阿久津音々の野望
第32話 君じゃなきゃダメみたい
動画は翌日の土曜日に皆で生徒会室に集まって編集し、その日の夕方にアップロードしたこの動画は日曜日の時点で一万再生を突破した。
動画のコメント欄には、田平岡高校の生徒らしいコメントもちらほらと見受けられる。
昼休みに生徒会補充選挙をハイジャックし、その後放課後に公開動画収録をした宣伝効果は絶大だった。
もしかするとこのままの勢いで、あっさりとチャンネル登録者一万人を突破してしまうかもしれないが、トップコンテンツであるMytubeの世界は、そんなに甘くないだろう。
これからどうなって行くかは分からないし、上手くいかないことは何度もあるだろう。
全ては阿久津と、その仲間……俺たち次第だ。
ただ今は、純粋に思うことがある。
阿久津の新作が早く見たい――と。
俺はいつものように朝早く起きると、制服に着替えて学校に向かった。
新しい学年になって半月が過ぎた。たったそれだけの期間なのに、色々な事があった。
季節はまだ変わらず、肌寒い風を吹かせる。
学校の校門が見えたところで、少し強い風が吹き、顔にビニール袋がぶつかった。
「ナイスキャッチ! って、実くんじゃないっスか! こんな朝早くから下着泥棒の下見っスか?」
聞き飽きるほど聞いた声が、朝の
「何を言ってるんだお前は。お前こそこんな朝早くから何を
元気一杯に駆けつけてきた阿久津はしっかりと制服を着ており、左手に大きなビニール袋を持っている。
袋の中をよく見ると、その中にはゴミが入っていた。
「掃除の約束は金曜日で終わりだったんスけど……中途半端なのが嫌だったんで、今日も学校の周りでゴミ拾いをしてるんス」
「まさかお前が自発的に奉仕活動をするとは……明日は雷雨でも降りそうだな」
「失礼っスよ!」
阿久津は冗談半分で怒りながら、ゴミ袋で俺の頭を叩いた。
「や、やめろ。そんなに乱暴に叩いたら、袋が破けるぞ」
「破れたら実くんのせいっスよ」
彼女とは随分と距離が近づいた気がする。
初めて会った印象は最悪だったのに、今はそうでもない。
阿久津の姿を見ると悪寒が走るくらいだったものが、今は彼女を見るとホッとするくらいだ。
……この感情の変化が、とても不思議な心地良さだった。
「なぁ阿久津、聞いてもいいか?」
「なんスか?」
彼女は殴る動作を止めて、純粋な目でこちらを見つめる。
「どうして俺なんだ? どうして俺のようなつまらない男に、ここまでこだわるんだ?」
「うーん、なんでっスかねぇ……改めて考えると、よく分かんないっス」
阿久津は腕を組んで考える。
そして何か言葉を思いついたのか、恥ずかしそうに目を逸らしながら答えた。
「け、結構、面白いっスよ。実くんは」
「自分で言うのはなんだが、屁理屈ばかりのつまらない人間だぞ、俺は」
「ほら、実くんはいじったりすると反応が面白いし」
「それならカルロスでも、生徒会長でもいいだろ。別に俺である必要はない」
「でも、実くんじゃないとダメなんっス。実くんは、音々と対等でいてくれて、困った時は助けてくれる。む、むしろ意味分からないのはこっちっスよ! どうして音々のことを、気にかけてくれるんスか?」
「それは……」
初めは、何かしでかさないか心配だったからだ。
でも今は違う。
「お前を、友人だと思っているからだ」
「……………………ばか」
彼女は微かな声で、ボソリと呟いた。
それが何を意味しているのか分からない。
それから彼女は目を逸らしたまま、口を閉じてしまった。
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