第31話 撮影開始

 校舎の陰に隠れて、日差しがあまり入り込まないジメジメとした空間。


 俺たちは今、校舎の外れにあるプールの前の小さな広場にいる。


「お待たせ。剣道部に、予備の防具を借りてきたわ。あと、理科室からみんなの分の保護メガネ」


 阿久津と撮影者の身を守るための備品を借りに出かけた、生徒会長が戻ってきた。


「……で、あの子たちは何してるの? なんで撮影会?」


 そして現在、阿久津はボーリング球を持ち上げながら、牧田にスマホで写真を撮られている。

 俺と山下は少し離れた場所でその様子を眺めていた。


「阿久津ちゃんは今、動画のサムネイル作ってんのよ。ほら、プールの外壁って青いでしょ? BB《ブルーバック》って言って、青色だけを切り取れば、背景が透明な写真を作れるんだよ」


 現場監督者である山下が、腕を組ながら彼女の質問に答えた。


「山下先生って、結構詳しいんですね」

 生徒会長は彼女の博識はくしきに驚く。


「私が大学生の頃にね、動画を投稿しようと思ったことがあるのよ。結局途中で恥ずかしくなっちゃって、投稿せずに終わっちゃったけどね」


「へー、そうだったんですね」

 生徒会長は軽く相槌あいづちを打った。


 山下は他の教師と比べても若く、我々の世代に近い。だから若者文化であるMytubeにも詳しいと思っていたのだが、まさかそんな経験があったとは。


 やはり彼女に顧問を頼んで良かった。あとは、彼女が出した条件をクリアするだけだ。


「さて、こんなもんでいいっスかね。それじゃあ早速、挨拶のパートの撮影を……」


 上機嫌だった阿久津の表情が、何かを目にして固まった。俺はそれを確かめるべく、阿久津に向けていた視線を背後に回した。


「なんだこれは……?」


 気が付けば俺たちの周りに、人だかりができていた。


 それは制服姿であったり、部活のユニフォームのままであったり、多種多様だ。近くの校舎の窓からもたくさんの生徒が顔を覗かせている。


「おい、阿久津音々が何やるらしいぞ! 他のやつらも呼んで来い」「先輩、誰ですかあの人?」「今日の昼休みに、校内放送で騒いでいたやつだよ。俺たち二年の間じゃ有名人だ」「あれが噂の音々ちゃん? 小っちゃくてかわいい」


 それはタピ高を騒がせた阿久津音々を一目見ようと集まった野次馬たち。校内に残っていた、生徒がぞろぞろと集まる。


「ちょっと生徒会長ぉ、水臭いですよ。阿久津音々が面白いことやるなら教えてくれれば良かったのに」


 剣道部の連中も、はかまを着たままぞろぞろと現れた。


 生徒会長は驚きのあまり、持っていた荷物を地面に落としてしまった。

 彼女の目には信じられない光景が広がっていたのである。


「音々ちゃん……なんて子なの……」


 阿久津の暴走は無駄にはならなかった。

 ただでさえ俺たち二年の間で有名だったのに、それが学年を飛び越えて知名度が広がったのだ。


 あの派手な放送をした女が、なぜかボーリング玉を持っていて何かするらしい。しかも山下先生公認で。その口コミは瞬く間に広がり、どんどん見物客が増える。


 これぞ正に、阿久津音々がバズった瞬間である。


「おい阿久津音々! 今から何をするんだ?」


 一人の生徒がヤジを飛ばす。阿久津はそれを聞いて、少し照れながら答えた。


「今から動画撮るんスよ! 撮影の邪魔になるから、静かにして欲しいっス」


 少しのどよめきが聞こえた後、一斉に彼らは口を閉じた。


「ハイみんな下がって。こっから先に入っちゃだめだよ」


 山下が率先して、見物客の整理を行う。

 俺と生徒会長も自分の体を使ってバリケードを作った。


 全校生徒が見守る中、牧田が自撮り棒で伸ばしたスマホを構える。


 阿久津は一度深呼吸して合図を送り、撮影を始めた。


「ちわっス! ネオンっス! 今日は……」


 ねおんちゃんねる『チャンネル登録者数一万人』。その夢を駆ける第一歩が、スタートした――

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