第13話 一生分の運の使い切った
泣きながら肉厚バーガーを食べて、気がついたらマジドナルドで寝ていた。
店員さんに心配そうに起こされてしまい、とても恥ずかしい思いをしてしまった。本当にごめんなさい。
現在時刻は夕方の19時前だった。今から電車に乗って親戚の自宅に向かえば、閉店の20時前には着くだろう。
私は慌ててマジドナルドから出ると、電車に乗る為に渋谷駅へと向かう。
スクランブル交差点は相変わらずの凄い人集りで、ハンターなのかコスプレなのか分からない格好の人が沢山歩いていた。
日本の法律では銃刀法と呼ばれる法律があるが、数年前改正され、ダンジョンライセンスカードの所持と、しっかりと箱に保管され鍵が2つ以上施錠されている場合に限って武器の持ち運びが可能となっている。
渋谷ダンジョンセンターでも装備の預かりサービスがあり、仕事帰りのサラリーマンが小遣い稼ぎやジム感覚で利用している。
最近まで銃刀法について様々な意見があったが、ダンジョン以外では凶悪な事件は少ない。
まず、警察官が強い。警察官もダンジョンでの訓練があり、一般人や生半可なハンターでは相手にならないくらい強いのだ。
過去に路上で武器を振り回した冒険者がいたが、警察官が暴れる冒険者に対し素手で武器を掴み、暴れた冒険者を取り押さえた映像が出回ってからは犯罪率が少しずつ減少傾向にある。
また、ストレスをダンジョンで発散できるのも理由の1つである。
ストレス社会の現代日本では、ダンジョンとは現実と非現実が入り混じった世界であり、ストレスを発散する場所には最適な場所でもあるのだ。
電車内の液晶画面にニュース番組が流れており、ダンジョンとストレス社会についての番組内容が字幕で放送されているのを、私は電車に揺られながら眺めていた。
「なぁ掲示板見た?」
「なんの?」
「ネット掲示板だよ。なんか盛り上がっててさ」
聞き耳を立てている訳ではないけど、私の隣にいる男子学生達の話す会話の内容が耳に入ってくる。
「なんかダンジョンデータベースのダンジョンランキングに変な名前の日本人がランクインしてんだよ」
「へ~何位なん?」
「それが9位なんだよ」
「は~? ガセじゃね?」
「俺もそう思って確認したんだけどさ、ほら」
「……うお、まじかよ。まじかる☆が~る ほのりん☆ミって」
その名前を聴いて動悸が激しくなり、変な汗が垂れてくるのが分かる。
「クラス一覧にも魔法少女が乗ってるらしくてマジモンの魔法少女って噂なんだぜ」
「へ~、コスプレしてダンジョンに行く連中を見たことあるけどな」
「そうだな、でもこの魔法少女はガチっぽいから見てみたい感はある」
「お前ロリコンかよ」
「ちっげーよ、魔法職ってレアだからパーティーに誘えたら最高じゃん」
「だな、世界のクラス持ちの9割が前衛職のタンクかアタッカーだもんな、んで残り1割が魔法職やサポーターでバランス最悪だもんな」
「そうそう、魔法少女が俺のパーティーに入ったら、もっと強くなるってもんよ」
「まぁお前のパーティーには来ないだろうな~」
「……分かってるよそんなこと…。魔法職やサポート職はレア過ぎて企業が大金払って雇ってるから、俺みたいな底辺パーティーに参加しないってことをさ」
「スキルクリスタルで魔法覚えるか、クラスチェンジオーブを使って魔法を覚えるしかないよな」
「たぶんそれゲットしたら売るわ」
「俺も」
男子学生達の話を聴いていて本当に心臓に悪かった。
ネット掲示板で私の事が話題になっているらしい。
スキル『魔法少女は普段は普通の少女』を使用し、情報を偽装隠蔽をしているのでバレる事はないと思うが、ネットに疎いのでどこまで情報が出ているか読めない。
不安で気分が悪くなってくる……しかし、その後の男子学生達の話は興味深かった。
魔法職が圧倒的に不足していることから、企業から引っ張りだこと言う話だ。企業がスポンサーになってくれればお金に困る事はないと思うが、同時にリスクが発生する。
まず、私にとって痛いのは身バレする可能性だ。
スキルで正体を隠している私を雇う企業があるだろうか? 中にはあるだろうが、お金が動くとどうしても足がつく。
アイテムの売買でも10%の税という手数料が必ず引かれ、無職の私が大金を得たら税務署も動くだろう。
お金の流れで正体がバレるなんていくらでも想像つくので企業案件パスだ。
底辺冒険者の私が稼いでると怪しまれるので、今後の金策方法も考えないといけないだろう。
▽
電車を乗り換え、目的の駅に到着すると繁華街の中を通過し、1軒の喫茶店の前で足を止める。
「はぁ〜……やっとついた〜……」
重いを足を引き摺り、喫茶しぐれの扉を開くと、チリンチリンと綺麗な音が鳴る。そして、店の奥から知った顔の女性が出て来る。
「ごめんなさい、もうラストオーダー過ぎちゃってるんです〜……って穂華じゃない、どうしたのこんな時間に」
「実は……」
出迎えてくれたのは父親の妹である梶田 咲さんだった。夫の梶田 寿史さんはカウンターの中にいるのが見えた。
私は両親と喧嘩して家出した後、お金が無くなりそうになりハンターになってお金を稼ごうとしたが、上手くいかなくなり、ここまで来た事を説明した。勿論、魔法少女になった事は伏せてある。
「店を閉じるから少し待ってて」
「はい」
最後のお客さんも帰り、店じまいを眺めていると咲さんの夫である寿史さんが珈琲を持って来てくれた。
「もう少しで終わるから珈琲でも飲んで待ってなさい」
「ありがとうございます」
珈琲カップに入ったのは黒い液体だ。
普段は飲まないブラックコーヒーだろうか? 一口飲んでみると苦味は感じるが後味はスッキリだった。
ブラックコーヒーは大人の味だと勝手に思い込んで飲んだ事がなかったが、深い味わいと珈琲の独特な香りがクセになる。
「どう? 美味しい?」
咲さんがエプロンを外し、私が座っているテーブルの正面に座る。
「はい、初めて苦い珈琲を飲んだけど、とても美味しいです」
「それは良かった」
寿史さんが咲さんの分の珈琲をテーブルに置くと、カウンターの奥へと引っ込んで行ってしまった。
「夫は口数が少なくてごめんね。あれでも気を遣ってくれてるのよ」
「そうなんですか?」
「そうよ、とても照れ屋なのよ。だから基本私が接客して、夫は厨房に引き篭もってるのよ、フフフ」
咲さんの話を聴いてると2人の仲の良さが伝わってくる。
「んで穂華、家出もそうだけどお金を稼ぐ為にダンジョンに行くなんて馬鹿よ。一体何を考えてるのよ」
「はい……私もあの時は切羽詰まってまともな思考ができなかったです」
「……ったく、ダンジョンの件は置いといて、倫成と恋華さんとなんで喧嘩したのよ」
「それは……」
非常に言い難いが、隠していてもいずれ分かる事だし、相談もしたいので全てを伝える事にする。
「両親から大学を卒業したら、お父さんの知り合いと結婚しろって言われたんです。何度も拒否したけど騙されて、その父親の知り合いの人に合わされたんです。それで両親と口論になり家出しました」
「……はぁ…あの2人は何考えてるんかね…」
卒業前から何度も言われ、卒業後に両親と食事にいったら知らない男性がいた。
その人はとてもイケメンだったが、私には興味が無さそうで素っ気ない印象だった。
ただ、両親だけがやたら熱心に私をアピールするので、イライラした私はつい食事の席で両親に怒鳴ってしまったのだ。
その後はすぐに冷静になった私は、逃げるように店から出て渋谷に向かったのだ。
「私が倫成に電話するから待ってて」
咲さんはそう言うと、奥の階段を上がって行ってしまった。
静かな店内に時折怒鳴り声が聞こえてくる。これは咲さんの声だろう。
暫くして咲さんが2階から降りて、私が座っているテーブルの席に腰を下ろすと、大きな溜息を吐く。
「はぁ〜。取り敢えず話は付けてきたよ」
「両親はなんて?」
「向こうの言い分は滅茶苦茶だよまったく。穂華は気にしなくていい、暫くウチで預かるからゆっくり休みなさい」
「いいんですか?」
「行くところもないんでしょ? 穂華をこのままにしたら何するか分からないし、目の届く範囲に置いておく方が安心するからね」
「でも寿史さんは……」
「おーい寿史〜、穂華預かるけどいいー?」
「……いいぞー」
厨房の奥からの寿史さんの声が聴こえた。
寿史さんは確実に咲さんの尻に敷かれていると思う。
「よし、物置部屋に掃除機をかけるからその間にお風呂に入って来なさい」
「あ、ありがとうございます……」
私は喫茶店の2階に案内され、お風呂場に来た。
2日ぶりのお風呂で、服を脱ぐと、胸や腕、左太ももの包帯が目に入る。
痛みはそれ程感じないが包帯を取り外すと、腕と左太ももが青紫色に変色していた。
うわぁ〜内出血が酷い……。デスボールの触手攻撃は本当に痛かったなぁ。
あれを耐えられたの魔法少女の衣装のお陰だし、あれが無ければあの2人組のようにバラバラになっていたよ。
シャワーを浴び、汚れを落とし、熱い湯船に浸かるとあの絶望が鮮明に思い出される。
何故、あの時助かったのか? 何故、私は41層に居たのか? たまたまクラスチェンジオーブ〈EX〉が無ければ確実に死んでいた。
本当に運が良かっただけだ、一生分の運を使ったかもしれない。
しかし、その一生分の運を使い切って憧れの本物の魔法少女になれたのだ。きっとこれは神様のプレゼントだ。
世界中に現れたダンジョンは謎だ。何の目的で現れたかも分からないし、世界中の研究機関の頭の良い人でも分からなかった。
もしかしたら私がその秘密を暴いちゃう……かも?
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