ウチの寮生(クラスメイト)達があり得ない距離感で迫ってくる!?─ポンコツ寮は今日も大騒ぎ!─

白ゐ眠子

第1話 茫然自失な現実。


「なんだこれ・・・親父の野郎、電話代払ってねぇ。払えって渡したはずなのに何処に消えやがった?」


 ある日の夕方・・・小湊こみなと日明あきら・十七才は途方に暮れた。


「更地だよな・・・周囲に人っ子一人居やしねぇ。一体何があったんだ?」


 日明あきらは目の前に広がる煤けた空き地の前で呆然と佇む。

 肩に掛けてあったドラムバッグはあまりの出来事に力が抜けたのか道路に落ち、ボスンと音を立てて転がった。日明あきらはスマホを右手に持ったまま、この場であった地元のニュースを探し始める。


「はぁ? 火事だって!? 原因は不明? 火元は一階? ウチではないか」


 ニュースの内容は死傷者無しとあった。昼間の誰も居ない時間帯に発生したもので原因は消防が調査中とのことだ。更地となっているのはそれだけ火の手が凄まじかったということだろう。よく見ると両隣にまで影響を与え、ブルーシートで覆われて半焼となっていることが分かる。日明あきらは少しの安堵の元、先々に対して頭を抱えた。


「制服も無い。教科書も無い。唯一、修理でバイト先に預けている単車が無事なことだけは良かったが、車検証とか書き換えが面倒になったぞ。肝心の親父も居ねぇし・・・どうすんだこれ?」


 日明あきらは本日アパートに戻ってきたばかりだ。

 それまでの三日間は入学した県立高校の宿泊研修に出席していた。それはクラスメイトたちとの親睦を深める名目の課外活動であり、ぼっちでコミュニケーションとは無縁の日明あきらにとっては苦痛以外の何物でもなかった。

 なお、日明あきらの容姿は高身長で体格は良いが顔立ちは至って普通。伸ばしに伸ばした髪を後頭部で結んでおり、普段は眼鏡を掛けている何処にでも居る普通の男子高生だ。それであっても校内では髪を解き〈木偶の坊〉と揶揄されるだけの陰キャそのものである。

 バイト先はバイク屋ともあってそれほど接客をしなくてもよい店とのことだが。

 日明あきらはドラムバッグを拾い上げつつスマホ画面の〈みなと愛海まなみ〉と書かれた名前を選択した。


「母さんに。いや、この時間は忙しいって言ってたし、連絡すると怒られるか?」


 電話の相手は日明あきらの母だった。

 失踪した父とは故あって離婚し、陽キャの妹・・・夏海なつみを連れて孤軍奮闘の子育てを行っている勝ち気な母だった。日明あきらも母とは常に連絡を取り合っているようで、リダイヤルには何件もの母の名前が記されていた。


「いや、連絡を取らないと野宿確定だ。ええい、ままよ!」


 日明あきらは意を決し母の名前をタップした。

 ちなみに、肝心の妹からはキモいという理由でブロックされており連絡はつかない。街中で出会おうものなら白々しい視線とともに無視をくらう。例外があるとすればフルフェイスヘルメット姿で単車に乗っていると、荷台に乗っかってくるという不思議な行動を取るくらいだ。それこそ顔を隠せば真面と思われているようだ。

 顔立ちは兄妹ともあって大差ないが、似ていることが恥ずかしいと思っているらしい。

 なお、夏海なつみの容姿は可もなく不可もなくな体型と父親譲りの低身長。顔立ちは母親譲りのためか至って普通の女子高生だ。兄とは別の高校に通っており一年生らしい。

 電話はしばらく待つと留守電に切り替わる。

 日明あきらは仕方ないと諦めつつ留守電にメッセージを入れておく。


「親父が居なくなった。家もない。野宿確定」


 実に率直なメッセージだ。余計なことをツラツラと言うと時間の無駄と怒られるため必要不可欠なことだけ伝えたようである。日明あきらは電話を切り、ドラムバッグを持って駅前に向かう。これから向かう街にあるバイト先には研修戻りのため休日を頂いており、日明あきらはドラムバッグの中身を漁りながらため息を吐く。


「新作が入ったから買ってみれば、隣街に向かう電車賃が無いとは。定期も真逆だし・・・いや、ホント参った。せめて単車が直っていれば助かるが、多分まだだろうな。部品の取り寄せに時間が掛かるって言ってたし」


 そこには真新しいゲームソフトが入っていた。バイトで稼いでは生活費を切り詰めながら単車の維持費とレースゲームに注いでいた日明あきらだった。肝心の単車は売れ残った新古車を従業員割引で給与天引きとして貰っているらしい。そのまま貰うと残らないことを知っているからだ。そう、生活費の大半は父親のギャンブルで消えるのだ。

 日明あきらが時折働けと家から追い出しているが直ぐに戻ってくるクズだった。

 すると、日明あきらのスマホがブルブルと震える。


「あ、母さんからだ・・・」


 日明あきらは画面を見るなり電話に出る。

 今は信号待ち。出るならこの時しかないだろう。


「もしもし?」


 電話の内容はあまりにもショッキングな内容だった。

 母は淡々とした口調で呆れの色を滲ませていた。


日明あきら、貴方は・・・見限られたのよ』

「は?」

『驚くのは分かるけど、アレの本性は相変わらずのようね・・・都合が悪くなるとトンズラするのよ。どうせまた借金拵えて』

「は? どういうことだよ?」

『それはそうと・・・今は駅前?』

「ああ・・・そうだが?」

『そう。これは外で話すことでもないし・・・そのままウチに来なさい。部屋は夏海なつみの隣が空いてるから』


 日明あきらは戸惑いながらも母の言うことを聞いた。

 ここで突っぱねても良い事はないからだ。


「わ、わかった・・・でも学校は?」

『そうね・・・転校しちゃいましょうか。成績は上位よね?』

「い、一応? まだ中間前だから明確に上かどうかは分からないけど」

『奨学生で入学したって聞いたけど? 一年次はどうだったの?』

「・・・次席ではあったかな。生活費のためにバイトしすぎて勉強が疎かになったから」


 日明あきらは信号が変わると同時に歩き出し、国道の東側を目指した。隣街は東側。日明あきらの住んでいる田舎町とは異なり、母の住む街は県庁所在地だった。日明あきらが通学していた学校は西側の県立高校だ。偏差値でいえばそこそこ。一応進学校という扱いになっている。


『ホント、子供を馬車馬の如く働かせて自分は好き放題って呆れて物が言えないわ。自分から親権を欲しておいて逃げ出すとはね〜。だから言ったのよ。アンタには子育ては無理だって』

「その親父の血を半分は受け継いでるけどな」

『でもその悪いところが遺伝してなくて安心しているわ』

「どうだろ? ゲームソフト買って電車賃が無いから」

『・・・』

「母さん? 怒ってる?」

『呆れただけよ。それくらいはまだ良い方だからいいけど。夏海なつみも化粧品に費やすし。お金を増やそうと賭け事にはまってないだけね』

「た、確かに」

『さて・・・このまましょうは捨ててウチの子になりなさいな、元々私の子供だけど・・・』

『かーさん、ごはーん。お腹すいた〜』

夏海なつみ、手を洗ってきなさい。それと、今日からお兄ちゃんも住むからね?』

『えーっ!? 嘘でしょ!? と、隣部屋だよね? 写真を片付けないと!!』

『一体何を隠してるんだか?』


 それを聞いた日明あきらは驚き過ぎて歩みを止める。

 ドタバタと走り去る妹の反応はいつもの事だと受け流して。

 周囲では駅前からタクシーがズラズラと走り始めていた。空は夕暮れとなりサラリーマンの帰宅と学生の帰宅が重なった。日明あきらは真横を通り過ぎる電車を眺めながら母に問う。


「え? それって親権を?」

『そうよ。未成年である子供を捨てた者にどうこう言う権利はないわ・・・』


 そう、母は日明あきらに告げた。

 親権を得ている割に仕事嫌いのぐーたらな父。

 それも何かをやらかしたうえで彼を置いて失踪した。

 大方、サラ金から逃げているだけであろうが。

 その間も母は厳しい口調で続きを語る。


『早々に手続きしましょう。未成年とはいえお金を稼ぐ事の出来る息子の有無に気づいて追いかけてくるわよ。名字が違えば手出しは出来ないし、いざとなったら実家の弁護士に動いてもらうから』

「いいのかよ。実家とは折り合いが悪いだろ? 駆け落ち婚だったから」

『構わないわ。身を守る術だもの。それに汚点と気づけただけ儲けものよ』


 日明あきらは乾いた笑いを浮かべながら母の愚痴を聞き続けた。仕事はすでに終わっているのだろう。時折、カランと氷とグラスの音が響くため飲んでいる事が分かった日明あきらだった。

 飲んでいるなら車を出して貰うわけにはいかない。

 日明あきらはため息を吐きながら電話を切り、ドラムバッグを担ぎ直して国道をゆっくりとした歩みで東に進んだ。帰宅前に新作ゲームを買った事を後悔しながら。


「そういえば、ハードねぇじゃん・・・」


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