2章 ブラッドテイマー

Episode2-1

「あ、あれこっちじゃないぞ」


「え……多分合っているはずだけど」


 二人はビル内で指定された部屋にたどり着くのに少し戸惑っていた。

 なぜならイレーナが方向音痴という特徴を持っていたからだ。

 ビルに入った際、イレーナは自らが案内するといった様子で霧島からのメールを再確認し、集はそれについて行った。

 しかし一向に目的の場所に着く気配は無かった。

 集は自分で場所を確認すると、現在地は反対の方向だった。


「反対だ」


「ご、ごめん」


「気にするな」


 先ほどまでとは反対の方向へと早歩きで進む。

 すれ違うアトラスの人間たちに、何慌てているんだといった様子で二人は見られた。


 数分後。何とか時間内に指定の部屋にたどり着いた。


「これで揃ったな」


 霧島が待っていたぞといった様子で立っていた。

 どうやらここは作戦会議室のようだった。

 五十人ほどが収容できそうな部屋であり、正面には大型のスクリーンがある。


「おう集……てかイレーナと一緒!?」

 

 二人が同時に来たことに昴は驚いた様子だ。

 既に他のメンバーは揃っているらしい。

 集も空いている席に着く。その横にはイレーナが座った。

 集は揃っている顔をもう一度見渡す。

 同じ隊員は勿論だが、知らない顔が十人ほどいた。


「よし。ではこれより我々に新たに課せられた任務の確認とともに、それに向けた作戦会議を行う」


 唐突に会議を始めたのは、スクリーンの前に立っていた男だった。

 薄茶のスーツのようなものを身に纏い、襟が立っている。いかにも女性に好まれそうなルックスだ。

 ズボンの左右にはハンドガンが入っていた。


「……と、その前に……俺たちの自己紹介くらいは先にしておいた方が良いかな」


 周囲がそうしてほしいといった雰囲気を醸し出す。


「俺は橘隼人たちばなはやとだ。見てのとおり、この五人の小隊リーダーを務めている」


 この五人という言葉に合わせ、集たちの斜め前に座っていた五人が少しざわつき始めた。

 自分たちがこの人の隊員ですと言いたげな様子だ。

 次に集たちから見て右側に居た男が喋りだした。


「では次は私だな。天沢霧彦あまさわきりひこだ。よろしく」


 天沢という男はとてもごつい体格をしていた。それ故か、武器と思われるものを持ち合わせていなかった。その代わりに左右の手に、こちらもごついグローブのような物をはめていた。格闘にでも長けているのだろうか。

 そしておそらく天沢の隊員は、集たちの右側に座っている人たちだろう。


「最後は私だな。霧島火織だ。よろしく」


 最後は天沢の反対に立っていた霧島の挨拶だった。


「これで俺たちの紹介は終わりかな。君たちの紹介は……後で各々済ませておいてくれ」


 そう言うと部屋の明かりが落ち、スクリーンに一体のスペクターが映し出された。


「単刀直入に言おう。今回我々に課せられた任務はこいつの討伐だ」


「す、すいません。こいつは一体……」


 昴は問う。おそらくこの場の隊員たちは全員が気になっていることだろう。


「ああ。それを今から説明していく。君たちもプロセッサーを起動して一緒に確認してほしい」


 言われた通りにプロセッサーを起動する。

 目の前に現れた画面にはスクリーンに映っているスペクターが表示された。


「こいつはビースト型のスペクターだ。見てのとおり猛獣のような見た目をしている」


 橘の言う通り、そのスペクターは猛獣のような形だった。体のあちこちが緑色に光っていて、頭の方は少し尖っている。


「ビースト型といっても、一つの階級に絞ることはできないが、こいつの階級はA級とされている」


 Aというワードに、他の隊員たちは驚く。


「Aなんて……俺たちまだ最低の階級ですよ!?」


「そうですよ……橘さん」


 声を上げているのはおそらく橘の隊員だろう。

 

「いや、君たちはもうE級ではない」


 その言葉を疑問に思う。


「今ここにいる君たちは全員がD級に上がっている」


 皆がプロセッサーにより表示されていた画面を操作し、自らのプロフィールを確認する。


「D!?」


 集は自らのプロセッサーを見ると、Dとなっていた。

 集だけではない。隣にいたイレーナもDだった。

 橘の言っていることは事実らしい。


「君たちはまだ……今年アトラスに入隊した新人だ。しかし前回のスペクター出現時、予測できなかった緊急事態の中を戦い抜いて生き残った。あの戦いで多くの新入隊員が命を落とした……いや、新人だけじゃない。上の階級の者も何人も死んでいる」

 

 どうやらここに集められているのは、小隊リーダーを除けば全員が新人らしい。

 露木や清水の姿は無かった。


「一度の出陣で階級が上がるなど、そうあることではない」


「いや、一つ上がったと言っても……相手はAなんですよね?」


 おそらく今喋ったのは座っている位置からして、天沢の隊員の一員だろう。

 確かに言う通りであった。

 集たちの階級が一つ上がったとはいえ、相手は四つ上の階級である。

 ましてや先の戦いでその上の階級のスペクターと対峙したのだから、その力の差はおそらくこの場の全員が知っている。


「そうだ。でもこの間とは状況が違う。あの時は全く予測のつかなかった状況下での戦闘を強いられ、ましてや多くの小隊がB級以下のイニシエーターで編成されていた」


「……ってことは、橘さんはAなんですか?」


 ここで翔が質問を投げかける。


「ああ。そうだ。そして横にいる天沢と霧島はBだ。基本的に小隊リーダーはBかAで組まれる」


 皆は少し安堵したような表情をする。


(……ということは、S級のイニシエーターは単独行動をとるということか?)

 

 集は前回桜木に助けられたことを考えていた。確かにあの時桜木は一人で集たちの所へと駆けつけていた。


 考えていると、再びプロセッサーによる画面に先ほどのスペクターが表示される。


「基本的にこいつとの戦闘は俺たちが引き受ける。君たちにはそのサポート役を担ってもらいたい」


「内容は分かりました。でもそれだけならわざわざ僕たちが出る幕は相当少ないと思うのですが……こちらだけでも十五人以上はいますが、かえって足手纏いになってしまうような気がするのですが……」


「そう思うのも無理はないだろうね。でも今回の任務は少々厄介なんだ。これを見てほしい」


 スクリーンとプロセッサーによる画面が同時に切り替わる。

 そして映ったのは東京エリアのとある街の風景だった。街といってもアトラスビルがあるような新宿区などと比べると街としては少し劣ってしまうような場所だ。


「練馬区でしょうか」


 霧島の隊員ではない誰かがそう言った。


「そうだ。ここは練馬区。東京エリアの北西部に位置する。最近、ここでのビースト型スペクターによる被害が相次いでいる。そして厄介というのは……」


 街の風景だった画面が変わり、スペクターが暴れている動画が再生される。

 それは少し暴れたかと思うと、一瞬で姿を消した。


「この通り一瞬で姿を消すという点だ。いや……消えるときだけじゃない。こいつは現れるときも唐突に現れる。つまりどこに出現するか全く予測ができないという点なんだ。この現象が既に数回起きている。そしてその場所と近隣は閉鎖されている」


 建物の倒壊などを踏まえれば妥当な処置だろう。

 橘は続ける。


「そこで今回は君たちにもこいつを見つける手伝いをしてほしい」


「事情は分かったんだが、俺たちは具体的に何をしたらいいんだ?」


「そこはまだ具体的な案が出ていない。そこでなんだけど、任務の開始は明後日からになっている。とりあえずそこで現地に向かって情報収集にあたろうと思っている……で、明日なんだけど……」


 一瞬の間が生じる。


「君たちはまだ特殊能力というものを扱えないよね。だから明日はそれをできるようにするために、俺たちが教えていこうと思う」


 霧島と天沢は聞いていないといった表情で橘を見つめる。しかしそこまで驚いたようなかんじでもない。


「二人には言ってなかったね。ごめん」


 天沢は吐息を漏らす。


「まあ、でも新人が力をつけられるならいいか。なあ霧島」


「はい。そうですね」


 霧島は天沢にそう返す。


「二人ともありがとう。それで……特殊能力というのは言わば技とでも言うべきかな。武器に合わせたり、上達すれば能力だけでも戦えるようになるよ」


「まじか」


「すごいね」


 少し席がざわつく。

 集は前回の任務時に霧島や桜木が用いていた特殊能力、そして自分の剣が光輝いていたことを思い出していた。


(もしかしたらあの時の力の秘密が分かるかもしれない)


「よし。明日以降の動きはとりあえず確認できたかな。じゃあ今日はこれにて解散!」


 橘がそう言うと、皆は立ち上がり各々の行動を始める。

 集も立ち上がり、部屋を後にしようとした。

 すると背の小さめな青い髪色の一人の女性が集の後ろを通って行った。

 謎の嫌な気配を感じ取り、集は振り返る。

 目が合ったかと思うとすぐに逸らされた。


(あの子……天沢さんの隊員か?)


 先ほど座っていた位置からしてそのように考えた。


「集、なんかあったか?」


「集、どうかしたの?」


 立ったまま考えこんでいると、千尋とイレーナが声をかけてきていた。


「あ、いや。何でもない」


「そっか。だったら一緒に帰ろうぜ」


「ああ。そうだな。じゃあなイレーナ」


「う、うん」


 そうして集と千尋は部屋を出て行く。


 帰り道。

 

「なあ。俺この間これ拾ったんだ」


 そう言うと千尋はある物をポケットから取り出した。


「そ、それコアニウムか!?」


「そうそう。記念に持ってきちゃったよ」


 千尋が持ってきていたのはコアニウムだった。おそらくこの間の初陣の際に拾ったものだろう。


「持ってきて大丈夫なのか?」


「多分大丈夫だろ。どこにもそんな規則ないしな」


 確かにコアニウムを持ち帰ることに関するルールは聞いたことが無かった。


「まあ。それもそうだな」


「現代ではこれが無ければやっていけない世の中だもんなあ」


「ああ。これのおかげで俺たちイニシエーターやあらゆる装備が造られているわけだしな」


「でもそんな重要なものがあいつらの体内から出てくるっていうのも皮肉だよな」


 千尋の言うとおりだ。

 敵と渡り合うために必要なものが敵から供給されているようなものだ。


「そうだな。でも三十年前人類が攻められた時、神かなんかがこのままだと不公平とでも思ったんじゃないか」


「そういう考え方、すげえや集は」


 二人はそんな会話をしながら帰った。


 ***


 数時間後。

 ご飯を食べ、眠る準備の整った集はベッドに倒れこむ。


(いきなりD級まで昇級……か)


 数分後。集は眠りについた。


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る