第17話 後輩女子③ 〜彼女は優秀
こうして俺は生徒会に入ることになった……ただし、まだ仮の状態ではあるが。
俺の日常は、このことによって変化してしまった。
放課後は生徒会室に行き、本を読みながら時間を潰す。
もし生徒会の仕事があれば手伝うのだが、春の二大行事『卒業式』『入学式』が終わった今だと、これと言った仕事が無いのだ。
そんな中で俺と牧田に唯一課されたのは、生徒会選挙の原稿作りである。
どうやら来週末に校内放送で行うらしい。
――あんなの、適当で良いのよ。どうせ当選するし。
生徒会長が冗談混じりにそう言っていたが、あながち間違いではない。
よほど下手なことを言わない限り、対抗馬がいない今は当選確実である。
「……まぁ急いでやる必要はないか」
水面下で進めておきたい部活作りも、阿久津本人の意思を聞かないことには始められない。
特にやることもないので、俺は読書をすることにした。
部屋を見渡すと、生徒会長とカルロスは特に仕事もせずに好きなことをしている。
生徒会長は真面目に受験勉強。カルロスはスマホでゲームだ。
そんな中、隣の席からカタカタと何かを叩く音が聞こえた。
「牧田、それって……」
「私物ですよ。知ってましたか? この部屋、職員室のWi-Fiが届くんですよ」
それはいい情報を聞いた。あとでIDとパスワードを教えてもらおう。
牧田は私物のノートパソコンで、何やら熱心にキーボードを叩いている。
その動きは手慣れているようでかなり速い。
チラリと横目で見ると、ブラインドタッチを使いこなして、光速で文字を熱心に打ち込んでいた。
「ところでお前はさっきから何をしているんだ? ブログでも書いているのか?」
「レスバトルですね。世の中のニートどもを論破して、駆逐してやってるんです」
「そうか、頑張れよ」
レスバトル? 俺の知らない単語だ。
彼女が何を言っているか全然理解できなかったが、ニートを減らそうとしているので、きっといいことなんだろう。
彼女の口から小さな独り言と舌打ちが聞こえるが、それは頭を使う難しいことをしているからなのだろう。
ぜひ、レスバトルとやらに励んで欲しい。
……それにしても、器用にこなしている。
これだけ使いこなせるのなら、生徒会も部活動の方も――
「あっ……」
重要なことに気付いた。阿久津が欲するスキルを、牧田が偶然持っていることに。
「ちょっといいか牧田。単刀直入に言うが、お前動画編集は出来るか?」
「さぁ? やったことないんで出来な……いや、出来ます。ちょっと待って下さい」
牧田の方も俺の真意に気付いたようだ。
彼女はエンジンが入ったらしく、カタカタとキーボードを鳴らし始める。
俺はその様子を横目で見守りながら、あの日のことを思い出した。
――それは、阿久津とカラオケボックスで動画撮影をした日。
無事撮影を終え、冷めたピザを食べながら俺と阿久津は雑談していた。
「あとは動画編集っスね。スマホだけじゃ限界だから、パソコンが欲しいっス」
「パソコンか。高校生には厳しい金額だが、中古市場なら数万円程度で手に入るだろう。アルバイトでもしたらどうだ?」
「なんで音々がそんなことしなきゃダメなんっスか! 誰かいないんスか? パソコン持ってる生徒」
「そんなの俺が知ってるわけないだろ」
「あっ、実くんには友達が……ごめんなさい」
「なんでそう言う時だけ素直に謝れるんだ。大体動画編集なんて面倒なこと、やりたがる高校生なんていないだろ」
「そう言うもんっスかね。音々と仲良くなれるチャンスっスよ」
――この時は軽く流していたが、まさか利害が一致する人物が目の前に現れるとは思いもしなかった。
「……うん、出来そう」
パソコンの画面と睨めっこをしていた牧田が声を漏らす。
大方の予想通り、彼女は動画編集のノウハウを検索していたらしい。
牧田はしたり顔をこちらに向ける。
「田中先輩、いい感じのフリーソフト見つけたんで行けそうです。今から徐々に操作に慣れていけば、音々ちゃんの定額が明ける頃にはマスターできるかと」
牧田はそう言うと、伸びをして一息付いた。
こんな頼もしい後輩を阿久津に渡してしまうのは勿体ない気がするが、俺の最終目的は阿久津を部活に閉じ込めて大人しくさせることだ。
平穏な高校生活を取り戻すためなら、その協力は惜しまない。
俺は彼女のために、ある提案をした。
「せっかくだし本番がてら動画編集の練習して見てみるか? 一応、あの時の動画があるんだが」
「……は? 何でそんな大事なこと言ってくれないんですか! 馬鹿なんですか? アホなんですか?」
牧田が突然叫んだ。
彼女の声が部屋に響いて、生徒会長とカルロスの視線がこちらに集まる。
「え、なになに? どうしたの?」
「なんでもないぞカルロス。ほんの些細なことだ」
制するように、俺はカルロスに返答した。
「えー、なんだか気になっちゃうな。なんの話してたの? そういえば急に仲良くなったよね、田中くんとマキちゃん。なんか怪しいなぁ」
「ホントなんでも無いんで。大声出してしまってすいません。別になんでも無いんです。ちょっとびっくりしちゃっただけなんで。ホントすいません、会長の時勉強を邪魔してしまって。気にしなくていいですから、勉強に戻ってください。ホントに、全然大したことじゃ無いし、くだらないことなんで」
牧田は両手を振りながら、早口で誤魔化す。
あまりにも必死に弁明するので、生徒会長とカルロスは悪い気がして、それ以上は追求しなかった。
「………………」
「………………」
二人の興味が薄れるまで、俺と牧田は無言のまましばらく待つ。
そしてしばらく時間が過ぎると、互いにしか聞こえない程度の小声で、会話を再開した。
「実は阿久津に渡されてな」
俺は制服の胸ポケットから生徒手帳を取り出し、後ろの方にある空白のメモ欄を開いた。
「なるほど、クラウドですか」
さすが牧田だ。IDとパスワードを見ただけで言い当ててしまった。
彼女はそれを横目で見ながらクラウドサイトに移動して、IDとパスワードを入力する。
「ありがとうございます。この恩は一生忘れません」
牧田はぶつぶつと呟きながら、ダウンロードバーが貯まるまで、両手を組んだ祈りのポーズをしている。
そしてダウンロードが完了し、彼女は震える指で再生のボタンを押そうとしている。
「ちょっと待て。音は大丈夫か?」
俺は声を押し殺しながら、彼女の腕を掴んだ。
このままボタンを押してしまえば、生徒会室に阿久津の肉声が響いてしまう。見たところ牧田はイヤホンはしていないようだが……
「それは心配無用です。ほら」
牧田はそう言って横髪をかき上げた。
長い髪に隠れていた耳には、白色のイヤホンが付けられている。Bluetoothのイヤホンだ。
彼女はそれを外して、こちらに差し出した。
「せっかくなんで片耳貸しますね。左右どっちに付けても大丈夫なんで」
断る間もなく渡されたので、俺はしぶしぶ受け取って右耳に装着した。
一旦緊張の糸を切られたせいか、牧田は先ほどよりも落ち着いている。
彼女は一旦深呼吸すると、動画の再生ボタンを押した。
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