第19話 魔法少女は拳で語る
土曜日の渋谷。スクランブル交差点は人、人、人だらけ。
大勢の人間が縦横無尽で1箇所に集まるのに、何故ぶつからないのか?
海外の観光客がセルフィ片手に立ち止まっても決してぶつからない。
日本人は遺伝子に、何か特殊な物が組み込まれているのだろうか? 特殊かどうかは分からないが、日本人にはYSP遺伝子なる物が存在している。
その遺伝子は、自分の事を差し置いて人の為に行動する事ができる遺伝子らしい。例えば国の為とか殿様の為とかそんな感じだ。
海外の人から見れば、日本人は親切で勤勉な人と思われているのも事実であり、東京には色んな人がいる。
そして今、私の前に魔法少女がいる。それも大勢だ。
「はーい皆さん撮影しますよー」
渋谷ダンジョンセンターの前に色とりどりの魔法少女が20人くらいおり、撮影を楽しんでいるのだ。
そこには様々な衣装を纏い、私が知っているアニメの主人公の衣装を着ている人もいた。
何かコスプレイベントでもあるのかな? そんな彼女達を少し見た後に渋谷ダンジョンセンターで受付を済ませ、ダンジョンゲートに並び30分程待つと自分の番が回ってくる。
ダンジョンゲートに触れると女郎蜘蛛の巣が選択できるのは変わらない。
ピコンと音が鳴りウィンドウが開く。
『女郎蜘蛛の巣 を選択し、女郎蜘蛛の鍵をダンジョンゲートに挿し込み入場して下さい』
げげ……人前で鍵を挿すのもアレかな? 一度3層に行ってから移動しようかな。
有名冒険者ならまだしも、私はリュックサックを背負った普通の女だ。大勢の人が見てる所で鍵をダンジョンゲートに挿し込んでいたら目立ってしまうだろう。
渋谷ダンジョン3層を選択し、ダンジョンゲートに飛び込む。
飛び込んだ先の確認を済ませ秘密の呪文を唱える。
「らんらんらぶはーと♡まじかる☆ドレスアップ!
いつものように身体のラインが出るように光り輝き魔法少女の衣装が身体にフィットする。
「ハートフルまじかる☆が〜る♡ すとろべり〜えんじぇる☆彡、よし…変身完了。辺に反応無し!」
3層は思ったより人は少ないようだ。
もしかしたら1層と2層はライトユーザーが集中しているのかも?
リュックサックから30cmほどの長さがある真鍮製の鍵取り出す。
ウィンドウにも表示それていたが、この鍵の名前は女郎蜘蛛の鍵と言うらしい。今後、このような鍵を手に入れたらダンジョンゲートに触れてみよう。
「鍵の名前通りなら蜘蛛だらけのダンジョン……ちょっと嫌かも……」
覚悟を決め、ダンジョンゲートに鍵を挿すと吸い込まれるように鍵はダンジョンゲートの中に消え、ダンジョンゲートに変化が起きる。
「こ…これは!」
黒いダンジョンゲートが紅く染まる。
モンスターが出現するかと思い身構えたが、一向に出現する気配が無い。
『残り10秒で女郎蜘蛛の巣が閉じます』
「うわっ! 制限時間付きじゃん! 間に合え!」
慌ててダンジョンゲートに頭から飛び込むと、薄暗くなった洞窟内が視界に入って来た。
リュックサックを地面に置き、すぐにうさ耳カチューシャで辺りを索敵すると、正面の一本道からこちらに向かって複数のモンスターの足音が聴こえる。
これは…数えきれないくらいのビックスパイダー? の足音かな? 逃げ道は後ろのダンジョンゲートのみ。危なくなったら飛び込んで逃げるしかないね……。
2層で出て来たビックスパイダーなら数が多いだけで楽勝だろう。掛かって来いと意気込むが……。
あれ……? なんかシルエットが……おかしくない?
薄暗い洞窟からビックスパイダー? が迫って来るが何やらサイズがおかしい。
2層で出て来たビックスパイダーは中型犬サイズだったが、大量に迫って来るビックスパイダーは大型犬サイズの大きさだった。
「ヒッ…ヒィィィィィッ!」
背筋に寒気を感じ鳥肌が立つ。
「まじかる☆スターライト! まじかる☆スターライト! まじかる☆スターライトーーー!!」
『まじかる☆スターライト 発動。条件が不完全の為、威力が50%減少します』
無我夢中で放ったまじかる☆スターライトは適当に放っても当たるくらいビックスパイダーの密度は高かった。
威力が半減したとしてもまじかる☆スターライトがモンスターに当たれば倒せるので、ひたすらオタマトーンを演奏しながら魔法を放つ。
因みにメロディは適当だ。時々チャルメラを演奏するくらい適度だ。
「はぁ…はぁ…全然減らない……」
大量のビックスパイダーもそうだが、時々レッドスパイダーや見た事がない蜘蛛モンスターも倒した。
新しい魔石も期待したいがこの状況を乗り切ってからじゃないとウィンドウをじっくり見てる余裕がない。
『ビックスパイダーの魔石を取得。スキルポイントを19ポイント取得しました』
『レッドスパイダーの魔石を取得。スキルポイントを6ポイント取得しました』
飛んで来た蜘蛛の糸を避けオタマトーンを構え直した瞬間、オタマトーンを糸で絡め取られ奪われてしまった。
「!? しまった!」
オタマトーンを奪われてしまっては、まじかる☆スターライトの威力は最弱だ。
手の平をモンスターに向けてまじかる☆スターライトを唱えると発動はしたが、星が1つ飛んでいくだけでスピードもなく回避されてしまう。
ビックスパイダーが体当たりを仕掛け咄嗟に両腕でガードをするが、私の身体は吹き飛ばされてしまい仰向けで倒れる。
『まじかる☆ドレスの耐久値96%、非ダメージ軽減率が低下しました』
「痛っつ〜……!?」
「シャァァァ!」
起き上がろうとした瞬間、ビックスパイダーのが私に対して馬乗になり、その大きな口を開くと無数の歯を覗かせる。
「い、嫌ーーーー!!」
ボコッ――。
思わず素手でビックスパイダーを殴ると、ビックスパイダーは吹き飛び小さい悲鳴を上げながら光りの粒子になって消えていった。
「あ…あれ?」
「キシャァァァ!」
「もう! 次から次へとしつこい!」
まじかる☆ウエポンを取り返したいけど……あんな離れた所にあるし今は無理……。先程のビックスパイダーの脆さからして素手でも倒せる? ……考えてる暇はない!
「やあ!」
腰の入っていないへなちょこパンチがレッドスパイダーの顔面に命中すると気持ち悪い感触が伝わる。
「ギギギギギ……」
拳は4つある目の1つを貫くぬと、緑色の体液を吹き出し光りの粒子に変わっていく。
ビッグイヤーラビットもそうだったけど、もしかして弱い? それなら……。
それからは一方的だった。
迫りくるビッグスパイダーやレッドスパイダー、見た事がない蜘蛛のモンスターを数種類をひたすら殴る蹴るで倒していく。
魔法少女の中には肉弾戦で戦うシーンがよく描かれていることがある。
少女向けのアニメなのに少年向けに引けを取らない戦闘シーンがあったりする。
私が小さい頃はなんとも思わず見ていたが、今思い返すと暴力で解決するのはどうかと思う場面もあった。
教育的に疑問が残るが特に問題無い以上、今も拳で解決しているのだろう。
「アチョー! ほのりんパーンチ!」
巫山戯てやっているように見えるが私は至って真面目だ。
私の23年の人生で暴力とは無縁だし、殴り方なんて分からない。蜘蛛に噛まれて痛いし、正直それどころでは無い。
蜘蛛まみれになり、糸を巻きつけられ動きを封じられるが、なんとか蜘蛛の糸を引き千切りながら前へと進む。
丸くて大きい蜘蛛が体当たりを仕掛け、私は吹き飛ばされるが痛みに耐えながらも!次から次へと迫り来る蜘蛛たちをねじ伏せていく。
▽
あれから1時間は経過しただろうか? 私は疲れ果て洞窟の壁に背中をもたれリュックサックに入ったペットボトルに入った水をゴクゴクと飲む。
「ぷは〜、生き返る」
魔法少女の衣装はボロボロ状態だ。
蜘蛛達の前足による攻撃や噛みつき攻撃は、針で刺すような痛みだが耐えられた。
まじかる☆ドレスの耐久値は62%で結構削れてしまったがまだまだ戦えるだろう。
オタマトーンも無事に回収したので魔石を自動で食べさせる。
勝手に集まってくれるから回収は楽だな〜。
魔石を自動で回収するには条件がある。
それは私が倒したモンスターに限るのだ。
他のハンターに倒されてしまったビッグスパイダーもそうだったが、他人が倒したモンスターに関しては、所有権が無いのかオタマトーンが魔石を回収してくれなかった。
勝手に回収したらそれはそれで問題がありそうだったが……。
私はウィンドウに表示されている内容を見てニヤニヤが止まらない。
『現在のスキルポイントは256ポイントです』
あれだけやって256ポイントは少ないと感じたが、モンスターが大きいだけでそれほど数は多くなかったようだ。
そして私の手にはスキルクリスタルが2つ握られている。
試しにスキルクリスタルを使ってみると――。
『スキルクリスタルを使用し、【毒耐性】を取得しました』
毒耐性? 毒耐性があるって事は毒を持った蜘蛛モンスターがいたってことよね……私大丈夫かしら?
噛まれたり爪で引っ掻かれた場所を見たり擦ったりしたが特に変化はない。
万が一毒を受けたり遅延性の毒を受けた場合は再度、病院送りになる可能性があるので小休止を挟む事にしたした。
何度も攻撃を受けて分かったが肌が露出した場所を攻撃を受けても、魔法少女の衣装と同じ位の防御力とダメージ軽減があるようだ。
これは魔法少女だから防御力が上がっているのか魔法少女の衣装の効果なのかイマイチ分からない。これも要検証である。
「体調の変化は……無いと思う」
30分ほど休憩しても特に体調の変化は感じられなかった。
毒持ちの蜘蛛がいるので注意しながら戦わないといけないな〜と考えながら栄養バランス食を食べる。どうでもよいが私はチョコ味が好きだ。
「さて、このアイテムどうしようか……」
休憩中どうしようかと悩んだが、答えが見つからない問題があった。それは目の前に大量にドロップした蜘蛛の糸だ。
1つ25,000円の価値があり何に使われるか謎のアイテムなのだが、今私の前にテニスボールと同じ大きさの蜘蛛の糸が20個ほど転がっているのが見える。
「リュックに10個は入るかな?」
試しにリュックに入れてみたが、非常食や水が入ったペットボトル、その他諸々が邪魔で9個しか入らなかった。
そこでまじかる☆スキルブックを開く。
未取得で表示されているスキルは魔法少女の相棒とまじかる☆ボックスと跳躍の3つだ。
この中のまじかる☆ボックスとは何の効果なのだろうか? こういう時にヘルプウインドウが開かないので使えないなと思ってしまう。
「こういうのはゲームでも定番のアイテムを自在に出し入れできる優れ物だったりするけど、予想外にまじかる☆ボックスから何かが出る系のスキルの可能性もある……取れば効果が分かって便利かもしれないしハズレだったら嫌だな〜……」
昔やったゲームでも高価なアイテムは最後まで使わずにクリアしてしまう事もあった。
これは性格の問題なのだろうか? 私ってケチなのか? それとも貧乏性なのか?
しかしここはダンジョンの中。魔法少女のスキルはどれも強力なので 魔法少女の相棒 と まじかる☆ボックス を全て取得してしまうのも手である。
「……スキルポイントを使って全部取得してみようかな……少し緊張してきた」
高価な物を買うとき、ドキドキしたり躊躇したりする事があるだろうか? 私は今、折角貯めたスキルポイントを全て投入しようとして、ドキドキが止まらない!
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