第29話 須藤さんからの提案

 空が明るくるなる頃に私は目を覚ます。


 キッチンに向か居、お湯を沸かしている間に水で顔を洗って目を覚ます。


 それでも早く起きたせいか少し眠いが、珈琲豆を挽いていると珈琲の香りで目が覚めてくる。


 トースターから香ばしい香りが漂って来ると、お腹の虫が鳴った。




「おはよう。今日は早いのね」


「おはようございます、咲さん。今珈琲を淹れますね」


「ありがとう」




 ドリッパーにドリップペーパーを敷き珈琲粉をお入れお湯を注ぎドリップをしていく。




「咲さんどうぞ」


「お、ありがとう」




 咲さんは珈琲を一口飲むみ、目を閉じる。




「もう少しお湯を注ぐスピード落として、のの字を意識して注いでみて」


「わかりました」




 何度も練習したが、一朝一夕で身に付くほど甘くはなかった。だけど、珈琲にお湯を注いでる僅かな時間は、とてもとても楽しくて自分だけの世界に入れる。




「さ〜て、モーニングの準備始めようか」


「はーい」




 喫茶店の制服に着替えてエプロンを身に着ける。


 私のお仕事モードはまるで魔法少女みたいだ。魔法の珈琲を淹れる不思議な喫茶店……なんちゃって。






 滞りなく下準備を終えると喫茶店の入口にある立て札をCLOSEからOPENに変えると、早速サラリーマン風の男性である鈴木さんが来店した。




「おはよう穂華ちゃん」


「おはようございます鈴木さん。いつものでいいですか?」


「うん、お願い」




 玉子サンドセットの準備を終えると、鈴木さんのテーブルへと配膳する。




「随分と板に付いて来たね」


「ありがとうございます」




 サイフォンはやり方さえ覚えれば安定した味を出せる。しかし、扱う道具がビーカーとフラスコなので丁重に扱う必要があるのだ。




「そういえば日本のダンジョン界隈も騒がしくなってきたね」


「何かあったんですか?」




 鈴木さんが珈琲を片手にテレビのニュース番組を見ている。そのニュースはダンジョンの異変について特集をしていた。




「昨日、ダンジョンランキング1位のエバンスって人のチームが、来日したんだよ」


「そうだったんですね知らなかったです」




 知ってました。近くで見ました!




「どうやら主力メンバーが日本で活動するらしくてさ、ネットでも凄い話題になってるよ」


「そうなんですか〜」




 あの人が渋谷ダンジョンに……一度会って話してみたいな〜。


 外国人補正込みだけど、今まで見た男性の中でも群を抜いてイケメンだった。ダンジョンで出会いを求めるのは否定派だけど、あんな人にダンジョンで救けて貰ったら恋に落ちてしまう自信はある。




「以前話した魔法少女ほのりんも、ダンジョンランキングが7位に上がってるし、この調子ならエバンスを超えるかもね」




 え? 私が7位? 女郎蜘蛛の巣をクリアしたからかな? 魔法少女になったらステータスを一度チェックしてみようか。




 鈴木さんはこれから出勤するらしく、お会計を済ませると急いで店から出ていった。




 私は…どうしようか。


 ダンジョンに行きたいような、行きたくないような……。須藤さんに会いたくないのが一番の理由かな。




 チャリンチャリンと音が鳴り、新たにお客さんが入って来たようだ。




「おはようござい……ます……」


「あら十条さん、おはようございます。奇遇でね」




 奇遇とか言ってるけど、絶対にわざとだ! ど、どうしよう…。




「こちらへどうぞ」




 仕方ないので、須藤さんをテーブルに案内し、メニューを渡す。




「玉子サンドセットのカフェラテのホットで」


「畏まりました」




 カフェラテの作り方はバイト中に教わった。


 中挽きの深煎の珈琲豆を使用し、珈琲粉の量を5g増やす。そしてミルクを温めておく。ブラウンシュガーとドリップした珈琲を混ぜる。カップに温めたミルクを注ぎ、その次に珈琲を注ぐ。最後にミルクフォーマーで泡立てたミルクを注げば、 綺麗な層が出来たカフェラテの完成だ。ちなみに、カフェラテは珈琲が2ミルクが8の割合だ。




「お待たせしました、玉子サンドセットのカフェラテホットです」


「ありがとう」


「ごゆっくりどうぞ」


「ちょっと待って」


「……はい」




 勘弁してください……早くここから逃げたいよ〜! 咲さ〜ん! 救けてー!




「十条穂華さん、忘れ物ですよ」


「あ、私のカード」




 須藤さんがテーブルに置いたのはダンジョンライセンスカードだった。


 ダンジョンセンターの換金所から慌てて逃げるように出てしまったので、ダンジョンライセンスカードを持ち帰るのを忘れていたようだ。




「蜘蛛の糸とマタンゴキノコはダンジョンセンターで預かっております。後ほど買取価格を見て判断していただき、宜しければお売り下さい」


「はい……」


「このカフェラテおいしいですね。しかも3層になってるし、とてもお洒落」




 透明な耐熱カップに入ったカフェラテは綺麗な3層になっている。


 一番下はミルク、真ん中は珈琲、一番上はミルクフォーマーでふわふわにしたミルクの泡だ。




「ありがとうございます」


「……ところで、十条さんは魔法少女ですか?」




 いきなり確信を突いてきた! 多分……ていうか、確実にバレてる! うわーどうしよう!




「……ち、違います……」


「レイドダンジョン攻略の動画見ましたけど、十条さんとは全くの別人ですよね。見た目もそうだけど、声質も違うし……十条さんが「らぶり〜ど〜る、まじかる☆が〜る♡ほのりん☆ミが悪い子をやっつけたぞ♡」なんて言うキャラじゃなさそうですものね」




 酷い言われようだけど、確かに私が言うキャラじゃない。むしろ恥ずかしくて言いたくないのに、自発的にやらないと強制的に言葉を発し、身体が勝手に動いちゃう謎仕様なのだ。




「そ、そうですよ、私があんな恥ずかしい事言うなんて無理ですよ」


「……まぁ、そう言う事にしておきましょう。さて、十条さんに折り入って相談があるのですが、勿論、私共と十条さんにもメリットがあるので、お話を是非聞いて欲しいです」




 仕事中なので遠慮して貰おうかと思ったその時、咲さんが私達の下へやって来て、私と須藤さんに話し掛ける。




「あら、穂華の知り合い?」


「はい! 穂華ちゃんとはダンジョンセンターで知り合った友達で、とても良くしてもらってます! あ、私、須藤奈々子って言います。近くに私の実家もあるので、時々ここのお店にお邪魔しますね」


「ちょっ…須藤さん!」


「あら〜そうだったの? 穂華良かったじゃない。いつもひとりでダンジョンに行ってるって言ていたから心配してたのよね。今お客さんはいないし、2人でお喋りしてていいわよ」




 咲さんはそう言うとカウンターの中に戻って行ってしまった……。さ、咲さん……ううぅぅ。




「ふふふ、どうぞ座って」




 須藤に席に座るように言われると、私は渋々と須藤さんの正面の席に座る。須藤さんの表情がとても良い笑顔なのが怖い……。




「十条さん、何かお困りごとがございませんか?」




 須藤さんの存在がお困りです〜〜。




「え〜と…特に…」


「とてもお困りのご様子ですよ? そんなお困りの十条さんには、私が専属になる事によって様々なサービスを受ける事ができ、十条さんの悩みも全て解決できますよ」


「……そうなんですか? 例えば?」


「例えば、ハンターの秘密保持を保証しますよ、他にもアイテムの代理販売やダンジョンセンターのVIPラウンジの使用や専用個室なども利用できます」




 秘密保持……私が魔法少女だという事を秘密にしてくれるのかな? 後はアイテムの代理販売は魅力的だと思う。アイテムを売る時にネックになるのが、低レベルの私が高額のアイテムを売るには不審すぎるのよね。それが解消するなら、この話を受けても良いかもしれない。




「……例えばの話でもいいですか?」


「どうぞどうぞ」


「とあるハンターが集めたダンジョンのアイテムを私が代理で受け取り、売買する場合は機密保持の対処なのでしょうか?」


「勿論! そのとあるハンターと十条さんはパーティーだったり共同でダンジョンを攻略し運営する立場だとしたら、私達がサービスを提供する範囲に入ってますよ」


「なるほど…もう少し詳しく教えてくれますか?」


「そうですね、例えば…そのとあるハンターが集めたアイテムを十条さんが受け取り、十条さんが私に渡していただければ、私が管理し代理でアイテムの売買をします。十条さんには煩わしい交渉や売却時の手間もなく時短にもなりますし、私が窓口になるので、他の人と接触せずにハンター業に専念できますよ。ちなみにですが、税金関係も全て任せて下さい。税理士も常駐しておりますので」




 ふむふむ、これなら何とかなりそう。一度、ルル様と相談した方が良いだろう。




「それなら一度相談してから決めても良いですか?」


「ええ勿論。よくご相談していただき、良いご報告をお待ちしております」




 ふう……やっと開放された……。


 バイト開始1時間で6時間分も働いた気分だ。




 一度ダンジョンに入り、ルル様と相談してから今後の事を決めよう。


 

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