第5記~セハザ《no1》=KISS BLUELAKE On the CHEEK=
――――助けて・・・助けて・・・!・・――――――絶叫に囲まれてた――――――家屋が連なる数多の場所から怒り狂う火が噴き出し、
―――――泣き声・・・小さな子供の泣き声が・・火に巻き込まれた村の中で・・・火を寄せ付けないために泣き叫ぶ―――――――火は全てを喰らい尽くす―――――家が、紅く燃え上がり――――――あそこも、もうダメだ・・・』――――悲鳴が――――私のこめかみに・・・硬い・・黒い金属の・・・拳銃が突きつけられる・・・黒い人影が・・無機質な目で私を見据えていた―――――だから私は、口を閉じる―――――息を呑むように――――涙を飲み込んでみせ・・・――――目の前の涙で濡れた光景の中で、2人に、火が付く・・・一瞬で燃え上がった―――――なんでぇ・・っ・・?・・!・・・』―――――
『―――ウソツキ・・・・ぃっ・・!』
――――『黙っていろ』―――――――耳の奥が低い男の声に
どくん・・・っ・・と強い衝撃・・目を開く・・・・・鼓動・・・自分の・・・強い鼓動を・・・感じて・・・暗闇の中で・・・、ここは・・・、暗闇の・・・部屋・・小屋の中・・・眠る前と同じ・・・。
―――――何も変化はない―――――
―――私は、汗だくで・・・静かな・・暗闇の中で・・・薄い壁の、外の、人の気配は・・村で準備する人たちのものか・・・呼吸を繰り返していた・・・その耳に届いていた、・・私の息の音と、強い血の音が――――――。
――――なんか、嫌な夢を見ていた気がする。
思い出せない夢・・・、汗・・・思ったよりもそんなに掻いていない・・。
ミリアは・・・ぼうっとする頭で・・というより、なんかぐちゃぐちゃしているような。
・・・1つだけ深く息を吸って・・吐いていた。
部屋の外が明るくなってきている。
もう、朝だ・・・――――近づいている―――――――――。
滞在4日目に入っても、敵の襲来は無かったようだ。
夜の内に何かがあれば、この村を守るCross Handerがミリア達に連絡を入れるはずだ。
朝の支度をいつもより手短に終えたミリア達4人は、少し迷ったが一応プロテクタなどの戦闘用の装備を身に着け、それから村の様子を見て回ってみていた。
村のどこも欠けていないし崩れていない、騒ぎもないようだ。
村の入口は昨日の内にバリケードで封鎖されたままで、本格的に村全体が厳戒態勢に入っている。
でもそれ以外は、特に異変は無いようだった。
その辺に屯していた人たちや、すれ違う人たちに挨拶がてら話しかけても、気の良い挨拶をする人もいるし、異常はないと返ってくるだけだ。
というか、遠巻きにこちらを見てくる彼らの態度を見ていると、自分たちはまだ少し警戒されているみたいで。
理由はたぶん、私たちが村を歩くこの身に着けた装備が、物々しいものに変わったからかもしれない。
それを言えば、村の様子も物々しく変わっているんだけれど。
村で銃を携行している人も増えたし、行き交う人々の笑顔にふと何処と無く翳りが見える気がする。
昨日のアシャカさんがした宣告の影響、村は2、3日前とは明らかに違う。
彼らにとっては生活に影響し始めて、戦いが現実味が帯び始めているんだと思う。
程なくして、無線機からの連絡に少し警戒したけど、ジョッサさんから朝食のお誘いを頂いて。
ケイジやリース、ガイたちはお腹を空かせていたのか、少し表情が和らいでいた。
そんな風に村長の所でいつものように、というか前日のように質素になったけど充分な朝食を頂いた後、マダック村長らから案内したいという申し出があった。
大体の場所は自分たちの足で歩いたと思っていたが、マダック村長に連れられて村長宅の裏手の崖の麓へ歩いていくと、目立たない位置に洞穴が1つあった。
入り口は目立たない自然なガラクタが少し置かれていた程度だったが、目立たない色の扉が備え付けられていて、・・・少し警戒しつつ、ミリア達もそこへ1人ずつ覗き込むように入っていくと、洞穴の奥には何かの、・・・人が集まってきている気配と様子があった。
広場には照明が点いていて、かなり広いスペースがあるとわかる。
岩壁の
「遺跡か・・?」
ケイジが周囲を少し
昔の建造物を、一部かもしれないけど再利用しているんだと思う。
そこへ村の人たちが多く集まり、今も物資など荷物が集められている様子も見える。
「避難場所か・・」
ガイが呟いていた。
昨日、事前に話は聞いていて、ここは備蓄庫も兼ねているらしく、有事の際の避難場所らしい。
聞いて想像していたのとはけっこう違ったが、戦闘が始まれば戦わない人たちはここに集まり、扉を固く閉じて籠り身を隠す。
扉を見た感じ、見つかればすぐ壊されそうなものだが、上手くカモフラージュする作りになっているようだ。
今、周囲から耳に聞こえてくるのは少し不穏な噂話とか、今度の戦いの話、戦いに出る人の話、そんな人々の表情は心配そうに
緊張した面持ちの大人が子供へ、ちゃんと大切なものを纏めたか、とかそんな風に傍で話している。
不安は子供へ伝わるように、覗くような目で親を見ている。
そんな様子を見回しながら、人々は少しずつ、もっと集まってきているようだった。
そして、不意に大きな1つの声が響き渡った。
『集まったな。』
大きな声、拡声器が使われているようで、洞穴の中で反響している。
みんなが気が付き向いていく方向を見れば、白む光の入口の方にアシャカさんたちが立っているのが見えた。
『仲間たちよ。今から話す言葉を聞き逃すなよ。いいか。俺らの戦いは今夜になる。もう一度言うぞ、戦いは今夜になる。』
唐突に始まったアシャカさんの演説。
彼らは口を閉じていく。
『やることはやっている。
準備を続けていく。
準備が整う分だけ勝てる可能性が広がっていくと思ってくれ。
俺らは戦士だ。
この村を守る戦士たちだ。
ブルーレイクの全員で俺らCross Handerと一緒に戦う、親父たちが初めてブルーレイクへ来た頃のようだな・・・!
なあっ!
ブルーレイクを守り切る!
今回もだ!頼むぞ!戦士ども!!』
『おおううぅ!!』
洞穴では大声が深く広く響いていく。
地の底からの残響がお腹の奥を奮わせている、子供が驚いて大人に縋っていたけど、その頭を強く抱き寄せる彼らはアシャカさんたちを真っ直ぐに見つめて、吼えて。
戦いは、日没以降から始まる、と最後の宣告をアシャカさんはした。
きっと彼らは信じる、そしてアシャカさんたち、戦う人たちを信じている。
私にとって、彼らが主張するその根拠は結局わからないままだけど。
緊張で張り詰めた空気、だけど、深刻な表情を浮かべる中で、その場にいる人達からは、悲観的な雰囲気を感じる事は無かった。
戦うことの覚悟が見える、これは、・・・とても辛い事。
人それぞれが心の中に、踏ん切りというものをつけなければ。
人は希望を打ち砕かれて、泣き喚くものだと。
痛いものだと、知っている。
それでも、泣き縋る者が一人もいない。
この村に住まう人々の覚悟は、感じ取れた。
・・いや、それは・・・泣き縋らせない、戦士たちの姿が見えているからかもしれない。
『戦士たちは残れ!それ以外は、俺たちへの支援を続けてくれ。』
伝えるべき事を伝えたアシャカさんが戦闘する者以外の散会を告げた後で。
彼らが歩く雑踏の中で、アシャカさんたちへ近づこうとしていたミリア達の姿を見つけ、彼らから近づいてきた。
そして、ミリアの前で告げた。
「今夜になる。頼む。」
「はい。」
私たちも、戦士、か。
彼らはきっと、そう信じている。
「それで、サービスだ。この2人をお前の班に入れておいてくれ」
「・・あ、はい?」
突如の申し出に少しばかり素っ頓狂な声を出してしまったミリアだ。
そういえば、確かに案内役を頼んだけど、2人も来るらしい。
「カウォ、リタン、」
アシャカさんの後ろから、男の人が2人付いてきていて前に出てくる。
「人数も多少合わせなきゃならんのでな、それに場合によっては他に数人を任せるかもしれないが、頼む。カウォは指揮も頼れる。」
「ぁー・・、はい。」
とりあえず、ミリアはちゃんと頷いた。
アシャカについて来た2人を改めてじろじろ見れば、その出で立ちは見るからに砂漠の
屈強な肉体を持つタフな、軍人と言っても良いくらいの体格で、2人とも年は3、40代頃かな。
砂の熱に焼かれた褐色の肌に、隆々とした筋肉がシャツの下からわかる。
「Cross Handerだ。足手まといだと思うなら、弾集めでも何でもやらせてやってくれよ、はっはっは。そうはならんとは思うがな」
自分で言って高笑いして、言うだけ言って行ってしまったアシャカさんだ。
まあ、彼らを無下にはできないのはわかっている。
でも、面通しができる案内役くらいでよかったんだけれどな。
ある程度の戦力を渡してくれるとも言ってたし、それを見越してか、信頼の表れか、ただのお目付け役かもしれないけど、それは別に困ることではないだろう。
アシャカさんがその豪快な物腰に広い背中で離れて行く姿に、ちょっと眩しげに目を細めていたミリアだったが。
ミリアの眉が無意識に顰まっているのは、心中複雑な感情が表に出てしまっていたみたいだ。
軽い自己紹介を交わせば、彼らの名、カウォとリタンの腕前、どちらもれっきとしたCross Handerの一員で、戦力として申し分のない腕前のようなのは把握した。
その間にも集まった彼ら皆にアサルトライフルが配られていき、カウォとリタンも受け渡されていた。
それはミリア達が前日に受け取ったものと同じで、そのアサルトライフルは最新式では無いが、ミリアにも見覚えはあるので軍部の一部では未だに使われている物なのは知っている。
アシャカさんたちが言っていた通り、ドームからの支援、補給が日頃から存分にあるのだろう。
それから、重い銃弾を入れたリュックを担ぐ予備弾薬の持ち役はケイジだ。
各自で一応、装填した予備マガジンを2つポケットなどに入れているが、弾が切れた時のためにと予備弾薬をまとめて渡されたわけで。
マガジンを使い切ったらその場で、弾薬を受け取って装填するのが基本的にケイジの仕事になる。
弾薬ががっちゃがっちゃ鳴る、全部の予備弾薬の入った鞄を持たされるケイジを、カウォとリタンは訝し気な顔で見ていたが。
「あいつ精密射撃も射撃もてんでダメなんだ」
って、ガイが説明したら。
「ドームから来た人なのに・・・?」
とカウォとリタンは頭を軽く捻っていた。
アシャカさんたちが私たちに対するハードルをいくら上げてきているのかわからないが、ここでは彼らの反応が普通だと思った方が良さそうだ。
「ケイジがちょっと特殊なんですよ」
って、一応ミリアはフォローのために言っておいた。
元々、カウォとリタン、2人のどちらかが弾役か補佐役を引き受けるつもりでいたらしいが、ケイジより射撃の下手な人はいないと思う、という全員の推しにより、やはり弾役はケイジで確定した。
ケイジはちょっとむすっとしてたけど、本人もわかってるみたいだし、放っておいた。
洞穴で、渡された装備の点検、新しく加わった2人がいるチーム内での細部の確認・説明などをしていたとき、ミリアは彼らの様子を見ていたが。
彼らは日常的に戦闘訓練を受けているようだし、戦闘面の心配は要らなさそうだった。
確かにアシャカさんが頼りになると言うほどで、頼もしさを感じる。
そして準備は大体終わったので、それから、ミリアは辺りを見回して戦闘要員の彼らの様子を見ていたが、ずっと洞穴に集まっていたし、気晴らしに村を散歩することにした。
カウォとリタンは基本的に無口で、緊張しているのかはわからないけれど、質問をすればちゃんと答えてくれる。
ケイジやガイがなにか話しかけても、ずっとマジメな感じだ。
村の様子を眺めながら歩くミリアも、ちょっと試しに彼らを振り向いて声を掛けてみた。
「あの、今夜とアシャカさんは言ってましたが、なにか詳しい話は聞いてます?」
「詳しい?」
「どういった敵が来るとか、数とか、」
「大きな戦いになる。敵の数は100を超える。俺たちには武器があり、作戦もある。それだけわかっていれば戦えるだろう。」
答えたのはカウォだったが、リタンもこちらへ真摯に頷いていた。
「そうですか。」
やはり、彼らもアシャカさんたちを信じているようだ。
アシャカさんはさっき『今夜』に敵が来ると言っていた。
いろいろ考える事はあるけれど、少なくとも今夜には彼らへの問いは一旦終止符が打たれる、それは間違いない。
願わくば、何もない方が良いのだが。
それは彼らも同じ気持ちだろうが、彼らは戦いが起こると確信しているようだった。
まあ、夜まで、本当にどうなるかわからないけど、正直、時間は持て余している。
どうなろうとも、とりあえず夜までやれることは限られているから。
「いつもどういう暮らしをしてるんだ?」
ガイが彼らカウォとリタンへそんな事を聞いてた。
「どういう?」
「まさか起きている間ずっと訓練してるわけじゃないだろう?」
「・・食事して、農作業を手伝ったり、昼寝をして牧場を手伝ったり、見張りをしたり、哨戒をしたり」
「独自の文化を持ってるって印象だったんだが、案外普通なんだな。」
「そういう人たちもいるな。決まった時間に祈る人らも」
「そういえば、ダーナトゥさんが床の上で祈っていたな。」
「あれはその家系の人たちだけだ。」
「家系?」
「まあ、
「へぇ。あんたは違うのか?」
「ああ。もともと、Cross Handerは違う部族や外からの傭兵が集団になったものだ。」
「え、そうなの?」
「ああ。今じゃ家族みたいなもんだがな。昔、土地を追われたときにそうなったらしい」
この辺りから人がほとんどいなくなった原因は、あれしかないだろう。
数十年前に起きた重大な出来事で、ドーム群地帯に住んでいる人たちはみんなが知っている。
「そろそろお昼になるかもしれない、ってよ」
リースが何かぼそっと言ったのか、代わりにケイジがみんなへ言っていた。
ミリアがふと時計を見ればお昼が近くなっていたので、ふらっと村長宅へ足を向けていた。
たぶん、リースはふらふら歩くより休憩したくなったのかもしれないが。
Cross Handerの人達と一緒に食べようとも思ったが、カウォとリタンたちはCross Handerの方で食べると言った。
まあ、そりゃそうか、村長宅に急に大人数でご飯ください、って言うのは気まずくなるのが目に見えている。
「私たちもそっちへ行った方がいいですかね?」
ってミリアが聞けば、カウォとリタンはちょっと顔を見合わせたようだけれど。
「話はしておこう。だが、村長が既に食事を用意しているだろう」
「では夕食はそちらで頂いていいですか。」
「伝えておくよ」
そうして途中で別れた私たちは、村長宅でいつしか落ち着くような気分になって来てる食卓で一緒に、ベーコン入りのシチューパスタと野菜の炒め物を頂いた。
あんまり食べた事ない味だったけど、みんなお代わりもして。
マダック村長さんやおばさん、ジョッサさんたちが笑みを零していたのは、なんとなくミリアは目で追っていた。
昼過ぎは、班のリーダーと補佐が集まり、ミーティングをした。
作戦の第一目標から始まり、段取りや戦力編成、指揮系統やチーム間の合図の仔細など、細かい部分の確認をしていた。
その様子をミリア達も混じっていて、Cross Handerの人たちの様子を初めて見守りながら作戦の詳細を確認していた。
そこから今決まったことを、指揮下の個々の班の人達に伝える事になるらしい。
先ずはリーダークラスが作戦内容を熟知するということだ。
この辺りは軍部のやり方などとも変わらない。
彼らのやり取りを見守りながらミリアは考えていた。
朝から微妙に、感じている不思議な感覚だ。
本当に来るのかさえ、確証を得られてないのに。
お腹の奥を押されるような緊張を感じる。
頭のどこかで信じなくてもいいと考えているような、でも身体の方が緊張しているのか。
その半々なのか。
彼らの緊張が伝わってくるのか。
どちらが正しいのか。
・・それに尽きる。
ずっと考えている気がする、それを。
・・それがわかるのは、今夜。
・・・ケイジ達もそれなりに、口数は減ってる気はするけど。
軽口は相変わらずたまに交わしてる。
思い思いの時間を過ごして、時は日が傾き、夕方となる。
村長宅の裏手広場に集められたのは戦闘員のみ。
他の女子供は他にやるべき事があるそうだ。
話では80数名の人達がこのだだっ広い土の上に集まって、暗くなってきている日影の中で、明かりを灯して待機している。
壁に腰を預けて、なにかを話しながら、傍らには長銃を置いている。
広い場所だけれど、そんな人たちが集まれば、独特なざわめき感が生まれている。
・・ケイジがリースに向かって聞いてた。
「これで戦うの全部か、他のは?」
「戦闘中は、非常用の隠れ場所に避難するって言ってた」
「そうか」
さっき確認したことをまた繰り返す、ケイジにミリアが注意を言おうとしたけど。
ケイジの様子を見て、ミリアは・・声を止めた。
右手で握り拳を作り左手の手の平にぶつける、強い音がする、ケイジの目付きは既に鋭くなっている。
集中はしてきているのか、ミリアはやっぱり口は閉じた。
「集まった諸君、今回の防衛はいつもと規模が少々違うと考えているのを先に言っておく。Cross Handerの嫌な予感ってやつが、疼きまくっているようだからな。気合を入れていけよ!」
『オウッ!!』
腹の底を奮わせる大低音が響いた。
小さい体のミリアには、全身を強い風に瞬く間に撫でられたようで、その刺激が去った後にもまた身体を奮わせた。
口頭演説をするのはミーティングでも見かけた、指揮官クラスの人のようだ。
「作戦の簡単な説明をする。俺たちアシャカ隊36人は中央のここで待機する。それと別に八方、正確には崖と面していない方角五方に見張りを5人ずつつける。そして、見張りが敵を発見した方角へと駆けつける、ここまではいつも通りだ。ただし、今回はCross Handerの『嫌な予感』だ。数名この広場に残す。敵の増援、または不測の事態へと備えるための隊だ。増援のあった場合は広場に残った隊、ダーナ隊が駆けつける。また、敵の攻め手によって適時、隊を分ける指示が出る。お前らが覚えとくのは2つだけ。ここで敵が来るまで待つ事、指揮官の指示に従い付いて行く事だ。行く先で敵と交戦するだろう。1人も侵入を許すなよ!分からない部分があるなら隊で聞いとけよ!長期戦を覚悟しとけよ!以上だ!」
「結構、シンプルだよな」
ケイジに言われてるくらいだけど、確かにそうだ。
「ん、そうね。でも、何回もこれで防衛に成功しているなら・・、でもスタンダード過ぎて。悪くはないと思うけど。」
相手の攻めを把握して対応していく、防戦一方の作戦だ。
相手が徒党を組んでも単純な作戦で来るならそれで十分だ。
「俺はどうでもいいけどな、敵を蹴散らしゃいいんだろ。・・本当に来るのか?」
「いえす、ケイジ」
わからないけど。
ケイジにはそう言っといたミリアだ。
「・・まあいいや、ふっはっはぁ、腕が鳴るぜぇー」
「ふむ」
作戦は悪くはない、ただし敵が単純な作戦で来るなら、だ。
敵の情報に一番詳しいアシャカさんたちがこの作戦を立てたのなら、これが私たちの現状でベストの作戦なんだろう。
私が口を挟めば混乱を呼ぶだけだろう。
これも、彼らを信じるしかない、っていうことか・・・。
「よし、では戦に向けての腹ごしらえだ。お待ちかねだろ、皆!」
やはり大低音の歓声が上がる。
「しっかり力を溜め込んどけよ!」
その声を合図に、テーブルと金属製の食器、良い匂いのする鍋、沢山のパンが運ばれてくる。
お待ちかねの夕食が始まるようだ。
戦う前の腹ごしらえ、沸き立つ空腹の男たちを尻目にミリアがちょこちょこっとアシャカさんの元へと小走りに駆け寄っていった。
アシャカさんはダーナさんと何か話していたようだが、ミリアに気付いて会話を止める。
「どうした?ミリア殿」
「あの、作戦会議の時に言ったあの案はやっぱり必要だと思うんですけど・・」
「あれか、あれなら頭に入れておいているぞ」
「そうなんですか?」
「ただし、当該者たちだけに伝えるつもりだ。ストレスは最小限に留めるべきだ」
「なるほど。了解です、失礼しました」
やっぱり、全員に伝えるのはシンプルなものだけだったようだ。
「気付いた事があったなら他にも言ってくれよ」
「はい、後は大丈夫だと思います」
ミリアは来た時と同じように小走りに駆け去っていった。
「『後は大丈夫』、か。言ってくれる」
アシャカは何故か嬉しそうに笑う。
「俺たちも確認した。不備は無いだろう」
「まぁそうなんだがな。うしっ、じゃあ、ああ言われた事だし集めてきてくれ、当該者たちをな。」
「了解」
ダーナは低く唸ってから、アシャカの側からのそりと離れていく。
大鍋にたくさん並び飯で喜んでいる群れの中へと入っていった。
―――――ケイジはそんな光景の中、知った顔を見つけた。
村中で知った顔は数少ないが、そのうちの1人、メレキである。
あの少女は忙しなく鍋の周りを駆け回っていて、配膳の手伝いなどをしているようだ。
声を掛けようとは思わなかったが、彼女が一生懸命動いていたのを見ていたい気がして、何となく見つめていた。
「俺らももらいに行くか」
ガイがミリアが戻ってきたのを見計らって声を出した。
「・・そうだな」
ケイジは、メレキへの視線を切って、ガイたちの方へ追っていった。
「腹減ったな」
「よく食うなお前。リースはどうだ?」
リースは手をお腹に当てて、お腹の空き具合を確かめたようだ。
「・・食べれそうだ。」
いま発見したよ、って言いそうに言っていた。
「なんだそれ」
ケイジが毒づいてたが。
「みんな、いつもよりも早いけど食べれそう?」
ミリアが近づいてきていた。
「俺らは大丈夫だ。」
「カウォさんとリタンさんもちゃんと食べてね。持続力に関わってくるから。」
「はい」
「うっす。」
ミリアは彼らの様子を確認して、息を大きく吸う。
「さて、たくさん食べますか!」
夕日の差し掛かる広場の真ん中で合流したミリアが大きく号令をしてた。
紅く焼けるような強烈な光が沈んでいく端の、沸き立って賑わう広場の中で、ミリアのその大きな声が通り抜けて何人かが振り返っていたようだった。
メレキはその姿を見つけて、その食器を持ったまま小走りに駆け寄って行く。
「ドーアン!」
その声、姿を見なくても知っている。
「なんだよ・・、メレキか」
彼は、だけれど、わざわざその姿を確認してから、呟くように言う。
こんなざわめきの中、その呟きは聞こえる筈もないだろうが。
「ドーアン!」
そう大きな声で呼びながら、立ち止まったドーアンの側まで駆け寄るメレキはいつに無く・・、心細そうだった。
その原因は、何となく、わかる。
初めて戦場に立つ自分への心配、それから・・・。
「なんだよ、メレキ」
「なんだじゃないでしょ、こんな時くらい・・」
「・・オラベドゥ?」
「・・・やっぱり戦うの?」
「ゥッシーダ、何度も言ってるだろ」
「なんで、・・オゥベ、」
「俺ももう、戦える。そういう年だろ。皆そうしてる」
「・・・絶対、ピゥパから離れちゃダメだよ」
「わかってるよ、ダーナさんに殴られるのはもう嫌だから・・けど・・、は、はは・・・何だか・・・いや、なんでもない・・」
「・・・ドーアン?」
「なんでもない、ダーナさんに迷惑はかけない、うん」
「・・オンベィテ、ヴァゥファ?ャァフォ」
「うん・・・」
「メイア・・に、お祈りするから。ピゥパとドーアン、皆をお守りくださいって」
「・・・うん」
頷くドーアンは・・そのまま、顔を上げなかった・・・。
メレキは・・俯いたドーアンを・・腕を伸ばして、ぎゅっと抱きしめる。
そして、背中を優しく叩きながら諭すように耳元で呟いた。
「アイチァフォ、アイチァフォ、ルマ ノリアントフ・・コァン・テャルノ・・・」
「・・メィア・・・みたいだな」
2人は、だからこそ、その温もり、ドーアンが身体が熱いような、芯で何かが燻っているような、自分がそういう状態である事が感じられるまで。
メレキが、自分の落ち着きを取り戻させてくれたのを感じる・・・。
「よお、ここにいたのかよ。ドー、」
って、言われて、びくっとドーアンが慌ててメレキを突き放して離れるから、メレキはちょっと驚いたけれど。
「邪魔だったか?」
「邪魔ってなんだよ、なんすか?なんか用すか?」
「アシャカさんたちが探してたぜ」
「え・・」
名前を聞いて、ちょっとビビったようなドーアンだったけれど。
ちらりとメレキの心配そうな顔を見たドーアンは、小走りに駆けてく・・集まるみんなの傍を縫って、彼の背中は振り返らなかった。
・・ドーアンを見送っているメレキへ、呼びに来た彼は頭をぽりぽり掻きながら気恥ずかし気に言ってやる。
「安心しろよ、新人ぐらい守ってやれるさ。」
「・・よろしくお願いします。」
まだ不安そうな彼女だが、彼は頷いてやって、踵を返して離れて行く。
飲み食いする仲間の彼らをドーアンが掻き分けるように歩いていく。
大きな声でおどける人もいるが、それを笑う彼らも腹を満たし蓄えて戦いの準備をしている。
そんなみんなの様子を見渡せるような位置で過ごしていたアシャカを見つけ、ドーアンはその傍に立った。
「ダッハ、」
傍の彼らも胡坐をかいて食事に笑顔を見せていたが、顔を上げてドーアンを見つけた。
「おお、来たか。」
「食ってるか?」
「食える時に喰っとけよ」
そんな声を掛けられる中で、アシャカが立ち上がるのをドーアンは目で追っていた。
「みんな聞け!今日からCross Handerに加わる事になったドーアンだ!知らない奴はいないだろうが、目をかけてやれよ!」
「おおー!」
「おっと、知らないと言えばドームから来た戦士たちもいるが、食ってるか?ん?どこだ?」
「こっちにいますよ、」
と、手を上げて呼ぶ仲間の彼らが、向こうの離れた所で腰掛け食事をしていたドームから来た4人組、ミリア達を指差していた。
ミリアが手を上げて見せて挨拶を返すのも見ていた。
「今日はよろしく頼む。つうことで、伝統的な『あれ』をやるぞ」
『おおうぅ』
低く野太い声がいくつも上がる中で、ダーナトゥがドーアンに黒い布生地を手渡す。
「お前の『ゲハライ』だ」
ダーナトゥはその強面の顔を、表情を移すこともなくドーアンの目を見つめていた。
「・・ありがとうございます。」
ドーアンは彼の目を見つめ返すまま、それをしっかりと握る。
「行って来い、」
「はい、」
ドーアンは声に背中を押されるように、集まって来ていた傍の彼らへその黒い布の『ゲハライ』を差し出す。
「デッハラァス、クェィマン」
「マピンカウーダ」
老人の彼はドーアンから黒い『ゲハライ』を受け取り、手に持っていた陶器の中に詰められ灰色の粉をその黒い布にまぶし、馴染ませるように両手で擦りつけると、粉がまぶされた『ゲハライ』でドーアンの肩の辺りの何かを擦り取ってやるような仕草をした。
その『ゲハライ』を傍の彼らに回していく、彼はその布でドーアンの腹を叩くように少し強めにだが当てて。
気が付いたドーアンが上のシャツを脱ぎ始め、上半身を裸になる。
「姉貴にあんまり心配かけるなよな」
「・・わかってますよ、」
頬を『ゲハライ』で叩かれるドーアンへ、彼はにやっと笑いながら次の仲間へ黒い『ゲハライ』を手渡し回していく。
「お前もとうとうだな、しくじんなよ」
「頑張れ、」
それらは、人から人に渡って行く『ゲハライ』を追うようにドーアンは歩く、その先には聖なる道が続いていく――――――。
―――――ミリアが彼らを見ていて、上半身を裸になった青年がみんなから・・祝福を受けているのか・・・?奇妙な光景を見ている気がする。
場合によっては、苛められているように見えなくもないのだが。
「あれは、何をしてるんですか?」
傍のカウォとリタンへ聞いてみる。
彼らならこの村の人だし知っているだろう。
「『ゲハライ』に・・まじないをしている」
リタンは、静かにそう答えたが。
カウォがその横から口を開いてくれる。
「厄除け、だな。彼らは『ゲハライ』をお守りとして、懐に忍ばす。」
「『ゲハライ』?」
「戦いに持っていく布だな。昔の名残だと思うが、あると様々な場面で使えるからな。移動の手助けにもなり何かを縛る事もでき、応急手当もできる。」
「なるほど。それで、祝福しているんですね?」
「祝福・・そうだな。そうとも言えるか。俺も説明できるほど詳しくは知らないが。」
カウォがちらりと見るその仕草は、リタンの方が詳しい、ということみたいだ。
「その理解で間違いはないが、ドーアンはいま
「見られる・・・?」
「品定めってことか、」
ガイがわかったらしい。
「ああ。そして、血の付いた『ゲハライ』は形見にもなる。」
リタンがそう、静かに付け加えていた。
ミリアは、それを聞いて、・・・口を閉じていたけれど。
「はぁん・・・、はぐっ」
ケイジがいまいちピンと来てない様子で、スプーンでシチューの肉の塊を
ミリアが横目でそんな様子を見ていたが、ケイジの隣のリースはこっちの話に全く興味がないようで、目をつむってぴくりとも動いてないようだった。
目を戻したミリアが少し様子を見守ってて気が付く、こちらへ近づいてきているあの上半身裸の青年を。
アシャカさんたちに誘導されるようにこちらへ歩いてきているようだった。
そして目の前まで来た彼らと、屈託のない笑顔を見せるアシャカさんだ。
「ミリア殿、そしてドームから来た戦士たちよ。」
ミリアは少し嫌な予感がしていたけれど。
「『ゲハライ』で示してくれ」
「はい?」
きょとんとするミリアは、ガイたちにちょっと瞬く目を向けたけど、ガイは肩を竦めつつ首を横に振っててよくわからないらしいし、ケイジは眉を寄せたまま面白そうなものを見ている顔をしているし、リースは当然寝ている。
「『ゲハライ』を受け取って、彼の身体の好きな所を汚せばいいんだ」
って、カウォが言っていたが。
好きな所って・・・ミリアは、その褐色の筋肉質な体をした青年の身体が目の前にあるのを、ちょっと直視してはいけない気がしているのだが。
「頼む」
ってドーアン本人にも言われた。
仕方なくミリアは、ドーアンからその粉塗れの黒い布、『ゲハライ』と言うんだったか、それを受け取って。
とりあえず、別に変な事じゃない、と受け入れる事にした。
「なに、どこでもいい。外から来た戦士たちに歓迎されたとなると、ドーアンの箔も付く」
なんか、特別視されてるみたいでくすぐったいけれども。
ミリアは彼の身体をちゃんと正視する。
夕暮れの光に照らされる彼の身体は仲間たちに汚され、ほぼ黒く汚れた首筋や肩、お腹や腰の辺りまで黒い。
呼吸をする彼の胸は動いていて、汗ばむような肌の光があるけれど。
えーと、とりあえず、一番無難そうな・・胸の辺り、まだ汚れてなさそうな胸の真ん中の辺りを、その布で軽く拭くようにした。
黒い粉を擦りつけて更に汚した感じに、彼の肌に触れたような指に彼の熱気を感じた気がした。
彼はずっと私を見ていた気がする、ちらっと私が視線を上げれば、動かない彼の黒い目と目が一瞬・・合った。
「ありがたい。」
アシャカさんに言われて、視線を逸らしたミリアはちょっくすぐったかったけれど。
「はい、ガイ。」
って、ミリアに差し出されて。
「え、俺もか、」
ガイがちょっと目を丸くしてた。
「ほら、」
ミリアの短い言葉の強い押しに、ガイはあまり抵抗もせずに受け取っていた。
「ケイジとリースもやるからね、」
ってミリアが言ったからケイジがぴくっとしてたし、リースが片目を開けてこっちの様子を見たのは、寝てた振りがバレたと思ったからみたいだった。
結局、ガイは肩の首寄りの場所に、ケイジはその黒い布を持って少し止まって探してたようだが耳たぶに、リースはケイジに手渡されて無造作に
ドーアンがちょっと、ぐふっと漏らしたけれど。
「ありがとう」
って、それでもリースから受け取る本人に感謝されてた。
カウォとリタンもドーアンへその『ゲハライ』の所作をそれぞれで送った。
そして、アシャカさんが言った。
「『メレクゥタ』は、本来はもっとやる事がある。だが、今は短くした。仲間たちへの信頼の儀式だ、」
「メレクゥ・・?」
「成人の儀式みたいなものだ」
そうか、彼らにとっては今が厳戒態勢に近いから。
のんびりとお祭りのようなことをやっているわけにはいかないのだろう。
「
踵を返し戻って行く彼らが、集まりの中心へ戻って行く。
その姿たちを見送っていたミリア達だが、誰からともなくまた傍に腰を預けていく。
見守っていれば彼らはまた遠くで別の何かをして、誰かと笑い合うようだった。
儀式の続きだろうか、彼らの言葉か、独特の発音で話しているのか、歌っているようにも聞こえる。
その仲間への信頼の儀に、私も加わったのかと思うと。
なんだろう。
不思議と、彼らを見回す余裕ができたような気がした。
彼ら1人、1人の顔を。
彼らは、同じような格好をしていても、顔や表情や雰囲気がそれぞれ違う。
――――――賑やかな夕食が終わった頃、後片付けもそこそこに女子供の姿が無くなっていく。
片付ける鍋などを持って避難用の壕に集まっていくらしい。
夕日の赤は強くなっていっている・・・光景が静かに移り変わっていく・・時間が近づいてきている。
その様子を、浅く座ったまま壁に背中を寄りかからせていたケイジは見ていた。
この広場に女子供がいなくなっていくだけで、楽し気な、賑やかな雰囲気が減っていく。
残るのはほとんど男だけだ、それは当たり前なんだろうが。
なんか不思議だ、なにかが変わったのが、不思議だ。
・・なにかの念と言うのか、ただの景色にそう言ったものが跡で残っている感じがしたから。
そうして、ここにいる6人とも誰も言葉を発さずにその光景を眺めている。
ただの夕食後の休憩だ。
そう、ミリア曰く、すぐ動くとお腹が痛くなるから、だそうだ。
だから、紫に染まりかけてきた夕空を見上げて、足を延ばすケイジは仲間の彼らと共にゆっくり過ごしていた。
他の女性や子供たち、メレキから見れば叔母さんたち、お姉さんたち、やんちゃ盛りの子供たちと一緒に、手を繋ぎ転ばないように、避難用の隠し洞穴の奥へと入っていった。
子供が聞かされるのは、元々、軍用か何かの施設だったらしいこの村に昔からある一番安全な場所だということだ。
村の南に位置する、普段は閉じられて入れない崖の壁面にあるカモフラージュされた扉から入れる。
入り口付近こそ歩いていても土や岩でできただけの洞窟になっているが、暗がりの奥に進めばいつの間にか固い材質のものでできた人工の廊下となっていて、機械装置の置かれた小部屋には何かが取り払われた残骸、ケーブルや機械の破片、部品が無造作に散らばる跡がある複数の部屋へと続く。
少し大きな声を出してもあまり反響しない、不思議な空間。
・・・避難用だから普段は閉鎖されていて、この不思議な感じのする洞穴自体、人が出入りする事は無いし、動力も通っていないし、偉い人が管理している倉庫以外は非常時にしか使われていない。
何度か足を踏み入れた事があるメレキだってそれは数えるくらいで、小さい頃の記憶は覚えていないが、大人たちが怯えていて子供心に怖くなった気がする。
今は暗闇のその複数の部屋の1つに持ち込まれた食料、水などが置いてあるだけで、避難している女性や子供たち、老人たちは広い通路で少ない数のランタンの明かりを頼りに待ち続けるだけだ。
その中で、メレキは壁に背をつけて、膝を抱えて
不意に、寄り掛かるように重なってきた、左肩の熱を感じた。
顔を上げるメレキは・・・。
こっちを見ていた眼を見つけて・・僅かに目を細めて見せて。
「俺がここにいるみんなを守ってやんだ、」
「静かにしろぉ、騒いじゃぁいかん」
「ねぇ、母ちゃん、だいじょうぶなの・・?」
「強い人たちばかりだから。アシャカさんなんて筋肉モリモリでしょ?」
「ぃひひっ・・♪」
暗がりの声、みんなが我慢して、みんなが耐えている。
「も、もう・・・ど、どうにかできないものかねぇ・・?ねぇ?メレキ?」
そう、傍の、とても怯えた・・ベシュカおばさんが声を掛けてくる。
「止しなよ、ベシュカ」
「・・・・」
ベシュカおばさんはまだ怯えた表情のまま向こうへ、私へその目を向けて来ていた・・。
「気にするんじゃないよメレキ、あんたのお父さんたちがなんとかしてくれるから、」
「そうだよ、あたしたちは明日のご飯の事を考えておけばいいのさ」
「またたくさんご飯作らないとねぇ」
みんなが、明るい声で言ってくれて。
「それにさ、あの助けに来てくれた人たち?『コァン・テャルノ』だって言うじゃないか、」
あのときドーアンが言ってた、みんな笑って真に受けてなかったのに。
「あっはっは、なら大丈夫だ、」
今は笑うみんなだから・・・。
「うん。」
メレキは、おばさんに笑って頷いて。
仄かな灯りしか暗闇を灯すものが無い。
敵に見つからないように、息を潜めなければいけない。
暗闇に閉じ込められた狭い場所で、我慢しなければいけない事は多いけれど。
ただ、この中にドーアンがいない事も落ち着かない気持ちに、メレキは今頃の彼がどうしているかと想わされる。
昔から、同い年であるドーアンはいつも、村に何かあった時ここで事が治まるのを一緒に待っていたのだから。
あの頼りないドーアンがここにいないで外で戦うなんて、想像してみても、それは変な感じで。
・・心配であるし、そして、少しの心細さを感じる。
そう、かもしれない。
勿論、周りのお姉さんたちは構ってくれるし、おじいさんたちも面倒を見てくれるし、私より小さい子たちもたくさんいるから、この張り詰めたような、それでいて外の人達の無事を祈るような気持ちで溢れるこの雰囲気は何度も知っている。
それは、昔から変わらない、耐えること。
・・・少し寂しいのも本当で。
パパとドーアン、2人くらいに私とすごく近しい人は多分、この中にはいないんだと思えると・・・。
仄かな灯りが揺れる、人が多くて、少し息詰まる空間を照らしてる中で、メレキは抱えた膝の上に、ゆっくりと彼女のおでこを乗せた。
それは、彼女自身も気付く事なく。
メレキは、深い闇の中に意識を落とし込んでいった・・・――――誰かが、手を、温かい手で重ねて、包む・・・隣で、誰かが・・・一緒に目を閉じた。
それは、私の、よく知っている温もり・・・―――――
「――――はっ、そう来るとは思ってたよ」
男の、お兄さんの声、・・・ケイジさんの声が聞こえていた。
「あのね、そうならない方が本当はいいのよ?その辺はわかってるよね?」
それに、ミリアさんの声が重なる。
「安心しとけっつの、そうなったとしても、だ」
ケイジさんはいつも、自信満々に話すなぁ・・って。
「俺が切り札、ってんだろ・・!」
「・・・はぁ」
それに呆れた様に、息を吐くミリアさん。
なんだか、ほっとした気持ちにさせてくれた。
「なんだよ。」
「いや、任せるって言ったし、」
「じゃあ不満そうにすんな、――――」
――――・・・パパにドーアン、どこにいるかなって、思ったら・・・まるで
パパはチャレさんのお家のステップに腰掛けて、目を閉じている。
いつもの瞑想みたいに、祈ってるみたい。
ドーアンはその近くでうろうろ、落ち着き無く歩き回っている。
同じ場所をふらふらして。
やっぱり、頼りないね、ドーアンは。
だけど、今はそんなドーアンを笑えない。
頑張ってと、そう告げたかった。
『ドーアンも頑張って』と。
・・・ドーアンが、足を止めて、・・辺りを見回してた。
誰かに呼ばれたのかも、って思った感じで。
でも誰も近寄る人も、それらしい人もいない。
ドーアンの、上を見るような、ちょっと視線が合った気がしたけど、・・気にも留めずに辺りを見回すドーアンは、歩き出して、そこの箱に腰掛けた。
何も無かったように、無視するつもりらしい。
でも、それも当然だと思う私。
なぜなら―――何でだろう・・・。
何でだっけ・・・――――?
そんな、簡単な事の答えがなんだか、頭に浮かばないまま、・・その時が刻々と近づいてくるのを、村をゆっくり飛んで・・・――――。
日がとうに落ちて、残った砂の余熱のお陰で緩やかに気温は下がっている。
広場では数十人が詰めているというのに、時折、誰かがぽつりと話すような事があるくらいで、静かである。
人が多いから気配は多いのだが、言葉を発するものがいない。
ぼそぼそと、時折、誰かの話し声が聞こえてきても大した話じゃなく、それもすぐに消える。
長く、長く、時を溜めるように。
村人たちも混じって、緊張を、恐怖を誤魔化すように屯う者たち。
Cross Handerは、『その時』に向けて照準を合わせている者たちが多い。
ミリア達4人は、どちらかと言えば、Cross Handerに近いのかもしれない。
ミリアもケイジも、ガイも無言で携帯をいじっているし、リースは目を閉じてリラックスしている。
もしかしたらだが、リースだけは、寝てるのかもしれない。
――――ようやく夜の肌寒さを感じ始めた頃、この村の時が動き始める。
『こちらウィスディだ、来たぞ、『灰』が、来たぞ』
「聞こえた、了解だ、・・・ウィスディの方から来た」
アシャカが無線機の受け口を耳につけたままダーナトゥに目で合図をする。
その合図と共に、ダーナトゥは深く息を吸い込む。
「ウィスディの方からだ!アシャカに付いていく者たちは行け!」
低い轟音が1人の声、ダーナトゥの怒気をも孕みかけた気勢が辺りの風さえ強く奮わせた。
「来い!」
アシャカの威勢が皆の体を奮わせる。
『おオおおおううウっ!!』
男たちの腹を震わす咆哮が闇夜に響いた。
彼らが立ち上がり武器を携行し1つの方向へ歩み出す。
そんな中を追う仲間たちの中で、ミリアは1人呟いていた。
「・・ほんとに来た・・・」
アシャカを先頭に、共に数十人の仲間たちが走り始める中、ミリアはガイに目線で合図する。
ガイはそれに気付き頷いてみせる。
「よろしくっ」
声にしたらミリアの目線で合図のクールさは消えたな、とガイは思ったが。
「おう」
その方が確実だ、素直に応えつつガイは立ち上がっていた。
「なんだ?」
ガッチャリガッチャと背負ったリュックの重い中身を揺らすケイジが、こっちに反応してた。
「何でもないよ」
ミリアがにぃっと白い歯を見せて笑みを向けた。
悪巧みをしている時の顔だなと、直感的にケイジは思った。
そして、ガイがあらぬ方向へ駆けていくのも見つけたが、ケイジは仕方ねぇなと言わんばかりに肩をすくめて見せただけだった。
リースも一部始終を見ていて、特に気にするつもりはないようで、目をつむってた。
『ウィスディの方から攻めてきた』つまり、攻めてきた方角は東側らしい。
ハンドライトを持ったアシャカについていく複数の人たち。
ミリアの隊5名の中では新しく入ったカウォがそのハンドライトを持って、1~2M先の地面を照らしてくれている。
みんなが慣れた様子でフェンスの方角に対して壁となったバリケードを陰に、それら複数の裏へ次々に人が納まって行く。
フェンスの上で弱々しい照明に無数の虫が絡み付いて飛ぶのが見えるだけで、異変は確認できない。
敵の姿もまだ裸眼では確認できない。
空いているバリケードの裏へミリアが入り、それに続いてメンバー4人も潜り込む。
幅も充分だし、通常の射撃の威力なら弾はまず貫通しないだろう。
計6名が入っても悠々と動ける壁の大きさを基準に、後方に位置するミリア達のその場所からはハンドライトを持った他の仲間の位置も大抵確認できる。
壁壕の陰に入ったカウォが、ハンドライトを壁に括りつけた。
ライトは息をひそめる彼らの手元や足元を照らす。
・・後に、後方から近づいてくる音に気付き、リースが後ろを向く。
それに気付いたケイジとミリアも同様に後ろを見れば、誰かが走ってきたか。
カウォがくいっとハンドライトを向けて、一瞬照らし出したのはガイの姿だった。
確認した後はそのまま、壁に引っ掛け仲間の手元、足元を見えるように戻しておく。
ガイがミリアたちの壁に背中を張り付け、座り込むと同時に、手馴れた動作で担いでいたライフルを腿に乗せて弾倉などの確認に入った。
「暗視スコープの確認、いつでも使えるように。」
ミリアが全員に指示をした。
「よぉ、遅かったじゃんか。何してた?」
「んぁ?」
声をかけたケイジに振り向かず、ガイは手元のライフルをしばしの間、いじってカチっと確認している。
「忘れものだ、ただの」
「忘れもんねぇ」
ケイジが、ちらりとミリアを見ても何食わぬ顔で暗視スコープの調整をしている。
「んな事より、お前、安全装置とかあるんだ、銃の扱いには注意しとけよ」
「なめんな、安全装置外すの忘れるなんてあほか」
「ちがう、安全装置をくれぐれも外すなっつってるんだよ」
「・・・」
「ぁー」
ちょうどミリアの妙な声が聞こえ、ケイジはその声を辿ってそちらへ向く。
ミリアが胸の前で人差し指を小さく振ってケイジを指した。
「ケイジは撃っちゃダメよ。ガイの言うとおりにね。」
昔の出来事、ケイジが構えて撃った銃の弾が在らぬ方向に飛んだのを見た人間は揃ってこんな事を言う。
ケイジも心当たりがありすぎるので何も言えないでいる間に、ミリアが言葉を続ける。
「下手なんだから、こんな密集した所でやったら洒落にならないわよ」
優しく諭された気がする。
「・・・チクショ」
「あと、暗視スコープ、ちゃんと準備しときなさい」
「わぁってるよ、」
結構、機嫌を損ねたようで、それはそれは小さな返事で呟いてた。
「あんたは出番をじっくり待てばいいから」
ミリアの言葉はもう届いていないように、はぁっと溜め息をついたケイジだったが。
ちゃんと頭に取り付けたスコープを確認はしているケイジのようで。
それから暫く、準備を終えた彼らの周囲は静寂、時折、他の場所の仲間が出す音が遠くに聞こえるのみ。
くしゃみの音が聞こえてきたのは、まあ、寒いからわかるけれど、こんな時は止めてほしい。
ミリアたち4人は標準A装備を詰め込んだ携行バッグを着用し、暗視スコープを装備している。
といっても、結局ケイジだけは外して首に下げているが。
ミリアは壁向こうを覗き込んで暗視スコープの淵を、指で淵の部分を操作しつつ警戒している。
バリケードに正対した遠くのフェンスの方を見ているが、敵影は見えていない。
フェンスは200Mほど先、守るべき村の要の外縁から500mの距離はあるだろうが、その距離でもスコープに搭載されている望遠装置で視認可能である。
『ザザっ・・・』
不意に、無線機からノイズ交じりの音が零れた。
『―――ルナカテャボ、
アシャカさんの声だ、落ち着いた声・・・。
『ルナカテャボ、
まるで、気が
「・・ルナテ、キャボってどういう意味ですか?」
ミリアの疑問に。
「『ルナカテャボ』は、『同胞の、戦士たち』というような意味だ」
リタンが言葉を教えてくれた。
村の戦士たち全部への呼びかけ・・・。
『
・・・来る筈の敵、その姿を息を潜めて待つ、・・何かがブレたように視界の一点で白い輪郭を現し始める。
咄嗟に視界をその輪郭を中央に持ってくる。
浮かび上がってきたその輪郭、トラック大の大型車両のフォルムを確認できる。
一見、ゴツゴツした輪郭、装甲車の様に改造を施されているのか、鈍重な図体、そして堅そうである。
未だ静寂、砂を運ぶ微風の中、視界だけが敵の来訪を告げて。
ここを率いているアシャカさんたちも敵の車両を確認した筈・・。
ォォォ・・・と、遠くの微かなエンジン音がようやくここまで届き始める。
一瞬で、周りの静寂が緊張で張り詰めるのを肌で感じる。
暗視スコープで捉えてる大型トラックはフェンスの側まで来ると、左へと大きく曲がって横っ腹を見せた。
その後ろにはもう一台の似たような大型装甲車両が走っていた。
そのもう一台も左に大きく曲がり、先の一台と並んだ。
それら2台は、フェンスに突っ込んでくる真似はしなかった。
嫌な予感がした。
村の戦士らはその様子を辛抱強く見つめていた。
微かにぐらぐらと揺れている2台の大型車両。
恐らく、敵が外に降りている。
二台の装甲車両の大きな腹は壁のつもりだろう。
アシャカは強く舌打ちを鳴らした。
その次に、ダダダダダダダっっぁんっ・・・と何発もの銃声が轟き渡り、静寂であった虚空を揺るがす咆哮を上げた。
咄嗟にバリケードに身を隠したアシャカは、共に車両の腹から広範囲に火が何発も吹く光景が網膜に残っていた。
「撃ってるぞぉ!!」
暗闇が広がっていく。
「なんだ、なんだ?・・?」
「奴らの発砲だ!気にするな、狙って撃っていない!」
「射程外だ!当たるはずがない!」
「落ち着かせろ!」
そして、唐突にアシャカは敵が計る意に感づいた。
「持久戦は望む所かよ」
苦々しげに、その言葉を吐き捨てる。
「解せんぞ」
誰かが呟いていたが・・。
敵の一斉射撃は数秒で止まっていた。
フェンスに備え付けられていた、高い場所の灯りさえ、ほとんど破壊されたらしい。
村の敷地はその一角だけが闇に溶けていた。
「どうする!?アシャカ!」
「撃ち返せ!威嚇だ!」
その一喝と共に、仲間の銃が一斉に火を吹く。
たたっタぁんっ・・ッタタタタタタッた―――――――
「止めとけ!それでいい!止めろ!!弾を大事に使えよ!」
これで互いの挨拶は終わったのか・・・再び静寂が辺りを支配した。
・・・先ほどまでと違うのは、明らかに相手の存在を感じ取る闇が広がっていたということだった。
夜の静けさの中、瞑想しているかのように、両目を閉じていたダーナトゥは銃声を耳に聞き目を開いた。
村長宅の入り口の段差に腰を下ろしていた、・・ダーナトゥは立ち上がり、東、アシャカの隊が向かい敵と相対したはずの方角を無言で睨み付ける。
「・・・・・・来た・・」
隣にいたカリャリとドーアンの内、ドーアンが強張った声でそう言った。
遠い微かな発砲音はここまで聞こえた。
緊張の面持ちを湛えた彼らにはその言葉の先を添える言葉も無い。
『ザザっ・・!見張りのクロッソだ!こっち、来たぞ!』
ダーナトゥの腰に下げていた無線機が、そうはっきりと告げた。
ダーナトゥは無線機を手に取り、焼けた薄い口元へ寄せる。
「ダーナだ、了解した」
無線機を持った手を下ろしダーナトゥは顔を上げる。
「クロッソの方だ!西南の方角!行くぞ!!」
『オウッ!』
周囲の隊を連れてダーナトゥは駆け出す。
「ダーナさんが当たる・・
ミリアが流れてくる通信の声を聞いていて、呟く。
「そうみたいだな。」
ケイジはミリアに反応して応える。
ケイジはなんも考えてなさそうだけど。
タゥンん・・ッ、と弾を超高速度で飛ばす反響音がたまに響く。
ミリアは隊へ、5、6発までなら適当に撃ってみていいとは言ったけれど。
バリケードの穴から低く構えたリースのライフルが、硝煙と共に薬莢が吐き出されるのはこれで2度目か。
1発ずつ撃つのは、冷静に着弾点を確認して調整してるのかもしれない。
それに、ケイジが暗視スコープを覗いても、むき出しの敵の姿なんてものを確認できないのに、リースには敵が見えるようだ。
少しだけ不気味に感じるのは、2台の大型車両を擁している敵なのに、彼らは特攻を仕掛けてくる気も無いようだ。
「仕掛けてこねぇのな・・・」
ケイジが呟いていた。
彼らが仕掛けてきたら仕掛けたで、こちらが準備している携行式ランチャーの数射で特攻してきた大型車両は無残な姿になるかもしれないが。
確実に破壊できなければ、大型車両がここのバリケード域まで達する可能性も充分にある。
それだと突破を許した事により、村に点在する家屋を巻き込んだ白兵戦になる。
ただ、そういった強引な突破をするつもりは無いらしい。
軽く思いつく戦術なら、厄介なことになる前に、確実に当てられる距離まで重火器部隊が近づいて破壊するとか。
危険は伴うけど
これくらいで焦れる必要は無いが、・・・アシャカさんたちは全く動かないみたいだ。
――――タゥンんッ、ヒュゥンッ・・・
時折、耳を嫌に刺激する風切り音、仲間が発射する弾の乾いた音と、敵が遠くから撃った弾が纏う風切り音の度に、現状への警戒を強く引かれる。
ダーナトゥ率いる隊は既に西南から攻めてきたという敵に対して遮蔽物への配置を済ませていた。
弾の運び役を担う事になったドーアンがダーナトゥの後ろで落ち着きなく、弾倉をがちゃがちゃと弄っている。
旧式の暗視スコープを覗いて敵を警戒するダーナトゥは、待ち続けている。
何かが起きるその時を。
「うるさいぞ、ドーアン」
ダーナトゥの隣で銃を構えるカリャリが低く声を発する。
静寂の中だと、その低音は耳にはっきりと重圧を乗せて届く。
「ぁぁ・・、は、はい」
はっとして先輩のカリャリを見るドーアンが頷く。
「落ち着けよ」
ハンドライトに照らされたドーアンの姿は既に大量の汗をかいたらしく砂が付着し黒く汚れている。
肌を伝って垂れる汗には冷たさしか感じない。
「来た」
ダーナトゥが口の中で静かに弾いたその言葉にドーアンは身体をぶるりと奮わせた。
ダーナトゥの暗視スコープの緑がかった光景に映るのは重厚そうな装甲車両、改造されているのか大型の1台だ。
アシャカ隊からの報告から似た大型トラックが外縁で停止していると聞いている。
夜間警戒用ライトに浮かび上がる黒色のシルエットが大きく右に曲がっていった。
その瞬間、車両の横腹から銃撃が飛んでくる。
――――――たたタぁんっ・・たたタタタっ・・・―――――――
咄嗟に身を隠したダーナトゥは、その銃弾の斉射が止むまで待つ。
――――タタたんっ・・・・ひゅんっ・・ひゅぅんっ・・・
・・・暫くして複数の銃撃が止みダーナトゥが土壁から覗き見る。
・・静寂が・・・横たわっていた。
しかしその静寂もつかの間、車両の横から顔を覗かせる人影が暗視スコープの視界に、その景色に見えた。
ダーナトゥは反射的に銃を構え、土壁の空けた隙間から再び顔を出し様子を伺う愚か者に狙いを定め、引き金を引いた。
ッパアンッ・・・と鋭い衝撃とその反響が、余韻を残して辺りは再び静寂に落ちる。
ドーアンは目が霞みそうな緊張の中で、・・かたかた震え出し、ダーナトゥの自動小銃が放った硝煙の臭いを感じていた。
「おい、ドーアン、落ち着け」
仲間に肩を叩かれた・・。
「あのライトは壊れないようになってる。知ってるだろ。」
「ただの脅しだ。怯むなよ、おまえら」
ダーナの太く安定した声が掛けられていた。
「あらかた読み通り、いや、『
静まる暗闇の中で壁を背に、座り込むアシャカが手にした無線に返していた。
『戦線は膠着。奴ら攻め入る気が無いようだ。』
ダーナトゥの声は静かで常に落ち着いている。
「奇襲に失敗したか?」
『明確には言えない。可能性はある。だが何かおかしい。』
「そうか。なに、時間がかかればそれだけこちらが有利だ。そっちは頼んだぞ」
『わかっている。・・ミリア殿は?』
「やってくれたろう。確認してないが。」
『そうか、切る―――――ザザッ―――
ダーナトゥとの連絡を取り終えたアシャカは、溜め息を1つ吐いた。
それも1息だけだ、また仲間たちに向けて無線機へ声を通す。
「敵に動きがあったらすぐ連絡しろよ」
『わかってますよ』
ここ、奴らが真っ先に姿を見せた東側の大型トラック2台に動きは無い。
正直、こうも戦況が動かない事態はあまり予想してはいなかった。
いや、予測する必要が無かったというのが正しい。
奴らが、こんな所で膠着戦線を作ってどうする?
時間をかければかけるほど不利になるのはあいつらだ。
あの大型車両の裏で何か策を用いているのか?
そうだとしても何もできはしないだろう・・・?・・・・。
一息に此処を攻略する秘策などあり得るはずがない・・・数にものを言わせて来ると思っていたが、まさかな・・・。
「・・不気味だな」
そう呟いたアシャカの声は、周りの仲間を注目させる。
「・・・しかし、動くわけにはいかないな。奴らがいつ攻勢を仕掛けてきても迎え撃たんとな」
「絶対に何も通しませんよ」
頷く仲間と共に、闇の中で大型車両が停車しているはずの方角を警戒する。
――――――――――
一陣の風が強く吹く荒野、その先の崖を前に。
望めるのは闇夜に広がる深淵と、日の残り香を微かに残す砂漠のみ。
この崖の遥か下にあるはずの、無骨に形成された鉄屑と家畜の村は急傾斜により見渡せない。
常人が降りられるはずの無い崖。
その場所に1人の男が立っている。
背中から強風に煽られ尚も崖の先を見下ろす男。
だぶついた服が風に強くはためいている。
長い髪が絡まり、風に流れ遊ぶ髪が顔まで覆う。
筋肉質な肉体のシルエットが纏わり付く薄い布からわかる、彼は男だ。
細身の身体なのか、青年なのか、それさえ判別が難しい均整の取れた身体は動くことなく。
強い風に曝される中でも体勢を崩す事無く。
ただ、そこに両腕を組み、立っている。
・・・一陣の風が吹き流れる髪の波間から見えたその切れ長の鋭い眼は、暗闇で何も見えないはずの崖下を見下ろしている。
実際、男の周りでさえ、光源の一つも無い。
人の眼であれば、一光も無いこの夜の砂漠、山を登りこの場所に辿りつくのさえ困難を極める。
それは、人の眼を持っているならば。
獣の眼ならば。
人が恐れる暗闇の中でも、僅かな光源に照らされた夜の真の姿を見出せるというのに。
彼の髪が風に流され、彼の眼が見えた。
先ほどと違う。
銀の鈍い光を放っていた眼。
・・アアアァァン・・・と夜の冷気を伝播する、揺らぐ薄い音が彼まで届いた。
「・・ころあい」
男は一言、そう呟き崖の先からゆっくりと右足を前に出し、その身を頭から、崖下に投じた。
落下に飛ぶ視界の隅々から入ってくる、崖に引っ付いた岩の粉砕された残骸がいくつも。
男は力強く空中で一回転して体勢を保つ。
ようやく近づいてきた岩の、固い足場を砕くが如く蹴りを入れる。
脚の鋭い力が接触した瞬間、岩石が粉砕された。
何より、その男は空中で姿勢を保ちながら跳躍する。
そうして落下の勢いを殺しつつ、幾度も岩石を粉砕していく。
ほぼ落下に近い速度に、彼は鈍くぎらついた眼を更に輝かせていく、彼自身が耐えうる落下速度を維持したまま、暗闇の底へ、崖の下へと落ちていった。
何気なく、・・・いや、そうじゃなかったのかも・・、何か感じたのかもしれない・・・。
村を守る警護の人たちに、『何かあったら、何でもいいすぐ報せろよ』と言われ、渡された無線機は少年の誇りだった。
重い無線機を腰に引っ掛けながら、明かりを点けない暗い避難壕の中、入り口で外を一所懸命に見張っていた少年が。
・・・少年が・・村中の、誰かの家の側を走る何かを見つけた。
それは、家の軒先の弱々しい火の灯りの側を駆け抜けた・・・、一瞬、人の形が浮かび上がる。
なんだ・・『あれ』・・・――――月夜の暗闇の大きな影は、人と同大くらいの、そして、嫌な、ぎらつくような、背筋が思わず小刻みに震えた、奇妙な色の眼が、そこにあって・・・以前、見た・・肉食の獣、狼の・・・。
それが、その異形が、ぴたりと止まる。
・・・何かを探すように、立ち止まる・・。
――――息を呑んで、少年は・・・その狼を・・獣を見つめていた・・・。
辺りを周到に見回し・・済んだのか、その異形は前傾になり、加速し一瞬で走り去っていってしまった。
・・・少年は、・・あれが何だったのかわからないが。
・・この村の非常時に紛れ込んできた『悪魔』だと感づいた。
・・はっと思い出した、少年は腰の無線機を手に取った。
手が震えていた。
凄く、震えていた・・・――――
――――アシャカが腰につけていた無線機が声を受信する。
『ザザ・・カさん、アシャカさん・・・応答を・・ザッ』
「どうした?」
『ザッ・・よくはわからないんだが、『
「伏兵か?侵入されたのか?」
『わからない。人を見たと言っている・・ザザ』
「わかった、聞いてたな見張り、異常を見つけた奴はいるか?」
アシャカは少し待つが、複数人が聞いている筈の無線からは返事がない。
アシャカは・・それで、次の指示を出した。
「今すぐ点呼しろ」
『グレイズ、異常なし』
『ウィスディ、戦闘中』
『クロッソ、同じく戦闘中だ』
「・・・・・・」
数秒待ったが、順番の1人の声が無い。
「バブ、おい、応答しろ」
『・・・ジジッ・・・・・・』
微かなノイズしか無線機からは返って来ない。
「おい、バブ!・・・ちぃっ!3つ目かよ!3波だ!第3波だ!ミリア!行ってくれ!」
『了解』
―――――ちぃいっ・・・」
暗闇に舌打ちの音が微かに動いた・・・・今しがた・・・首を刺して殺した2人の男の、その内の1人が懐に持っていた無線機、そこから聞こえる会話から敵が異常に感づいたのを知って。
男は舌打ちをした。
・・男が両手に持った2つの無線機、左側の、自前の無線機に向かって苛立った声を当てる。
「早く来い!ちんたらすんじゃねぇ!この野郎!」
『・・ザザッ・・向かっている。すぐに着く』
彼は再び苦々しげに強く舌打ちをした。
見張りと思われる2人を殺す前から既に連絡を入れておいた、だが、2人を殺してから残りがいないか周辺を軽く捜索した後でもまだ奴らは来ていない。
「
男の邪気は膨れ上がって行くかのように―――――――
―――――ひどい――――
血を噴き出し・・倒れている2つの死体、肉が鋭利なもので裂かれた傷跡が複数付いている。
胸から大きく斜めに、脇腹から脚にかけて、他にもいくつもの傷跡があるはず・・・。
だが、垂れ流れる血で纏う服が染まり、どこを切り裂かれたのかすらも判別できない。
そして、そんな事を知っても、既に意味が無い。
―――――こんなひどいこと、なんで・・・――――
彼はあのフェンスの外のやつらを今か今かと待つ、うろつき・・だが、これほど性に合わないものはない。
腹が煮えくり返る怒りを隠す事さえしない、その荒い気性・・・それは、彼の・・肉体、・・外観さえ変えていく。
長い髪が、より所々逆立ち始め、筋肉質であった二の腕など体躯が更に盛り上がっていく・・・骨格が・・尋常では考えられないほど筋を深くしすぎた筋肉の暗影模様を曝け出していく。
彼の体躯が筋肉の変化によって、より前屈みに姿勢を矯正されていく・・が、何より彼の険しく歪んだ顔、その眼の目尻は一段と釣り上がり、闇の中で銀色の鈍い光を歪ませた、ぎらぎらと放ち続けるようになっていた。
―――――・・あくま・・・――――――――
瞬間、フェンスの一角が赤黄の炎を吹いて爆発する。
鉄くずが吹き飛ぶ轟音の中、更にその炎の中へと黒い大きな塊がフェンスを突き破り、ガタガタと車体を揺らしながら突っ込んでくる。
引っかかった鉄くずを車体が引きずる音と共に、残る装甲車両の1台がフェンスの内側へと進入してきたのだ。
離れて1人立つ、異形と成り果てた男はそれを見て、火を撒いて突進してくる車両を背にする。
撒き散らされる飛び火、鉄くずの散乱、それらの破壊で満たされた景色は、今更ながら盛大な戦初めの轟音として、異形となった男の狂気に拍車をかけていく。
――――――悪魔が、混迷につられてやってくる――――
――――報せを聞いたミリアが声を機敏に飛ばす。
「ケイジ!出番!」
「俺か!?」
やたら反応よくケイジは振り向く。
「ダーナさんの防衛域からこう時計回りに迂回していって!きっと出くわす!でなければ連絡を入れる!いい!?」
「おうよ!」
手ぶりを交えたミリアの説明にケイジが威勢よく反応したのを認めてから、ミリアは辺りを見回して任せられる手筈の人員、壁から動き始めた人員を確認する。
「3波出る!3波出る!地点へ急げ!」
ミリアは無線機へ声を出しながら、チームのみんなの様子も素早く見回しながら肩に掛けたライフルを左手で抱え込む。
ケイジが弾の入った袋を背中から下ろし、カウォとリタン2人の方に放る。
ずしゃっと袋の中の弾が崩れる音と、その重みで土が陥没した。
「出くわしたやつらをヤりゃぁいいんだな!?」
「そう!行って!ケイジ!」
「おう!」
勢いある返事と共に、ケイジが大きく跳び出す。
「あ!ヤるんじゃなくって・・・!・・」
その姿がすぐ離れていくのを目で追いながら、そしてミリアが呻く。
「あぁ・・・・・」
ケイジが跳び出したのに合わせて敵が発砲する。
「当たらなければいいんだけどさ・・後ろから回り込むとかして欲しかったな・・」
距離があるからそうは当たらないし単発だが。
ミリアのそんな呟きがケイジに聞こえる筈もなく、地面から跳ぶたびにスピードに乗り、闇の中に消えていった。
そのケイジの跳んで行った方向を呆然と見つめる・・・新入り2人のカウォとリタンだったが・・。
驚愕しているのも無理はない、目を丸くしてる表情の2人の肩へ手を伸ばして、パンパンと叩くミリアは。
「カウォ、付いて来て。カウォ以外の3人はここで待っててね、後で指示出すから」
「おい、隊長」
暗視スコープを装着しているガイがその指示に反応してやや声を荒げる。
目の表情はわからないが、ガイにしては珍しく指示に不服な様子だ。
ガイの方を見たミリアがすぐに左横へ顔を向けた。
それは何かに感づいた様子で・・・。
ガイがその視線を追うと、ミリアが何を見たのか納得する。
7人ほどの仲間がチームを離れて、村の中心へと移動して行っているのである。
なるべく素早い足並みで。
「指示は後で出すから」
ミリアはスコープの右こめかみ辺りを人差し指でコツコツと小突いて見せた。
口元でにっとミリアは笑うと、壁にしている壕を背にして走り出す。
指示通りにカウォもそれに続く。
ガイはその後姿をずっと睨んでいるようだったが、間を置いて、顔を背けた後一息、溜め息をついた。
「ガイ、大丈夫?」
リースも珍しく声をかけてくる。
「んぁ、どうした?」
聞き返されたリースは口ごもったのか、ガイを見ていたが。
「ん、いや、・・何でもない」
「大丈夫だ。言われたとおりに指示を待たんとな」
そうして壁を背に、相対している敵の様子をまた伺うガイ。
リタンはその頃、弾の入ったリュックを背負い終えた。
更に第四波、第五波が来ないよう祈るのはアシャカさんの仕事だろう。
ミリアは村の中心の方へ走った後、良い具合に先ほど村の中心へ下がった、第三波への対応メンバーが数人待っているのを見つける。
家屋の軒先に下げた弱々しい灯りでも彼らのシルエットはわかる。
自分を入れて、合計9人がここへ集まった。
集合場所を含めて、ここまで、手筈通り。
「指揮を執るミリアです、よろしく。みなさん聞いてる通り、これから敵の多面攻撃、第三波に対応していきます。指示を出します。3人1組になって。・・あなたはここ、うん、それでいい。それから村の中を索敵しつつ、ダーナトゥさんの所まで行きます。付いてきて。」
ミリアが声を発しながら次へ向かう方へ小走りに駆けていく、それを追いかけて彼らも走る。
それを認めてミリアは手ぶりを交える。
「あなた達は避難壕の前を通過して、あなた達は村長のお家を通過して、私たちはフェンスに近い所を行く。敵を見つけたら銃を撃って。そして素早く隠れる。撃って、隠れる。当たらなかったとしてもそれでいい、すぐ隠れる。いいですね?」
『おう!』
「ぁぁ・・、声は小さくして。敵がいるとしたら見つかるので。それと、村の中で銃声が聞こえたら即集まってください。銃を撃てば誰かが駆けつける。私がいなければ各自の判断で動いて。私がいたら従ってください、よろしい?」
「ぉぅっ」
いささか小さな声で返事をしてくれる。
「はい、あと、丁寧にではなく素早く移動を心がけて。目的地に早く着くように。ダーナトゥさんと合流が目的。でも敵がいたら足止め。では散開」
ミリアの指示に従い、彼らは隊を分けて動き出した。
彼らの中にはCross Hander以外の人、たぶん銃の扱いには慣れているだろうけど、村の人が混ざっている気がした。
そういう人たちは戦いには慣れてないかもしれない。
頭には入れておいて、指示した周囲の哨戒に集中する。
傍を付いてくる彼へミリアは目を一瞥して前を走る。
「あなたの名前は?」
「ジュギャだ」
「よろしく、ジュギャ」
新しく加わった3人目に声をかけて、寒風の闇夜を駆けていく。
夜の凍えるような風をその身で切って跳ぶ。
身体が下へ落ちる重力が煩わしく思えるほど、いや、地面を蹴るその時が一番、ビリビリと全身を駆け巡る衝撃と風を感じられるのだから、それはそれでいい。
最高な機動力で、フェンスが見える距離を一定に移動し続ける。
前方には何も異常は無い。
装着した暗視用スコープは軽量は軽量であるが、そのおかしな色の視界にいまいち感覚が狂う気がしてやりにくい。
やっぱなんか気になり始めてスコープに手をかけたとき、幾つもの人型が前方に見えた。
あれは壕に身を隠した人か。
ダーナとかいうおっさんの隊に違いない。
ケイジはその人影が見えるフェンスに一番近い前方の壕へ跳び込んでいく。
―――ザザンッッ・・・!!
着地に周辺の砂を吹き飛ばし、砂埃を少し派手に上げたか?とケイジは思ったが、それは手遅れだ。
「!?」
チャキっと横顔に銃を構えられる音がした。
「おいおいおい、仲間だよ。」
銃を突きつけられ少し慌てた声を出すケイジ。
その声に反応したのは低い声。
「・・・お前か」
壁裏で銃を突きつけたダーナトゥと数人、全員がケイジに向かって銃を構えていた。
怯えた表情で震えている奴もいたが。
「銃を下ろせ、客人だ」
そうダーナトゥに言われ、複数の銃はケイジから取り下げられる・・・。
「わりい、わりいな。で、無線聞いてたよな、それらしいのは見たか?」
「いや、ここは異常無い」
「わかった、俺は先を見に行く。」
「ミリア殿は?」
「遅れてくる、多分な、」
「・・そうか」
「じゃな」
その軽い声を残し、ケイジは再び跳ぶ。
「向こうは誰も・・・」
一つ跳びの驚異的な跳躍力。
二歩目には既に彼らの潜んだ壕エリアからは抜け出た。
三歩跳んだ内に、ヒュンっと空を切る音が耳に届いた気がした。
恐らく、敵に撃たれたんだろうが掠りもせず。
ダーナトゥは、その姿を見送っていた・・・風のように消えた彼の耳には、ダーナトゥの声はほぼ届かなかっただろう。
ドーアンはそれを驚愕の表情で見つめながら、呟く。
「・・なん、なんなんだよ、あいつ・・・、」
「・・
誰かが、押し殺した声で呟いたのが、聞こえた・・・。
――――そして、ケイジは感覚が微妙に狂う所為で、スコープが映す景色に集中していった。
ミリアは重いアサルトライフルを肩に提げて抱えるように走っている。
敵がいる可能性がある敷地内では咄嗟に射撃できるように構えながら走らなければいけないのだが、如何せん、この銃、少し重いのである。
横について走るカウォとジュギャは両手に構えながら走っているのが少し引け目であるが。
やっぱり、いつもの銃を持ってくるんだったかなと思う。
でも、村で補給してくれるという弾薬はサイズが同じでも、手造りも混じるらしいので、火薬量がまちまちだったり劣化などが心配で、少し警戒して村のライフルを借りた。
私のライフルが弾詰まりしたりで壊れるのも嫌だし。
借りたライフルをさっき試し撃ちしたが、旧式なので反動も大きい、精密に一射ずつならいけると思う、手入れは普段からちゃんとされていると思う、わかったのはそんなところだった。
そんな事を頭の片隅で考えながら走っていると、前方のスコープを通した景色にダーナトゥ隊が隠れているはずの幾つかの壕が見えてくる。
フェンスの方にいるかもしれない敵に注意して村側から迂回をしているのだが、今の所、敵の姿も形も無い。
んん・・?標的は村中に行ったか・・ケイジがぶつかっても遅くないはずなのに・・・やっぱり、なにかおかしいみたいだ・・・崖の方から・・?・・来るものか・・・?―――――
―――――その時、ケイジは前方の異変に気付きつつある時だった。
遠くから黒い、高さ3mはある黒い塊が向かって正面から突っ込んでくるのをスコープに捉えていた。
そしてそのフォルム、さっき見たフェンス際に並んだあの大型のトラックと似ている。
と言うより、間違いない、同じものだ。
既に敵の進入を許した事を瞬間的に察知して、ケイジは舌打ちをする。
駆け跳んでいた足を踏ん張り、身体の移動にブレーキをかける。
足の甲に砂が積もっていき、2秒にも満たずに止まる。
「トラック、トラック・・」
ケイジは口の中で呟きを繰り返す・・・。
グロロロロ・・・―――――と遠くで車が鳴っている。
トラックのエンジン音、砂を弾き飛ばし進む音が次第に聞こえてくる。
超重量の金属の塊がそれを動かす強大な力と勢いが、正面から突っ込んできている。
ケイジは担いでいたアサルトライフルを前へと構え、カチャリと安全装置を外す。
確か、オート射撃にしていたはずであるのを指の感触で確認した。
「トラック、トラック・・・、・・トラックといやぁ・・」
倍率を一倍に戻したスコープにもトラックのフォルムがはっきりと映し出されるほど近づいてきている。
――――ケイジは一つ跳び、正面のトラックへ突っ込む。
トラックに充分届かないような距離へだ。
砂を飛ばし二つ跳ぶ前、ケイジは着地する前から、突進してくる鈍重なトラックの左前輪にライフルの狙いをつける。
軽く引き金を引くと十数発の弾丸がトラックの左前輪に、火花を散らして襲い掛かった。
着地の己の体重と、ライフルの反動を上手く相殺し、体勢を崩すことなくトラックとの距離を余裕を持って右へ跳ぶ。
余裕と言っても距離は、すれすれ5mといった所だが。
ケイジは横に低く跳んだ後、空中で一回転体勢を立て直し、あくまでトラックを前方に捉える。
そして砂の上に寝転がる格好で、狙いを定める。
そしてオートでの連射を放つ。
狙うのは左後輪。
閃光の如く火を吹くケイジのライフルはトラック左後輪付近の火花を刹那に創り上げる。
ライフルの火花が消えた頃、ライフルから伝わる振動が温いものとなった。
弾が切れた。
硝煙と焦げた臭いが充満している中、トラックは左に傾き曲がっていき、ギュルギュルギュル・・っ・・!!と砂と摩擦するタイヤの音を出しながら止まった。
「やっぱ、タイヤだな」
ケイジは一人頷いた。
「かぁあああ・・」
突如、視界外、ケイジの右側から何かが聞こえた。
ケイジは瞬間に反応し、右を向く。
砂上に腹ばいのケイジの低い視線で、20mは遠くに人が立っているのが見えた。
そいつはゆっくりとケイジに近づいてきているようだが、
その人影、人としておかしくも見えた。
――――上半身が盛り上がった筋肉の、何より暗視スコープでは真っ白にぎらぎら光る眼光が、おかしい。
ケイジは反射的に跳ね起き立ち上がっていた。
なにより、そいつが俺を見ているということに対して、あいつを見なければまずいと、本能的に感じる。
―――ブロロロ・・っ・・と、砂を踏みしめる音が始まる。
音のした方、左を見ると今しがた急ブレーキをかけたトラックが走り始めていた。
ぎ・・・っと歯を噛み締めたケイジは、『そいつ』に構わず、トラックへと跳んだ・・・!
2、3歩、跳ぶ度にその瞬間だけで爆発的な加速度を生み出す、充分速度に乗ったケイジの左拳が突き出し、トラックの横腹へと衝突した・・!
ゴアッシャ・・!!・・と、トラックの装甲がへこむ、鉄板を仕込んだ分厚い装甲だったらしく、衝撃でトラックがバランスを崩した。
だが、それでも足りない。
その感触でわかる、ケイジは感覚でわざと逃した突進の余力の勢いで、左拳の一突きを支点にトラックの上方へと飛び上がる。
トラックは片輪が浮いた、ケイジの衝突で横にぐらつく、しかも走り出していたトラックは既に運転のバランスがおかしくなっている。
そして、狙いを付けたケイジはそのまま落下してきた、右足をトラックの上向きになった右側から蹴り込んだ。
ガインっ・・!と金属音同士がぶつかる音を出し、トラックは大きく傾いてた所の止めの一撃に、超重量が倒れ込んだ。
ギャリギャリギャリギャリ・・・!!・・っと砂と金属を思い切り擦り上げるながら横転したトラックは、衝撃で引っくり返った。
「――――ッカ!!」
突如の奇声か、ケイジが振り向く前に目の前に付けていたスコープが吹き飛び、ケイジの眼は暗闇で染まる。
咄嗟に、ケイジは後ろへ大きく跳ぶ。
嫌なにおいを感じた、しかし、暗闇での方向感覚、空中での間隔が狂っており、わけもわからずに着地は尻をついた。
そのまま勢いを殺さずに後ろに一回転し、四肢を地面に着いた状態で状況を知ろうと警戒する。
目を凝らせば何とか、何かが見える程度、月のお陰でもあった。
そして、急速に接近してくる何かが視界に入り、再び咄嗟にケイジは転がり、砂上から跳んだ。
上空から見下ろした、ケイジが今までいた場所に飛び込んできたのはあの異様な人影、悪寒が走るような異形のなにか。
太い右手を振り下ろした格好で、銀光の眼で・・上空のケイジを睨みつけている。
・・1歩、2歩と跳び、遠くに着地したケイジは、その人影から目を離さない。
最初のスコープが飛ばされた一撃、瞬間的に、身を引いていたため、スコープが掠った程度で済んだのかもしれない。
顎を伝う何かを感じて左手をやると、手に液体がついた感覚がした。
どうやら、スコープだけじゃなく、頬の辺りも軽く切ったらしい。
「あんな肉食獣いねぇよな。・・特能力者かよ」
吐き捨てるように言ったケイジ。
だが、その顔、今までに無く、張り詰め、・・・僅かにでも引きつっていく口端が、笑みさえも浮かべていた。
「グレアっ!!」
その大声に反応して、その異様な人影がケイジから目を離し、倒れた車両の方を見た。
「俺たちはどうする!?」
その中の誰かがあいつに大声で話しかけている。
「行け」
怒気を孕んでいるかのような、どす黒い低音がケイジの耳まで届いた。
響いてきたという感じでなく、腹の底が震わされたような感覚。
人間にそんな声が出せるのかというほどの奇妙な声。
――――ケイジがはっとして、振り返るとその声を聞いて走り出そうとする
追いついて吹っ飛ばしたい所だが、前に立ち塞がる『あいつ』を無視しては行けなかった。
というか、ケイジ自身が無視する事ができない、と言うのが正しい。
狂気染みた殺気が辺りに充満していて、ケイジ自身当てられたかのように、心臓の鼓動が激しくなっている――――。
ぱァンん・・っ・・・!!!
銃声が反響した。
反射的に辺りを見回すが、それらしきものは見えない。
パン!パァンん・・・ッ!!
続けて2発―――村の方か?
ひゅっ・・と弾が飛ぶ音が遠い、こっちは狙われてはいない、弾が飛んでくる感じじゃあない、暗闇で俺が見えてないのか・・・?―――――
トラックから出てきた男が1人撃たれるのを認めた――――向こうか・・!村の方、援護か!
そう直感したケイジの耳に、さっきとは打って変わって甲高い声が届く――――。
『ケイジ!?来た!ダーナトゥ隊の所と村には入れさせない!あの車両から釘付けにする!そっちの状況は!?』
ミリアの耳を劈くような声。
だが、それはとても心強い援護だ。
「あっち側に1人特能がいるっぽい」
『え!?』
「ナチュラルだ、だが、相当やばそうな奴だ」
『・・それは任せてもいいの?』
あのぎらぎらした眼の異形の男、ケイジが目を離していないそいつは、ずっと村の方角を見ている。
突然の伏兵にあいつは脳みそをフル回転させているんだろう。
「・・ぁたりまえだろ!!」
『・・おーけい、何かあったらすぐ連絡すんだよ!』
そう思った瞬間、『あいつ』は車両の方を無視し、村の方へと駆けた。
その速度、物凄く、速い。
やべぇと、思ったケイジ。
ケイジは、そいつを追いかけ大きく前方に跳んだ。
かなりの速さで跳んでいる筈だ。
ケイジ自身、焦っている。
すぐには追いつけない。
奴は50m近く距離がある筈の村の敷地内へ、数秒もかからない内に飛び込んだ。
前屈みに走る奴の姿は、最初の印象の通り、獣を思わせる。
それも獲物を見つけた時の肉食獣が、スピードに乗った走りの。
それが、余計にケイジに焦燥感を与えていく――――。
――――ダーナトゥ隊方面への進路、村方向への進路。
第三波の攻撃ルートは両方とも塞いだ。
少なくとも索敵は充分できるし、この位置、村中のバリケードの暗闇の中から、あの新手の倒れた車両付近から離れようとする敵を射撃できる。
しかも、敵にこちらの正確な位置を知られないだろう。
辺りを見回せば、指揮下に置いた3マンセルの3チームが適当に間隔を置いた異なる位置に身を潜め車両を狙っている。
これならば簡単には車両の敵はあそこから動く事はできない、釘付けにできる。
きっと、さっきケイジが撃ったライフルの連射音を聞きつけて、集まった彼らの素早い行動だ、戦闘員として心配なく頼りにできそうだ。
状況を整えたミリアが次の事を考え始めた瞬間、ミリアから見て右隣に張った3マンセルが何かに警戒するような様子が、暗視スコープの中に見えた。
ミリアは彼らを注視する、・・・1人、背中から血が破裂したように噴出した。
そして、何処からか現れた異様な人影を見た。
盛り上がった肩周りの人影を見た瞬間、2人目が首を裂かれ膝を突いた。
素手での手刀に見えたのに、血が出たのだ。
ミリアはその瞬間、反射的に腕の中にあるアサルトライフルを肩に当て狙い構える。
標的は当然、その異様な人影。
覗き込んだライフルのスコープの中では3人目が地面に顔面を打ち付ける瞬間だった。
彼はその顔面の強打を最後に動かない。
刹那、標的と照準が合い、トリガーを引いた。
タゥンッ
ミリアの
――――しかし・・、その人影は尋常でない速度で村の方へと跳ね、砂の上を転がり、四肢で張って止まった。
ミリアの弾丸は余裕を持ってかわされたと判断する。
その人影は張ったまま辺りを警戒している。
弾の出所を探しているのか、他の獲物を探しているのか。
あれが、ケイジが言っていた能力者か?
もしくは新手の能力者・・?それは、ヤバい。
その人影の存在について一通り考え終わる前に、更に奥から黒い物体が人影へと急襲をかけた。
その特能力者を追って来たのは、『ケイジ』!
そう直感したミリアは、ケイジと対峙するあの能力者への
「指示出して、このまま配置を維持。横転した車に敵を釘付けにして」
「了解」
2つの人影が高速で動くのを、・・照準の中心で追い続けるミリアは、一息を深く吸い、深く吐く・・・――――。
―――――ダッパァっ・・・と全体重で踏みつけた砂が混じった土が陥没する。
狙ったあの『獣野郎』は地面を転がり避けやがった。
逃げた左方向の奴を目尻で捉えながら、跳躍して距離を空け相対する。
既に地面に屈んだ『獣野郎』が態勢を整えていて、こっちを睨みつけている。
「さっきからっ、うぜえぇっ!!」
奴が叫ぶ。
「んだ・・?」
「俺の邪魔をする奴ぁ、ぶっ殺す!」
「んだよ、来いよおら・・・」
ケイジが言い終わらないうちに、奴が機敏な動きで体勢を更に低くした。
ヒュンッ・・
空を切る音がケイジの耳にも届く。
奴の身のこなしはケイジに襲い掛かるためではなく、何処からか飛んできた銃弾を避けるためだったようだ。
「うっぜえ!!」
吼えたその獣は更に村の奥へと駆け込んでいった。
「弾ぁ避けんのかよ・・・しかも逃げんのかよ・・」
ケイジも再び奴を追い、跳躍する―――――。
――――離れた所で狙い撃ったミリアは二度も外した事を、いや、避けられた事に、口元を閉めた、緊張の面持ちをしていた。
だが、どうしようも無い事は頭ではわかっている。
後はケイジに任せる。
そう、強く自分を言い聞かせ、当初の目標だった車両周りに潜む敵に注意を戻した――――。
―――――町中を突っ切って走る異形の男。
獣が疾走するが如く男のスピードに何とか追い縋っていたケイジだ。
が、突然、あいつが跳躍し、ある一軒の家屋の屋根へと男は一跳びで上がった。
ケイジは男を警戒し、距離を充分に空けて着地した。
「ッッッカアアァァッ!!」
およそ、獣の咆哮の如く、鬱憤している
歪な屋根の上で月夜を背にしたその男、顔こそ見えないが銀色の眼光が更に異様な存在感を放っていた。
――――悪魔が、村にやって来た。――――
ケイジはその男に声を張る。
「お前、能力者か」
「・・ッカ・・、のうりょ、くしゃ?何のことだ?」
――――悪魔が・・・、・・・のう、りょくしゃ?――――
「けっ、完璧、
この男、麻薬をやってるかもしれないと、ケイジは思う。
「オレのコレ、か?これが、のうりょくとか言ってんのか?」
喋りのろれつがおかしいのは能力の所為か、麻薬の所為か・・・。
「おつむは生きてるみたいだな」
「ケッ、オマエは驚いてないみたいだ、な、オマエもなれんのか、こんなな、テンション高くヨ?」
「・・俺の場合は、テンション高くなんねぇでも、強いぜ?」
「・・っひゃはっはっひゃ」
――――悪魔が笑っている。・・でも、その本性が――――
・・月の薄明りに見えるその姿、風に荒立つ長髪に逆立った部分に、獣のような長い耳が見えた気がした。
そして、腕に鋭い爪。
獣の牙のようにぎらりと、光ったように月明かりを反射した。
・・半透明なのか・・?・・薄く透き通るような・・・よく見えないが、その長めの鋭爪ならば、獲物を切り裂くのに難儀は無さそうだった。
「・・・だぁあく・・っ・・ダーク、ネイビ、グレア・・・」
「ん?」
「っつったら、この辺でも有名だと思ってたんだがよぉお」
『ダーク・ネイビ・グレア』っつったのか、こいつの名前か・・・?
「・・知らねぇ」
グレアと名乗ったその異形、随分と昂ぶりが落ち着いたらしく、最初に比べて発音に違和感は無くなってきていた。
「・・・んじゃ・・、死にゃぁわかるだろ?」
歯を食いしばるように、笑ったのか・・・言うことは物騒だが・・・。
――――・・ケイジさん・・・――――
グレアは立っていた屋根の上から跳躍し、まっすぐケイジへ飛び掛ってくる。
ケイジは構えたまま後方へ跳ぶ、距離を取るように、だがグレアの突進が目の前で両手が大きく開いた瞬間、加速度を増したケイジが横へ跳ぶ。
空を斬るグレアの両爪、刹那が追いきれなかった・・・グレアがケイジの逃げた先を睨みつける。
その着地、衝撃を感じさせず、グレアはケイジ目掛けて地を駆ける。
しなやか過ぎる筋肉、一気に距離を詰めてくる。
あまりの速度に、ケイジは肝を冷やす――――顔面に繰り出されたグレアの右爪をすれすれで避けた、地面を高速で蹴り出し捻った身体で回転した右肘撃ちを食らわす。
グレアの無防備な肩に当たった肘鉄は、盛り上がった硬すぎる筋肉が、岩に肘を当ててしまったぐらいの感触で返って来た。
ぎりっ、と歯を嚙み締めたケイジはグレアの右爪が薙ぎ払う2撃目を横の大きな跳躍で避け、距離を開ける。
さっき当てた肘が、じんじんする痛みを感じながら、体勢を整えようか・・と頭に過った瞬間に、グレアがすでに距離を詰めている。
早すぎ・・っ・・、とケイジは心の中で毒づく。
グレアのその右ショルダータックルが、ケイジの胸腹を襲う。
咄嗟にケイジは左肩を差し出し、ショルダータックルに当てる。
ガインっと、奇妙な衝撃音と共にケイジは吹っ飛ぶ。
宙で、体勢を立て直す事ができずに、ずざああぁっと砂の上を滑った。
その滑りの勢いが弱った時、ケイジは半身を返して、四肢をついた体勢へ砂上で整える。
グレアは追ってきていない。
思った通りだ、追って来れなかった。
ケイジの左肩との衝突でグレアも痛みを覚えたからだ。
そして警戒もしているか、グレアは忌々しげにケイジを睨んでいる。
それを見て取ったケイジは、仕掛ける・・・!
一つ跳び、前方に低くケイジはグレアとの距離を一息に縮める。
その驚異的な加速度にグレアは眼を見張る。
二つ目の跳躍で、ケイジは左腕を中に引き込み、両足で溜めた力を伝えた。
そして、グレアへ目掛けて左拳を思い切り突き出した衝撃を当てる・・・!
ボシュウっと音が、掠めたグレアの左頬を焼いて、左拳が後方へと飛んでいく・・・まだだ、突っ込んだ勢いのまま力を込めたケイジの二撃目、左肩がグレアの顔面を強打した。
その衝撃に首が持っていかれそうになり、・・吹っ飛ぶグレアの身体。
たまらず転倒しそうになった、だが、何度も横転した後、片膝を付いたグレアは、ケイジを殺気の篭った眼で睨む。
ぎらぎらとした銀の眼光が更に激しさを増していた。
――――すごい・・・、すごい!悪魔を、悪魔を跳ね除けれるなんて・・・!―――
宙を跳んでいる間も、横目でそれの挙動を見ていたケイジは3歩目で、ガリガリガリ・・っと片足、そして反転しつつもう片足で地面の砂を削りながら、グレアを正面に捉えつつブレーキをかける。
―――ケイジさん!すごい・・・!すごい!ケイジさん・・!・・!?――――
再び相対したグレアの口の端からは・・牙のようなものが見えていた。
さっき消えてたな・・・。
不安定だな、とその牙を確認したケイジはグレアから目を離すことをしない。
「・・・ギっ、グッ、・・ッハ・・」
・・グレアから嗚咽のような、漏らす声か・・・怒りが限界を超えたかのような、奇音が聞こえ始める・・・感情が暴れている・・か?
「グッ、・・ハッ、ッヒャッハッッシャヒャ・・・」
かろうじて・・・グレアが、笑い始めたんだという事がわかった・・・―――――。
――――――リース、応答を、リース、応答を」
『リースです。ミリア?』
「そろそろ頃合だけど、いける?」
『敵の位置は大体把握した。任務の遂行に支障は無い』
「わかった。では、今より行って下さい」
『了解』
「・・くれぐれも気をつけてね」
そう告げて、ミリアは耳元の通信機の接続を切り替えた。
そして未だ、車両の影にこもり、それを包囲する自分たちの、動かない状況に視線を走らせる。
「・・切り札は、多い方がいい、けど、危険な事、わざわざさせる必要、も無いのに、か・・・でも、必要なのか・・・」
そう一人ごちるミリアを尻目に見るカウォは、何のことを言っているのかさっぱりわからないでいた――――――。
「―――――ッヒャッハッハハアアァァッハッハ!!」
拍車をかける異様な雰囲気にケイジは、緊張を余儀なくされる。
「お前!異常だな!?お前も異常だナ!?カタチは変わってないガ!イジョウなヤツだロ!!?」
何が可笑しいのか、笑いを抑えきれないようだ。
いや、『嬉しい」のか?あいつ・・・。
「お前と一緒にスンナ。けどまぁ、・・俺は普通じゃない、かもな?」
「―――ヒッヒヒャアァッハッアアァ!!」
メキメキと音を立て、あいつのテンションが、笑い声の大きさがでかくなると、連鎖したようにヤツの、身体が奇抜に変形していく。
骨格がそもそも、異常に、盛り上がり、腕のリーチも足のリーチも・・・みるみる内に伸びてないか・・・?・・とケイジは疑う。
身体が・・・さっきよりボリュームが増えている気がする。
強く逆立ち始めた髪の毛が・・針金のような、触れると刺さりそうに固そうな、おぼろげな鈍い光を艶やかに反射している。
それに眼は、『あいつ』の目は・・・既に、人間の眼の形で無くなっている。
獣の、肉食獣の眼がぎんぎん・・・と闇夜に強く光り輝いていた。
やっぱそうだ、こいつ。
まだまだまだ、不安定なやつ。
ケイジの判断はこれだった。
ナチュラルだから当然と言えば、当然なのだが。
これだけ、ナチュラルでキテいる奴も珍しいんじゃねぇか?
――――悪魔を、パパたちの所へ行かせないで・・・――――
ケイジは、上半身を低くして、相手に構えた。
「ッシャァッ!!」
不気味な奇声を発して、グレアが突っ込んでくる。
先ほどより数倍早い・・っ!
――――きっと、ケイジさんしか、止められないから――――
一瞬にして、驚異的な脚力がケイジとの距離を詰めた。
ケイジは反応した、右に大きく低く、地面すれすれに跳ぶ。
グレアは空ぶった右腕の一振りを身体に巻き込むと同時に、砂を幾度も足でかき、ケイジに向かって突進する―――――。
―――――リースは独り、砂色のローブを身に纏って立っている。
微かに金色の髪がローブから風に乗せて揺れるが、暗闇の中ではそれは無いに等しい。
リースが立つのは、アシャカ隊が張っている東側の壕、の更に北東。
ここは村が襲撃に遇ったにも関わらず何事も無く、更に北東の見張りからの敵影発見の報告も無い。
充分に周りを警戒した後、リースはフェンスへと駆け出す。
暗視スコープに映るものに異常は無い。
そして、100mの短距離を走り終えフェンスの側へと付く。
リースが手探りをしながら、探して・・見つけるのは汚れた赤いテープ。
腰の高さに見つけたそのテープは目印で、その周囲を押せば人1人が通れるほどの穴が空く。
事前に細工をしていた内の1つだ。
その穴へリースは潜り込み、容易にフェンスの外へと出た。
そして、更に砂漠の方へと駆けて行った。
暗視スコープで周囲の警戒は欠かさない。
東の敵集団は既にフェンスにくっ付く事しか頭に無いようで、行く手に敵影は見つからなかった―――――。
―――――異形のグレアの乱暴なステップワーク、地面が抉られるその身体の転換は多少のロスだが、それでも充分に速い。
距離を開ければスピードに更に乗り、乗れば乗るほど際限なく速くなる。
眼前まで来たグレアに身を捩っていたケイジはタイミングを合わせ、右足の
グレアの右の二の腕を捉えた右
めき・・っと、グレアの筋肉で盛り上がった太い腕が陥没した感触が伝わる。
ケイジはその蹴りを支点に跳ぶ、つもりだった。
グレアはその一撃で多少体勢を崩したのかもしれないが、強引に左腕を伸ばし、鋭い爪がケイジの右の二の腕を掠った。
そしてその左手を握り込んだ、が、グレアにとっては惜しくも、ケイジには危うく捕まらなかった・・・。
・・グレアが右腕から伝う衝撃の痛みに踏ん張ったのはその後の刹那、吹き飛ぶのを堪える、ぎりぎりでケイジがその右蹴りの跳躍力で身体ごと射程圏外まで跳んで行った。
ケイジが自身の右腕を視界の端に入れると、血が滴り落ちるのが見えた。
奴の鋭利な爪は一撃で死ぬのも厭わない。
爪がまともに切り裂く・・嫌なイメージが浮かび、ぞくっとする。
グレアが跳ぶ、ケイジほどの跳躍力では無いが、目の前のケイジへ距離5mほどで着地、その刹那、重力の影響を見せずに横へ駆ける。
ケイジの死角を取るつもりか。
小回りが早すぎて眼で追うのも、次第に追いつけなくなりそうだった。
ケイジは前方に、グレアの包囲から一瞬で距離をとる跳躍をする。
空中で肩越しにグレアを目で追うと、グレアは一直線にケイジへと突撃してきていた。
着地を狙うのか、とケイジの頭に過ぎる。
ケイジの着地と、グレアの速さがぎりぎり同時になりそうなほど、グレアの動きが速い。
ケイジは着地、その瞬間に後方へ、グレアから見れば右に跳んだ、筈だった。
どんっ・・と、どうしようもなく重く堅い、何かに背中を打ちつけた。
ケイジは目で追ってはいない。
だが、その背中を打ちつけたその何かに、一瞬の判断で即座に腕の力だけで左の裏拳をかます。
息が止まってるのにも構わず、繰り出したそれは確実に何かに当たる手ごたえがあった。
ゴアン・・っ!と金属が震える感触を感じながら、右手と右ひざを地面ついたケイジは再び前方に跳び、距離をとる。
空中でげほっ、がほっ、と咳きこみながら。
苦しいが、最悪の事態よりはましだと、わかっている。
着地時に、転がり両膝を付いた姿勢で、今跳んできた方向へと顔を向ける。
残りの咳き込みを消化しながら状況を確認した。
背中に打ち付けたあの重く堅い何かは、いま顔面を押さえているグレアだったのだろう。
それは、自分がかわせると思った動きをかなりの速さで上回ってきたってことだ、あの一瞬で自分の死角に飛び込んでいたグレアの・・・。
咳が治まって来る頃には、グレアの鋭い目付きがケイジを睨んでいた。
月夜、未だ、翳り無く、両雄の対峙、阻む事なし。
ただ、静かに戦況は、変じつつある。
・・彼らの闘いのことじゃない。
大局が、確実に傾き始めている―――――。
――――――・・・砂漠を充分に回り込み、慎重に東の敵集団の背後を取ったリースは、暗視スコープの景色を頼りに敵の背後へと近づいていく。
背後を守る敵兵の存在は無い事は無い。
だが、手薄だ。
1人、2人、3人・・、5人。
――――リースは当初の予定通り、闇の中、砂に紛れ、低い姿勢を保ちながら近づいていく。
一番手薄になっている場所、左端。
そこは1人、いや、かろうじて2人が見える。
リースが小走りで近づいていくにつれ1人が、何かに気付いたように視線を止める。
微かに気付かれたのは頃合である。
リースは今しがた何かに感づいた1人がこちらを見ているにも関わらず、足を止めずに近づいていく。
だが、その敵は何かが近づいているのが、・・目に入っている筈であるのに、数秒後、視線を逸らした。
リースは砂の上に腹ばいに倒れ込む。
2人目が何かに気付きこちらを見たからだ。
もぞりと、顔を上げたリースはその離れた場所にいる2人目の姿を確認して、再び立ち上がり、低姿勢で駆け始める。
そしてリースは1人目の見張りの傍まで来て、眼を見て声をかける。
「ボス・・、どこだろう?」
「ん・・あ?ボス・・?首領なら、さっき確か、あの馬鹿でかい車の方に行ったが・・」
「そうか」
にべも無く答え、リースは敵の陣地へと歩いて入っていく。
あの重装甲の車両が2台横に並ぶ配置。
その後ろ、もう1台軽車両が停まっていた。
村の方からは陰になって見えない位置だ。
そして、たくさんの武装した人たちがいる。
薄いランタンの灯りがいくつか使われているようだが、大きな車両の陰から村の方を覗う者たち、それを後ろで見ながらぶらぶらと暢気に座って暇そうにしている者さえいる。
その大型車両の中にはまだ人がいるとしても、ここには40、50並の人数がいるのか。
大型の車両に入れるぎりぎりの人数を連れてきたという事か。
紛れるように歩いているリースはそんな彼らに、念のために1人ずつを目に留めて、処理を施していく。
・・頃合を見て、リースはまた1人であぶれている者に尋ねる。
「首領、どこだろう?」
「首領か?あの首領の車に戻っちまったよ、さっき」
そう言って指差したのは、あのベージュ色の軽車両。
「そうか」
にべもなく、リースはその軽車両へと歩いていく。
リースにその事を教えた男はすぐに興味を無くしてリースから視線を外した。
その軽車両、後方座席の屋根が開くようになっていて、1人、ふんぞり返って座る男がいた。
30台頃の男がいた。
狡猾そうな目をした、隙の無い雰囲気。
それが、恐らく、探していた目標――――。
――――1つ、異様な感覚を覚えていた。
揺らぐ何かが、何かが見えているはずなのに、異様な何かが目の中に見えている筈なのに、おかしい。
見ていたってそんなものなんて無いじゃないか、とモルゲン・ハティウスは考える。
何かが視界に入ってるわけじゃあない。
しかし、次第に強く襲ってくるこれは、・・焦燥感。
「おい、だれか・・いねぇのか・・・?・・ゼゾ、・・・ライカ・・」
汗さえ噴出しているこの身体の状況、明らかにおかしいだろう。
明かにおかしい・・・何が、おかしい・・・?・・・。
揺らぐ、いま、何かが見えた気が・・した。
「あなたが首領?」
耳元で囁かれた言葉。
それが形のあるものになるのに、数秒を要した。
「誰だ・・?」
振り向くと同時に、微かな灯りに反射した、フードの闇の中から金色の長い髪が見える、誰かが。
そして、生暖かい、ものが胸に注がれるのを感じている事に気付く。
胸から腹へ、そして下腹部へと止め処なく流れていくそれが・・・己の血である事に・・・・・気付くのに・・さして時間はかからなかった。
両の手で押さえようとしても・・・首にできた広い、深い裂傷の隙間から零れていく自らの生命の液が・・車のカーペットに染み込んでいく。
身体中の力が抜けていく・・・霞んでいく視界で・・もう一度背後を・・・見ようとしても、そこには誰もいるはずが無かった―――――。
―――――おいモギー、」
男が車両に上ってくる。
「動きたがってる奴ががぁがぁ言ってきてるぜ。時間かかり過ぎだろう、あのイカレ野郎・・言うほど使えねぇ・・・」
車上で、椅子深くふんぞり返っていた天を仰ぐ男が・・・モーゲのはずだ・・異臭・・・大量の血の匂いが・・充満している・・・。
「・・おい、・・おい!モギー!・・モギー!・・モルゲン!!モルゲン・ハティウス・・・!!?・・・!!――――――」
『―――――任務完了した。離脱中、です』
「了解、帰りも気をつけて」
ミリアはリースの報告を聞き終え、少し、頭を巡らす。
ゴロツキと言っていいレベルだから、いくら指揮官を取ったからと言ってどこまで相手の指揮に影響があるのかわからないが。
あれだけの人数を3隊に分けて攻撃を仕掛けてきたくらいなのだから、多少の影響は見込めるだろう。
それに、攻めてきた第一波が大型車両2台と他の隊より規模が違うし、定石で言ったら、切り込み隊を務めるのは地力が強い隊の役回りだし。
今は関係ないか。
大切なのは、現状だ。
南西側のここでは、目の前には未だ動きのない横転したままの車両の第三波と対峙し続けている。
・・・装甲車の屋根をこちら側に向けたままで、ずっと裏側に潜んでいるようだった。
その距離およそ100mだが、十分な射程距離圏内だ。
しかし、敵の姿が見えなくて射撃はできない。
たくさんいる事はわかってはいるのだが、彼らは混乱もせずに留まり続けている。
混乱してくれれば楽に掃討できるんだけれど。
無抵抗の人間を撃つなんて、そんな趣味もないが。
・・そんな馬鹿な事はしないみたいだ。
いつまで待つんだろう、彼らは。
こちらから攻撃するのは、被害を抑えるならしない方が良い。
もう少し、待てば・・・。
突如、車両の扉から、真上に照明弾が上がる。
夜に赤色なりの、眩い火花を纏いながら撃ち上がったそれに、その場の全員が目を奪われた―――――。
―――――天高く浮かんでいる眩い照明弾が目を奪ったのは、その場にいたミリア達だけではなく、村に点在する隊の仲間たち全て、そして遠く離れた家屋に囲まれた村中で対峙するグレアとケイジも同様だった。
夜空に浮かぶ火が、ブルーレイクにいる全ての人間たちを見上げさせる・・・――――。
「――――シュェッ」
グレアの口から空気が鋭く洩れたような音が出た。
その音は舌打ちだったのかもしれない。
グレアはケイジを再び殺気の篭った銀光で睨む。
その夜空に飛ぶ照明弾を見たケイジがグレアに視線を戻したと同時に、グレアがケイジに突っ込んで来るのが目に飛び込んできた。
隙を突かれた・・っ・・ケイジは身構えたままグレアを迎え撃とうとする。
歯を食いしばり全身に力を入れた、だが、一瞬、判断が遅れたのは否めない。
グレアの真っ直ぐに突いた右爪が胸を裂こうとするのを、大振りに砂上に倒れ込みそうにながら避ける。
完全に体をひねり過ぎた、だが距離をとって、余裕を持って、避けれて、ケイジは・・グレアのその一撃が空を切った、と思った。
かすったのか、プロテクタが運よく引っかかったのか、そんな感触はあったが。
グレアの二撃目を警戒していたケイジは少しの距離を置く・・・が、そのグレアは、ケイジを無視して、直進していっている・・・。
ケイジを追っていない、その方向はフェンスの方・・・っ・・。
――――だめえぇっ!!――――
ケイジはグレアの行動が何を意味するのか、はっとして、激しい焦燥感に駆られる。
すぐさまグレアを追う、だが、直進するあいつは、速い。
出来る限り出せる速さで跳んで置いていかれる事は無いが、リードを詰められもしない。
むしろ、微妙に距離が開いていく。
・・ケイジが、高速で直進するグレアを追っている間、その脳裏に浮かんだのは、その先にいる筈のミリアだ。
そしてそのイメージが直結する数秒後、ケイジは耳元に手を当てた―――。
『――――おいミリア!背後!気をつけろ!』
突然のケイジから来た耳元への声。
ミリアはその声への驚きに身体をびくっと震わせ、すぐに後ろを振り返る。
暗視スコープの中に何か異常が見えるわけではない。
「何があった?」
いや、物凄い速さで、村の方からミリア達がいる物影とは離れた距離を通過しようとする・・人間?
『あいつが向かっている!』
あの特能力者か、ケイジが逃げられたか。
物影に息を潜め、背後にいる仲間2人に手で制すジェスチャーを示す。
『身を隠せ』と指示を出した・・・次、どうするか、あの特能力者、狙撃?このまま行かせる?車両の戦力と合流してから撃つ?仲間を退避させる?でも車両からの攻撃が危ない。
そもそも、あの照明弾、合図だったのか・・・?―――――
―――――場合によってのメリット・デメリット、その結論が出る前にその高速で走っていた特能力者が90度向きを変えてこちらに突進してきた。
自分たちは物影に潜んで、この暗闇の中なのに、こっちを一直線に目指して駆けてくる。
見つかったと考えていい・・・――――
「―――――逃げて!」
ミリアは背後の2人に鋭い声でそう告げて、ライフルを構える。
狙いをつけたライフルから突進してくる能力者に間髪を置かずに弾が飛ぶ。
オートの連射、数秒の内に弾倉が空になるが、近づかれる前に即、仕留めなければ、死ぬ。
しかし、能力者は横へと跳ぶ、その素早い撹乱動作、地面を踏むいくつものステップを読む事さえできずに連射を続け。
仕舞いにはミリア達が隠れている物影の壁になる方、外側フェンスの方へと逃げられ遮蔽物に姿を一瞬見失う。
逃げられたというより、フルオート射撃を全て避けられたと言った方が正しい。
即座にミリアは空になった弾倉をワンタッチで外し、代えの弾倉を装着、ガチャリと装填を済ませる。
その間にも周囲を見回していたが、後ろの2人は未だ持ち場を離れず、逃げずに銃を構え、今しがた突撃してきた侵入者に備えていた。
「前後左右、上空も気をつけて!何処から来るかわかりゃしないから!」
特能力者の恐ろしさを、この人達が知るはずも無い。
「あ、あれは・・」
カウォだろうか、何かを言いかける。
『あれはなんだ?』ってことだろう、言葉の先はわかってる。
でも、必死に見回す視界の中に黒い影が遠くに入った。
村中の方。
そう思った瞬間、バババっ!と間近で銃声が鳴る。
反射的にそちらの方、右側を振り向く―――――。
――――得体の知れない、大男が右手を振り下ろすモーション、仲間の1人の腕が、斬り飛ばされる瞬間―――――はっきり見た。
びしゃっと、血を撒き散らし左腕が地面に叩きつけられた。
―――既に大男は左腕を振りかぶっている。
「――――はあああぁぁクァっぁっきゃっっ!??」
バババッ!!
――――悲鳴が混じる奇声を発するカウォ。
火を吹くカウォのライフル。
しかし、狙った大男は既にもう、そこにはいない。
カウォが咄嗟に出したライフルが、空中にいた大男の左腕の薙ぎ払いで吹っ飛ばされる。
カッ!とライフルが吹っ飛ぶ音と同時に、カウォがライフルのベルトを巻いた身体ごと軽々と吹っ飛んで転がっていく――――。
――――ミリアと大男の目が合う。
―――銀色に光り輝く眼、それに意思なんてものを見る事ができない、暗闇に吸い込まれ・・堕とされそうな眼。
大男が呟く瞬間にも、振り上がった大男の太い右腕。
「ガキ・・」
そう呟きかけた瞬間、大男は横からの巨大な衝撃に吹き飛ぶ。
ミリアの視界外から飛んで来た、大きな黒いものが大男を吹き飛ばした。
大男は物影にしていた、ガラクタを積み上げた物達の中に吹き飛ばされ、それらの無数の残骸と共に宙を舞った。
あまりの衝撃に、その様子はスローモーションの様に、ミリアは眼に焼き付けられていく。
大男は大きな衝撃に身体を歪め、脱力し、成す術も無く飛ばされるがままに。
壁が・・・大男との衝突で、硬い物に亀裂が入るよう形を崩し。
無数の残骸と共に、大男も残骸の一部になったかのようで。
砕けていく、吹っ飛んでいく・・半開きになった大男の口が何故か印象的だった――――。
――――ずさああぁあっと、大男が横転して回転していく度に砂を撒き散らし遠くへと転がっていく。
吹っ飛んだ―――――
「かはぁ、はぁ・・」
近くで聞こえてきた人の気配に気付き、ばっと振り向く―――。
そこにはケイジが、口を開けて肩で息をして立っていて、今吹き飛んだ大男の方を見ている横顔が見えた。
鋭い目付き、普段は見れないが、戦闘中のよく見るあの顔つき。
「は、はぁ・・はぁ・・っ・・ふっぅ・・」
ミリアは大きく肩を揺らして息を吐き出した。
極度の緊張から落ち着かせるためのルーティン・・息を整える。
「っぐうっぐあああぁあ・・・」
・・呻き声。
ミリアがはっとして見ると、さっき左腕を切られた仲間、ジュギャの痛みに耐える声。
ミリアが駆け寄って状態を・・異臭、・・酸っぱいのか、金臭い臭いが混じった臭い、血の臭いだ・・・確かめる。
左腕の先が切り落とされて、血が止め処なく流れている。
とても強い力で裂かれたのか、引き千切られたのか。
―――止血が、必要だ・・、止血・・布、長い布なんて・・・縛れる物なんて・・・これ・・。
ミリアはライフルを肩に引っ掛けるベルトを外し始める。
「ちいっ」
ケイジが舌打ちするのが耳に届く。
ミリアがケイジを見上げると、ケイジは遠くの一点、さっき吹っ飛ばした大男の方をじっと見入っている。
「どうしたの?」
機敏にミリアは手を休めずきつく傷口を絞め始める。
仲間の男、ジュギャの口から痛みに耐える苦しげな呻きが洩れる。
「跳ね起きる元気がまだあんな、あいつ」
「・・そう・・ちょっと代わって、」
「ん?あぁ・・どうすりゃいいんだ?」
「きつく縛って、きつく、血が止まるくらい」
ミリアは吹き飛んで小さくなった壁の端から様子を覗き見る。
あの能力者は走って、車両に向かっている。
「やっべぇな・・これ・・・ちくっしょっ・・っ・・・」
力を籠めるケイジの声が傍で聞こえている。
後ろ姿だが速度は幾分落ちているのが目で見てわかる。
戦意喪失したか・・?銃で狙うには遅いか・・・。
「おけぃ、代わる」
ケイジと代わったジュギャの止血は、きつく縛ってある・・・顔色は悪いし痛がっているが。
「・・大丈夫か、これで」
タゥンッ!
銃声が反響した。
タタッ・・タタッ・・・―――――――
代ろうとしたミリアが慌てて、辺りを確認する。
ここ以外のミリア隊から分かれた残りの3人が発砲しているようだ。
あの能力者を狙ってるか。
視界の端に入った、もう1人・・。
力任せに吹っ飛ばされたカウォは横たわっている。
ミリアはカウォに駆け寄り、脈を取り、息をしているのを確認する。
ただ、気絶しているようだった。
出血はしていない、運が良かったのか。
ミリアはふぅっと一息ついてカウォの両足を力いっぱい引きずり、素早く壁の陰まで運んで。
ケイジはその間ずっと、相手のあの特能力者の出方を伺っていたようだ。
隣に戻ってきたミリアにケイジは尋ねる。
「どうなってる?」
ミリアはケイジをちらりと見て、肩で息をしながら答える。
「こんな膠着状態。どっちもどうしようもない感じ。それと、リースがアシャカさんの所で対峙してたの、の『頭』を取ってきた。」
「・・リース、か」
ケイジはそう呟いて虚空を見つめたのは一瞬。
「あの、能力者は?」
「あいつか?強いな。ナチュラルっぽい。まだ不安定みたいだ。」
「車両に逃げた?」
「ああ、けど、結構痛めつけたんじゃねぇか?戦いは無理なんじゃねぇかと思うが。」
「そう。」
幾分、ほっとしてミリアは肩で息したまま、壁に背をつけて休んでいた。
『アシャカだ。こっちの敵は撤退を始めた。敵が撤退を始めた』
『ダーナだ。こちらも敵が撤退を開始した。』
ミリアは突如入ってきた、その通信を聞いて、3呼吸程おいて、ふおぉおぁ~っと、一息を深く、大きく吐いた・・・。
「退いたのか・・?」
同じく無線を聞いていたケイジが呟く。
「そうみたいね。」
周りは終わらせにかかっている。
大局は完全にこちらのものだ。
後はこっちの車両に残ってる敵戦力だけだけれど。
壁から暗視スコープで覗いていても・・なんか、さっきと違うような、人のいる気配が無い。
さっきの能力者とのごたごたの間に逃げたのだろうか。
どっちにしろ、他の隊がこっちに回って来るまで動かなくていい。
危険性が消えていく流れだ・・・。
「・・もう、消耗はあっても、勝機は限りなく低くなったからね、あっちは」
「・・そうか」
・・・敵の方にとっての切り札は、わかりやすく、あの特能力者だった。
その能力者による奇襲が、失敗した今はもうこの状況を覆す手は無いだろう。
彼らは、後は無駄に消耗するか、特攻を仕掛けるしかないだろうが、あの装甲の車両でも一台突っ込ませても、その後は白兵戦の展開に勝機はほとんど無いだろう。
地の利を生かせるこっちが有利になるし。
ミサイルランチャーも所持してるし。
それに、1番戦力が大きそうだった第一波は、リースが指揮官を取ったから。
指揮官がいない今、そんな無謀な作戦を決行しようとしたって、士気が続かないだろう。
だから到底、成功させれないと思う。
そもそも思うに、第一波が最後まで車両で特攻してこなかったのは、彼らは撤退するための公算を重視していたからなのであって。
こちらが余程の弱みを見せない限り、特攻も無い。
特攻は、自殺行為だから。
だから結局、あの特能力者、彼が戦場を掻き乱してどうしようもないほどの打撃を与える。
必勝法だったはずだ。
それだけ、信頼できるほどの、能力者だったんだろうけど――――。
――――ミリアはケイジを見る。
薄明るくなってきている空を見ていたケイジは・・・防弾チョッキの胸元が、表面が破けているのが見えた・・・その視線に気付いたのか、ミリアに視線を移すケイジは。
「あん?なんだ?」
「・・べつに」
そう応えたミリアは、息を吐く・・・膝を抱いて蹲る様な格好になってから、・・静かに眼を閉じた。
数分して、連絡を取り終えると、ダーナトゥさんの隊が合流して、数を頼りに警戒しながら横転したままの車両を包囲して中を調べた。
車中は、死体が2体あっただけで、
どうやら、こちらから死角になるように移動してフェンスに穴を開けて逃げて行ったらしい。
その事がわかり、皆ほっとして笑い声が上がりかけた所で。
『おおいっ、何か来たぞ?あぁ、グレイズだ。車が・・2台か、小さい車だ。向かってきている。』
その報告に、アシャカは深く眉を寄せる。
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