第6話 曝露

 翌朝午前九時。天候、晴れ。清々しい環境であるにもかかわらず、僕は自室でパソコンに向かっていた。オンラインミーティングが始まるからだ。僕の記憶では、さながら登山とも思える長い長い坂道を上りきり、広い立地と膨大な学生数に見合わない収容能力の駐輪場に停まり、駆け足で研究室に向かうのがミーティング前のルーティンだった。けれど、それも今となっては昔の話。コロナ禍の中で、オンラインでの出席を余儀なくされたのだ。


 司会役である修士一年の先輩が人数を確認すると、ミーティングが始まった。記憶通り、まずは准教授が事務連絡を始めた。

「はい、えー、皆さんおはようございます。まずですねぇ、今日は重大な連絡があります。昨日の午後、高分子実験棟、PE01棟ですね、あれが爆発しました」

 場が少々ざわついた気もするが、オンラインではよく分からなかった。

「他の研究室の学生がですね、ゴム製の試験片を高圧プロパン中に曝露する実験を行っていたと。金曜の夜にセットして、当初は特に異常はなかったんですが、何らかの原因で昨日の午後にガスが漏洩したと。で、何かのきっかけで三時頃に爆発したと。幸いにも無人だったので人的被害はありませんでしたが、PE01棟の屋根が吹き飛んでますし、付帯設備を含めて修理が必要なため、当分の間この実験棟は使えません」

 なかなかの大事件である。

「言わずもがなですが、これに伴い、曝露試験や引張試験はできないので、卒論修論がある皆さんに多大な影響が出ることと思います。今後の方針を早急に考えていきましょう」


 考えていきましょうと言われても。僕の記憶では、昨年のこの時期、すなわち卒論提出一ヵ月前の時期、まだ満足な実験結果が出ていなくて、追加実験を検討していたはずだ。それも、高分子材料の曝露試験を……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る