第4話

「それで、気分は少しは晴れたか?」

「……なんだよ急に」


 仁さんとの連戦を終えて一旦休憩をしていると仁さんが唐突に言った。


「ほら、なんか遥、最初俺に挨拶してきた時も表情暗かったし」

「少しは」


 あの時仁さんに話しかけた時はどんな表情をしていただろうか

 思い出そうとしたところで自分の表情が記憶にあるわけもないが、スマブロで雑魚狩りをして気分が良くなっていたのは確かだ。

 仁さんは俺に負けるたびに様々な言い訳を小学生の様に言い出すので正直楽しくなかったかと聞かれると楽しかったし、ここ最近の形容しがたい苛立たしさや気分の悪さはいくらか晴れていた。今は。


「ならよかった!またスマブロしようぜ、今度はウチのサークルのメンバーも一緒にさ」

「まぁ、学校が始まるまでは暇だし良いけど」

「約束な!」

「はいはい」


「それじゃあそろそろ宅配来ると思うから一旦家に帰るわ」


 ちらりと携帯の電源を付けて時間を確認すると午後の二時前で昨日時間指定をしていた時間が近づいていたので家に戻ることにした。


「おう、それじゃまた」

「ん、またな」


 バタンと閉まる仁さんの扉の音を背に外に出たせいで昨日の様に吹き抜ける寒風に昨日までの俺なら舌打ちでもしているだろうに、不思議と舌打ちは出ず少し軽い足取りで自分の部屋に戻った。


 ◇



 自分の部屋に戻って適当に読書をして時間を潰しているとインターホンが鳴り、今度こそ仁さんではなく見慣れた帽子と制服を着た宅配業者だった。

 可能な限り纏めて配送してもらうようにしていたのでポンポンと数多くの段ボールにハンコを押す羽目にはなったが、そのおかげで一気に生活用品や寝床を確保できたので文句を言うわけにも行かないだろう。


 大量の段ボールを何度も運んでくれた宅配業者のお兄さんからは後半少しばかり殺意の籠った目線を送られていたような気がしないでもないが。


 寝床を作り、風呂場にAmazonで買った物を適当に並べて、キャリーケースに入っていた衣服を適当にクローゼットに仕舞い込んで俺の城が完成したのでひと段落と言ったところだ。


「こんなところか」


 とりあえず昨日から風呂に入っていない事と、仁さんとのスマブロで少しばかり汗をかいたことを思い出したので一旦風呂位に入る事にした。


 ◇


 ユニットバスではないと言うことだけが部屋選びの基準だったので、勿論ユニットバス浴室のおかげで気持ちよく風呂に入ることができた。


「適当に選んだとはいえ少し奮発した甲斐があったな」


 Amazonで購入したシャンプーとリンスは新しい土地で過ごすこともあり、これまで使っていた物とは趣向を変えて少しばかり値の張るものにしたおかげでドライヤーで髪を乾かしている時に感じる手櫛の通りやすさや程よくふんわりとした髪の仕上がりについそうこぼしてしまった。


 自分自身そこまで身なりに気を使っているわけではないので、何となく気分転換の為だったが其れが功を奏した。


(腹減ったな)


 髪を乾かして座るところが布団以外になかったので布団に胡坐を掻いて思ったことはそんなことだった。

 自炊が出来ないわけではないが、わざわざスーパーに食材を買い出しに行くやる気も湧かず、パジャマに昨日の反省を生かしてキャリーケースの中にある中でも一番暖かいMA-1を羽織ってコンビニに向かった。


 慣れない土地ではあるが、文明の利器を駆使して最寄りのコンビニにたどり着いた俺はコンビニの前でたむろする同い年の様に見える男子の集団を無視して店の中に入り、やる気のない店員の挨拶を聞き流して適当に弁当を手に取って思ったことは東京だろうが長野だろうがコンビニは同じようなものだなという当たり前の感想だった。


「ありゃした~」

「どうも」


 弁当とお茶だけが入ったビニール袋をぶらぶらと揺らしながらもうすでに日が落ちたのにも関わらず未だにたむろしている集団を無視して帰路についた。


 弁当も食べ終わり、おろしたての布団の上でタブレットを開いて本を読んでいると、今日の朝の様に急にインターホンが鳴った。

 何となくインターホンを鳴らしている輩の想像が出来てしまい、遅々とした足取りでインターホンのモニターに向かうとモニターに映る人物は想像通り仁さんだった。


「どうしたん?」

「スマブロしようぜ」

「……朝もしただろ」


 俺が玄関の扉を開けて仁さんにそう聞くと仁さんは予想通りの言葉を返してきた。俺が扉を閉めようとするが朝の焼き直しの様に仁さんはするりと扉の間に靴を挟み込んでにやりと笑って言った。


「サークルのメンバーが来るんだよ。実力は大体俺と同じぐらいかちょっと強いぐらい」

「全員仁さんより強いんですね分かります」


 仁さんが言っていたサークルのメンバーに勝てないから特訓をしようとしてるという言葉を当日中に忘れるほどの鳥頭でもないので仁さんが見栄を張ってるのは直ぐに分かった。


「……皆俺より強いけど、遥ほどじゃない」

「ん。そんで?サークルメンバー居るならその人たちとやればいいじゃん」

「俺ってスマブロ弱いじゃん?」

「そうだね」

「あいつら俺よりちょっとばかし強いだけなのに俺をボコしてイキってくるの腹立つからさぁ、遥にちょっとあいつらボコってもらおうかと思って」

「……理由ダサいなぁ」


 どうやら仁さんはサークルメンバーの中で一番弱い事を煽られすぎて腹が立っているのか、昨日知り合って今日ボコされた高校生にサークルメンバーをボコしてもらって溜飲を下げようとしているらしい。


 字面にするとマジでダサいな……


「まぁ、良いけど……皆仁さんよりちょっと強いぐらいならボコせるだろうし」

「まじか!?それじゃあボコしてやろうぜ、遥ボコし担当で俺煽り担当ね」

「プライドのかけらもなくてある意味尊敬するわ」


 最初顔を合わせた時は爽やかな好青年だと思っていたがここまでプライドを捨ててるとは思わなかった。


「……まぁまぁ、さっきコンビニで遥の分の飲み物買ってきたからさ」

「酒じゃなかろうな?」

「流石に普通にジュースだよ、今日のメンバー下戸もいるし」

「あ、そ」


 初日の仁さんの態度を思い出し、未成年飲酒をさせる気ではなかろうなと詰問してみるがどうやらちゃんと普通の飲み物らしい。

 それならば特に問題もないだろう。仁さんとのスマブロという名の雑魚狩りで案外精神安定が図れることを今日の朝知ったので俺としても酒を飲まされないなら特に問題はない。


 雑魚狩りで精神安定してるって俺も仁さんの事を言う資格は無いような気がするが、頼まれたからねしょうがないね。


「決まりだな!それじゃあ、あいつら来るまで二人でタイマンしようぜ!」

「はいはい」


 小学生の様にぱあっと表情を明るくして朝と同じように、俺の手を引く仁さんを見ていると俺の悩みなんてちっぽけなことの様に思えてくるのが不思議だ。

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