Episode1-6

 集が刺されると同時に、訓練終了の音が鳴った。

 周囲の状況は訓練開始前の何もない部屋に戻る。


「お前たち……戦闘訓練ご苦労だった。なかなかの動きだったと思う……無論、入隊後まもなくとは思えないような動きをしていた者が二名ほどいたのは驚きだ」


 確かにといった表情と視線がイレーナと集の二人に向けられてくる。


「確かにそうですね……あの二人だけは周りとは頭一つ抜きん出ているようでした」


「そうだよな。なあ集……お前何かやってたのか?」


 翔の言葉に続いて千尋が集に問いかける。


「い、いや別に……何というか、最後は力が漲るような感じがしたんだけど……」


「なんだそれ」


「さあ。俺もよくわからない」


「何はともあれ今後はこのメンバーで任務や訓練にあたることが多い。あと、今日は来ていないが、もう一人この小隊にはスナイパーを扱う露木紗良つゆきさらという私の友人がいる。では本日はこれにて解散する。お疲れ」


 そう言うと、霧島は清水と共に部屋から出て行った。

 先ほどまで存在した緊張感が現場から薄れていく。


「ねえ。あなた……私の姉さんに救われてと言ってたわね。知っていると思うけど姉さんが亡くなったのは六年前、あなたが救われたと言っていたのも六年前。何か姉さんについて知っていることがあるなら教えてほしいのだけれど」


「俺は……確かにお前の姉さんにあの時救われた……でもあまり鮮明には覚えていないんだ。俺はパニックになっていたし。ただ窮地を救われたとしか……」


 集は先日見た夢を思い出す。

 あれは六年前のあの時以来見るようになった夢だった。

 集を殺さんとする何者かが近づいて来るところをエレーナが駆けつけ助けてくれるという内容。

 その何者かはヒト型であり、言葉を話すことができるようだった。

 実際に集が知っている情報はそれだけだったが、不確かな部分も多いためあまり話す気にはなれなかった。


「そう。わかった」


 納得したような表情をするとイレーナも部屋から出て行ってしまった。


 同時にプロセッサーより集に通知が届いた。

 相手は霧島からだった。


『今日の十五時に話がしたい。下に記した所で待っている』


 それを読むと詳しく待ち合わせの場所が記されていた。

 そこはアトラスビル近くのカフェだった。

 現在時刻から待ち合わせの時間まではまだ数時間あった。


「何だろうな、話って……」


 怪訝そうな表情をしつつ、集もその場を後にする。


 集が一人で帰り道を歩いていると、一人の少女が困ったような様子で木の上を見ていた。

 緑色の短い髪がよく似合っている。だが今にも泣きだしそうな顔をしている。


「どうかしたのか?」


「風船が……あそこに」


 少女が指さす方向へ視線を移すと、そこには黄色の風船が引っかかっていた。

 どうやら誤って手放してしまった風船が引っかかり取れなくなってしまったらしい。


「どれどれ。お兄ちゃんに任してろ」


 そう言って集は軽くジャンプした後、風船の紐を手に取り少女にそれを渡した。


「ありがとう!」


「どういたしまして。今度からは気を付けるんだぞ」


「うん!」


 少女は笑顔でそう言うと、どこかへ走って行ってしまった。

 集もそのまま自宅を目指し歩き出す。


 数時間後。一度家で休憩をとった集は、霧島に指示されたカフェの前へと足を運んでいた。


「ここだよな」


 店内へ入ると一人の女性が声をかけてきた。桃色の長い髪をしている。両手にはトレーを持っていた。


「お客様、お一人でしょうか」


「あ、あの待ち合わせなんですが……」


「そうでしたか。お相手様は既に来ていらっしゃいますか?」


 店内を見渡すと、奥のテーブル席に霧島が座っていた。


「いました」


 そう言うと女性は集をその席へと案内した。


「ごゆっくりどうぞ」


 席に着くと、集は改めて店内を見渡した。

 カウンター席が十席無いほどであり、テーブル席が数席。

 あまり大きくはないがどこに座っても店内を一望できる構造になっている。


「そ、それで話って何でしょうか」


「まあ、そんな急ぐな。先に何か注文しようではないか」


 先に言葉を切り出すも、すぐにそれをかわされてしまう。


「すまない。ココアを一つ」


 霧島はすぐそばに居た先ほどの店員に声をかけた。


「かしこまりました。お客様はどうされますか」


「じゃあ同じものを」


「かしこまりました。少々お待ちください」


「それで話だがな……」


 霧島は何か考え込んでいるような表情をしつつ話し出す。


「単刀直入に聞こう。お前はイニシエーションを受ける前から、イニシエーターの力を感じることはなかったか?」


 予想外の質問に驚く。


「え!? あ、いや……特にありませんでしたけど」


「そうか。何かあると思ったんだが……」


「どういうことでしょうか」


「率直に言おう。お前はオリジンである可能性が高い」


「え!?」

 

 言葉に詰まる。


「と言ってもまだ確かなことは言えない状況だ。今お前はイニシエーターの力を以前に感じたことはないと言ったことも踏まえてな」


「は、はい。イニシエーション以前は他の人と同じ普通の人間だと思ってました」


「そのイニシエーションについてだが……お前も知っている通り、アトラスへの入隊の際、入隊式の半年前くらいに面接を行い、入隊が決定すればイニシエーションを受けイニシエーターとなる。イニシエーター以外のレンジャーなど例外もあるがな」


「自分もそのイニシエーションを受けてイニシエーターになったはずですが……」


 あくまでイニシエーションを受けていると集は言う。


「確かにお前はイニシエーションを受けた。だが、その際。イニシエーターとしての身体が既に完成していたんだ」


「!?」


 集は驚く様子を隠し切れない。


「イニシエーションではコアニウムに含まれるスぺム粒子を用いて遺伝子を書き換えるというのが主な方法だ……しかしお前の体内では既に遺伝子が書き換えられて後と同じ状態だった。だから私たちは書き換えられている部分に少しの刺激を加えるという方法のみを用いた」


「そ、そうだったんですか」


「何もオリジンであることが悪いと言っているのではない。寧ろオリジンは通常のイニシエーターよりも高い力を得られるとされている。訓練で手合わせしたイレーナもオリジンだしな」


 ここで初めて霧島は目の前のココアが入ったマグカップを口元に近づける。

 そしてそれを一度で飲み干してしまった。


「彼女がオリジンというのは聞いてもあまり驚きませんね。実際、それ相応の力を持っているだろうと思いましたし」


 二人は今日の訓練を思い出しながら言う。


「だが終盤、お前もそのスピードについていってた。まあ負けてはしまったが」


「あの時は何というか……力が漲るような……そんな気がしたんです」


「何はともあれオリジンの自覚がないというのは極めて珍しい。とりあえず自覚が無かったということを聞けて良かった。では私はこれで失礼する」


 霧島はそう言うと颯爽とココア代を取り出し、それをテーブルの中心に置いた。


「あ、言い忘れていた。最近子供の行方不明が相次いでいるらしい。何かあったら知らせてくれ。では」


 気が付くと霧島は店内から姿を消していた。


「俺がオリジンで……子供の行方不明が多い……か」


 手元に来てから一度も飲んでいなかったココアを一気に飲み干す。

 集も立ち上がり店を後にする。

 会計は霧島が置いていったものだけで足りた。


 




 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る