちを見ていた子供が声を掛けてくる。

『ありがとうね』って。

『ありがとー』って。

ケイジは苦笑いしながら、頭の後ろをぽりぽりと掻いてしまう。

「・・なんか・・むずむずすんな・・・」

そう1人で呟いてた。




 「―――でもですね、大切なお客様をお見送りする時は、皆で丁重にしないといけないって」

「でも帰投命令出ちゃってるしなぁ・・さっき、挨拶はしたから、伝えといてくれないかな?メレキが代表ってことで」

お家の軒先の日陰の中で、メレキが足止めしたがってるのを、ミリアはちょっと困ってたけど。

「私がですか?」

「うん、色々お持て成しもしてくれてありがとう、って。ちゃんと挨拶できないのは悪いなって思うけど」

ガイやリース達も、そこの日陰でのんびりしている。

お持て成ししてくれるのはありがたいけど、ずっと長居していたらたぶん、警備部から新しい仕事を割り振られそうなので、それだけは遠慮したい。

それに、軽く汚れを流したとはいえ、早くちゃんと身体を洗いたい。

血の臭いもまだ残っている気がする・・・。

「いえ、悪いなんて。それは、大丈夫です。お父さんや、アシャカさんや、皆感謝してるし、みんなにも言っておきます」

「ありがとうね、メレキ。あ、これ、返しといてくれるかな、アシャカさんに」

ミリアは前に手渡された黒くてごつい無線機をメレキに手渡す。

「はい!」

返し忘れてたそれを受け取ったメレキは、ずしっと少し重たそうに両手で受け取った。

「よ、」

歩いて戻ってきたケイジが、メレキとミリアたちに声を掛けた。

メレキは振り返って、ケイジにはにかむような、でもそれから真剣な眼差しを見せた。

「・・あの」

「?」

「あのね、いつか、私もドームに行ってみたいって、思うんです」

「ドームに?」

「うん、いつか。・・その、見に行くだけじゃなくて、・・ううん、行きたいんです、きっと」

「・・そうか、行けるといいな」

「はい!・・でね、もし行けたら、訪ねていってもいいですか?皆さんのとこ」

訪ねると・・・。

「・・訪ねるね」

「・・・無理ですか?」

「いや、そういうわけじゃないんだが・・」

「リプクマを訪ねればいいんじゃないか?」

ガイが後ろから声を掛ける。

「そうか?」

「総合病院やってるし、いいかもね」

ミリアも賛成のようだ。

実際、リプクマは政府が支援する総合病院としてもリリー・スピアーズの社会に貢献している。

けれど、複雑にシステム化する一方、プライバシーは軽々と教えられない部分もあるらしく、EAUでは規則もあり許可も必要だろう。

一応、ケイジ達もリプクマのスタッフのような扱いにはなっているらしいが。

「どういうことですか?」

「ん-とな、」

「ちょっと正確じゃないけど、私たちには私たちのお家が無いの」

「気軽に会えるような、な?」

「そうなんですか・・?」

「うーん・・、よっしゃこうしよう。そのリプクマっていう所はドームで調べればすぐに場所がわかる。もし、それでも会えないなら、この番号に連絡してくれ」

「番号?連絡?」

「ん?アドレス、」

「あ、はい。知ってます。使ったことないけど」

「なに!?」

「・・すいません」

「ケイジ、怖がらせてる」

「あぁ・・、わりぃ。ここじゃ必要がないもんか。」

「ドームに知り合いがいなけりゃ、使わないだろうね」

「よし、じゃあ、それも調べろ」

「えぇ」

ミリアが驚いたような。

「ドームじゃみんな使ってるぞ。他にも面白いもんいっぱいあるしな。美味いメシとか、スタジアムとか、ゲームとか、他になんかあるか?」

「なんだろう?」

「女の子なら可愛い服とか、お菓子のお店とか」

って、ガイが。

「それだな。目に入った店から片っ端に入るといいぞ。面白そうだろ」

「えぇっと、・・よくわかりません・・・」

って、メレキは言ってたけど。

「だろうな。」

にっとケイジは、許容範囲を超えたのか頭を抑えているメレキに笑ってみせる。

「俺もよくわからんし」

って。

「適当に教えてんじゃないって」

ミリアがケイジに言っといてた。

「ま、わからないんだから、楽しんでいこうぜ」

「あ、はい!」

ミリアはケイジを呆れた目で見ているけども。

「あ、っていうか、携帯持ってる?」

「あ、その、ないです。」

「ああやっぱり、そっか。」

「携帯ないのか、つらいな。」

「あ、暗記します」

「紙とかボードがあれば・・」

「取ってきます!」

って、メレキが凄い急いであっちのお家に飛び込んでいった。

知り合いのお家に頼むんだろう。

「携帯ねぇのか・・・」

ケイジが呟いてた。

「この辺だと守秘義務があるからね。カメラ・通信とかで情報漏洩する可能性があるのは無理なんでしょうね。」

「そっか。携帯が無いなんて・・・暇でヤバそうだな」

「だな」

ガイもにっと笑ってた。

「友達とかは多そうだけどね」

ミリアはそう、村の景色に目を細めてた。

「じゃあ、車を回してこよう」

ガイがそう言って、立ち上がっていた。




「――――書いたのってケイジのプライベートのアドレスでしょ?」

「ん、そうだぞ」

「ふっふ、じゃ私も渡しとこ。メールしてね」

「あんだよ、それは」

「久しぶりの再会、果たしてどっちが先か、ふふっ。ガイたちも渡す?」

「俺の?いるのか?」

「あ、はい!」

「なに?出し渋るつもり?」

「はは、いや、俺のは欲しがらないんじゃないかと思ってな」

「いります!」

「ははは、今書くよ」

「リースは?」

「僕?」

「そっ」

軽装甲車のドアを開けっぱなしの、メレキが中の日陰で覗きながら笑ってる。

リースがミリアをぼーっと見つめる妙な間の後、それから端末を自分のバッグから取り出した。

「番号覚えてないのね」

ミリアがリースの様子を見守りながら悟ってた。

そんな風に、メレキと一緒にのんびり話してた。

周囲の軍部や警備の彼らの目も、何となく引いていていたようだったけど。

たしかに、ちょっと珍しい光景かもしれなかった。

物々しい事後処理が行われている村の中で、そんな少し楽しそうなお喋りたちは。


「――――ほいよ、記念だ。お前ら抜け駆けすんなよ?」

「ふふん、どうだか」

「おいおい」

「あ、ありがとうございます」

喜ぶメレキに、ガイは歯を見せて微笑んでみせる。

「失くすなよ」

「はい!」

そんなメレキを見てるガイもにこにこで、微笑ましそうだ。

「えーと・・」

そんなガイの横では、未だ端末とにらめっこしているリース。

「リース・・、もしかして自分の番号わからないんじゃ・・」

ミリアが聞いて見てた。

「・・んん、普段使わなくて」

「探してあげようか?」

「いい?よろしく」

「ねぇねぇ、ケイジさん、あれも携帯?」

「あれ?あれも携帯端末、俺の触ってみるか?」

「いいんですか?」

「ああ。」

ヒュィン、ヒュィンと、パネルタッチで画面を動かしているミリアの手馴れた手つきだ。

「リースって、一応、情報技術系も分野だよね」

「まあね。でもこれは違う。」

「あはは、はいこれ」

「ありがとう」

「ケイジ、」

「回線が重かったりで繋がらないとかも・・・」

ケイジの薀蓄をメレキがふんふんと聞いているが、あまり理解して無いだろうなと。

ミリアはその2人の様子を眺めてる、なんだかほんわかした光景だ。

「ケイジが偉そうだ。」

ミリアが悪戯げににやっとしてた。

「うっせ」

気が付いたケイジが照れたようだ。

「書いた」

「ほら、リースの終わったよ」

「はい、これ」

「ありがとうございます!」

リースは一つ頷いて見せて、奥に引っ込む。

「なんか、難しい事多すぎで、私の頭、混乱してます・・」

「こういうもんが溢れてるからな、注意しろよ、ドームでは」

「はいー・・」

ほんわかなメレキに得意げなケイジの様子だ。

「なに教えてたの」

「電車の乗り方」

「あー・・・。別に、ドームは危なくないんだから、構えなくても大丈夫だよ。あ、車にだけは気をつけて」

「くるま・・くるまですね。くるまなら避けれます。大丈夫です、はい」

「そういう意味と、ちょっと違うんだけど・・」

ミリアはちょっと、微笑んでた。

確かに、とケイジは、メレキなら車に轢かれる可能性もありそうだ、と思って頷く。

「ドームの事全く知らないのか?」

「ちょっとは知ってます。でも端末が村に3個しかなくて。」

「みんなでそれ使ってるのか?」

「はい。」

「なるほどな。」

ケイジがいろいろ納得したみたいだった。

「さて、と。これで4人渡したね」

ミリアはそれから・・・。

「・・そろそろ行くか」

ガイがエンジンをかける。

「話し残した事、無いな?」

「・・・それじゃね、ドームに来たら連絡してよ?また会いましょ」

メレキは『はいっ』と元気よく返事する。 

リースは無表情で、ぱたぱたと小さく手を振る。

メレキも、手を同じように振る。

「じゃな、元気でいろよ」

ケイジはメレキににっと笑ってみせる。

だがすぐに何かに気付いたように。

「あ、頑張れよ、か」

そう言ってケイジは、目を細める。

メレキは睫毛を震わせて、綺麗な目を細めた。

とても印象的な微笑みだった。

別れの寂しさや、悲しみも、きっといつかまた会える日まで、そんな想いの、とても優しい笑みなんだろう。

「もう行こうぜ、ドア閉めろー」

ガイが運転席から振り向いて言う。

ケイジが気が付き、扉を閉める・・その前に。

「・・コァン・テャルノ(精霊が宿るもの)、」

呟き・・メレキの声、微かに聞こえたケイジが、ミリアが、顔を上げて。

見る彼女の姿は笑顔で、閉まるドアに途切れた。



 ――――閉じれば、熱い日差し、車体から照り返る太陽の光を受けるメレキからは、車の中は見えなくなる。

窓が透明じゃないから。

「・・あれ、何で」

ぐしゅっと、鼻を鳴らして、瞼の裏が熱くなるのを感じる。

車の中のケイジは、窓を開けたかったが、生憎、開かない仕様の車。

ミリアも、それからガイも黙って、メレキを見ていた。

「・・あれ、なんて言ったんだ?」

ケイジが独り言のように呟く。

「『コァン・テャルノ』・・・、精霊が宿る、って意味、」

ミリアが言い直す、あの村で過ごした間、何度か聞いた言葉だ。

「・・挨拶かな?」」

そう考えれば、あのときの事もちょっと合点が行く・・・かもしれない・・、この村で最初に出会った若者たちのときにも、『コァン・テャルノ』・・・あれは驚いた、って意味か。

ジョッサさんが言ってた。

でも、お別れの挨拶も、『コァン・テャルノ』。

よくわからないな、とミリアはちょっと小首を傾げる、重くなってきた瞼で。

コァン・テャルノ・・・自然と、耳に残る様な言葉だ・・――――。


ケイジにはわかってる、目を細めて微笑むメレキには車内は見えていない。

けれど、4人に向かって微笑んだのを見た時、何とも言えない寂しさを感じた。

メレキを直視するから変な感じなのかと、視線が落ちる。

けれど、再びメレキを見つめる。

メレキの寂しげな、微笑。

軽装甲車の小さめながらも、ごつい車体が砂を踏みしめる音と共に動き始めた時。

メレキの長い睫毛の瞬き、不意に頬を伝う大粒の涙が流れた。

黒色の吸い込まれそうに深い、深い瞳の奥、輝きが綺麗だと、ケイジは感じる。

車はすぐに速度に乗っていき、ブルーレイクの整ってない境界を離れ、焼けて乾ききった砂漠へと走り出していた。

メレキが、みんなが書き込んだボードを胸に抱えて、涙を拭い、慌てて手を振る様子は。

すぐに小さくなって見えなくなった。




――――その少女が、メレキに・・微笑みかける。

「あんな事まで言わなくて良かったのに・・」

メレキはそう、彼女の控えめな声を聞いた。

彼女はそんな風に、恥ずかしがり屋だから。

メレキは涙を、手で拭った。

「恥ずかしかった?」

「・・・わかんない。」

そんなこと言って、恥ずかしがりの彼女は頬をちょっと膨らませたようだ。

意地悪をしたつもりはないんだけれど、メレキは笑ってしまう。

「でも、友達になれたよ」

って、メレキが笑うから。

眩しく笑うから。

「あなたの言葉は私の言葉よ。あなたが望むなら、私はあなたの手でも足でも声でも太陽まで届けるの」

そんなことをメレキが言って。

だから、2人は、ふふっ、って微笑んで、笑って。

メレキは、そんな彼女の優しい表情が大好きだ。

・・少女が、そんな優しい表情で、小さな口から息を深く胸に吸い込んでいた。


――――――

精霊が宿りしコァン・テャルナ我らの祖の大地よルマ カリワ厳しい試練をゲラカムテ耐え抜くグマリヴェア血潮のネダナン流れのいくままにランカトゥアナ、』


―――彼女の捧げ歌を、メレキは・・・優しい声を重ねて。


精霊宿りしコァン・テャルナ土が生命の土を蓄えるカリオボメノトゥア土は植物を呼びカリカラヴェ風を呼びコヌコロヴォ水を呼びフォルフォロヴェ紅き太陽は精霊を呼ぶテャクロットゥコァンヴォ


―――――子供たちが気が付き、嬉しそうに笑って、言葉を一緒に捧げ始めて、気が付いていく、・・覚えたての子はつまずきながらも、頑張って歌を紡いで。


我らはルマ祖の大地と精霊とカリウェコァン清純な水とチョプファフォが共に成るルンクリルマ。打ち果てることのない我ケコルリンダモミルマらの祖、我らはルマその子供でありますノリアントフ


――――いつの間にか歌っている子供たちに、大人たちも次第に、相好を崩して、笑って、大きな声を重ねていって。


精霊を宿すものミクロコノンに手を添えましょうコァン・テャルノ我らは子供たちルマ アントフ精霊在りし日はオク コァン我らの記憶にデヒヴェ ルマ刻まれているキュゥァコァメン


―――作業をしていた軍服の彼らも、警備の彼らも、手を止めて顔を上げていた。

「なんだ?全員なにか始めてるぞ、歌ってるのか?」

『ザザッ・・祈りの言葉みたいだな、全員、決して邪魔はするなよ、命令だ』

全チャンネルに向けた無線からの声も聞こえた。

遥かなブルーレイクの彼らが精霊に捧げる言葉を見つめ、耳を傾けて。

その村の伝統的でいて、荘厳な光景を。

「神様に祈ってるんだろうな」

「・・かもな」

警備の彼らも、銃を脇に抱え見守り続ける―――――


―――ダーナトゥが見つめている先をアシャカは気が付き、村を・・太陽の光に、鮮烈な光に包まれるその光景を、・・・わずかに目を細める。


――――彼らの大地へ、精霊へ捧ぐ唄は染み渡る。



精霊が宿りしコァン・テャルナ日々をデヴェ忘れなきようにルォノメニタン 子供たちよオ アントウ――――』



*********



 ――――砂漠の上を走る車内は無言。

別に、別れの悲しみで皆口がきけないと言うわけじゃない。

ガイは帰るために進行方向への視線を固定しながら運転しているし、ミリアは前の背もたれによりかかってぼーっとしているだけだし、リースもケイジもいつものように、だらけて頬杖をついて外の景色を見ているだけ。

ただ、一仕事が終ったと、いつもの倦怠感があって・・・、まぁ今回はより一層かもしれないが、疲労感というそれを感じているだけなのだから。

毎回、この帰り道というものは、とても、とても、だるい。

無事、ドームへと帰ったなら、安眠できる自分の部屋が待っているというのに。

「戻ったら休暇もらえるのかね?」

前触れ無く、ガイが口を開いた。

「休暇・・?あぁ、パトロール終ったら本当は2日、休暇だったっけ」

ミリアはガイの言葉に応える。

「そうそう、なのに・・4日か、時間外労働延長もいい所だな」

「もらえるとは思うけど、休暇、でも、結構ブルーレイクでものんびりしていたしなぁ」

「それはそれ、これはこれ、だな」

「今日なんかやべぇだろ・・?」

「ふふ、そうね」

「2日ねぇ・・、もらえたらいいな。ふあぁぁ・・・・・・」

ケイジは大きく口を開けて窓の外へと欠伸をしてみせる。

「・・とりあえず、寝るわ」

そう言ってすぐに、ケイジはシートに深々とよっかかり、目を閉じた。

「ん、おやすみ」

すっかり寝入る格好のケイジを見届けたミリアは反対側の座席に座るリースを見る。

相変わらずぼぉっと外の景色を見ているが、実は眠たくてしょうがないんじゃないかと勘繰りを入れる。

心なし、そんな事を思っていると、リースの目がしょぼしょぼしている様にも見えてきた。

「リース、眠い?」

「・・そう見える?」

「ちょっとね」

「・・少し寝るよ」

「はい、おやすみぃ」

ぼすっとシートに、窓の方を向いたまま、倒れるように左肩を預けて、ジャケットを深く被るように、リースは目を閉じた。

「ミリア、お前も寝ていいぞ」

「ん・・、寝るとき起こしてね、ガイ」

「起きた奴にやらせるよ」

「ん、それが、楽か」

ミリアは背中をシートに預けて、目を閉じた。

閉じた瞬間に、眠気に吸い込まれていくようで、すぐに意識が朦朧としていくのが、わかる・・。

「・・おやすみぃ」

そう言ってすぐにミリアは睡魔に、安寧の深くに連れ去られる。

『あいよ』という、ガイの返事が聞こえたような、聞こえなかったような。

・・頭の中の反芻の・・・記憶が・・今までが・・・確認しようとしても、・・・億劫で、・・・・どうでもい・・、かぁ・・・。


――――欠伸を1つしたガイは、置いてあったソフトキャンディをケースから1つ取り出し、口に入れ甘さを噛み始める。

フロントガラスから見える景色は、今日の太陽がいつに無く、眩しく反射している気がした。

砂漠が広がるこの景色を1台の、灰色の軽装甲車が一直線に走っていく。

一定のリズムに低い音を出すエンジン音はいささか暢気のんきな陽気で、車内の彼らには、揺りかごのように心地良さを与えてるんだろう。

黄色の砂、それに茹で上がる蜃気楼さえ見える砂景色の中では、今日も焼けそうに強烈な日差しが晴天から降り注がれ、雲ひとつ無い快晴の空に燦燦さんさんと輝く熱気の塊である白い太陽がある。

高く高く、在るその白熱の太陽はもうそろそろで、お昼時を示す頃だった。


車体が揺れて、ソフトキャンディのケースが床へ落ちて。

床の上からケースが見上げてくるのを、ガイは見下ろし・・少しめんどくさげに、大きなあくびをしてから、手を伸ばしてきた―――――



-KISS BLUELAKE On the CHEEK - fin.

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