第25話 生徒会新候補
――停学が明けてからの阿久津は、いい意味でおかしくなってしまった。
早朝学校に向かうと、袋とハサミを持った阿久津が校内でゴミ拾いをしているところを見た。
俺のことを見つけると挨拶こそするもの、
彼女は真面目に奉仕活動に取り組んでいた。
あれは停学処分と交換条件だからまだ分かる。
……にしても、真面目過ぎて少し怖い。
そして極め付けはこれだ――生徒会室に向かった時に見たそれに、俺は驚かされた。
「ふっ……」変な笑いが込み上げてくる。
その派手な頭髪は一番最初に目に付く。
阿久津音々が生徒会室にいたのだ。
奥の特等席には生徒会長、長机の左側はカルロスと阿久津、右側の奥には牧田が座っている。
阿久津が生徒会室にいる理由はなんとなく分かる。
しかし、彼女を生徒会室に招き入れていることに違和感を覚えた。
彼女は存在するだけで他人の時間を奪ってしまう迷惑人間だ。根は真面目な生徒会長が、それを許すとは思えない。
それがどう言うことか、阿久津が生徒会に
阿久津を含めた彼らは何やら作業をしているようで、机の上に積み上げられた紙を数枚重ねながら手に取り、まとめてハサミを入れて
俺はその見慣れない光景に
席に着いて机の上に置かれた紙の一枚を手に取り、俺は中身を確かめる。
どうやら明日使う、生徒会補欠選挙の投票用紙のようだ。それぞれの候補者の名前の横に、信任・不信任を丸する欄が設けられている。
原紙の方を覗くと、一枚の紙に四つ印刷されているので、それを切り揃えているらしい。
「…………は?」
俺はその用紙を最後まで見て、頭が混乱した。
紙を持って立ち上がり、生徒会長の元へ行く。
「生徒会長、これはどういうことですか?」
「今は暇なんだけど、
「その猫の手は人を傷付ける鉤爪を持っています。危険ですから、断りましょう」
言いながら用紙を机に叩きつけ、その危険項目を指差した。
『
阿久津が生徒会に入るなど、言語両断である。
「心配しなくても大丈夫よ。音々ちゃん、ほんとに反省してるみたいだし。根はいい子なのよ」
「あなたはあの女の本性を知らないでしょう? あいつは危険です。このままだと破滅しますよ、生徒会が」
「ふふふ、田中くんは考えすぎよ。人は反省して更生するものなの。ほら見てみなさい、彼女は真面目に仕事をしてくれているわ」
生徒会長は微笑みながら、目で阿久津の方を指した。
俺もそれで振り返って確認してみたが、確かに取り繕われた彼女は、真っ当な人間として生徒会に馴染んでいる。何が起きたか分からないが、カルロスも彼女に怯えず談笑しているくらいだ。
とにかくまずは本人の真意を確かめる必要がある。
俺は席に戻ると、正面に座って作業をする阿久津に直接尋ねた。
「お前は何を
彼女は作業を止め、ぎょろっとした目で俺の顔を見つめる。
「……別に、何も企んでないっスよ」
俺は彼女の本心を探るべく、具体的に踏み込んでみた。
「同好会はどうしたんだ? 生徒会なんて入っていいのか?」
「生徒会に入ると何かと便利って会長から聞いたんスよ。申請とかも通しやすいし。あとは、マキちゃんの仕事の負担を減らすためっスね。音々がこっちの仕事を手伝えば、その分同好会に専念できるだろうし」
あり得ない……
昨日の阿久津はいつもの阿久津音々であったが、今日の阿久津は別人だ。俺の知らぬところで、何かあったに違いない。
逃げるように首を右に向けると、隣の席の牧田が定規を使って黙々と紙を切り裂いていた。
――考えられるとすれば、彼女の入れ知恵か。
「牧田、お前の仕業か? 阿久津に昨日、何か吹き込んだのか?」
彼女は紙を破く音を立てながら、こちらを見ずには答える。
「私は何も知らないです。音々ちゃ……音々先輩が『生徒会』に入るって急に今日言い出して……まぁ私としては、こっちにも来てくれるのは嬉しいから、理由なんて何でも良いいですけどね」
彼女が何も知らないとすれば、やはり阿久津本人の意思か。
「カルロスくん、切るの遅いっスよ。どうせ後で捨てるんだから、適当でいいんス」
「ダメだよ阿久津。生徒会の印象に関わるから、ちゃんと丁寧に切らないと」
正面では阿久津とカルロスが普通に会話をしている。
その発言からは彼女の
小心者のカルロスが普通の同級生のように会話できているのも
「なんスか? 音々の顔になんか付いてるっんスか?」
しばらく阿久津の様子を注意深く観察していると、俺の目線に気付いた彼女が顔を向けた。
見飽きるほど見続けたてきた派手な容姿。
メイクで誤魔化しているが、その素顔と内側の精神は小学生と見間違えるほど幼い。
見た目は同じなのに、中身がそっくり入れ替わったかのようだ。
俺の知っている阿久津音々じゃない。
「お前は本当に、あの阿久津音々なのか?」
「何馬鹿な事言ってんスか? 音々は音々っスよ」
俺にはその答えが、白々しく思えてしまった。
そして俺の中で、何かが弾ける。
「違う! お前はもっとめちゃくちゃで、いつも予想外のことをしでかす女なんだ! こんなの、阿久津音々じゃない!」
拳で机を叩いて、俺は叫んだ。
大きな音を立てたせいで、俺の方に視線が集まる。
注目されたなら結構だ。俺は立ち上がって周囲に持論をまき散らす。
「みんな
「田中くん、口を
生徒会長が通る声で俺を制した。それと同時に、冷ややかな視線を感じる。
「……すいません」
その場の空気に押し殺され、俺は謝罪した。
下唇を噛み締めながら席に座ると、正面の阿久津が顔を真っ赤にして
彼女が
それを確かめるすべはなく、俺はこの重い空気が去るのを待つことしかできなかった。
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