Episode1-10

 その言葉と同時に、侵食されていた地面が元の色へと戻っていく。

 そこから生えていたスペクターも姿を消していく。本体がやられたからだろう。

 集たちを助けた女性は刀を鞘にしまう。桜色の長い髪を靡かせながら。


「助かった。礼を言う」


 態勢を整え直し、霧島はその女性に礼を言う。


「とんでもないです。では私は他の方の救援に向かうので……」


「ああ」


 そう言うと女性はどこかへと走っていった。


「あ、あの霧島さん。彼女は……」


 集は先の女性が誰なのか気になっていた。


「彼女は桜木渚さくらぎなぎさ。S級のイニシエーターだ」


「S級ですか!?」


「そうだ。知らないのも無理はない。最近のS級にあたるイニシエーターたちはメディアなどに取り上げられるのを嫌っているらしい」


「そうだったんですか。確かに一昔前と違って、その姿を目にする機会は減ってきている気はしていましたが……ちなみにS級のイニシエーターは日本に何人いるんですか?」


「今は四人と聞いている。彼らはその力が故に、全ての人類居住地を担当しているらしい」


「全部!? 全国に五か所もあるのに……」


「だからどこの小隊やチームにも属さず、基本的には単独で動くらしいな」


「なるほど……」


「おい集ー!」


 考え込んでいると千尋たちが駆け寄ってきていた。


「大丈夫だったか?」


「ああ。何とかな」


「無事でよかったです」


「おう。ありがとうさつき」


「それにしても、さっきの桃色の髪の女って……」


 昴は何やら見覚えがあるようだった。


「S級の桜木渚っていう人らしい」


「S級!? 前に見たことあると思ったら、まさか一番上の階級だったのか」


「知ってるのか?」


「いや、ただ前にアトラスビルの廊下で、見かけたことがあっただけなんだが……確かその時、男の人と歩いていたような……」


「そういうことか」


「ああ。それだけのことだ」


「お前たち。今回の緊急任務……よくやった。礼を言う」


 霧島は小隊全員にそう言う。


『今回は初陣なのに災難だったね。皆よく戦い抜いたよ。お疲れ様!』


 プロセッサーの向こうで拍手している音が響いている。

 気づくと、辺りは所々が紫色に光っていた。


「これがコアニウムっていうやつか……」


「ああ。スペクター共が落とす高価な鉱石だ。それに含まれる粒子が今のお前たちの力の源となっている」


 コアニウムを見つめる集に、霧島はそう説明する。


「では今回の任務はこれにて完了とする。新たな動きは追々連絡する。解散!」


 そうして引き上げる準備を完了すると、皆は引き上げていった。


 そんなアトラスの人間たちの動きを,近くの建物の屋上の影から見る一人の男がいた。


「今回は失敗しましたが、次はどうなりますかね……天谷集くん、そしてイレーナさん。君たちは実に興味深い。まだ死なないでくださいよ」


 かすかに笑いながら、その男は姿を消す。

 集たちは何も知らないまま、帰るために歩を進めていた。


 ***


 数日後。午前。

 集はアトラスビルの一室へと足を運んでいた。

 

「ここがトレーニングルームか」


 アトラスビルには様々な施設が設けられている。

 その一つであるトレーニングルームに集は来ていた。

 相変わらず殺風景な部屋だ。

 また今回は招集がかかっていたわけではない。


「えっと……この機会とプロセッサーをリンクさせれば……」


 部屋の中心に設置されている機械とプロセッサーを繋げることで、装着主は様々なトレーニングを行うことが出来る。

 リンクを完了すると、マップやどのモードにするかなどの画面が出てきた。


「マップはこれでいいか。モードは対戦っと。相手は……」


 対戦モードにすると相手を選ぶこともできる。 

 実際にそこに存在するわけではなく、映し出されるだけであるので、人間からスペクター、戦闘用車両など様々だ。


「スペクターでいいか」


 集は先日の初陣で相手にしたヒト型スペクターを選択した。


「よし」


 開始ボタンを押すと、訓練のときと同様にフィールドが展開され始める。

 辺りは夜の街中になった。

 同時に前方にスペクターが出現する。

 しかし実際にスペクターがそこにいるわけではない。あくまで映し出されているだけだ。しかしトレーニングをしている本人は実際に戦闘しているかのようにトレーニングを行える。


「いくぞ」


 剣を構え、突撃する。

 スペクターの攻撃を回避しながら、一撃で一体ずつ倒していく。

 数十秒後。十体ほどいたスペクターは全て倒れていた。


「……やっぱり分からないか」


 納得していないような表情をする。

 また敵を全て倒したため、フィールドが消え、元の殺風景な部屋に戻った。


「一度外の空気でも吸いに行くか……」


 そしてトレーニングルームを後にする。

 部屋から出ると一人の女性とすれ違った。


「霧島さん!?」


 それは霧島だった。


「集か。こんな時間からトレーニングか」


「はい。この間の力のことが気になってしまって」


 力というのはイレーナと共闘した時のものだった。

 あの瞬間、集の剣は赤色に輝きそれまでとは比べ物にならないパワーを発揮していた。

 そしてそれは集だけでなくイレーナも同様だった。


「あれか。お前だけでなく、イレーナもそうなっていたな。おそらくオリジンであることが関係しているような気がするが、詳しいことはまだわからない」


「そう……ですよね。ありがとうございました」


 集は一礼して霧島とは反対の方向へと進もうとする。


「おい集」


 それを呼び止める。


「何でしょうか」


「もし自身のことで気になることがあるなら、この女の所へ行ってみると良い」


 一枚の紙が集に渡された。

 そこには女性のものと思われる名前と、このビルのどこにいるかが記されていた。


「これは……」


「そいつはいわゆるオタクっていう人種でな。私の友人でもあるんだが……イニシエーターやスペクターなどあらゆる情報に精通している。実際お前のことを調べてもらっているのも彼女だ。顔を出せば喜ぶかもしれんぞ」


「わ、わかりました。時間があるときにでも行ってみます」


「ああ。あと今日の午後に集まるのを忘れるなよ」


「はい。では失礼します」


 今度こそ一礼してその場を後にする。


 ***


 数時間後。

 街中を散歩した集はアトラスビルの前に来ていた。


「まだ少し時間があるな。霧島さんに言われたところ……行ってみるか」


 そして建物内を目指そうとした時だった。

 遠くにイレーナを見かけた。木の下で突っ立っている。


「イレーナ?」


 集は進む方向を変え、イレーナのもとへと歩き出す。


「おいイレーナ!」


 自分の名前を呼ばれ、イレーナは振り返る。


「集。何の用?」


「いや別に用があるってわけじゃないけど……何してたんだ?」


 イレーナは目の前の一輪の花を指さす。


「これ、デイジーっていう花で、姉さんが好きだった」


「お前の姉さん。凄い人だったよな」


 イレーナは頷く。


「前に……姉さんに救われたって言ってたよね」


「ああ」


「詳しいことは追求したりしない。でも姉さんはあの戦いで死んだ。ヒト型……いや見た目は人間そのもののスペクターにやられたって……」


 集の心臓が縮み上がる。


(まさか……あの時の)


「だから私はそいつをこの手で殺す。そのために強くなる。それには一人で十分だと思ってた」


「でも違ったということか」


 心の中で深呼吸し、集は動揺を隠す。


「この間の初陣で分かった。私にはまだ一人で戦えるだけの力はないって……だから……」


「言いたいことはわかるよ。なら一緒に頑張っていこう。姉さんの仇を打つのも俺に手伝わせてほしい」


「最後は私がやる。その前まではお願い」


「いいところだけ持って行く気かよ。まあ、それでもいいけど」


 集は笑いながら言う。

 それに加え、イレーナも微かに笑っていた。


「そろそろ時間だ。行こう」


「わかった」


 二人はアトラスビルへと歩を進め始める。


(霧島さんの友人の所には行けなかったな。また後日にでも伺おう)


 優しい風が吹いている。

 イレーナの見ていた白い花、デイジーはゆらゆらと風で揺れていた。




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