『辛いのが苦手なJKが激辛ラーメン【辛辛麺】をさらに辛くして食べてみた』

〈タイトル〉辛いのが苦手なJKが激辛ラーメン【辛辛麺しんしんめん】をさらに辛くして食べてみた


〈動画時間〉5:34


 あまり印象に残らなそうな、優しいピアノのBGMが流れている。


『はいどうも、音々っス』


 まずは、阿久津が白いテーブルに座って挨拶するところから始まる。


 ここで既に今回の主役であるカップ麺とタバスコがテーブルに置かれている。


『今日はこの、辛辛麺にタバスコをかけて食べるっスよ』


 皆で相談して作ったあの字幕が共に流れる。


 それを言い終えた後、阿久津のセルフ拍手と複数の子供が「イエーイ」と声を合わせるSE《サウンドエフェクト》。

 その後に赤ん坊の「パフパフ」鳴るおもちゃのSEが流れた。


 あとは阿久津の簡単な解説だ。


『辛辛麺くらいみんな知ってるっスよね。とにかく、見た目通りめちゃくちゃ辛いラーメンっス。ちなみに音々はあんまり辛いのは得意じゃなくて……とまぁ、だらだらと話しても仕方ないので、早速お湯を注いで食べるっスよ』


 そしてシーンカット。


 次のカットは何食わぬ顔で座り、テーブルの上にオレンジジュースが追加されたシーンからスタートする。


『はい。ってことでお湯入れてきたから、今からタバスコを入れていくっス。まずその前に』


 カメラが寄り、アップにしたカップ麺の開封シーンに移る。


 彼女がふたを開けると、湯気と共に真っ赤なスープとかすかに存在する黄色い麺が見えた。

 阿久津はそのまま顔を近付けにおいをぐ。


『ふーん、まぁこれくらいなら行けそうっスね。ちょっと一口食べてみるっス』


 再び引きのに戻り、阿久津は割り箸を割って麺をすすった。


『うん、うん。余裕っスね。いけるいける』


 と言っていたのは束の間。


『……ブッ! ゴホッゴホッ!』


 彼女はむせ返って、口の中身を吐き出す。


『ゲッホゲッホ! あー、辛い辛い』


『ふふ、はははははは』俺の笑い声が入り、少しの余韻があった後、シーンチェンジ。


 阿久津が口直しのジュースを飲み、いよいよ本題に入る。


『今から、タバスコを入れるんスけど、これ本当に大丈夫かな? 音々死なないかな』


 彼女は腕組みながら考える。


『………………』と無言を表現する字幕が流れた後、ようやく決心を付ける。


『じゃ、じゃあ一0回。一0振り入れるっスよ』


 阿久津はタバスコの蓋を開け、カップ麺に向ける。


 彼女は思いの外、入れるのが下手だったので、このシーンは早送り再生にした。

 字幕で回数を表示しながら、五倍速で進める。

 カウントが一0になったところでストップ。


『と、言うことで……一0回入れたっス。ほら見て、なんか赤いのがぷかぷか浮いてるっス』


 カメラが寄り、中身をアップデ映し出す。


 元々赤いスープだったので見た目の変化は分かりにくいが、確かに赤い斑点がぽつぽつと浮いていた。


『それじゃあ、いただきまーす』


 映像は定位置に戻り、阿久津は両手を合わせて挨拶する。


 その時画面下部には「いざ実食」の字幕が映る。

 麺を掴んで、大胆にそれを啜った。


『うん……まぁ、うん。いてっ! いてててて。痛い痛い痛い』


 疑いながらゆっくり噛み締めるが、麺に絡みついたスープの方は待ってくれない――辛み成分のカプサイシンは舌を刺激する。


 彼女は両目をつむり、苦痛の表情を浮かべながら立ち上がり、舌を外に出して右に左に歩き出した。


 それを見ていた俺の笑い声が聞こえる。


 阿久津はぶらぶら歩いて、その風で舌を乾かすと、ソファーに戻り、注いできたオレンジジュースを飲んだ。


 休息は一瞬で、勢いを殺したくない彼女は二度目のトライに入った。


 今度はスープを飲む。

 カップ麺を両手で持ち上げ、カップの縁を下唇で支える。


 その先の展開を予定調和にするために、動画を徐々に拡大させ、阿久津の顔にカメラが寄る。そして一瞬BGMが止まって、無音の時間が発生。


 阿久津はカップを傾け、スープを口に入れた。


『ブッ! ゲホッゲホッ』


 まずは辛辛麺の唐辛子がご挨拶。

 阿久津の気管を刺激すると、彼女は口の中のものを吐き出しそうになった。


 なんとかを守るために、無理やり飲み込むと、今度はむせ返って咳き込んだ。


 そして激辛スープの辛さが止めを刺す。


『……あーヤバい。ああああああああああああああ!!』


 その場で叫びながら地団駄じだんだを踏んで暴れ回る。


「あああああ!!」の字幕を使いながら、動画を盛り上げ、阿久津はそのまま画面外に消えていった。


 俺の笑い声だけがその場に残る。


 そしてシーンが変わり、大量の汗をかいた阿久津が、首にタオルを巻いて登場する。


『これ頭おかしいっスよ。誰がこんなこと考えたんスか』


「誰」と言った瞬間に、阿久津の頭の上に矢印が現れる。

 いわゆるセルフツッコミである。


『そもそもタバスコはあんま関係ないんスよ。普通に辛辛麺自体がヤバいんスよ。商品開発者は頭おかしいんスか?」


 企画を否定する文句を言いながらも、彼女は再び激辛ラーメンに挑む。


 麺をほぐしながら、意を決して二口目に挑む。


『あああああ、ああああああああ!!』


 再び立ち上がってその場で暴れ、彼女が叫ぶたびに字幕も流れる。


 ソフトドリンクが空になり、そのことにも腹を立てて地団駄する。


 俺の笑い声が再び入り、これのやり取りがあと数回繰り返されるのだ。


 ……とは言え三度ほど見ればワンパターンで飽きてしまうので、早送りのダイジェストでシーンを進める。


『無理……辛い、痛い……あー嫌だ。辞めたいよぉ』


 阿久津の箸が止まった。

 麺を掬い上げるが、すぐに容器の中に戻してしまう。


 彼女は箸を置いてコーラを飲みながら、ソファーに持たれ掛けてぐったりしていた。


 それでも彼女は「せめて麺だけでも」と、少しずつ箸を進める。


 舌の痛覚が麻痺したらしく、ペースが上がり彼女は麺を完食してしまった。


 そして最後のシーンに突入すると、阿久津はカップ麺を斜めにしてスープを飲み干す。


 無事飲み終えると、わざとらしい咳をしながらぐったりする阿久津が映し出された。


『完食……っス!』


 セルフ拍手と「パフパフ」のSE。


 上手く誤魔化してはいるが、製作者サイドの俺たちは知っている。阿久津が中身を捨ててきたことを。


 つまりスープを飲んでるフリをしていただけである。


 空になった容器をカメラに見えるように斜めにして掲げて、阿久津はタオルで汗をぬぐう。


『以上で……今回の動画は……終わり……っス』


 満身創痍まんしんそういの状態で言いながら、空になったグラスを口に押し付けるが、中身がないことに気付かず、彼女は微かに残る水滴を飲んで満足する。


 そして最後のあいさつに入る。


『ジャンネルドウログド、ゴウビョウガヲ』


 舌を冷ましながら喋るせいで呂律ろれつが回っていない。

 代わりに字幕でMytubeお決まりの「チャンネル登録と高評価お願いします」が画面に表示された。


 力尽きた阿久津がテーブルの上に倒れて込むと、画面が暗転し、『いてっ』と声が聞こえて動画は終了。

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