第3話 帰宅

……と考えたところで、僕は現実に引き戻された。LINEの通知音だった。大手コンビニのお得情報が配信されたのだ。今週のお得な商品という酷く現実的な内容の通信に、僕は目の覚める思いがした。


 そうだ。こんなに便利なものがあるじゃないか。一人で悩む必要はなかったんだ。かつての研究室グループLINEは卒業と共に退会させられたけれど、何人かの同期とは個人的にやり取りした履歴が残っているはずだ。ひとまず、研究室の名称で履歴を検索してみた。


 結果は恐るべきものだった。追い出されたはずの研究室グループLINEが残っていたのだ。以前のやり取りはみられないけれど、このグループに僕は今も加入していることになっている。


 とにかく、確かめてみなければ。震える手で簡単な文章を送信した。『なんか今までのメッセージが見えなくなったんだけど、どういうやり取りしてたっけ?』


 すぐには既読が付かない。思い返すと、研究室の人々は元々そういう傾向があった。朝に送れば返事は昼、翌日になることもあった。今回もそれぐらいの感覚で待っておいた方が良い。では他に何かできることは……と、再び考え始めた。


 そうだ、アパートはどうなっているだろう。駅の近くのアパートだ。僕はバス停へ駆け、折良くやってきたバスに飛び乗った。


 最寄り駅という言葉の定義を誰もが再確認するほどの距離を走って、バスはようよう、玄海大学前駅に到着した。今となっては想像すらできないが、マンションが建ち並ぶ前、開業当初はここから大学の建物を望むことができたようだ。命名者は、いずれ見えなくなるものの名前を冠したこの駅に、何を託したのだろう。


 駅から歩くこと数分、一年前まで住んでいたアパートに着いた。どこにでもある量産型のアパートだ。壁が薄いと評判で、隣人の立てる物音がよく聞こえたものだった。


 二階の角、階段を上ってすぐが僕の部屋だった。階段の手前で、さすがにこれ以上は……と僕はためらった。これ以上の接近は、どこからどう見ても不審者である。他人の住まいに突っ立って、合うはずもない鍵を差し込んでガチャガチャやろうというのだから。

……これ以上は駄目だ。あるはずのない僕の部屋に、何を期待しているんだ。

 もう帰ろう。僕はそう決意した。

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