第33話 新しい一日
阿久津が黙ってしまって空気が重い。
このまま立ち去ろうかと考える。
そんな空気を破る、事情を知らない第三者が現れた。
「おやおや、朝からおアツい感じ……あ、いっけなーい。私また邪魔しちゃった感じ?」
何はともわれ、彼女が偶然来てくれて良かった。
今は彼女の空気の読めなさに感謝しよう。
「山下先生、おはようございます」
「う、うっス先生! なんでもないっスよ」
「なんでもないってことはないでしょうよ……って、あら。阿久津ちゃん、それってもしかして」
山下は阿久津の持つビニール袋を発見した。
「ゴミ拾いっスよ! 学校の周りも、結構落ちてるんス」
「うーん、偉い偉い。感心感心」
阿久津は山下の登場で、元の
山下は彼女の頭を撫で、阿久津は少し不服そうに頬を膨らませた。
「でもゴミ拾いって結構いいかも。ほら、渋谷のハロウィンのゴミ拾いとか、Mytubeで定番じゃない? さすがに渋谷までは行けないけど、うちの市内はそこそこ都会だし、やればバズるかも」
「地域貢献は生徒会の仕事のような気がしますが……よく考えれば阿久津も生徒会メンバーでしたね。一石二鳥でいいかもしれません。生徒会で提案してみます」
「まぁ、考えてやらんことも……ないっスよ」
再び山下が阿久津を可愛がるように頭を撫でる。
阿久津は触れると噛み付く猛犬のように、彼女の手を乱暴に払い除けた。
山下はその勢いで立ち去ろうとしたが、何か思い出したのか、立ち止まって口を開いた。
「あ、そうそう。やっぱり私、部活の顧問引き受けるから。一万人はまだ先になりそうだけど、あの条件無しね」
「はぁ? 意味分んねぇっス」
「あんな派手なもの見せられたら、引き受けない理由はないよね。阿久津ちゃんと田中くんは私の夢なんだから、いい景色見せてよね。期待してるんだから」
「何気持ち悪こと言ってるんすか? それならこちらからお断」「だめだ阿久津、こんないい話あるか。大人しく引き受けてもらえ」
俺は思わず彼女の口を手で塞いだ。
「同好会と部活の違いが分かるか? 部活は部費があるぞ。部費があれば活動の幅が広がって、少々高い機材なら買えたりするぞ」
「マジっスか? 百万円くらい貰えるんスかね?」
「いや、さすがに百万は無理だろ」
「でも部費の管理はは生徒会っスよね? だったら会長を脅せばいいんスよ。裸にひん剥き返して写真を撮って脅せば……」
「お前は反省という言葉を知らないのか」
彼女は相変わらずである。
何はともあれ、事はいい方向に進んだ。
動画の撮影場所を求めて、勝手に屋上まで登っていた阿久津が、ついに正式な部活を手に入れたのだ。
「……大丈夫みたいね。それじゃあ田中くん、今日の放課後私のところに来てね。申請用紙に名前書いたやつ渡すから」
山下はそう言い残すと、校舎の方へ向かって行った。
……さて、今日は忙しくなりそうだ。忙しくなる前に、教室に入って本を読もう。
「実くん、どこ行くんスか? ゴミ拾いは手伝ってくれないんスか?」
立ち去ろうとする俺のリュックを、背後から阿久津が掴む。
「それはお前が自発的に始めたことだろ? 立派なことじゃないか。一人で頑張ってくれ」
「なんでっスか? 実くんもやった方がいいっスよ。いい運動になるし、お金が落ちてるかもしれないし」
「離してくれ阿久津。俺は忙しいんだ。お前に構っている暇はない」
「なんでっスか! 友達っスよね? 音々たち友達っスよね?」
「友達なら友達の邪魔はしないでくれ。俺は朝からやることがあるんだ。だから、離してくれ。リュックを離すんだ、阿久津」
阿久津音々との一日が、今日も始まる――
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