第3話
「……体いてえ」
高校生になっても未だによくわからない鳥の鳴き声を聞きながら体を起こして漏れた言葉はそんな当然の呟きだった。
フローリングの上で寝れば体が痛くなるのは当然だが、さすがのAmazonでも昨日注文したものが届くのは今日だし文句も言っていられないだろう。
シャワーに入ろうにもシャンプーやら足りないものを頼んだのは昨日の夕方なわけで、結局はどうしようもないと言うことだ。
体を起こしてぼーっとしていると部屋のインターホンが鳴った。
流石に宅配業者にしては早すぎると思いながらも、宅配業者以外に俺の部屋に訪ねてくる人は居ないので、きっと宅配業者だと思いインターホンのボタンを押してモニターを確認すると来訪者は上田さんだった。
相変わらず上田さんは見た目だけは好青年ではあるがにやけた口の端から分かるように碌な人ではないのは確かだろう。
「健全少年よ、暇か?」
「……なんですか、朝から」
扉を開けて上田さんの第一声は面倒くささ極まる一言だった。
「暇か?」
壊れたロボットの様に上田さんが繰り返し同じ言葉を繰り返してくる。
「……まぁ暇か暇じゃないかで言ったら暇ですけど」
「よっしゃ、スマブロしようぜ!」
「……は?」
「スマブロしようぜ!」
今時小学生でもしないような遊びの誘い文句にキョトンとしてしまった。
「なんでですか?」
「暇だから」
「なんでスマブロ?」
「暇だから!」
よっしゃじゃあやるか!なんてなるわけもなく起き抜けの頭をフル回転してもスマブロをしようとはならなかった。
そもそも昨日会ったばかりの大学生となんでスマブロをせにゃならんのか
「失礼します」
「ちょ、ちょまって!話聞いてよ!」
俺が扉を閉めようとすると上田さんは必死に抵抗してくる。
てか、扉の間に靴挟んでやがる
「はぁ……それで?」
靴を挟まれた以上無理やり扉を閉めるわけにも行かず、小さく舌打ちをしてまずは上田さんの話を聞くことにする。
「舌打ち……まぁいいや、ほら隣人同士仲良くしようと思ってさ!」
「オンラインでしたらどうですか?」
「ぐ……オンラインだと勝てないんだよ~」
スマブロはかなり有名なパーティゲームであり、勿論俺も小学生の頃友達の家でやったことはあるが、この時代のスマブロならオンライン対戦ぐらいできるだろうと思って言った一言に上田さんは少し肩を落としながら言った。
「はぁ……昨日頼んだものが色々届くのでそれまでなら」
「本当!?それじゃあ早くやろうぜ」
どんどんと小さくなっていく上田さんを見ていると申し訳なさが勝ってしまって、ため息をつきながらそう言うとぱあっと表情を明るくした上田さんはぐいぐいと俺の手を引いて自分の部屋に俺を連れ込んだ。
◇
「案外良い環境ですね」
上田さんに連れ込まれた上田さんの部屋は思っていたより物が綺麗に整頓されていて、俺と同じ間取りなはずなのにベットや小さいテーブルがあるせいか小さく感じた。
テレビの横には最新機種のゲーム機本体と一緒にコントローラーが何台かバスケットの中に入っていた。
「まぁ俺の部屋大学のサークルのたまり場になってるから……そのコントローラーもサークルメンバーのコントローラーだし」
上田さんの言うように明らかに男子の趣味ではないようなピンクのコントローラーや、赤色のコントローラーなど色とりどりのコントローラーが入っていた。
「それで、僕はどのコントローラー使えばいいんですか?」
さんざん嫌がっていたくせに久しぶりにするスマブロに少しばかり乗り気になっていることを自覚しながらもここまで来たからにはちゃんと上田さんの相手をするべきだろうと勝手に脳内で言い訳をしてコントローラーの入ったバスケットの中を覗き込む。
「どれでも使って良いよ~どうせ勝手に使ったところで文句をいう奴も居ないし」
「それじゃあこれで」
適当に使って良いと上田さんからの許可が下りたのでそれこそ適当にバスケット一番上にあった透明のスケルトンコントローラーを手にしてゲーム機に繋げる。
「それで?なんで急にスマブロしようって話になったんですか?暇だからってのも建前ですよね?」
上田さんが鼻歌を口ずさみながらスマブロを起動してお馴染みのBGMが流れているのを聞きながらそう質問した
「ん~まぁ確かに暇ってのは建前だけどまずは、自己紹介しようぜ。俺は
「知久間遥です」
「おっけい、遥ね!遥も俺の事仁って呼んでいいよ、敬語もいらん」
「じゃあ、仁さんで」
「……まぁいっか。とりあえず一戦してから話そうぜ」
俺の仁さん呼びが納得いかないのか少し間は空いたが仁さんもそれ以上何か言うことは無くポチポチとスマブロの対戦設定を進めていく。
「終点、アイテム無し、三ストでいいか?」
「良いけど、なんかめっちゃガチじゃん。あ、終点目がちかちかするから他のマップが良い」
「あいよ」
慣れたように設定を進めていく仁さんが言った終点、アイテム無し、三ストというのはスマブロのパーティゲームとしての面を切り捨てた完全なるガチ勢仕様だった。
正直な所最後に友達の家でやったのが俺のスマブロ経験なのでガチ勢には勝てる気がしないが、精いっぱい頑張るしかないだろう。
「そいや、遥って何使うの?」
「強いていうならイケ」
「あーなんかぽいわ」
「新作やるの初めてだけど、イケ居る?」
「居るぞ」
「おっけ」
確かに仁さんの言う通りいつの間にかゲーム画面はキャラ選択画面になっており、そこには俺の使い手でもあるイケが居た。というか昔やった時より倍ぐらいにキャラ数が増えていた。
「あ、本当だ。てかキャラ多いな」
「最新だしな。因みに俺はルカ」
ポチポチと俺もイケを選択すると、仁さんもキャラを選んでいた。俺の記憶が正しければ超能力を使うキャラだった気がする。
「俺初心者だからあんまり、分からん殺ししないでね」
「ははは、大丈夫、そんぐらい分かってるよ」
笑いながら言う仁さんからは初心者狩りを楽しむような雰囲気がひしひしと伝わってくるが本当に大丈夫だろうか……
◇
『YOU WIN!!』
渋い声のナレーター音声と同時に流れるリザルト画面を見ながら俺が思ったことは一つだ。
「雑魚では……?」
「くっ……」
「いやいやいや、なんか仁さん初心者狩り楽しむ感じの雰囲気出してたじゃん?めっちゃ雑魚!雑っ魚!」
仁さんは普通に雑魚だった。小学生の頃の記憶をたどりながら何となくプレイしてるだけでダメージは簡単に稼げるし、勝手に復帰をミスして死んでいく。
あの流れるような「終点、アイテム無し、三ストでいい?キリッ」は何だったのだろうか。笑いよりも先に驚愕が勝ってしまうほどに仁さんはスマブロが下手糞だった。
「そうなんだよ、俺めっちゃスマブロ弱くて、サークル内でも負け続きだから特訓しようと思って……」
「あんまりゲームとかしなそうな俺に声を掛けてボコボコにされたと?」
「……」
「だせぇ~」
どうして仁さんが俺を捕まえてスマブロをやらせているのかの理由が思っていたよりしょうもなくて拍子抜けしてしまうが、仁さんの表情を見る限り本気でサークルの人たちに勝ちたいのだろう。
「もう一回!」
「えぇ~、仁さん弱いしなぁ」
「もう一回!!」
「はいはい」
もはや半泣きで懇願してくる年上と言う状況に少しばかりの優越感を感じながらしょうがなくもう一戦することになった
『YOU WIN!!』
「……弱えぇ~」
「くっ……」
正直久しぶりにやったゲームでここまでボコボコに出来ると気分が良い。愉悦に浸りながらにやにやと笑いを堪えながら仁さんを見ると、真剣に悔しそうにしていた。
その様子が余計に気分が良い、ここ最近の陰鬱としていた気分が晴れていくようだった。
「なぁ、そろそろ俺、本気キャラ使って良いか?」
仁さんはひくひくと口の端を引きつらせながら小学生の頃何千回と聞いた言葉を口にした。
「……いやまあ、いいけどルカ使いじゃないの?」
「……」
何となくその言葉を言い出した小学生の友達が辿った道を思い出して少し半笑いになりながらそう聞くとそれが伝わったのか、少し顔を赤くしながら無言でリンカという剣の他に弓矢も使う中距離キャラを選択した。
『YOU WIN!!』
「……うん。なんかごめんね?」
「……キャラ差がなぁ」
「おい」
「あ~なんか調子出ないなぁ普段なら遥ぐらい余裕なんだけどなぁ~酒飲んで無いせいかなぁ~」
仁さんが本気キャラと言っていたリンカも大したことのない強さで普通に完勝してしまった。
流石の仁さんも自分の言い訳が無理があることは分かっているのか、少し半泣きになっていた。
「……酒飲んでやればいいじゃん」
「は?飲んで良いの?余裕で勝っちゃうけど~?」
「うん、飲んでよ、正直弱すぎてつまらん」
「言ったな!ボコられて泣いても知ーらね」
ぶつぶつと言い訳を重ねる仁さんが鬱陶しくなってきたのでそう言ってやると、仁さんは玄関の方にある冷蔵庫の中をごそごそと漁って缶ビールを持ってきて机に見せつけるようにドンと置いてプルタブを開けてごくごくと飲んで、対戦開始のボタンを押した。
『YOU WIN!!』
「……」
「くっ……」
正直掛ける言葉が見つからなかった。
仁さんは無言で机の上の缶ビールを再度口に含んで対戦開始ボタンを押した。
『YOU WIN!!』
「なぁ、ちょっとコントローラーの調子悪いわ、変えていい?出してない技暴発するんだけど」
「ふふっ、お好きにどうぞ」
また何千回と聞いた言い訳を仁さんがするものだから少し笑ってしまった。
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