どうか許さないで
まぐろんばすぴす
どうか許さないで
どうか許さないでください
あの日、そう言って君はいなくなった。部屋に残された明るい赤の口紅は、君が存在していたという事実をはっきり示す証拠。
今はクローゼットに眠る純白のワンピース、夏の旅行先でも着ていた君のお気に入り。まさかそれすら置いていくなんて。
牛柄の同じデザインのマグカップが2つ。毎夜、二人でホットミルクを飲んで一日を締めくくるのがお決まりだった。今日からはもう、1つはお休み。
えずきそうなのを抑えて一人で横になるベッドは、広くて、小さい頃庭で遊んでた小さいプールじゃなくて初めて市民プールに行ったときみたい。
お日様がすっかり顔を沈めてから、君は映画を観るのが好きだった。つられて毎日一緒に観てた。今日からは一人で観るよ。
微かな気力でなんとか生きる。そんな日々が何日か続いて、少しは誤魔化し方も覚えてきたよ。まだ広くなったベッドには慣れないけれど。
休日、買い物に向かう途中、君が居なくなった時に色々気を使って助けてくれた人と会ったよ。
「あ、こんにちは。先日はどうも。その後、どうですか?」
「こんにちは。おかげさまで、少しずつですが新しい日常に馴染めてきたところです」
「それは良かったです。また何かあれば、いつでも連絡してください」
「はい、ありがとうございます」
クスクスと笑うような他愛のない話も含め、他にもいくつか会話を交わしたけど、要約するとこんな感じ。君の知り合いだったようだけど、本当に君は人に恵まれてるね。
今朝もスーパーで食材を買う際に、二人分で計算しちゃった。いつになったら、この癖抜けるんだろうね。また冷凍庫の物が増えちゃうや。
今年も春が来た。久しぶりに一人で迎えた春。昨年も、一昨年も二人でこの道を歩いたね。あのとき見た桜は、それまでのどの桜よりも輝いて見えたのは、君といたからかな? なんて、恥ずかしいね。
坂の上の公園で、君が様子を気にして、こっそり餌をあげてた猫、今も毎日餌をあげてるよ。最初は難色示してた町内会の人たちも認めてくれてさ。今日、初めて膝の上に乗ってくれたんだ。見せたかったなあ。
しばらく出しっぱなしにしてた冬物、ようやく片付けたよ。一人だとそういうのいい加減になっちゃってダメだね。全部自分でやらなくちゃいけないのに。
好きって気持ち、何度も何度も言葉にしたけど、どれほど伝わっただろう。今も、毎日毎日想っているのだけれど……。
咳が止まらない。一人だとそういう心細さもあるんだね。
空が凄く澄み渡ってるよ。あの空のずっと向こうに君がいるとしたら、雲ひとつない今日なんかは目が合うんじゃないかな? そんな妄想を胸に見上げてみたけど、どうだったかな。
足りないものを数えて、指を折る。足りなくなったから本当に欲しいものだけ数え直したら1つだけだったよ。教えないけどね(笑)
散った花弁は、土に還り、また新しい花を咲かせる栄養となる。単純な繰り返し。君はもう、どこかで花になってるのかな?
月が綺麗だと思い出す。二人で満月を眺めてたとき、不意に「月が綺麗ですね」って言ったら赤面してたっけ。今度は空に向かって、同じこと言うよ。
てるてる坊主を作ってみた。たまには童心に返った気分で楽しかったよ。ただ流石に少ししてから「何やってんだろ」ってなったけどね(笑)
遠い未来を、待ち望む。
夏が来たよ。君が一番好きだった季節だね。そっちにも季節はあるのかな? 暑くなるけど、頑張ろうね!
二階の部屋に、新しい住人が入ってきたみたい。いまどき、あいさつ回りするって偉いなあと思うけど、ちょっと身構えちゃうのは考えすぎかな?
縫い物してたら、針が指に刺さっちゃった。幸い大したことないけど気をつけなくちゃね。君も言ってたけど不器用なんだし。
猫が! 君が、そして今は町内会皆が大切にしてる猫が子供産んだよ! 3匹も! 皆凄く可愛いから是非とも見せたかったなあ。
野原を駆け回る夢を見た。そこは本当に何もない野原で。君が気持ちよさそうに寝転がってた。咲き誇ってた花の名前、気になって調べてみたんだ。
ハルジオン……だってさ。花言葉は、ううん。やめておこう。
一人で過ごす時間、慣れたかと問われたら慣れてきたのが本音。寂しくないかと問われたら寂しいのも本音。めんどくさいね、人間って(笑)
二人で行った駅前の喫茶店、潰れちゃってたよ……。時の流れを感じてしまう。このまま君との思い出も風化しちゃうのかな。
ヘリコプターが飛んでるのを見て、乗りたくなっちゃったよ。あれほど自由に空を飛べるのならきっと楽しいだろうなぁって。
ホットケーキ初めて作ったけど、思ってたよりきれいにできた! お供えしたからいつか感想聞かせてね!
祭りの出店の音が煩わしい……。去年まであれほど楽しみだったのに。
認めることと、受け入れることは違うんだね。まだずっと引きずってるし、夢であればなんて願ってる。
昔、子供の頃二人で遊んだゲーム覚えてる? たくさんのモンスター集めて戦ったり、コンテストに出たりするやつ。あれの新作が出るらしいよ。気分転換にやってみたいけど……やったら思い出しちゃうかな。
メソメソメソメソ……。自分があまりに不甲斐なく情けないのはわかってるよ。
もうすぐ、君がいなくなってから一年経つ。ずっと引きずってばかりの一年だったけど、次の一年はどうだろう。こうやって一年一年、積み木のように重ねて君のところへ向かうんだね。
ヤッホーと、遠くから声をかけてきた友人とお茶してきたよ。何歳になっても愉快なまんまで可笑しくて思わず笑っちゃったよ。
「最近どう? 一年過ぎたけど……」
「ありがとう。生活はなんとかなってるけど……心の方は正直ずっと引きずってるかな」
「そっかあ。まぁ、アンタら、小学校のときからずっと一緒だったもんね。無理もないさ」
「うん。このままでいいのかどうか……」
「それがアンタの選んだ道ならいいんじゃない? 人それぞれでしょ、そんなん。元々、アンタらの関係自体、人それぞれの形があるって始めたんだし」
「そっか……うん。そうだよね!」
百合だなんだって、イタズラに揶揄されたりした過去もあるけど、それでも私は君が好き。今でも君が好き。胸を張ってそう言える。そのあとは思い出話に花を咲かせて帰ってきたよ。
夜明け前に目が覚めちゃって、空を眺めたら星が凄く綺麗だったよ。空気が澄んできて冬も近づいたんだなって。暑い寒いとかそっちはあるのかな? 寒いなら暖かくしてね。
ラジオから流れてきた曲、君が大好きだった曲で、ついつい家事の手止めて聴き入っちゃった。もう懐メロ扱いされてることが少しショックだったかも(笑)
理想の未来は大きく転換しなくちゃいけなくなったけど、それでも胸に秘めたものは変わらないよ。
留守電に入ってた、君のお母さんからのメッセージ。凄く気を使ってくれたのはわかるけど、もう迷わないって決めたの。
Lemonがサブスクのオススメに出てきたから聴いてみたり。
廊下を一緒に走って一緒に怒られたときのこと思い出しちゃった。あの日から君は私の手を取って、私の光となってくれた。そして、これからも……。
私が最後に見た〈生きてる〉君。白い壁、白い天井に囲まれてチューブが繋がれた君が遺した言葉。
「どうか許さないでください」
安心して。一人で先に行ってしまうなんて……。絶対に、絶対に許さない。君を、一生覚えてる。
日記を書き終えたとき、雨は止んでいた
どうか許さないで まぐろんばすぴす @masa-syousetsu
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