阿久津音々の革命

第26話 生徒会補欠選挙

 阿久津が唐突に心変わりをしてから数日が経ち、何も分からないままこの日が来てしまった。



 本日は金曜日――生徒会補欠選挙の日である。


 田平岡たひらおか高校生徒会は役員二名の転校による欠員で、急遽きゅうきょ補欠選挙が行われることになった。


 そこで候補として呼ばれたのは、副会長カルロス推薦のこの俺『田中実』と、参加した詳しい経緯は知らないが一年生の『牧田』。


 それに加えて自ら立候補してきた『阿久津音々』の三名である。




 昼休みを知らせるチャイムが鳴ると、四限目を担当していた教員から投票用紙が配られた。


 俺はそれを見届けながら、放送室へと向かった。


「遅いっスよ、実くん」


 部屋に到着すると、阿久津は開口かいこう一番に俺に言葉を浴びせた。


 俺の到着を確認した彼女は、颯爽さっそうと奥の防音室に入っていく。


 カルロスと牧田は既にその部屋の中で待機しており、俺も彼女に続いて中に入った。


 防音室の中には、ベージュ色の木のテーブルにスタンドマイクが二本立ててあり、対面で座るラジオ収録のような形式になっている。

 司会者であるカルロスが片側、もう片側に演説者が座る流れだ。


 責任者である生徒会長は、ガラス張りで仕切られた外の控室で待機している。


 カルロスは両手で丸を作って外の生徒会長に合図を送ると、彼女はうなずき返した。

 いよいよ放送開始である。


 カルロスはあらかじめ用意した原稿を見ながら、マイクのスイッチをオンにする。


「――みなさんこんにちは。生徒会です」


 デカい図体からは想像できない少年のような爽やかな声で、カルロスが放送を始めた。


 同じ部屋の中にいるので実感がわかないが、このマイクから全校生徒に声が伝わっているのだ。


 意識して緊張しないようにしてきたが、やはり本番になると緊張する。

 俺は自分が用意した台本を握りしめながら、その時を待った。


「それでは各候補者から一言頂戴ちょうだいします。まずは書記候補の一年C組牧田マキさん」


 順番が回ってきた。

 まずは演説を一番最初にやりたいと言った牧田からだ。彼女はカルロスの対面に座り、マイクに口を近付けて原稿げんこうを読み上げる。


「みなさん初めまして。一年C組の牧田マキです。私が生徒会に入ろうと思ったきっかけは――」


 彼女は自分で用意した原稿を読み上げながら、そつなくこなした。

 生徒会長は適当でいいと言っていたが、なんだかんだで皆きちんとした原稿を用意している。全校生徒の前で恥をかくのは真っ平だからだろう。


「――以上、書記候補の牧田マキでした。みなさんの清き一票をお願いします」


 牧田は自分の原稿を読み終えると、ため息をついて立ち上がった。


 さすがに緊張していたらしく、彼女は役目を終えると逃げるように部屋から出て行って、生徒会長のいる方へ向かった。


 それと入れ替わるように俺はマイク席に着席して、原稿を机に広げる。


 俺が用意した原稿は少し変わっている。

 志望動機や公約みたいなものは全くなく、ただ「お前らが投票しないと面倒になるぞ」と伝える内容であった。


 いざ本番になって普通の原稿を用意しなかったことを後悔したのだが、仕方あるまい。


 俺は原稿をそのまま読むことにした。


「――続きまして、会計候補の二年F組田中実くんです」


「会計候補、二年F組の田中実です。今回は生徒会役員二名が転校で欠員する、異例中の異例で補充選挙が行われました。はっきり言いますが、この学校に生徒会をやりたがる生徒はいません。万が一、補欠候補者が落選となった場合、再び補充選挙を行う必要があるので、今度は他薦による選挙になり、やりたくもない人が強制的にやらされる可能性が出てきます。だから今回は自分が人柱になります。牧田と田中の名前の横の欄、信任に丸を付けてもらうだけで結構ですので、投票お願いします。以上、田中実でした」


 カルロスは口を開けて驚いていたが、終わってしまえば後の祭りだ。仕方ない。


 とにかく俺の仕事は終わった。

 部屋を出ると生徒会長が呆れた顔で俺を出迎えた。


「中々、大胆なこと言うのね」

「原稿は何でもいいって言ったのはあなたですよね? それに……」


 そう言いながら、俺が書いた原稿を彼女に渡した。


 実は原稿には続きがある。

 追記したが、読むのを躊躇ってお蔵入りにした部分である。


『なお、次の候補者である阿久津音々については不信任でお願いします。新入生のみなさんは彼女のことをよく知らないでしょうが、彼女は危険です。学園を破壊する存在なので、生徒会には入れないようにお願いします。庶務候補は0人でも大丈夫ですので』


 その部分を黙読した生徒会長は、呆れた顔でこちらを見た。


「さすがにその部分は読みませんでしたが、阿久津にはこれを言わずに済んで良かった……と思える演説を期待したいですね」


 俺のつたない原稿よりも、問題は次の人間だ。


 一応牧田が作った原稿を持っているらしいが、彼女がそれを大人しく読んでくれるだろうか? 阿久津は何かやらかすのでは……と、俺はまだ疑っている。


「考えすぎよ田中くんは。原稿だってマキちゃんが用意したんだし大丈夫よ」


 娘のピアノコンクールを見守る親のように、俺たちは防音室にいる阿久津の姿を見守る。ここまでくれば、本当に何もないことを祈るしかない。



 


 ……そしてついに、阿久津の演説が始まった。

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