か弱い『JKが素手でボーリング玉を割ってみた』


〈タイトル〉か弱いJKが素手でボーリング玉を割ってみた


〈動画時間〉10:35


〈サムネイル〉阿久津が地面に金属バッドを振りかざす瞬間の背景に、阿久津が紫色のボーリング玉を持つアップの画像と『ボーリング玉、破壊』の赤文字





 無料サイトからダウンロードした、陽気なテンポのBGMが流れる。


『ちわっッス! ネオンっス!』


 プールの青い外壁を背景にして、阿久津が挨拶をする。


 まずは敬礼ポーズ。

 そして両手で大文字のN、右手で小文字のeを作る。これは化学式の『Ne《ネオン》』を表している。牧田と考えた動画の冒頭挨拶らしい。


『今日は……こ、のっ! ボーリング玉を素手で壊すっス!』


 彼女は説明しながら地面に置いていたボーリング玉を持ち上げて、カメラの前に見せつける。


『知ってたっスか? これ金属じゃなくて樹脂らしいっスよ』


 これは阿久津が金属と言い出したので、俺が訂正したTake2だ。

 彼女は初めから知ってたと言わんばかりの顔で語る。


『今回はケガすると危ないから、広い場所でちゃんと服を着てやるっス。ってことで……』


 ボールを地面に置くと、カメラが離れて彼女の姿全体を映すシーンにスキップする。


 阿久津はつま先を使ってクルリと回り、そのままシーンチェンジして防護服に着替えた彼女が登場した。


 両手を広げて衣装を披露。面胴小手めんどうこてに至るまで剣道防具を身に着けており、姿恰好すがたかっこうは完全に剣道部。


『くせぇっス!』


 阿久津は面を脱いで地面に叩きつけた。

 周囲から笑いが起きる。


『これダメっスよね? 音々の顔が隠れちゃうし、画的にもダメ。臭いし熱いし最悪っスよ……ってことで、野球部! 野球部はいるっスか?』


 彼女は見物客に呼びかけた。そして一人の男が『いるぞー!』と返事したところで、シーンチェンジ。


『そうそう、これでいいんスよ』


 そして今度は新しい衣装のお披露目シーン。


 今度の服装は、野球部のヘルメットに透明の保護メガネ。髪は邪魔になるということで後ろでまとめて結っている。


 胴と小手の部分は剣道部のままだが、足元は野球部のキャッチャー防具をしっかり身に着けており、動きやすさと防護性を両立させた。


『じゃあ早速、割っていくっスよ』


 ボーリング玉の特性上、球体は転がるので何かに固定しないといけない。


 俺たちは雑草が生い茂る地面を掘って穴を空け、その中に玉を固定。土台が柔らかい地面のままだと力が分散するので、地面には硬い石を散りばめた。


 ちなみにこれは観客たちの協力も得ることができたので、準備は簡単だった。


 地面に半分埋まった状態のボーリング玉の後ろに、阿久津が立つ。


『それじゃあ、行くっスよ。3、2、1……』


 カウントダウンは字幕を表示し、周りのオーディエンスの声も加えられる。


 集まった生徒全員の声で、かなり派手な催しになってきた。


 ――そして彼女は拳を振りかざす。


『うぅ……っ』


 一00人いれば一00人ともがこうなることは予想できたであろう。


 彼女は小手を脱いでこぶしでながらもだえる。

 当然、小手を付けただけの拳で割れるはずもない。


 再び周りから笑いが起きるが、阿久津は自分で失敗することを分かっていたので、彼女はそのままピエロを演じた。


 しばらく大げさにリアクションをしたあと、シーンが移り変わる。


 今度は竹刀を持った阿久津が登場した。


『やっぱこれっスよこれ。武器が無いと無理っスよ』


 彼女はそう言いながら、刀をぶんぶんと振り回す。


 竹が強力なウレタン樹脂に敵うはずもないので、これも盛大な前フリ。


 一応この竹刀は、既にヒビが入っている廃品なので壊してもOKとのことらしい。ヒビの部分は茶色のガムテープで補強して誤魔化している状態。つまり本気で叩きつけても問題ない。

 むしろ剣道部としては、どうせ破棄するなら派手に壊れることを見たいとのことで、喜んで貸してくれた。


 彼女は再びカウントダウンを始めて、『めえええええん!』――一丁前に叫びながら竹の刀を振りかざした。


 刀は阿久津と視聴者の期待に応える。


 パキッと綺麗な音を立てながらへの字に折れ曲がり、竹刀はその役目を終えた。


 阿久津はニヤニヤと笑いながらカメラに近付き、竹刀の曲がり具合をアピールする。


『すごいっスよこれ。ほら、こんなに曲がってる。この状態なら袋に入りそうだし、燃えるゴミに出せそうっスよ』


 そしてカメラから離れると、彼女はワザとらしく竹刀を投げ捨てた。


 ちなみに画面下部には「※このあとスタッフが燃えるゴミに出しました」が表示される。


『けっ、やっぱり剣道部は使えないっスね……おい、野球部!』


 そしてここでシーンカット。

 収録外で交渉をして、俺たちは野球部の部室にある古い金属バットを譲り受けることになった。


 阿久津がそのバットを肩の上にかけた状態で、シーンがスタートする。


『いよいよ出してしまったっスね。伝家の宝刀ってやつを』


 と言いながら片手で振り回そうとするが、力負けしてふらふらしている。

 俺は非力な姿を見て、彼女が生物学上女子であることを再認識した。


 阿久津は仕方なく両手を使って振り回すのだが、握力が足りずに飛ばしてしまわないかが心配になるか弱さだ。

 牧田が興奮しすぎて撮影に支障をきたしてしまったのは、今となってはいい思い出である。


 そしていよいよ動画のサムネイルにも登場した、バットを持った阿久津音々vsボーリング玉の戦いの火蓋が切られた。


 スイカ割りの要領で、彼女はバットを両手で持ちながら腰の後ろまで逸らす。


『行くっスよ。3、2、1……』


 再びカウントダウンの字幕と、観客の合いの手が動画を盛り上げる。


 振りかざした瞬間、ワザとらしくアップにしてスローモーションで魅せる。

 そして結果表示。


「あっ」と零す阿久津の声と字幕と、添えられた「ぽかっ」と音を出すSE。


 バットは何もない地面を叩いてしまい、不発に終わった。

 大きく構えすぎて、軌道をらしてしまったのである。


『ちょっと、今の無し。今のカットっスよ!』


 阿久津は恥ずかしそうにそう言うが、周りの爆笑を含め、この画を使わない理由はない。


 満場一致でこのシーンは採用となった。


 そして仕切り直して、再度構えのシーンに入る。

 今度はもう少し手前で構えており、彼女はしっかりと地面に突き刺さったボールを見つめていた。


『今度こそ行くっスよ。3、2、1』


 ――カン! と大きな音を立てて、バットがボールにぶつかる。


 そのシーンは同時に斜め横からのカメラでも撮影されていた。

 ちなみにこちらは生徒会長のスマホで撮った動画である。


 2方向からのリプレイ映像を流したあと、動画は牧田が持つメインカメラの方に戻った。


 メインカメラはそばに近寄り、まずはボーリング球の方を映す。


『うーん、ヒビも入ってないっスね』


 阿久津はボールを手で撫でながら解説する。

 そして今度は阿久津自身の方にカメラが向いて、彼女が視聴者の方に指で撫でながらバットを見せた。


『逆にバットの方がへこんでるっス……これほんとに割れるんスかね?』


 そしてシーンは移り変わり、今度はダイジェストで阿久津が叩くシーンが流れる。


『疲れた。これ普通にやっても無理っスね』


 合計二0回叩いた阿久津は、地面に座りながら休憩し、愚痴ぐちをこぼす。バットは至るところがボコボコに凹んでいた。


 割れる気配が一向に訪れないので、ここで俺たちも考察に入った。


 学校にある備品で、しかも女子高生一人だけの力で壊すことは出来るのか? 見物客も含めて、色々とアイデアを出し合った。


 動画の方も突如雰囲気が変わり、激しいBGMとともに色々な案を字幕で流す。


 屋上から落とす――それは危険なのでNG。

 爆弾で破壊する――それは同様の理由かつ、俺を含めて作れる人間がない。

 砲丸はどうだ?――危険なので投げるのはNG。何度か落下させてぶつけてみたが、手ごたえは無かった。

 ならピンポン玉はどうだ?――ここでネタを挟む。

 指を入れる穴から攻めよう――この方針で行くことにした。


 俺たちは「細長くて硬いものを穴に刺して、アイスピックの要領で叩こう」という作戦を立案し、見物客も含めてその道具を探すことになった。


 そして生徒の一人がいいサイズのものを見つけてきてくれた。鉄筋コンクリートの鉄筋の端材である。

 幸いなことに、先端が曲がっているので叩きやすい。


 穴を上向きにして鉄筋を刺し込み、再リベンジの時が来た。


 再びカウントダウンが始まり、そして阿久津はバットを叩き込む。


『あ、行けそう』


 鉄筋が綺麗に食い込んだらしく、阿久津は続けて叩き込んだ。


 山下が観客を煽り、彼女が叩くたびに「よいしょ」コールが起こる。


「「「よいしょ! よいしょ! よいしょ! よいしょ! よいしょ! よいしょ!」」」


 そして遂に、その時が訪れた。


『あっ……』バットを振りかざした阿久津が、小さな声で呟く。

 動画は字幕でその声を強調する。


 彼女は手招きしてカメラマン牧田を呼ぶ。

 カメラが近付くと、阿久津が指差しでその部分を強調する。


「ほら、ここ見て欲しいっス。ヒビが入ってる」


 彼女が指でなぞるそこは、確かにヒビが入っていた。


 あと数回叩けば終わりだ。


 最後のよいしょコールがフィナーレを飾る。


「「「よいしょ! よいしょ! よいしょ!」」」


 そして阿久津は3回目の打撃が終えると、バットを投げ捨ててかがんだ。


 彼女は欠けた樹脂の断片を拾うと、それをかがげた。


 田平岡高校の生徒が拍手喝采で迎える。SEは必要なかった。


 動画の下部に『割れました』の字幕を表示すると、シーンが移り変わる。


 ――何も書かれていないホワイトボードを背景にして、ボーリング球の破片と共に座る阿久津の画だ。


 ボーリング玉を壊すミッションを達成したので、欠片を拾って綺麗な場所で感想戦を行う……とのことで生徒会室に戻ってきた。


 ちなみに集まってくれた生徒たちのことだが、彼らとはここでお別れとなり、最後にしっかりと『ねおんちゃんねる』の宣伝をして撤収した。


 一旦動画の方に戻ろう。阿久津は総括そうかつに入る。


『ってことで、今回の企画は大成功っス』

 セルフ拍手と「パフパフ」のSE。


 実は綺麗に真っ二つに割れたわけでも、粉々にできたわけでもなく、穴のある上部の四分の一を削り取った形になっている。それでも断面図を見ることができたので、一応成果は出たのだ。


 彼女は俺が用意したカンペを見ながら、得意げに豆知識を語った。


『ボーリングの玉って穴が開いてるから、バランスとるためにその部分だけ少し重くしてあるんスよ。だから真っすぐ転がるんスよね。あともう一つ大事なのが、このコアっス』


 彼女が指差すのは、本体からむき出しになっている中心にある黒いマントルのような部分。


『これは丸い形してるんっスけど、コアにも色々な形があって、回転数とかスピードが変わるらしいっスよ。ボーリングも奥が深いんスね』


 そして最後に、もう一度断面を撮影。

 阿久津の感想が音声として入る。


『にしても硬すぎっスよ。これだけ重くて硬いと、簡単に人殺せそうっスよね』


 そして最後に正面を向いたシーンに戻る。


『以上で今回の動画は終わりっス。ねおんちゃんねるでは、音々が色々な企画に挑戦するので、音々にやって欲しいこととか感想、高評価、チャンネル登録、ファンレターもろもろお願いするっスよ。それじゃあまた次の動画で。ばいばーい』


 満面の笑みで手を振りながら、動画が終了した。

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