第21話 動画編集②

 俺たちは修正点を見つけるべく、動画をもう一度一から見直した。


 そして多くの課題点が見つかった。


 ・気に入ったのか知らないが、集中線を使いすぎ。途中で飽きてくる。

 ・どうでもいいシーンをスロー再生している。

 ・食べ物を吹き出すシーンの口元を拡大してリプレイしている。見る人によっては不快感を感じてしまうかもしれない。

 ・動画内に編集者の感想が良く出てくる。『ここかわいい』などの文字。が続くところはさすがに不要。


 そして気が付けば、素人三人が動画編集ソフトを指差しながら、あれこれ指摘している。


 そのソフトは長さの違う棒線グラフが縦に並べられており、左上に阿久津の写真――よく見ると、例の動画の一部分が貼られていた。


 牧田は慣れた手つきで棒線グラフをクリックすると、新たなウインドウが現れた。

 ウインドウのタイトルは『テキストファイル』。


 テキストの部分にカーソルを合わせると、左上の阿久津の場面が変化した。

 どうやら該当するシーンの静止画らしい。


「とりあえず田中先輩が言ってた字幕からですね。フォントも変えましょうか? 明朝みょうちょうよりゴシックの方が良いかも……あとは太字にしてサイズは二0くらいで。文字の色はどうしますか?」


「ちょっと待ってくれ。専門的すぎて追いつけない。今お前は何をやったんだ?」

「えーっと、文字のデザインをカクカクのものに変えました。あとは太字にして、サイズを大きくした感じです。ほら」


 言いながら左上の阿久津の画面の方を指差す。画面下部にある『今日はこの、辛辛麺に七味をかけて食べるっスよ』の字幕のデザインが変わっていた。


 ようやく理解が追い付いたので、俺は返事をした。


「とりあえず濃い色でいいんじゃないか? 黒か青、もしくは赤とか」

「一回全部やってみますね」


 牧田がカチカチとマウスをクリックする毎に文字の色が変わる。


「青が一番良さそうですね」「だな」「「うん」」


 文字の色は満場一致で青に落ち着いたが――


「さっきより見易くはなったんだが……」


 ――何か物足りな差を感じる。


「うーん、欲を言えば、文字に立体感が欲しいかなぁ」


 生徒会長が机に肘を置きながら呟く。


「やり方がわかんないんですよね……とりあえず何か探してみますか」


 牧田は手探りで色々な場所にカーソルを置いてクリックする。


「『太字』の横にある『中抜き』ってのはどうだ?」


 俺はそれっぽいものを見つけたので、そう言って指差した。


 牧田がそこをクリックすると、文字が2色になった。

 太い青文字の中を切り抜いて白文字が現れている。逆に言えば白の文字の周りが青で強調されている形だ。


「いいですねこれ。バライティ番組みたいな感じで」


 あとはもう一スパイス加えたい。今から激辛を食べると分かりやすい表現……


「その『辛辛麺』と『七味』の文字だけを赤に変えれないか? 一目で辛いって分かりやすくなるだろ」


「文字列は全部同じフォントになっちゃうんで部分的に変えるのは無理ですよ……いや、待てよ。レイヤーを重ねれば行けるかも」


 牧田は棒線グラフをマウスでクリックして、その下にコピーを張り付けた。


 コピーした方の文字の部分を編集して、『辛辛麺』と『七味』の文字を残す。

 彼女はその二単語を赤色に設定し、文字サイズを大きくした。


「なるほど、そういうことか」


 俺は彼女が言った『レイヤー』という専門用語のことを、なんとなく理解した。


 レイヤーは直訳すると『階層』であり、そこから意味を考えると分かりやすい。

 縦に並べられた様々な棒線グラフは一つ一つがレイヤーであり、レイヤーの上にレイヤーを重ねる。

 つまり青文字の字幕の上に赤文字の字幕を重ねたのだ。


「え、どういうことなの?」


 生徒会長が俺の方に顔を向ける。


「えーっと、そうですね……服で例ましょう」


 俺は隣にいるカルロスの体を使って、解説をした。


「レイヤーは恐らく、服の重ね着のようなものです。カルロスの腕部分は一番上のブレザーが、胸元はシャツが、何も着ていない顔は肌が見えますよね? 一番外側に着ている服が視聴者が視覚できる部分。これがレイヤーを重ねると言うことだと、俺は理解しています」


 言い終えて俺は、牧田の方を向いて彼女に正解を確認した。


「それで合ってますよ。って言うかそもそもファッション用語にありますよね、『レイヤード』が」

「あー、レイヤードのことだったのね! それで赤を上に、青を下に持ってきたんだ。なるほどなるほど」


 生徒会長は別の方で理解を深める。


 さすが女子高生である。

 カルロスは納得いってないみたいだが……



 こうして色々と動画編集について学んでいるうちに、牧田は字幕を完成させた。


『今日はこの、(中抜き青文字)辛辛麺(赤文字太字、サイズ大)に(中抜き青文字)七味(赤文字太字、サイズ大)をかけて食べるっスよ(中抜き青文字)』。

 これが阿久津の台詞と合わせて、画面下に表示される。


 そのあと字幕は消え、阿久津が一人で拍手をする映像が流れる。


 動画らしい形になってきた。


「さて、次行きますね。カットする部分とかもあれば言って下さい」


 そうして俺たちは生徒会の仕事を忘れ、動画編集にすっかり没頭した。


「ふぅーっ、終わりました。みなさんありがとうございます。あとはエンコードを待つだけ……あっ、もうこんな時間!」


 一息付いた牧田が、ノートパソコンの端にある時計を見て驚く。


 窓の外を確認すると、あかね色が薄れ、すっかり暗くなっている。

 俺たちは時間を忘れるほど熱中していたのだ。


「さ、みんな解散よ。忘れ物無いか確認してね」


 生徒会長が手を叩いて号令をかける。


 一気に現実に戻されて、俺たちは帰路に着いた。


 すっかり暗くなった夜道を歩きながら、俺とカルロスは連なって歩く。


 同じ中学出身なので帰る方向が同じなのだが、俺が無愛想なせいで会話はほとんどない。

 そんないつもの帰り道であったが、珍しく彼の方から話しかけてきた。


「僕勘違いしてたよ。阿久津音々のこと」

「どう言う意味でだ?」


 ちょうど赤信号に差し掛かったので、彼の隣に並んだ。 


「動画の中の阿久津は、普通の女子高生なんだよね。それまでは野犬のようなやつだと思ってたんだけど」

「あいつの正体は野犬だ。下手に近付くと噛み付かれるから、関わらない方がいいぞ」

「まぁ、その野犬を飼い慣らしてるのは田中だよね。なんだかんだでいいコンビじゃないかな? 最近の田中、楽しそうだし」


「楽しそうに見えるのか?」

「少なくとも、今日は楽しかっただろ?」


「……それは否定しない」今日と、阿久津とカラオケで撮影をした時は確かに楽しかった。


 だが俺は、これがずっと続くものだとは思っていない。


 今回に限っては、未知の分野への挑戦が関係しているだろう。

 慣れてしまえば、いずれは飽きがやってくる。

 俺はこの飽きが怖い。


 だから俺は本を愛しているのだ。

 未読の本は知らないことを教えてくれるので、永遠に飽きることがない。


 何も知らないカルロスは鼻で笑う。


「案外、そっちの方が向いてるかもね。ほら、例の部活動。阿久津と牧田さんと田中の三人で。もしかしたら、本を読むより楽しいかも」


 仮にそうだとしたら、俺は本を閉じるかもしれない。


 もちろん、そんなことはあり得ないと思うが……


 信号が、青に変わった。

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