第19話 チャットグループ

 なぜ阿久津の動画投稿を、生徒会メンバーに秘密にしていたのか。


 彼女がヴァーチャルなアバターを使い、正体を秘密にしたいのならまだ分かる。

 しかし阿久津の場合はがっつり実写で撮影しているので、隠す必要が無いのだ。


 それならばなぜ隠していたのか。

 それは牧田の願望であった――



 昨日の放課後に、牧田に俺と阿久津との関係を打ち明けた後、阿久津のために部活を作る話になった。


「生徒会長と副会長には秘密でお願いします」

「それはなぜだ? 部活を作るゴールがある以上、彼らの協力を得た方がいいだろ」

「キモい私を会長に知られたくないんです。あの人を、失望させたくないから」


 そして彼女は、生徒会長との出会いを語った。


 中学生の頃から背が高かった彼女は、誘われるがままバレー部に所属していた。


 高身長に寄せられる期待と、それに反する評価。


「背が高いから出来て当たり前」「自分も牧田のように背が高かったら」「どうして小さい子に負けるの?」


 その経験が辛かったので、高校では髪を伸ばして、運動部以外の部活に入ろうと彼女は決意した。


 だが現実は違った。

 高校に入っても自分の身長目当てでバスケ部やバレー部からの勧誘が止まず、嫌気がさしていた。


 そんな中で唯一、身長のことを気にせず声を掛けてくれたのが生徒会長だ。


 彼女からその話を聞いていたので、昨日生徒会長とカルロスに問い詰められた際に、二人には牧田に気を使うよう伝えた。


 ……そう念を押しておいたのだが、やはり扉を開けるのが怖い。


 次の日の放課後。俺は生徒会室の扉の前で一人、緊張していた。


「どうかしたんですか? 田中先輩」

「ま、牧田か。おはようございます」

「何で私に敬語なんですか? それに、もう夕方ですよ」


 部屋に入るのをためらっていると、後ろから牧田が声を掛けてきた。


 いずれバレるとは言え、彼女との約束を破ったのだ。

 生徒会の二人にも気を使わせることになって申し訳ない。


「馬鹿やってないで早く入りますよ。動画完成したんで、みんなで見ましょう」


 彼女はそう言って後ろから手を伸ばし、扉を引く。


「ああ、分かった」


 俺は牧田を追い掛ける形で入室した。


「……あれ?」


 今、牧田がおかしなことを言った気がする。


『動画が完成した』――あれから一晩で完成させるとは驚きだ。


『みんなで見ましょう』――これには俺以外もカウントされているのか? 生徒会長やカルロスに俺が密告したことは、牧田は知らないはずだ。


 そんな心配をよそに、待ちくたびれていた生徒会長が牧田の下に駆け寄った。


「待ってたよマキちゃん! 動画編集、一晩で終わらせたんだってね。凄いなぁ、尊敬しちゃう」

「いやぁ、それほどでも……」


 牧田は顔を赤くしながら、手をうちわのようにあおぐ。


 目の前で起きている現象に対して理解が追い付かない。

 まさか俺は、一週間ほど眠っていたのか……


「チャットグループだよ、田中」


 俺が困惑していると、カルロスがそう言いながら俺の肩に手を置いた。


「生徒会のグループチャットがあるんだ。田中はスマホが無いから招待してないんだけどね。そこで会長が牧田さんにバラして、見ての通りさ」


 カルロスの言う通り、牧田と生徒会長は以前より打ち解けて、友人のような距離感を取っている。


「そう……だったのか」


 情報化社会は凄まじく、俺の知らぬとことで意思疎通が行われていたようだ。


「田中もスマホ持てばいいのに、便利だぞ」

「便利はデメリットでもある。生活に馴染みすぎて、ほどんどの人が無駄な時間を過ごしている現状じゃないか」

「うわぁ、耳が痛いなぁ……僕も暇さえあれば触っちゃうし、勉強に支障をきたすことあるからなぁ」

「……だが、生産効率ばかりにとらわれると息が詰まってしまうのも事実だ」


 チラリと目を横にやると、牧田が長机に座り、自分のノートパソコンを開いる。彼女が編集した阿久津の動画お披露目会が始まろうとしていた。


「たまには息抜きもいいだろう」


 俺はカルロスにそう言って、牧田の背後に回った。


 何よりも、すぐに切り替えて順応することは大事だ。

 生徒会メンバー全員が知ってしまったのであれば、それに乗っかればいい。

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