第6話

「はぁ……」


 俺は便座に座り込んでため息をついた。


 別にトイレをしに来たわけではなく、諏訪部さんに対しての八つ当たりじみた態度を悔いての事だ。

 知り合って数日とはいえ仁さんの知り合いが俺の知っているの様に性悪ではないことぐらいは分かるが条件反射でつい出てしまったのだ。


 俺が諏訪部さんにした対応は初対面で、しかも年上の人にしてよい態度ではなかった。


「そんなのは俺だって分かってる」


 ただ自分が勝手にトラウマを刺激されて勝手にしたことだ。諏訪部さんには悪いところは無く、ただ俺が何時まで経っても心の整理がつかないガキってだけの事だ。


 自分に言い聞かせるように独り言ちた言葉に帰ってくる言葉なんてものは無い。


 はずだった。


「何が分かってるんだよ」


 俺が自己嫌悪とともに後悔しているとトイレの扉の向こうから聞こえてきたのはここ数日で聞きなれた仁さんの声だった。


 仁さんの一言には口調こそ適当であったが俺の事を心配していることが分かる優しさのようなモノを感じた。


 俺が仁さんの問いかけに何と返そうかと便座の上で固まっていると仁さんは更に続けて言葉を投げかけてきた。


「……遥って女苦手なのか?言ってくれれば伊織の事呼ばなかったのに」

「ここは仁さんの家だし仁さんの友達の遊びに口出すわけにも行かないでしょ。……それにサークルメンバーって男だけだと思ってたし」


 決して今日の俺の諏訪部さんに対する振る舞いは諏訪部さんが悪いのではなく俺の勝手な過去の話だ。

 仁さんだって知り合ったばかりの高校生のガキに女が苦手だから呼ばないで、なんて指示される筋合いもないだろう。


「その、なんだ?悪かったな。あいつも態度こそ悪いが悪い奴じゃないんだよ」


 仁さんは言葉を選ぶように俺と言う急にいじけてトイレに隠れたガキの事を気遣うように優しい声音で言った。


「諏訪部さんが悪いわけじゃないから気にしなくていい。大体悪いのは俺だし」

「……つったって、なぁ?せっかく新しくできた友達が俺の友達のせいで嫌な思いしたってんなら気になるだろ」


 仁さんは最近隣に引っ越してきて何回かスマブロをしただけの俺の事を友達と恥ずかしげもなく呼んだ。

 変なむず痒さを感じながらきっと扉の向こうでは馬鹿真面目な顔をしているのであろう仁さんの顔を想像した。


「友達って……言ってて恥ずかしくないの?」

「はぁ?友達は友達だろ、それ以外に俺らの事説明できないだろ」


 俺が半笑いで言った言葉は仁さんに一蹴されてしまった。


「知り合いでもお隣さんでもなんでも呼び方ぐらいあるでしょ」

「でも一緒にスマブロしたら友達だろ、歳とか知り合った時間なんかは関係なくな」

「ぷっ……今時小学生でもそんな事言わないよ」


 仁さんのあまりにも子供らしい言い分を聞いてつい吹き出してしまった。

 どうやら俺の知らない間に少しばかり年上の少し子供っぽい友達が出来ていたようだ。


「別に俺は遥がなんで女の子が苦手なのかを聞いたりもしないし、俺が知ってるのは最近できた友達の遥はウチの隣に引っ越してきて妙にスマブロが強いってだけだよ」


 仁さんは笑いを堪えている俺の声を聴いてか妙に臭いことを言った。


「はは、まぁ……いつか話すよ。仁さんは友達だしね」


 仁さんの言った臭い言葉に笑いながら俺は便座から立ち上がり扉を開けて言った。

 扉を開けると仁さんは所謂ヤンキー座りをしながらにやりと笑い、洋画の俳優の様に大げさに肩をすくめて見せた。


「いつでも相談に乗るぜ兄弟?」

「兄弟は俺にとってNGだ」

「そりゃ悪かったな、相棒」


 これまでであれば兄弟なんてものを話題に出されたら不機嫌になっていたはずなのに、なぜか仁さんの兄弟呼びには不快感は無く、軽口を返す余裕すらあった。

 仁さんは何時までこの洋画ごっこ遊びを続けるつもりなのかは分からないが、不思議と仁さんの相棒呼びを気に入っている俺がいた。


「我ながらちょろいな」

「気にすんなよ思春期真っ只中の相棒」


 仁さんは俺の小さな呟きを聞き逃しておらず、不快感こそ感じないがいたずらっ子の様に初対面の時の様に、にやりと笑って言った。


「うるせえよ、小学生以下」

「お~口悪!こわいこわい」


 俺が言った悪態にも仁さんは笑って全く近頃の若いもんはとわざとらしく俺に聞こえるように呟きながら、諏訪部さんや一さんがぎゃあぎゃあと騒いでいるリビングへと歩いて行った。


 仁さんがいなくなった廊下で扉を閉めたところで聞こえてくる三人の笑い声を聞いてもさっきのような疎外感を感じることは無かった。


 俺ってこんなにちょろかったか……?


 今度は口に出すこともなく自問するが、三人のバカ騒ぎの声を聴いていたらそんな事は気にもならなかった。



 ――――――――


「やや!遥く~ん、ごめんねぇ?伊織が可愛いから緊張しちゃったんだよね?あぁこれも伊織が余りにも可愛らしいせいだぁ~」


 俺がリビングの引き戸を開けてリビングに入ると諏訪部さんが自らの体を抱きしめながらわざとらしさを感じるほど大仰に体をよじりながらそう話しかけてきた。


 全く持って脈絡のないその言葉に何となく今の状況の犯人であろう仁さんに目線を向けると仁さんはまだ洋画ごっこを続けるつもりなのか俺にだけ分かるようにウインクをよこした。


 どうやら仁さんは諏訪部さんに対して随分適当に説明したようだった。


 実際、俺の事情を細かく説明したわけではないので仁さんが何と説明しようが勝手だし、文句も言えないが……


「(お・ぼ・え・と・け・よ)」


 俺は仁さんにだけ分かるように口パクでそう伝えると、仁さんは顔を青ざめさせて、スッと俺から目を逸らした。

 とりあえずはその仁さんの様子を見て満足した俺はぽすっと仁さんのベットに腰を下ろして未だにくねくねと体を揺らす諏訪部さんの様子を眺めてから舌打ちをした。


 その舌打ちは一さんや仁さんにも聞こえていたようで二人が大きな声で笑うものだから、俺もつられて大きな声を出して笑ってしまった。

 そうして笑っている間に正気を取り戻した諏訪部さんが笑っている俺らを見て不思議そうに首を傾げているのをみた俺らはこれまで以上に大きな声を上げて笑った。


 さんざん笑った後は皆でスマブロを夜遅くまでやったが、仁さんは勿論、仁さんが言っていたように一さんも諏訪部さんも滅茶苦茶弱く雑魚狩りをするのは非常に楽しかった。



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