第18話 人生初バイト
目覚まし時計の音が聞こえ、深い眠りから強制的に覚醒する。
目覚まし時計のスイッチを切り、時刻を確認すると朝の5時50分だ。今日からバイト初日だ。
洗面所で顔を洗い、目を覚まし歯磨きをしていると咲さんがやってくる。
「おはよう起きれたのね」
「おはようございます。朝は大丈夫ですよ」
「仕事で使う服やエプロンは用意してあるからそれに着替えてね」
「はい、ありがとうございます」
用意された服に着替えダイニングへ向かい、用意された朝食を済ませるとエプロンを着る。カーキ色のシンプルなデザインで、咲さんや寿史さんと同じだ。
1階の喫茶店へと降りると既に咲さんが仕込み作業を開始していた。
「穂華、茹で玉子を潰してサンドウィッチ用のタネを作りましょう。作り方や味付け方法教えるわ」
「分かりました」
教わったモーニングのメニューは至ってシンプル。
セットメニューが3種類しかないので珈琲の淹れ方をマスターすれば楽な仕事である。
因みにセットメニューは珈琲と玉子サンドの他に珈琲とフレンチトーストのセット、珈琲とサラダサンドのセットだ。
「穂華ちゃんバイトしたことある?」
「親が許可してくれなかったのでやった事ないです」
「倫成と恋華さんは稼いでるからね、そんな必要ないか。まぁ、うちに来る客層は変な客はいないから教えながらやろうか」
「宜しくお願いします」
私は高校も大学もバイトをした経験がない。
周りは皆は楽しくバイトの話をしていて羨ましいと思った。
高校生の時に親にバイトしていいかと聞いたことがあるけど、「小遣いが足りないのか? 3万増やすから足りなくなったら言いなさい」と言われ現金を渡されてからは、バイトは諦めた。
大学に入学してからは何かと入用だと言われ、20万を毎月渡されてからは、周りから浮き出し友達が減ってしまった。
今思うと、私も友達に話さなくてもいい事をペラペラと喋ったことを後悔している。
話が逸れてしまったが、お金に困らなかったのでバイトの経験は一切ないのだ。
「さて、時間だしオープンするよ」
店の入り口の鍵を開け、CLOSEからOPENの札を掛けて数分もすると早速1人のお客さんが入って来る。
「い、いらっしいませ…」
緊張した声で挨拶をする。
「お? 新しい子?」
「おはようございます。そう、私の兄の娘さんよ。今日から働くことになったから宜しくね」
「よ、宜しくお願いします」
「あはは、初々しくていいね。取り敢えずいつものお願い」
「はい畏まりました」
咲さんにあの男性客について教えてもらった。
月曜日から金曜日のモーニングによく来るお客さんで、「いつもの」と言われれば玉子サンドセットでブレンドコーヒーのホットを作ればいいらしい。
「んじゃ、練習した成果を見せてもらおうか」
「はい!」
私は昨日練習した珈琲の淹れ方を、とうとう実践でやる事になった。ちなみにお店で出す珈琲の淹れ方はサイフォンと呼ばれる道具を使う。
ブレンドコーヒーは数種類の豆を決まった重さで計り、コーヒーミルで珈琲豆を挽く。すると、下の器に珈琲粉が貯まる。
1杯分のコーヒー粉を別容器に用意する。1杯分のお湯を入れてボールの底の水気を拭き取り、アルコールランプに火を付けて沸かす。次に、フラスコのお湯が沸騰したら一旦火元から外し、ロートに珈琲粉を入れて、フラスコにロートをしっかり差込み火元に戻す。1分計をスタートして、竹べらで全ての粉にお湯が浸透するよう手早く全体を攪拌して泡、粉、液体に分かれている事を確認し、火を弱めて1分経過したら火を止め更に撹拌する。珈琲が全て落ちきったらコーヒーカップに移して完成だ。
「玉子サンドサンドは準備出来たよ」
「こっちもあと少しで淹れ終わります」
トレーに玉子サンドが載った皿を載せ、ソーサーの上に淹れたての珈琲カップを載せてお客さんに提供すれば任務完了だ。
「お待たせしました」
「君が珈琲を淹れてたのを見てたよ、どれどれ……」
男性客は一口珈琲を飲むとしっかり味わい、何かを考えている。
「奥さんとは味が違うね」
「あぁ……駄目ですか……」
「いやいや、悪い意味で言った訳じゃないから気を落とさないで。淹れる人が違うとこうも味が違うんだって、むしろ感心しちゃったよ。いつも飲み慣れた珈琲だったから逆に新鮮でさ! これからも頑張って珈琲を入れてみてよ」
「あ、ありがとうございます!!」
もの凄い勢いで頭を下げてしまったが、少し褒められたので嬉しくなってしまった。
昨日、珈琲の淹れ方を初めて練習して、今日初めて私が淹れた珈琲を他人に飲んでもらって対価を得る。初めて尽くしで緊張したが珈琲を淹れる楽しみが増えたので、これから毎日珈琲を淹れたいと思う。
「名前を聞いてもいいかな?」
「えっと、十条穂華です」
「穂華ちゃんね、明日も来るからよろしくね」
「はい! 頑張ります!」
「鈴木さん、穂華に手を出したら駄目だよ? 奥さんに言いつけるからね」
「勘弁してよ! 俺は愛する妻と娘がいるから穂華ちゃんに手を出さないよ…安心して?」
咲さんと男性客…鈴木さんは仲が良い。知り合いなのだろうか?
その後は10時までバイトを続けた。
途中、咲さんがまひるちゃんを保育園に預けにいったりして1人の時間になったりもしたが、レジ打ちもミスもなく無難にできたと思う。
咲さんの旦那さん寿史さんは、午前中に買い出しを済ませる為に車で近くのスーパーに行ったり珈琲豆を買い付けに行ったりしていた。
「穂華お疲れ様。まだ早いけどお昼食べる?」
時刻を確認すると丁度午前10時なので私のバイトが終わった。
昼食には早いがこれからダンジョンに向かうと思えば今の内に食べておく方が良いだろう。
「食べます」
「ならそこに座って待ってて」
私はエプロンを抜ぎカウンター席に座る。
今は数名のお客さんがいるが、私もその1人として溶け込む。何か不思議な気分だ。
「賄い料理ですまないけど」
私の前に出されたのはナポリタンと珈琲だ。
喫茶店にある定番メニューに必ず入っているランキングでも、上位に入るメニューの1つだ。
「お〜、ナポリタン。普段食べれないけど、小さい頃にここに来た時はよく食べたな〜」
「穂華が小学生の時はよくここに来てたけど、中学生になってからパッタリ来なくなったからね」
「お母さんが勉強しろって五月蠅くて塾とお稽古漬けで……」
「恋華さんは随分教育熱心だったのね」
「私のマイペースにお母さんさんはいつも怒ってましたけどね」
「ははは。穂華は確かにマイペースだもんね」
「今はこうやって咲さん達にお世話になってますが、少しでも自立出来るように頑張りたいと思います。ロハスな生活を送る為に」
「ロハスな生活ね〜……まぁ頑張りなさい」
咲さんが複雑そうな表情をしていた理由が分かる。お父さんとお母さんの事だろう。
あの2人がこのまま黙ってるいるとは思えない、と考えているのだろう。私もそう思う。
私は心の中で溜息を吐くとナポリタンを食べる。昔懐かしい喫茶店のナポリタンの味だ。
パスタは太麺モチモチ、玉ねぎピーマンソーセージのシンプルだが満足の一品だ。
「ご馳走様でした」
「あいよ〜」
「ところで咲さん。使わなくなったリュックサックとかってありますか? 暫く貸して欲しいのですが……」
「使ってないのがあるから上げるよ」
「本当ですか? ありがとうございます!」
昨日のダンジョンで思ったが、やはり食料やアイテムを入れて運ぶにはリュックサックが必要だ。
魔法少女に変身中にアイテム片手にオタマトーンは扱えない。
オタマトーンは右手で口を抑えて左手で音階を押さえると弾きやすい。
私はヴァイオリンとピアノは習い事で教わったのである程度は弾けるが、オタマトーンは初心者でも簡単に演奏できる楽器? だった。機会があったら本物を買ってみようかと思う。
そんな訳で咲さんから丁度良いサイズのリュックサックを借りると真鍮製の鍵をリュックサックに仕舞い込む。
そして、渋谷ダンジョンに行く前に水と食料を調達する予定だ
「行ってきまーす」
「気をつけてね」
喫茶店の扉を開くとチャリンチャリンと音が鳴り、私は渋谷ダンジョンへと向う。
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