第7話

「そういえば、遥そろそろ学校始まるんじゃないか?」


ここ最近の日課となっている仁さんの家で仁さんのサークルメンバーと集まってのスマブロ中に思い出したように一さんがそう言った。今は仁さんと諏訪部さんが熱戦を繰り広げているので俺と一さんはその様子を眺めながら雑談をしているところで、まさか急に学校の話が出ると思わなかった。


「ん、来週から」

「そりゃいいな、遥だって高校生だし長野での知り合いが俺ら大学生だけってのもあんま健康的じゃないしな」


この数週間で仁さんは勿論、一さんや諏訪部さん、残りのサークルメンバーとも親交を深めているので一さんもうっすらとは俺の事情を分かった上で関わってくれている。


「青春は良いよなぁ、俺も高校生に戻りたいわ」

「皆それ言いますよね?そんなにいいもんですか、高校生って」


俺は聞きなれたその一さんの言葉を聞いてこれまでの東京での高校生活を思い出しても大して良い思い出なんてものは無かったので、大学生であるサークルメンバーのほぼ全員が言う「高校生に戻りたい」の意味をいまいち掴みかねていた。


「ん~まぁ人によるっちゃよるが、俺は少なくとも高校生活は楽しかったからな」

「ふーん」

「ふーんて」


一さんに空返事を返しながら楽しそうな高校生活を想像してみてもその中に俺がいるイメージがつかめない。


「え、なになに?遥くん学校始まるんだ?」


そんなことを一さんと話していると、いつの間にか決着がついたのか諏訪部さんが会話に参加してきた。悔しそうに缶ビールに口を付けている仁さんを見る限りどうやら熱戦を制したのは諏訪部さんのようだ。


「ええ、まぁ」

「相変わらず遥君はつれないなぁ~」

「これが俺の普通なの」

「それじゃあ寂しくなるねぇ、昼間から伊織たちとスマブロできなくなっちゃうし」


ぶ~とでも効果音が付きそうな表情で諏訪部さんは頬を膨らまして言うが、正直学校が始まってないとはいえ、昼間から呼び出されてスマブロをするのは余り嬉しくない。


まぁそれを言うと諏訪部さんは拗ねるのが想像できるので言いはしないが。


「……学校が始まっても夜なら別にいいけど。あ、でも毎日は勘弁」

「と、言いつつも?」


諏訪部さんは俺にすり寄って耳元でそう言う。最近は諏訪部さんにも慣れてきて普通に話すぐらいであれば特に不快感は無いが今みたいに至近距離に来られると鳥肌が立つので諏訪部さんを押しのけた。


「毎日は嫌だ。先週の事まだ忘れてないからな」

「はは、確かに先週はヤバかったな」

「げ、それ言われると伊織も毎日はヤダなぁ」


酒を飲んで復活したのか他人事の様に仁さんが言った。


先ほどまでにやにやとしていた諏訪部さんも何か嫌なことを思い出したのか苦虫を嚙み潰したように顔をしかめ、一さんも先週の地獄を思い出したのかうんうんと頷いていた。


「なんで仁さんは他人事みたいなんだよ、先週の原因は仁さんだろ」

「いやぁ、さすがにあれはヤバかったな。ははは」


からからと笑う仁さんに呆れながら、先週の事を思い出す。



あれはいつものように俺が部屋で本を読んでいると急にインターホンが鳴ったことから始まった。


あの時の俺はまた、仁さんか。とインターホンを鳴らした主を想像しながらため息をついてインターホンのモニターを付けパンパンに物の入ったビニール袋を俺に見せつけるように揺らす仁さんが映り、嫌な予感を感じ最初は無視しようと思ったが仁さんは近所迷惑も考えずピンポンを連打してきたのでしょうがなく玄関の扉を開けた俺は仁さんに拉致されたのだ。


俺が仁さんの家に連れ込まれた後、仁さんはサークルの合宿だと嘯き、三日間計72時間丸々スマブロに付き合わされたのだ。眠気が限界になったものから仁さん宅のベットで寝て起きたらスマブロ、出前を取って腹が膨れたらスマブロ、誰か来たらスマブロ、来ない奴には仁さんが倒れたとLINEを入れてスマブロ、俺含めたサークルメンバーがスマブロに飽きたら金太郎電鉄こと金鉄。


とにかくゲーム漬けの三日間だった。


最終的に仁さんの家のリビングにはサークルメンバー全員と俺の死体が並んでいたのは言うまでもない。



「まぁ、でも楽しかったな!」


俺が先週の事を思い出して身震いしていると、仁さんが笑いながら言った。


「「「楽しくねぇよ!」」」


今ばかりは仁さん以外の三人の意見が一致した。


「伊織あの三日間のせいで中学生ぶりにニキビ出来たんだから~」

「俺も筋肉量が落ちた」

「俺は新刊が読めなかった」


俺ら三人はあの三日間のせいで被った被害を次々と口にするが仁さんは笑うキリで全く反省していない様だった。


まぁあの三日間のせいというかおかげというかで諏訪部さん含め、今はここにいないサークルメンバーの残りの人ともだいぶ仲良くなれたのは確かだが、限度と言うモノがあるだろう。


「毎日は辞めとこっか?」


仁さんの反省してない様子を見た諏訪部さんは呆れたようにため息をついて言った。

諏訪部さんの言葉に俺と一さんは黙って頷いた。


ここ数週間でだいぶこの三人とも仲良くなったが、後一週間で高校生活という逃れられない期間が始まると思うと億劫ではある。

少なくとも一さんの様に俺のこれまでの高校生活は恵まれたものではなくいい思い出も無い、それはきっと長野という新しい土地に来たところで変わるものではないだろう。


仁さんや、諏訪部さん一さん他のサークルメンバーの人たちみたいな年上の人と絡んでいる方がよっぽど俺にとって楽だったし、同世代と絡んでも嫌な思いをするだけだ。


未だにあの三日間の事をとぼける仁さんに肘打ちをくらわす諏訪部さんを眺めながらそんなことを思った高校編入一週間前の昼間だった。





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