第5話

『YOU WIN!!』


 ここ最近聞きなれた渋い声の勝利宣言を聞きながら俺は仁さんに部屋に入った時に手渡された炭酸のジュースを飲みながら思った。


「仁さん……復帰下手すぎない?」

「……俺もそう思う」


 仁さんも流石に自分の復帰の下手糞具合については言い訳もできないようで、悔しそうに眉根を寄せていた。

 正直な話、仁さんとスマブロをしていて思うことは勝手に自爆してストックを減らしていることが多いと言うことだ。

 確かに、復帰以外意にも持ちキャラの各技の間合いを分かってなくて空振りをしていることが多いとか、色々言いたいことはあるけどそれ以前に勝手に自爆してくれるおかげで俺が普通にプレイしている限り負けることはまずないのだ。


 実際仁さんの友人が来るまで二人で数戦ほどしたが片手の指では数え切れないほど仁さんは自爆している。それさえなければまだもう少しいい勝負が出来ると思うのだが……


「なぁ、どうすれば復帰上手くなると思う?」


 仁さんの言っていた特訓をしたいと言うのは本当のようで、少しでもサークルメンバーに追いつきたい気持ちがその真剣な様子から伝わってきた。

 俺と仁さんの関係性はよくわからないものではあるが、真剣に悩んでいる人を茶化すことも出来ないので少し俺も真剣に考えてはみるが、俺自身そこまでスマブロに詳しいわけではないのでこれと言った案が直ぐに出ることは無かった。


「いっそのこと復帰ミスするぐらいなら、早めに復帰技使うとか?」

「うーん……そうだよなぁ、でもなぁ」


 何か納得がいかないのか仁さんは少し煮え切らないような様子でうんうんと悩んでいた。


「なんかあるん?」

「サークルメンバーの一人がめっちゃメテオしてくるんだよ」


「……あぁ、なるほど」


 確かに居たなぁ……昔もメテオに気が付いてからと言う物それしか狙ってこない奴


「もうその人に関してはまだ崖際の戦い出来ない仁さんは気にしないでとにかく復帰ミスしないほうが良いんじゃない?」

「でもさぁ、マジでそいつにメテオでやられると糞ほど腹立つんだよ」

「確かにメテオでやられるの腹立つけどさ、しょうがなくない?」

「そうかなぁ……」


 ――ピンポーン


 仁さんと復帰について話し合っていると、仁さん宅のインターホンが鳴った。

 この時間に鳴ったインターホンということは、仁さんのサークルメンバーなのだろう。


「お、あいつら来たかな?」


 仁さんはそう言ってベットから立ち上がり、ドアの方へと向かったのでこれから知らない人が来ると言うことに何となく居心地の悪さを感じて嫌に唇の渇きを感じた。


「いつからこんなんになったんだか……」


 誰にも聞こえないような呟きをこぼしてペットボトルに口を付けた。


 ◇


「よー仁少しは強くなったか?」

「うるせえな~、お前そんなこと言ってっと俺の師匠にボコられるぞ」

「あ、それって仁が言ってた高校生の子?確か今日呼んでるんだっけ?」

「お~マジで遥スマブロ上手いから」


 玄関先で仁さんと男女が簡単な挨拶を交わしながら、こちらに向かってくるのを足音で理解しながら、俺は少し気分が悪くなっていた。


 正直な所俺は女の人が苦手だ。


 俺がこうなってしまった理由は気分が良い事ではないので思い出したくもない。


「うい、遥。こいつらが俺のサークルメンバー」


 仁と男女二人がベットに腰かけてる俺を見つけて興味津々の様子で覗きんできていた。

 一人は髪の毛を短く切りそろえたガタイのいいスポーツマンのような男、もう一人の女が地毛とは思えないほどきれいな金髪で目鼻立ちの整ったそこら辺の男であれば見惚れてしまうほどの美女だった。


 もし俺がまっとうな男だったらこの人を見て少しは狼狽えたり見惚れたりするんだろうな、なんて意味もないことが頭をよぎる。


「……ども、知久間 遥です」

「遥ね!よろしく!俺は山辺 一やまべ はじめ

「私は、諏訪部 伊織すわべ いおり伊織ちゃんって呼んで?」


 ぎゅっと俺に顔を寄せて自己紹介してくる諏訪部さんの容姿はやっぱり常識的に考えれば非常に整っているもので、それが余計に俺のトラウマを刺激してくる。


 少し媚びを売るようなハスキーがかった声音や、計算つくされたようなその顔の角度、私ってかわいいでしょとでも言いたいかのようなその仕草すべてが俺の神経を逆なでしてきた。


「はは、よろしくお願いします一さん、さん」

「……あり?私なんかミスった?」


 諏訪部さんは拍子抜けしたかのように小首をかしげて仁さんと一さんの方に振り返った。少しきつく返しすぎただろうか、俺は少し伺うようにして二人の表情を盗み見るが仁さんも、一さんも笑いを堪えているようで少し安心した。


「ぷぷぷ、遥は伊織みたいな年増は嫌だってよ!」

「俺も顔だけなら伊織はアリだけど、全部含めたらナシだわ」


「えぇ~ひーどーい」


 その諏訪部さんの少し気の抜けたような悲鳴を聞いて仁さんと一さんは大きな声を上げて笑って、それにつられて諏訪部さんも大きな声で笑っていた。


 三人の笑い声を聞きながら何となく笑えないでいる自分がいることに妙な疎外感を感じる。そんなことに疎外感を感じる自分に最近の癖になっていた舌打ちとともに自己嫌悪の思考が芽生える。


 諏訪部さんにあんな態度をとっておきながら、こんなことで疎外感を感じる自分の浅はかさこそ嫌悪するべきだろ。


 そもそも、仁さんにサークルメンバーとやるスマブロに誘われた時点で、疎外感を感じるのは分かっていたはずだろ。


 だって仁さんと俺が知り合ったの何て昨日の事だし、仁さんみたいに距離感を理解しながら関わってくれる人には友達が俺以外にもいるのは分かってただろ。


 勝手に自分でイラついて勝手に自問自答を繰り返し、自己嫌悪の思考がぐるぐると頭の中を支配し気分が悪くなってきた。


「……ちょっとトイレ」


「ん、場所分かるよな?」

「間取り一緒だろ」

「それもそうか」


 何処か俺の具合の悪さに気が付いた様子の仁さんの心配そうな声を聴きながら俺は誰も居ないところに逃げ込むことしかできなかった。


 ――――――――


「なんか気分悪くするような事しちゃったかな?」

「そうか?そんな風には見えなかったけど」


 伊織は遥がトイレに入ったのを確認して内緒話でもするかのような小さな声で言った。

 伊織は初対面なのにも関わらず遥の違和感に直ぐに気が付いたみたいだ。一が気が付かないのは、まぁ想像通りだ。


 自慢じゃないが俺は案外人の心を察するのが上手いと自負している。


 それは昨日知り合ったばかりの高校生なのに一人暮らしを始めたと言っていた遥に対しても例外ではない。伊織の言う通りさっきの遥は俺と話している時とは比べ物にならないほど気分が悪そうだった。


 多分その原因は伊織というよりは、遥の問題なんだと思う。


 少し伊織に強く当たったのは無意識では無いだろうけど、伊織が嫌いでああいった返しをしたわけでもなくきっと、遥なりの抵抗の様に感じた。


「まぁ、色々あるんだろ、ほら、思春期だし」

「それだけかなぁ?」

「思春期ならしょうがないな!」


 遥みたいな奴はきっと自分から言っても居ない事を他人の勝手な想像で掘り返されるのは嫌いそうだから思っても居ない事でごまかしては見たものの、伊織は俺の返答に納得がいっていないようで何か言いたそうにしていたが、一のお気楽な様子にこれ以上何か言うことは無く一旦は納得したみたいだ。


「とりあえず、スマブロやろうぜ!」

「そうだね~」

「そうだな!」


 俺が白々しく明るく言うと、二人もこの話を続けるのはやめたようで、バスケットをごそごそと漁ってMYコントローラーをゲーム機に繋げて勝手にスマブロを始めていた。


「どうするかね……」


 遥のあの様子を見て心配するなという方が無理だし、年上のお兄さんとしては話を聞いてやるべきなんだろうけど


 ――遥、絶対ひねくれてるんだよなぁ……


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