第36話 火星のコーラル

 20層のダンジョンは大きな城の中だった。


 入るにも大きな扉を開けないといけないので、ここに入るだけでも至難の業だと思える。


 この城は1階のエントランスホールが吹き抜けのなっており、暗くて先が見えない広い空間が広がっていた。私達を上に行かせたいのか、いたる所に階段があるのが見えた。




 反射した床の上を歩くとコツコツと靴と床が当たる音が鳴り、無音の城内に反響して聞こえる。




「うさ耳カチューシャの反応はどうだ?」


「もの凄いモンスターの反応。道も複雑に入り組んでいて全体が把握できないよ」


「城には大抵玉座の間あるはずだ。まずはそこを目指すのがよいかもしれんな」


「そうなると上に向かうべきかな?」




 上を見上げると、僅かに光が差し込むが暗い吹き抜けから何かが私を覗いている不気味さがある。お化け屋敷ならぬお化け城は死角も多く、曲がり角から突然何かが出て来たら、私の心臓が止まってしまいそうだ。




「あ、その先に複数の反応…スケルトン系かな」


「気をつけるのだ」


「うん」




 階段を登った先にモンスターの反応。私はそっと頭を出し確認すると、通路に様々なタイプのスケルトン達がいた。


 スケルトン、スケルトンナイト、スケルトンアーチャー、スケルトンメイジなど多種多様な構成であり、個々はそれほど強くはないが物量で押される辛いものがある。さらに背後は階段で通路も狭く、挟み撃ちに遭う可能性もあるので警戒しながら戦う必要がありそうだ。




「まずは開幕に一発! アンデットさん! 黄泉の国へ連れて行ってあげる☆彡 きらきらみらくる〜まじかる☆スターライト!」




『まじかる☆スターライト 発動』




 オタマトーンがキラッと輝くと弧を描くようにスケルトン達の中心に落ち、ポップなエフェクトを発生させ爆発する。




 スケルトン達は無言だが、突然攻撃を受け混乱しているのか、スケルトン同士が接触すると骨が折れたりして勝手に自滅していく。カルシウム不足で骨粗しょう症かな?




 混乱しているスケルトンの集団に潜り込むと、飛び道具を持っているスケルトンを優先的に倒していく。死角から飛び道具で攻撃されると怖いのだ。




 スケルトン達を倒しながら進み、ウィンドウに表示されるスキルポイントが徐々に増えて行く。


 近くに他のパーティーがいないのでモンスターは狩り放題だ。とても美味しくいただいているので、帰るときの結果発表が気になる。




 暫く城風のダンジョンを探索しているが、一向に玉座の間に到着しない。


 あるのはボロボロの室内や食堂など、ホラー映画で使えばアカデミー美術賞を取れるくらい雰囲気が出ている。




 アンデット達を順調に倒していたら、ルル様が突然私の前に飛び出て来た。




「止まれほのりん」


「おわっ、な、何?」


「……正面から何か来る」




 薄暗い通路の先は暗くなっており、目を凝らしてもはっきりとは見えない。うさ耳カチューシャで音を拾おうとしたが、正面から何か音が鳴っているのは分かるが、まったく正体を掴めない。




「モンスターなの?」




 私の質問に沈黙を続けるルル様。普段のルル様とは違った雰囲気に私の緊張が増す。




「……気をつけろ、普段現れない強力なモンスター【徘徊する者】だ」




 ルル様が言った徘徊する者が、薄暗い通路から現れた。その姿は黒い塊で青白い人の手らしき物がいくつも生えており、冷たい通路をヒタヒタと歩いて来る。




 この感覚……デスボールやフローラアネモネに近い? しかもあの2体より確実に強いかもしれない。




「我の鑑定眼によると、ヤツの名はマッドエクスキューショナーだ。呪いに長けた能力を持っているようだ、気をつけるのだぞ」




 呪い持ち? 呪いを受けるとどうなるのか? 恐らく、ろくな目には遭わないだろう。


 なるべく距離を取りつつ魔法で倒したい。




 マッドエクスキューショナーは突然動きを止めると、青白い手を2本をこちらに向って伸ばしてきた。


 警戒していた私は難なく回避すると、右手の爪をマッドエクスキューショナーに向ける。




「まじかる☆グリッターネイル!」




 まばゆい光が通路を照らし、マッドエクスキューショナーを照らしだす。




「ギャアアアアアア!」




 耳を劈くような叫び声を上げると、マッドエクスキューショナーは激しく暴れだし、のた打ち回り出した。




「南無阿弥陀仏悪霊退散とうなんしゃーぺー! まじかる☆スターライト!」




『まじかる☆スターライト 発動』




 あまりの気持ち悪い動きに、意味不明なセリフを発しながら、まじかる☆スターライトを発動させる。


 輝く魔法がマッドエクスキューショナーに向って一直線に飛んで行くが、暴れまわるマッドエクスキューショナーを捉える事に失敗し、外してしまう。




「くっ……狙いが定まらない!」




 オタマトーンを向け再度、魔法を放とうとした時、マッドエクスキューショナーがもの凄い速さで手を伸ばし、私に張り付いてきた。




「「ツカマエタ」」


「ひっ……」




 青白い手が私の首、両手首、両足首を強く握る。




 冷たい声で私に「ツカマエタ」と言ったマッドエクスキューショナーの顔は、目が10個以上、口も10個以上あり声がダブって聞こえた。そして全身の力が抜けるのを感じる。




『呪いを受けました。全ステータスが10%低下しました』




「うう……」


「ほのりん! それは呪いだ! そいつから早く離れろ!」




 マッドエクスキューショナーから生えた青白い手が私の頬を包むと、耳元でボソボソと喋り始める。




「「アナタカワイイ」」


「「タベタラオイシソウ」」


「「ナイゾウカラタベヨウ」」


「「アナタノカワヲカブリタイ」」






 嫌、嫌、嫌! 怖い! 死にたくない!


離れて! 私は生きるの! 私は……諦めない……!




 私の胸元に小さな光が輝きだす。




 そして――。






『火星のコーラルが発現しました』






「あ、あれは! ……フハハハ! 素晴らしい……素晴らしいぞ!」




 遠くでルル様の声が聞こえる……そんな事よりも今は!




『剛力 発動』




 拘束された腕を無理やり動かし、マッドエクスキューショナーの腕を掴むとそのまま握り潰す。




「「ギャアアア! イタイイタイ……」」




 潰れた腕を庇い、離れたマッドエクスキューショナーに対して私は新たに覚えた魔法を放つ。




「まじかる☆アクアプリズン!」




 水が勢い良く溢れ出し、激しい流れを生み出す。


 その流れはあらゆる物を押し流し、敵意を持った物に対して牙を剥く。


 意思を持った水流はマッドエクスキューショナーに絡み、水の牢獄へと変化し閉じ込める。


 水の中に閉じ込められたマッドエクスキューショナーは激しく暴れるが、水の中だろうか力が入らず水の牢獄から抜け出す事ができないでいる。






「ほのりん! チャンスだ!」


「うん!」




 オタマトーンを呼び出し、くるっと回転させ構える。




「徘徊する者、エクスキューショナーさん。呪いを撒く貴方には月に代わってお仕置きが必要です! まじかる☆スターラーーイト!!」




 最大火力で放たれた、まじかる☆スターライトは、20層の城の中を星々が駆け巡り、近くで様子を覗っていた他のモンスター達も巻き込んでいく。




「「ギャアアア……シ…ニタクナ…イ……クヤシイ……ノロ…ッテヤ……ル……」」




 マッドエクスキューショナーは一瞬発光すると爆発し、星とハートの結晶の粒子をばら撒く。




『一定数の徘徊する者を倒した事により、【魔法少女は諦めない】が開放されました。スキルポイントを消費し取得して下さい』




『マッドエクスキューショナーの魔石を取得しました。スキルポイントを100ポイント取得しました』




『マッドエクスキューショナーが倒された事により、呪いが解除されました』






「はぁはぁ……し、死ぬかと思った……」


「薄気味悪いやつだったな。我の毛が逆立ったぞ」




 何それ見たかった。でも、そんな余裕は私には無かった。


 マッドエクスキューショナーが私を捕まえたとき、あの青白い冷たい手の感触が今も私の首と手首と足首に残っている。


 そしてあの呪いはステータス減少効果もあったけど、私の心をへし折りにくるタイプだった。


 以前の私なら発狂して戦う事ができずに死んでいたかもしれないが、私の心は折れずに抗う事をに成功した。


 あのときは死ぬのは嫌だったので、無我夢中だったけど、何か私の心が熱くなったような気がする。




 そっと胸に手を当てると、熱い何かが身体の中から出てくる。




「んっ……! ああっ!」




 全身に電気のような刺激が駆け巡ると、コーラルカラーの宝石がひとつ、私の胸から出てきた。その宝石は小さな輝きだが、とても強い力を放っているように見える。不思議そうに私がその宝石を眺めていると、ルル様が興奮しながら私の前にやって来る。




「でかしたぞ、ほのりん! それが魔法少女の心から生み出される力。ナヴァラトナの宝石のひとつ、火星のコーラルだ!」


「これがナヴァラトナ……」


「さぁさぁ、我に捧げるのだ」


「はいどうぞ」




 私は火星のコーラルをルル様の前に差し出すと、火星のコーラルは輝き出し、ルル様の胸に吸い込まれた。




「素晴らしい……これが心の力か……あと8つ……我の願いももしかしたら……」




 何やら小声で喋っているが、聞き取れない。まぁ、本人が喜んでいるなら良しとしよう。




 私はマッドエクスキューショナーがいた場所を確認すると、いくつかのアイテムが散らばっているのか見えた。


 お、スキルクリスタルひとつゲット〜♪


 やたら強い徘徊する者のドロップアイテムがスキルクリスタルひとつだと割に合わないが、魔法少女専用EXスキル『魔法少女は諦めない』が開放されたので、トントンといったところか。


 未鑑定のアイテム達をまじかる☆ボックスに投げ入れると、ルル様がいつもの落ち着いた口調で話しかけてきた。




「ふう。済まぬ、少し興奮して我を失っていた」


「気にしないで。また出てきたら上げるから」


「楽しみにしておるぞ」




 私達は20層のボスを倒すべく階段を登っていく。そして、玉座の間がある場所へたどり着いたのは、それから2時間後だった。




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