最終話 ページを捲る

「なんスか会長? 実くん、会長が何かしたんスか?」


 生徒会長の膝の上に座った阿久津が、子供のようにキョロキョロと目を配らせる。


 落ち着かない彼女の頭にポンと手を置くと、生徒会長は彼女に言い聞かせるように話した。


「私とカルロスくんも部活に入ることになったの。よろしくね、音々ちゃん」

「えへへ、そうなんスか? 嬉しいっス」


 阿久津が屈託くったくのない笑顔を見せた途端――ガタン――と何かが倒れる音が聞こえた。


 音の方へ振り向いて確かめてみると、突然机の上に額をぶつけて屈服している後輩。

「なんで僕も入ることになってるんですか!」とそういえばずっと生徒会室にいたカルロスが騒いでいるが、そちらは放っておこう。


「大丈夫か牧田! しっかりしろ」


 彼女の元へ駆け寄り、俺は彼女の肩を揺らす。


「そんしそんし尊死……」


 牧田は机の上に顔を伏せながら、意味の分からない言葉を念仏のように唱えなると、急に歯ぎしりをし始めた。


「急にどうした、体調が悪いのか?」

「ふぅー、危うく尊殺そんさつされて死ぬところでした」


 気持ちが落ち着いたのか、牧田は顔を上げて立ち上がり、平然とした表情を見せる。


 言ってる意味は分からないが、彼女が何に対して悶えてたのか理解した。彼女は手で顔を隠しながら、指の隙間で阿久津の方をチラ見している――なんてことはない。


 いつものように阿久津にもだえただけだ。


 本当に死にそうだったわけじゃないと知り、俺は一安心した。

 牧田は阿久津ストッパーと、動画編集者して必要不可欠な人材だからな。


「よく分からないが、お前が幸せそうで安心したよ」

「いや今回はヤバかったですよマジで。だって全人類が会長のこと好きじゃないですか」

「極端な言論だな。まぁ、分からなくはないが」


「会長は顔面良(よし)の性格良。好きになる理由しかないですよね? その女神のような会長が激推しの音々ちゃんとイチャイチャしてるんですよ? そりゃもう、それだけでご飯三杯行けちゃいますね。しかもあの二人、あの騒動で一瞬バチバチになったじゃないですか。それが今やほっぺにチュー、頭ナデナデ。尊みの鎌足(かまたり)の大化の改新で私を殺す気か? それにしてもあの尊い組み合わせはまるで親子……いや、確かに音々ちゃんは私が産みたいくらい可愛らしい子なんですけど、まだお若い会長を母親とするのは失礼な気もしますね。確かに会長は聖母のような包容力があるんですけど、私としてはお姉様とお呼びするのが相応しいかと。これについてどう思いますか? ちょっと田中先輩、私の話聞いてます?」


 牧田が早口で気味の悪いことを話し始めたので、俺は彼女をそのまま無視して阿久津の元へ向かった。


「良かったな阿久津。望み通り、お前の部活ができたぞ」


 俺の声を聞くと、彼女は生徒会長の膝から退いて前のめりになる。


 顔をこちらに上げて、白い歯を見せた。


「実くんのおかげっスよ、ありが……」

「ありが?」

「……何でもないっス」


 彼女は机に肘を置きながら、外方を向いて誤魔化す。


 あと二文字、いやせめて一文字で感謝の言葉になるのだが、彼女はその言葉が言えないらしい。


「そ、そんなことより部活っスよ。生徒会はどうでもいいから、部活をするっス」


 阿久津は机を軽く叩きながら話題をらし、先ほどのやり取りをなかったことにする。


 顔はこちらの方を向けているが、目線は俺の胸元の高さに下がられており、目を合わせてくれない。


 照れる阿久津の姿が珍しく、少しからかってみたい衝動にかられ、俺はワザと腰を落として、彼女の高さに目線を合わせてみた。


 ぱっちりと開かれた瞳孔を見つめると、驚いた彼女は顔を伏せてしまった。


「なんなんスか、意味わかんないっス……」


 面白いからしばらく放っておこう。

 俺は顔を上げて、奥で座る生徒会長の方に目を向けた。


「阿久津がどうでもいいとか言ってますが、実際生徒会の仕事は大丈夫ですか?」

「今日はもう大丈夫よ……それより部活やりましょ! やることが山積みよね、部長さん?」


 案外彼女は活動に乗り気であった。


 そして俺と生徒会長の間で話を聞いていた阿久津が水を得た魚のように蘇る。

 一歩下がって生徒会長の膝の上に戻ると、彼女は腕組をしながらようやく俺の顔を見上げた。


「会長の言う通りっス。音々たちにはやることがいっぱいあるんスよ。実くん、まずは何からやるっスか?」


 期待で輝かせた目をこちらに向けながら、俺の答えを待つ。


 阿久津音々が田中実を求めているのであれば、俺らしいやり方でやらせてもらおう。


 メガネの鼻当てを人差し指で押し上げると、俺は口を開いた。


「そうだな。今はとにかく、阿久津音々ブームの熱が冷めないうちに新しい動画を投稿したい。出来れば今日中に」


「今日中? ちょっと待って田中くん、いきなりそれは無理よ。ゆっくり次の動画の構成を練りながら、新しい部室の備品整理とかをやるべきだわ」


 生徒会長は阿久津の両肩に手を置きながら、現実的な話をする。


 だがマーケティングの観点からすれば、先手必勝は譲れない。

 俺は口角を上げて鼻を鳴らし、首を横に振った。


「けっ、会長は相変わらずちっせえっスね。音々たちは立ち止まってる暇なんてないんスよ」


 阿久津はふんぞり返って、机の上に両足を置く。


「そうですよ! 音々先輩ブームが来ているこの流れを、逃すわけにはいけません! 早く次の動画を撮りましょう!」



 牧田は机に手を置いて、両手の拳を握る。


「え、また動画撮りに行くの?」


 文句を言いながらカルロスも俺の左隣に立ち、生徒会長の机の周りに新映像研究部員が全員集まった。


 全員の視線が、その中心にいる阿久津の方に集まる。


「どんな動画を撮るんだ、阿久津?」俺は問う――お前は俺に、どんな物語を見せてくれる?


 俺は本が好きだ。

 本はいつも俺に驚きや感動を与えてくれる。

 そしてある日、俺は一冊の本と出会った。

 その本はいつも奇想天外で予想が付かないし、何か悪いことをしでかさないかと見ていてハラハラする。


 それは日々更新され、俺はそれを読むことができるし、自分が主人公になって話の展開を変えることもできる。


 ……これが結構面白いのだ。


 俺はこの日から、阿久津音々という本を読むことに決めた。

 果てしなく続くであろう、誰も知らない長編大作だ。


 次のページをめくると、彼女は言った。


「そうっスね。今日撮る動画は――」

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