第25話 社畜須藤奈々子の感

 穂華が渋谷ダンジョン3層でルル様にアイテムを鑑定してもらっている頃、渋谷ダンジョンセンターで受付をしていた須藤奈々子は、受付業務には戻らずに自身のデスクに座り、目の前のノートPCを開く。


 肱川龍蔵部長からの面倒な案件を片付けるべく、十条穂華について少し調べる事にしたのだ。




「はぁ…何で私が警察の真似事をしなきゃならないのよ……」




 ダンジョンセンターの職員は準公務員と呼ばれる職業形態である。


 準公務員とは公務員ではないが、職務の内容が公務に準ずる公益性および公共性を有しているものや、公務員の職務を代行するものとして、刑法の適用について公務員としての扱いを受ける者をいう。




 須藤は決して高くない給料で激務に追われ、さらに上司から警察や探偵の真似事までやらされており、こんなブラックな職種を早く辞めたいと思っていた。


 しかし、須藤は主任であり、慕ってくれる部下たちも多く、そんな彼らを置いて辞める事はできなかった。部下達の作業量を減らす為に、須藤が上司である肱川部長の指示を全て受け、部下たちに楽な業務を振り分けているのだ。




「川鍋達也かわなべたつや、加藤充かとうみつるの両名は渋谷の不良ハンターグループ、『渋谷ナンバーズ』の傘下でも一番下っ端ね。そんな彼らが渋谷ダンジョンで行方不明。最後のダンジョンアタックは十条穂華と一緒に参加し、帰ってきたのは満身創痍の十条穂華のみ……ね」




 PCの画面上に文字を打ち込み、情報を纏めていく。




「十条穂華に聴き取り調査をしたが、特に不審な点はなし…と」




 現在、須藤がいるオフィスは数人しかおらず、他の従業員達は他の業務に当たっている。


 渋谷ダンジョンセンターは人気職のひとつだが、激務の為か人の出入りは多い。そんな中でも須藤は毎日朝早くから仕事を始め、遅くまで仕事をしている。




 須藤がPCとにらめっこをしていると、須藤のデスクの上に缶コーヒーが置かれる。




「先輩、こんな時間からデスクワークなんて珍しいッスね」




 須藤のデスクに缶コーヒーを置いたのは同じ部署の部下である辻山直樹つじやまなおきだ。彼は須藤の2つ下の部下で新卒で入社したばかりの新人だ。




「あ、辻山君ありがとう。ちょっと肱川部長から頼まれた仕事があってね」


「先輩働きすぎッスよ」


「…だけど仕事だから」




 そう言われてしまっては、辻山は何も言えなくなってしまう。


 元々渋谷ダンジョンセンターは多忙で、準公務員や契約社員、パートやアルバイトを含めると約300人以上働いている。それでも渋谷ダンジョンセンターは24時間営業なので、人手は常に足りないのだ。




「ところで辻山君は渋谷ナンバーズって知ってる?」


「知ってるッスよ。大学のサークルにも渋谷ナンバーズをサポートするサークルがあったくらいだし」


「そうなの? 何か知ってい事を教えてくれる?」


「いいッスけど、ムナクソ悪い話もしていいッスか?」


「ええ、知っている事を全て教えて頂戴」


「何から話そうか…う〜ん。あ、まずはあれッスね! その渋谷ナンバーズのサークルなんですけど、そこに入ってた先輩が闇バイトをやらされたって言ってました」


「闇バイトって?」


「闇バイトは犯罪バイトっすね。オレオレ詐欺の受け子とか、窃盗とかを名前も顔を分からない人に指示されてやるッス。もしかしたら渋谷ナンバーズは、犯罪を斡旋してるかもしれないッス。まぁ、大学の先輩から聞いた話なんで、真相は不明ッスけど」




 須藤は辻山から聞いた話をノートPCにタイピングしていく。少しでも情報を集め整理する為だ。




「他には?」


「ムナクソな内容なんですけどいいッスか?」


「いいわよ」


「大学の後輩に可愛い娘がいたんッスけど、その娘が渋谷ナンバーズのサークルに入ってから行方不明になったんです。結局見つからずに1年たったある日、そのサークルに参加してる奴の会話を飲み会の席で聞いたんッスよ。そしたらその行方不明になった娘を薬漬けして、とあるマンションに監禁しているような事を言ってたッス」


「それって本当?」


「マジッス」


「ありがとう辻山君」


「……先輩、渋谷ナンバーズには関わらない方がいいッスよ。裏にはヤクザもいるって話ですし、何かあったら先輩も……」


「フフ、私の事を心配してくれるの?」


「そりゃあ…まぁ……」


「大丈夫よ。こうやって情報を纏めているだけだし、何も起きないわ」


「ならいいッスけど。無理しないで下さいね」




 辻山はそう言うと、部屋から出て行く。


 そんな辻山の背中を見送った須藤は溜息を吐くと、またPCとにらめっこを始める。




 渋谷ナンバーズは不良ハンターグループとしてハンター界隈では有名だったが、凶悪な犯罪をしているといった確実な証拠は見つかっていない。稀に下っ端のハンターが軽犯罪をして捕まる事はあるが、酒に酔って喧嘩とかそんなレベルだ。




 今回、肱川部長から任された仕事は、渋谷ナンバーズがダンジョン内で行っている犯罪の捜査だ。もし下っ端でも重大な犯罪を犯した事が分かれば、公安第5課ダンジョン捜査に情報を提供し捜査をしてもらう事になっている。




(渋谷ナンバーズの傘下のグループに所属していた川鍋達也と加藤充の2人は、過去に婦女暴行事件を起こしたことがある…もし、十条穂華をダンジョン内で襲った場合、全くのド素人ハンターである十条穂華があの2人倒せる? ……いや不可能。ならどうして、十条穂華はひとりで帰還した? あの2人は何処に? 帰って来ないとなると死亡した可能性があるけど、一層は危険なモンスターはスライムとボス以外存在しない)




 須藤は缶コーヒーの蓋を開け、コーヒーに口をつける。




「ん! 苦い…これブラックじゃん……」




 須藤はブラックコーヒーは苦手で甘いコーヒーしか飲めなかった。




 ふと、須藤は十条穂華の行動資料に目を通す。


 十条穂華があの2人とダンジョンに入った後、約三時間後に出て来た。満身創痍の十条穂華は意識を失い病院へ搬送。


 診断の結果は、胸と両腕と左太ももに打撲痕、長い棒か何かで殴られた痕跡があり、全治1週間の診断。


 翌日には退院し、再度その足でソロでダンジョンアタックを開始すると2時間以上探索し、ダンジョンセンターのアイテム換金所で、ポーションを売却して以降は、一昨々日と一昨日の昼頃からダンジョンアタックを確認。




 昨日の日曜日はダンジョンアタックをしていなかった…これは休日だからだろうか? 月曜日の今日、十条穂華は変わらずダンジョンセンターやって来た。念の為聞き取り調査を行ったが、彼女は受け答えもはっきりとしており不審な点はなかった。




「さっぱりね……事件に巻き込まれた可能性があるけど、本人は否定しているし、これ以上追求するにも証拠は無いし……。まさかとは思うけど、魔法少女がダンジョンランキングに出現したタイミングと、十条穂華がダンジョンから出て来て病院送りになるタイミングが同じなのが気になるわ……」




 ダンジョンライセンスカードには特に変わった事は無かった。しかし、逆にそれが不自然でもあった。




 渋谷ナンバーズの事を調べていたら、十条穂華が現れた。


 そして、DDBのランキングに突如として現れた、まじかる☆が〜る ほのりん☆ミ。 


 一昨日の夕方、レイドダンジョンがクリアされるとダンジョンが封鎖し、渋谷ダンジョンは大パニックなった。






「……ん? 十条穂華がダンジョンから出た時間ってダンジョン封鎖の1分前じゃない。……タイミングが良すぎる」




 十条穂華のダンジョンライセンスカードから読み取った情報にはダンジョンの入場時間と退場時間が記録されている。須藤はその情報と今回の騒動に何か違和感を感じた。




「渋谷ナンバーズを追っていたら、別件でとんでもない物を見つけたかもしれないわ。チンピラなんか調べるより、十条穂華をさらに調べた方が何倍も良さそうね!」




 須藤はネットで十条穂華の名前を検索すると、大学の紹介ページにヒットし、その中のひとつの記事に目に入った。それは都内にある女子大の経済学部の記事だった。


 その記事には十条穂華が、祖父が立ち上げた会社について、インタビューを受けた記事だった。




「え? 十条穂華の祖父って十条グループの創設者、十条巳之助十条巳之助じゅうじょうみのすけのお孫さんだったの?」




 十条グループは日本屈指の大企業のひとつであり、宇宙開発から教育まで様々な事業取り組み、ダンジョンが出来てからは、ダンジョン産の素材を使い様々な物を開発し、日本の発展に貢献していた。




「なんで十条グループの創設者の孫がハンターに? ……これは肱川部長に言われた通りに、仲良くなった方が早いかもしれないわ」




 須藤は椅子にもたれ掛かり天井を見上げると、これから起こる面倒事に頭が痛くなる思いであったが、須藤の嗅覚は敏感に反応する。




「これはお金の匂いがするわね! 他に取られる前に私が囲わないと!」




 須藤は、ある申請書を取り出すと十条穂華の名前とダンジョンライセンスIDを記入していく。




「これでよし、フフフ。吉と出るか凶と出るか……楽しみね」




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