Episode1-9

 先ほどまでのゲートは既に消えていた。

 それにもかかわらずそのスペクターは空から現れた。

 それに加え、先ほどまでのそれとは比較にならない大きさであり花型であった。

 色は黒と深緑である。


「!?」


 イニシエーターやレンジャー問わず、その場にいた全員が目の前の様子をまだ受け入れられていない様子だった。

 しかし霧島だけは瞬時に状況を理解する。


「総員! 後方へ下がれ! はやく!」


「は、はい!」


『ま、まずいね。あれはA級。そしておそらく侵食型のスペクターだ』


 一度後方へと退却するようにと、霧島は焦りながらも大声で言った。

 その指示に従い、皆が後方へと走り出す。

 そしてゆうやがスペクターの種類と階級を皆に伝えた。


「A級!?」


「こんなの、僕たちには相手にできませんよ!」


「しかもこの侵食型っていうのは確か……」


 昴も含め他の隊員は走りながらその階級に動揺を隠し切れない。


「くそっ! これでは間に合わない」


 走りながらも霧島はそう口にする。

 先ほどから花型のスペクターは地に着地した後も、攻撃を仕掛けようとする様子はなかった。

 しかし何やら妙な動きをしている。


「間に合わない者は私の合図に合わせて地面から距離を取れ!」


『そうだね。おそらくこの後侵食が……』


 次の瞬間。スペクターは一度静止したかと思うと、けたたましい音を響かせた。


「今だ!」


 その音に合わせて霧島は地面から距離を取るように促す。

 同時にスペクターの周囲の地面が深緑色に侵食されていく。

 それはとてつもない速度であった。

 先に予測していないと避けきれないほどである。


「これが侵食か!」


 集たちは何とかその侵食を避けきれた。


「う、うわぁ!」


 しかしレンジャー隊の何人かは間に合わずに体を全て侵食されてしまった。地面と同じように深緑になり、動かなくなってしまった。

 半径一〇〇メートルほどが深緑色に染まると、侵食は止まった。


「な、なぜA級のスペクターがここに……警戒レベルは最低のはずだぞ」


 霧島は着地した後、独り言を漏らしながら考え込む。


「他の隊に救援を要請するべきか……」


『いや……それは厳しそうですね。どうやら他のエリアでも同様の事態に陥っているらしいですよ』


 皆がその事実に驚く。


「お、思い出した! 侵食型ってのは自らの周りを侵食して戦闘を有利に運ぼうとするスペクターだ!」


 思い出したかのように唐突に千尋は喋り続ける。


「そのために侵食した場所で何かが……」


 次の瞬間、深緑色に染まった地面から、何かの植物のような緑色をしたものが数多く生えてきた。頭と思われる部分には口が付いている。


「これが侵食型の……」


 昴は目の前の光景に驚きのあまり静止していた。

 その時だった。

 たくさん生えていた植物のようなものが集たちを喰らわんと一斉に動き出した。


「ま、まずい!」


 それを寸前のところで、霧島が切り刻んだ。昴を襲おうとしたものだけじゃない。周囲のスペクターまでも霧島は細切れにした。


『こいつらは無限に復活してくる。奥の本体を倒すしか……』


「おいゆうや、救援は期待できそうにないんだな」


 改めて霧島は問いかける。


『はい。おそらく厳しいかと』


「そうか……」


 霧島は意を決したような様子だ。


「どうするんですか、霧島さん」


 集は問いかける。

 他の隊員も気になっているようだ。

 こうしている間にも、先ほど霧島が屠った数だけ、スペクターは近くで復活している。


「これより新たな任務を与える。スペクターの撃退だ。目標は中心にいるあいつだ」


 霧島は銃口を対象に向ける。


「正気かよ。あれはA級だぞ!? 救援を待てないなら一度退くべきだ!」


 無理だと言った口調で昴が意見を口にする。


「いや、俺たちでやるしかない」


「お前まで何言ってんだよ!」


 集の言葉に、昴は歯向かう。そして胸ぐらを掴んだ。

 集の身体が少し宙に浮く。


「ここで一度引き揚げたとしても、被害が拡大するだけだ。なら最後まで戦うしかない……それが、俺たちイニシエーターだろ」


「そ、そうですね。やりましょう。昴さん」


「ああ。やろう」


 翔や千尋も集の意見に賛同する。

 

「ちくしょう! わかったよ」


 集の胸ぐらは解放される。


「覚悟は決まったようだな。対象の討伐は私がやる。集、イレーナ、お前たちは私についてこい。他の四人はレンジャーと協力しつつ、この生えてくるスペクターを倒し続けてくれ」


「わかりました」


『私も援護するよ』


「ああ頼む」


 プロセッサーより露木の声が聞こえた。


「いくぞ」


 そう言うと霧島は先頭を担い、対象を目掛けて走り出す。

 後ろに集とイレーナが続く。

 他の四人は僅か後方へと下がり、指示された通り戦闘を開始する。


 霧島たちは中心目掛けて走っていた。

 しかし、行く手を阻むように多数のスペクターが攻撃を仕掛けてくる。


「どけ!」


 三人もすかさず攻撃に転じる。

 霧島とイレーナはあまり苦労せず倒すことが出来ている。

 しかし集は本体ではないスペクターにさえ苦戦していた。

 霧島が援護に入る。


「Aクラスが生み出している化物だ。そう簡単にはいかないだろうが諦めるな」


「はい。ありがとうございます」


 次々とスペクターを倒していく。

 しかし、それに伴い新たなスペクターが地から出現する。


 何分経っただろうか。

 新たなスペクターとの戦闘を開始してから、既に数十分が経過していた。

 

(くっ! このままでは私たちの体力が先に尽きる……)


 霧島は焦っていた。

 先ほどから中心にいる本体と思われるスペクターに近づきはしているものの、未だに一度も触れることすらできていなかった。

 それにもかかわらずその本体と思われるスペクターは何もしてこない。


「おい! 集、イレーナ!」


「!?」


 二人は視線を変える。


「このままでは埒が明かない。私が一気にやつの所まで切り抜ける。お前たちにはそのための援護をお願いしたい……」


「わかりました」


「了解」


「紗良。お前にもお願いする」


『勿論。サポートするよ』


「ありがとう」


『霧島さん。今更こんなこと言うのもあれなんだけど……本体を捉えたとして、A級のスペクターを倒しきれるんですか』


 新木は問う。

 確かにこの疑問は何らおかしいものではない。こちらよりも相手側は一枚うわてだという事実は戦う前から既に階級が示している。

 無論、実際にやらなければ結果は分からない。

 それでも命がかかっているこの状況で、この質問はある意味正当と言えるものだろう。


「……」


 霧島は一瞬黙り込む。


「ああ。確かにそうだろうな……だから……」


 少し申し訳なさそうな表情だ。


「集、イレーナ、そして紗良。お前たちには私が進むための道を作ってもらいたい」


「道……ですか」


「ああ。そして私はその間に本体に一発かますための準備に入る」


「わかりました」


 集は作戦を受け入れる。

 イレーナも何も言わないが、納得したようだった。


「ではいこうか」


 集たちは一息入れる。


「リミッター解除」


 霧島がそう口にすると、持っていた剣銃が黄色に輝き始める。


「進め!」


 合図とともに走り出す。

 集とイレーナが僅か前方に出て、その後ろに霧島が張り付く形だ。

 それを止めようとスペクターは動いて来る。


 そんな中、何とか三人は前方へと進み続ける。

 本体まであと少しという距離に差し掛かった時だった。

 集が敵を切らんと振りかざした剣は何も切れず、ただ空気を払っただけだった。


(し、しまった)


 攻撃を免れたスペクターは集に襲い掛かる。

 しかし目の前に差し掛かったスペクターは打ち抜かれた。


「!?」


『止まるな! 走れ!』


 遠方からのスナイパーによる銃撃だった。


(ありがとうございます。露木さん!)


 そして三人は本体の目の前に到着した。


「お願いします! 霧島さん!」


「感謝する」


 霧島は高く跳び、手に持っていた剣銃を構え直して攻撃態勢を整え終える。


「ウルフクロニクル!」


 先とは比べ物にならないほどに剣銃が光り輝く。

 霧島はそれを大きなスペクターに振りかざそうとした。

 しかし次の瞬間。その剣とスペクターとの間に白っぽい障壁が存在していた。

 霧島の攻撃とその障壁がぶつかり合い、激しく空気が揺れる。


(エネルギー障壁も展開できるのか!?)

 

 それでも霧島はその一撃を絶やさず、力を入れ続ける。

 しかし、その攻撃は届かず、はじき返されてしまった。

 そして花型のスペクターは耳が痛くなるほどの奇声をあげる。


「な、なんなんだ!」


 次の瞬間。そのスペクターから多数の触手のようなものが生えてきた。

 とばされ宙を舞っていた霧島を目掛けてその物体は伸びる。


「おいイレーナ! 霧島さんのフォローを!」


 イレーナは頷く。

 集と一緒にその触手の前に立ち塞がり、同時に剣を振るう。

 そして何とか危機一髪を乗り越えた。

 触手は一度本体の方へと下がっていった。


「大丈夫だ。問題ない……助かった。だから……お前たちはもう下がれ。これはお前たちが到底相手にできるようなレベルじゃない。これは……命令だ」


 霧島は立ち上がろうとするが上手くいかない。


「な、なに言ってるんですか!? 俺たちも最後まで戦います!」


「駄目なものは駄目なんだ! でないと……」


 何かを思い出しているような様子だ。

 いきなり声を荒げる霧島に、集は動揺する。


 数秒の沈黙の後、先に口を開いたのは集だった。


「霧島さん。俺たちならやれます」


 地を見ていた霧島は顔を上げて集の目を見る。


「だって俺とイレーナはオリジンとかいう存在なんですよね。だから大丈夫です。任せてください」


「わ、わかった。あとはお前たちに託す」


「はい!」


 二人は背中を霧島に向け、視界に本体のスペクターを捉える。

 霧島を助ける際に少し後方へと下がったため、また僅かに距離ができてしまっていた。


「イレーナ。ここは連携だ。二人であいつを切る。いけるか」


「私はあなたより強い」


「それが言えるなら大丈夫か! いくぞ!」


 二人は駆け出す。

 何本ものスペクターが再び行く手を塞ごうと攻撃してくる。

 しかし次々と二人はそれらを薙ぎ払っていく。


「先ほどまでとはスピードもパワーも……」


 後方から霧島は様子を見ていた。


「それに……あの輝きは……」


 よく見ると、集とイレーナの扱う剣はそれぞれ赤と銀色に光り輝いていた。

 

 そして再び本体の前までやってきた。

 同時にその本体から先ほどの触手が伸びてくる。


「俺が食い止める! イレーナ! あとは頼んだ!」


 集は無数の触手を全て相手にしようと、イレーナよりも僅か前方へと進んだ。

 狙い通り触手は集を目掛けて伸びてくる。

 イレーナは隙間を搔い潜り、走る。

 しかし集と戦闘中だった何本かの触手が方向を変え、イレーナの背後へと迫った。


(しまった!)


 それに気づいたイレーナは後ろを振り返ろうとする。

 しかしその心配は必要なかった。


「振り返るな! いけ!」


 霧島が駆けつけていた。そして集が逃した触手を倒しきる。

 おかげでイレーナは本体を攻撃範囲に捉えることができた。

 再びスペクターはエネルギー障壁を展開する。

 イレーナの剣と障壁がぶつかり合う。

 しかしなかなか壊れない。


「はあ!」


 霧島も加勢する。

 障壁に割れ目が生じ始める。

 そしてそれは木っ端微塵になって砕け散った。

 しかしその反動で二人も後方へと飛ばされてしまう。

 

 後ろから一部始終を見ていた集は触手を倒しきったため、とどめを刺そうと走り出さんとしていた。

 エネルギー障壁を破壊されたスペクターはバランスを崩していたが、態勢を整え直し、先ほどまでよりも太く、大きい触手を一本のみ生やそうとしている。まるでこれが最後の切り札かのように。


(くそっ! 間に合わない!)


 集はそう思った。

 しかし次の瞬間。一人の女性が集の横をとてつもない速度で走り抜けていった。

 先ほどよりも強そうな触手は完全に生え終えると、その女性目掛けて攻撃を仕掛ける。


(だめだ! あんなのを一人で倒せるわけ!)


桜木家さくらぎけ秘伝・剣術三番・桜流し」


 その女性は持っていた刀で触手を綺麗に半分に切り終えると、やがて本体をも真っ二つにした。

 そして地に着地すると集たちの方へと振り返る。


「遅れて申し訳ない」

 

 



 




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