Episode1-4

 「よし。両チーム準備が整ったようだな……これより三対三の対人訓練を行う。では、戦闘開始!」


 霧島の訓練開始の言葉と同時に、集たちの手に武器が顕現される。


「すごい。本当に持っているようだ」


「よし。行こう!」


 集は手にした武器に驚いた表情をする。それは先ほど配られた物と相違なかった。     

 千尋はそんな集を傍らに、チームに鼓舞する。

 三人は先ほどの作戦通り、集と千尋が先陣を切りつつ、少し後方からさつきが後を追うかたちで移動を始めた。


 少し進んだところで、三人は足を止め近くの物陰に隠れた。敵の気配を察したからである。

 廃工場をイメージして生成されたこの空間は、機械と思われるような物が多くあったり、ドラム缶などの小物も数多くあるので、身を隠しやすい。

 身を潜めつつ、集と千尋は先刻気配を感じた方向の様子を窺う。二人の視線の先には錆びれたベルトコンベアのような大型の機械があった。特にそれ以外に目立つものはない。


「気のせいか?」


 千尋は集に自らの視線を送りながら言葉をかける。二人は少し声を出せばそれが聞こえる距離に居た。


「いや、俺も感じたけど……」


 二人は気配を感じたことにとらわれ、攻めあぐねる。


『どうしましょうか』


 プロセッサーよりさつきの声が聞こえた。

 どうやら前方で止まっていた二人の姿を見て声をかけたらしい。


「俺が少し前進するよ」


 そう言ったのは集だった。返答を求めるために千尋に目を合わせる。


「わ、わかった。頼む」


『わかりました』


「おう」


 言葉通り集は物陰から顔を出し、若干様子を窺った後、歩を進めようとした。

 その瞬間。辺りにけたたましい音が鳴り響く。


「よう。お二人さん」


 先ほど二人の視界に入っていたベルトコンベアのような機械の上に、一人の男が現れた。

 二人の目の前に現れたのは昴だった。右手には槍が携えてある。


「あれ。さつきちゃん……だっけ? 彼女はどうした?」


 昴は目の前に二人しかいないことに違和感を覚え、そう口にする。

 どうやら千尋は昴の位置から露呈しているらしい。


「お前こそ。他の二人はどうした? 周囲にはいないみたいだが」


 集は質問に質問で返す。


「さあな。後方から隙を窺ってたりするんじゃないか」


 とぼけたような言い方をする昴。

 その様子を見て集は一つの考えに至る。

 まずこれだけ堂々と登場した昴に意識を集中させることによって、イレーナと翔が動きやすくなること。

 そしてタイミングを見計らい、一気に集たちに奇襲をかけること。

 一撃でもくらえば終了なこの試合において、有利に事を運ぶには隙をつくのが一番効率がいい。


「なるほどな……おい千尋! 俺が昴と戦う! お前はその位置から他の二人の奇襲に備えろ!」


「わかった!」


 集の作戦に千尋は同意する。


「俺たちの戦略に気づいたみたいだな。まあ……この訓練内容においてこれより優れた戦略はないからな……よし行くぞ!」


 昴は踏み出し、一気に集に向かって走り出す。

 これ以上考えられるような時間もなく、集は防御態勢をとる。

 突き刺そうとしてくる昴の槍を、集は己の剣で上に弾き飛ばした。

 そこからは互いに一歩も譲らず、ただ武器同士がぶつかる音が続いた。


 千尋とさつきは集の戦闘を見つつも周囲を警戒していた。


『集さん……大丈夫でしょうか』


 心配になったのか。さつきは千尋に問う。


「ああ。大丈夫だろ。それよりも俺たちは他の二人を警戒しないといけない」


『そうですね。先ほどから集さんたちの戦闘しか起きていないというのに、それに加わるような姿も見えないですし……私たちを狙っているのでしょうか』


「多分そういうことなんだろう。お互い集や昴を助けようと思えば助けられる状況だがそれが起きない。そうすればただの乱戦になるからな」


 千尋とさつきは互いに少し距離をとった状態で、プロセッサーを用いて会話をしていた。

 一撃で終了という以上、互いの戦闘スタイルや実力が分からない状態で乱戦に持ち込むのはただの運任せになりかねない。

 勝ちを狙いに行くのであれば、様子を窺いつつ慎重にいかなければならなかった。


「どうやら天谷たちの方は苦戦を強いられているようだな」


「そうですね。木竜チームは先に自分たちの作戦のうちに相手側を落とし込めましたからね」


 会話をしているのは霧島と清水だ。

 二人はフィールド外からモニターを通じて六人の動きを見物していた。


「それにしても、イレーナと水無瀬は……いつ動くのでしょうか」

 

「まもなくだろう。まあ見ておけ」


 見ていればわかると言いたげな口調で霧島は清水に言う。


(……まだ攻めてこないのか)


 敵の動きの遅さに違和感を覚え始める千尋。

 先ほどから集と昴の攻防が続いているだけで、それ以外の戦闘は起きていなかった。

 

(前進して様子を窺いに行くべきか?)


 そう思い、立ち上がった瞬間だった。


「きゃあ!」


 後方からさつきの叫び声が聞こえた。

 まずいと思い、千尋はさつきのもとへ駆け出そうとする。


(注意が散漫になった瞬間を奇襲された!? いや、そもそもなぜ俺らの中で最後方にいたさつきが狙われた? 集は戦闘中でも俺なら気づけるはずなのに……)


 しかしその瞬間、プロセッサーより声が聞こえる。


『千尋さん! 私はもう駄目です。イレーナさんと翔さんが今、目の前に居ます。早く集さんの援護に行ってください! 集さんと千尋さんが昴さんに勝てれば二対二にもちこめる可能性が高いです! お願いします!』


 通信はそこで切れた。

 さつきの作戦は正しかった。この状況で、千尋が中途半端なタイミングでさつきの救援に間に合ったとしても、そこで二人が勝てる確率は低い。

 イレーナと翔の武器はおそらく近距離型だった。

 一方さつきは中距離型。

 近距離戦闘で二体一になるのは明らかに現状では分が悪い。

 加えてイレーナはおそらく強いだろうという根拠のない考えが、イレーナを除く五人の頭の中にはあった。


「わ、わかった!」


 すまないと思いつつ、千尋は進む方向を反転させた。


 先ほどから決着がつきそうな気配がない。

 ただ互いの武器が衝突して鳴る音がその場を支配していた。


「し、しぶといな。集!」


「お前もな!」


 両者一歩も譲らない状況が続いていた。

 しかし、その均衡が崩されるかもしれない機会が訪れる。


「おい集! 俺も加勢する!」


 後方から千尋そう言い走ってくるのが二人の視界に入る。

 

(おい。まじかよ)


 そんな様子を見て昴の動きが一瞬鈍る。

 予想外の展開だったと言わんばかりの表情をする。


(今だ!)

  

 一瞬の隙を見逃さず、集は昴の足に蹴りを入れてバランスを崩させる。

 そのまま立ち上がる暇を与えず、剣で突く。

 プロセッサーより昴の視界に脱落の二文字が表示される。


「くそ」


 昴は溜息を吐きながらその場に座り込んだままだ。


「千尋が現れた途端、明らかに動揺してたな。予想外のことが起きたか?」


「べ、別にただよそ見しただけだよ」

 

 集の質問に昴は今思いついたような言い訳をする。


「それはそうと、集。さつきちゃんが大変なんだ――」


 千尋は先ほどの出来事を簡潔に伝えた。


「まずいな。すぐ戻ろう!」

 

 二人は急いで引き返す。


「くそ! こんなんじゃ……」


 二人の走っていく後ろ姿を見ながら、昴は呟く。空いている左手で地面を強く叩きつけた。








 



 

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