第7話 レーゾンデートル

 僕の研究は、都市ガスの配管に使用する材質が対象だ。何十年も前、日本の経済的繁栄と共に全国に急速に普及したガス管は、今や国内の至る所に張り巡らされている。それから数十年が経過し、寿命を迎える箇所が増加しつつある。僕はそこに着目したのだ。実質的には、指導教員である教授が着目したのだけれど。今まさに更新時期を迎えようとしている配管に対し、更なるメンテナンスフリー化を実現し、今後予想される労働力の減少に対応しようというのだ。これこそが、僕の研究が社会に最も貢献できるポイントである。

 ところが、その研究の存在理由レーゾンデートルを説明するのに必要な実験を、これから卒業まで実施することができなくなってしまった。研究に最も重要な実験を行う高分子実験棟、すなわちPE01棟の破損によって。これまで何度か実験をおこなってはきたが、その成果は存在理由を満たすものではなかった。拡散係数を始めとする物性値は既存材料を顕著に上回るものではなく、同等もしくはそれ以下の性能を強く示唆する結果ばかりだった。卒論発表まで残り一ヵ月となり、かなり焦っていたのがこの時期だった。そこで、これまで取り組んできた高分子材料の分子構造を一部変更し、新たな実験を試みようとしていたのがこの時期だった。僕が持っている記憶──それが正しいとすれば、の話であるが──に基づくと、この新しい材料は画期的とまでは言わないまでも、学位を得るにはなんとか足りる程度の結果をもたらしたはずだ。その結果はもちろん、昨日爆発した高分子実験棟の設備によって得られた。これが当面使えなくなったことは、この世界線における僕の卒業要件が満たされないことを示唆するものだった。

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