Episode1-7

 それから数日。

 初回の訓練以降は毎日のように訓練や講義に新入隊員たちは明け暮れていた。

 この間も幸いなことにスペクターが出現することはなく穏やかな時間が過ぎ去っていた。


 そして今日も訓練のために集たちはアトラスの一室に集められていた。

 しかしいつものメンバーだけでなく、初対面である人たちが六人ほど増えている。


「よし。全員集まったな。それでは今回の訓練をさっそく始めようと思……」


「まあまあ霧島ちゃん。そんな急がなくたっていいじゃん。この子たちは皆初対面なんだし」


 霧島の言葉を遮って唐突に喋り始めたのは、集たちにとっては今日が初めて顔を合わせた女性だった。髪は金色で長く、二つ結びが特徴的だ。スタイルは霧島とあまり変わらない。

 口調から察するに、霧島とは面識があるらしい。


「その呼び方はやめろ。それに……別に急いでるわけではない」


「だったら自己紹介くらいはしてもいいんじゃないかな。私の隊と霧島ちゃんの隊は初の顔合わせなんだし……今後一緒に動くこともあるかもだし」


「わかった。好きにしろ。そしてその呼び方はやめろ」


「はーい」


 やめろと言われたことに対してなのか、好きにしろと言われたことに対してなのか。よくわからない明るい返事をすると、女性は自らの紹介を始めた。


来栖くるすえりなって言いまーす。霧島ちゃんとは同期みたいな感じです。階級はBだよ。よろしくね!」


「よ、よろしくお願いします!」


 霧島隊のメンバーは少し困ったような様子で言葉を返す。


「それじゃあ次はうちの隊員たちを紹介していこうかな」


 来栖が自分から近い人を一人ずつ指さしてその人の名前を教えていく。


「じゃあまず。この赤い髪の子。明石あかしれんって言いまーす」


「明石です。よろしく」


「次はその白い髪の子。椿つばきみちるちゃんでーす。ちなみに背中に背負ってる十字架みたいなものは十字架ではなく彼女の武器なんだよ」


「椿みちるです。よろしくお願いいたします」


 緊張からなのか、少し控えめな声で挨拶を終えると一歩引いた。


「次はお隣の一ノ瀬翼君でーす。」


「一ノ瀬です。よろしく」


「最後は、そのスーツ姿の黒髪の子! 兵藤ひょうどう学斗まなと君でーす。普段は私のサポートを行ってくれてるよ」


「兵藤です」


 一礼と同時に、兵藤はそれ以上は何も言わなかった。背中にはマシンガンらしきものを背負っていた。


「じゃあ次は君たちの名前を聞いてもいいかな?」


 そう言うと、来栖は集たちを一人ずつ指名し、自己紹介を始めさせた。


 ――数分後。

 霧島隊のメンバー全員が自己紹介を終えた。

 しかし集たちにとってはもう一人この場に面識のない人がいた。

 先ほどから霧島の横に立っている女性だった。髪は黒色で、結んだりは何もしていない。


「そうだ。言い忘れていた。彼女は同じ隊の露木紗良だ。以前から言っていたが対面したのは新入隊員のお前たちにとっては今日が初だったな」


「露木紗良です。初日から顔を出せなくてごめん。これからよろしく」


 集たちにとってはこれが初の顔合わせだった。

 来栖隊の人たちは既に顔見知りらしい。


「じゃあこれで全員の顔と名前がわかったってことで。じゃあ霧島ちゃん。訓練のルール説明お願い!」


「ああ」


 若干不機嫌そうな表情をしつつも霧島は今回の訓練の説明を始める。


「ではルールを説明していく。今回はチームに分かれて戦ってもらう。そのチームは小隊で別れてもらう。だから既にチーム分けは完了しているな」


「すいません。それだとこちらは六人で、来栖さんのチームは四人になってしまう気が……」


 質問を投げかけたのは千尋だった。

 確かにこのままだと集たちのチームにアドバンテージがあるように思える。


「それについては全く心配ない。寧ろ今回はお前たちのほうが不利かもしれない」


「?」


「来栖の隊員は全員、アトラスでの経験がお前たちより数年長い。階級もD以上。つまりお前たちの先輩ってことだ」


「ま、まじかよ」


 まさかの事実に昴は言葉を漏らす。他の隊員も声には出さなくとも驚いていた。


「まあ頑張れということだ。ではルールの続きを。チームに分かれた後、マップ中心にある旗を奪い合う。そしてそれを相手チームのスタート地点に持っていければ勝利だ」


「持ってくるのではなく持って行くということですか」


「そうだね。持ってくるだけなら先に取れば圧倒的に有利になるかもしれない」


 翔と千尋はそう言う。


「では早速始めようか」


 霧島がそう言うと、フィールドが展開され始める。

 今回は廃れた小さな町らしい。

 プロセッサーを起動すると、マップと仲間の位置、それに加え仲間が脱落したか否かを確認するリストが見れるようになっていた。

 霧島隊からは集、千尋、さつき、昴、翔、イレーナ。

 来栖隊からは明石、椿、一ノ瀬の三人が出ていることをリストより確認できた。

 どうやら兵藤は参加していないらしい。


「で、どう攻めるんだ?」


 昴は作戦が気になるらしい。


「今回は相手がこちらより人数が少ない。だから相手の人数分……つまり三人が旗を取りに行って、そのままゴールを目指すのはどうかな。他の三人は万が一旗を取られた場合に備えてこの付近でゴールを守るってかたちで……」


 千尋の作戦に、皆は同意したような表情をする。しかしイレーナだけは先ほどから無頓着な様子である。


「ああ。それでいいと思う」

 

 集も賛成する。


「いや。相手が僕たちよりどれほど戦闘能力が高いのかわかりません。それを踏まえれば、六人全員で一気に攻め込む方が良いかと……先に旗を取られたとすれば、それを二人で守り切れるとは思いません」


「た、たしかにそうだな」


「んじゃもう、全員で攻めればいいんだな」


「うん。そうしよう」


 翔の提案に皆が賛同する。


 そして、訓練開始の合図が鳴った。

 

「よっしゃ行くぜー!」


 昴は勢いよく飛び出していく。それに続き他の五人も走りだす。


 程なくして六人はフィールドの中心、旗のある場所へとたどり着いた。

 しかし様子がおかしい。

 集たちがここまで来た道の反対側から、一ノ瀬たちは姿を現すはずだが、一向にその気配がない。


「どういうことだ」


「さあ。奇襲をかけてくるつもりでしょうか」


「いや、それなら既に……」


「何にせよ取れるならこのまま持って行こうぜ」


 そう言って昴は赤い旗を持ち上げ、それを背中にかける。


「まあ、そうだなここで止まっても意味がない」


 集や千尋、昴は再び走り出そうとする。


「皆さん。ちょっと待ってください」


 さつきの言葉で皆の足が止まる。


「おそらく相手の方々はゴールで全員待っているのではないでしょうか」


 確かにといった様子で集と千尋は顔を合わせる。


「だとすると……何人かが正面から突入して、その間に旗を持った人がゴールを目指して突っ込むのはどうでしょう」

 

 さくらの言葉からそのような作戦を、再び翔は提案する。


「そうだな。なら俺が旗を持つよ」


「わ、わかった。任せたぞ」


 そう言って昴は集に旗を渡す。


「俺と昴、そして翔と三人で正面から突っ込むよ。集とさつきちゃん、そしてイレーナちゃんは隙を見て集をカバーしつつゴールを目指してくれ」


「わかりました」


 改めて全員の動きを確認し、再び六人は前進する。


 数分後。ゴールの手前まで三人はやってきた。他の三人は建物の影から少しづつ前進し、ゴールを目指していた。

 さつきの言葉通り、一ノ瀬たち三人はゴール手前に立っている。


「遅かったな」


「先輩方こそ。まさかここで待っているなんて……」


「旗を持っていないようだが……まあいいだろう。蓮、みちる。いけ!」


「はい。先輩」


「わかった」


 一ノ瀬の指示で、明石と椿は千尋たちを目掛けて一気に走り出す。


「来ますよ!」


「ああ!」


 翔の言葉に続いて、三人は防御態勢をとる。

 しかし翔たちの目の前まで攻めてきたのは、明石だけだった。

 椿は途中で走るのを止め、背中の十字架のようなものを後方に浮かせながら、気弾を飛ばしてきていた。

 千尋はそれを剣で捌ききるので精一杯だった。

 一方翔と昴は二人で明石の攻撃を防いでいた。


「はやすぎだろ!」


「おそらく彼女の背中に浮かんでいるあれが明石さんの力の向上に関係しているんでしょう」


「な、なるほどな。それは千尋に任せるしかないか!」


「そうですね。僕たちはこのまま耐えるしか……」


 集は千尋たちの戦闘の様子を影から見ていた。


(今ならゴールにいるのは一ノ瀬さんだけ……今しかない!)


『行くぞ!』


 プロセッサーより集の合図がイレーナとさつきに伝わる。

 三人はほぼ同時に建物の影から現れ、ゴール目掛けて飛び出した。


「そんなところから見ていたのか……悪くない作戦だ。でもあまい!」


 刹那。三人は目に見えないとてつもなく大きな力に吹き飛ばされた。


「!?」


「俺の特殊能力は一言でいえば風だ。今のはそれのほんの一部。さあどうする」


(特殊能力? そんなものまだ俺たちは……)


「新入隊員のお前たちには扱えない技量だったか。すまない。では普通に相手をしよう」


『旗を渡して!』

 

 倒れこんでいる集は、プロセッサーよりイレーナからそう言われた。


「わかった!」


 するとイレーナが集の前に現れた。


「頼む!」


 旗を受け取ると、イレーナは一ノ瀬に突っ込んでいく。


「一人で挑んでくるか」


 先に攻撃を仕掛けたのはイレーナだった。

 だがそれは容易に受け流れてしまう。

 バランスを崩したイレーナに、一ノ瀬は重い一撃を加えようとする。

 しかし寸前でイレーナはそれを回避した。


「!?」


 思いがけない動きに一ノ瀬表情を変える。

 その一部始終を見ていた集は勝利を予感する。

 しかしその次、イレーナは後方からの気弾で弾き飛ばされてしまった。

 どうやら千尋たちが先に負けてしまい、明石たちが戻ってきたらしい。


「くそ!」


 悔しさのあまり地を叩く。


 ――数分後。

 訓練は一ノ瀬たちの勝利で終わった。


「ごめん集。負けて……」


「気にするな。先輩たちは強かった……それだけのことだ」


 集たちは落ち込んでいた。


「お前たち」


 声をかけてきたのは一ノ瀬だった。


「訓練中は少し厳しいことも言ったが、頑張れよ。俺たちはいつでも練習相手になってやる」


「はい」


「ありがとうございます」


 集と千尋は言葉と同時に一礼した。


「訓練ご苦労。まあ今回は相手が相手だったな。今回はこれにて解散とす――」


 霧島の言葉を遮るように、警報音が鳴り響いた。


『スペクターの出現を確認。繰り返します。スペクターの出現を確認しました』


 



 

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