第16話 後輩女子② 〜第三勢力

 牧田は前髪をかき上げて、ため息を吐く。


 恥ずかしげに俺から目を逸らしながら、ゆっくり口を開いた。


「実は……ひ、一目惚れしちゃったんです」


「お、おう。そうだったのか」


 恐らくその相手は俺ではないはず。

 他の候補者がいるとすればカルロスだ。俺とあいつは顔見知りの関係なので、仲を取り持ってもらいたい。自分が田中実を生徒会に説得したことで、カルロスからの評価を上げたい……と言ったところだろう。


「……音々ちゃんに」

「おや、俺の聞き間違いか? 今不穏ふおんな名前が聞こえた気がするぞ」


 地球がひっくり返ったかのような衝撃。


「一応確認しておくが、お前が好きなのは、あの派手な髪の女『阿久津音々』のことか?」

「はい。激推し……です」


 牧田は両手で顔を押さえ、照れ臭そうに答える。


「意味が分からん。お前は昨日、あいつに悪口を言われていたし、どちらかと言えば嫌悪を抱く対象だろ?」


 それを聞いた牧田は三白眼さんぱくがんでこちらをギョッと睨んだ。


 そして彼女は今までの牧田ではない……本当の彼女に変貌へんぼうする。


「そりゃあ、第一印象は最悪でしたよ! あまりにも自分勝手でムカつくから、後ろから捕まえてやったんです。そしたらしばらく暴れた後しゅんとしちゃって……私の中で何かが弾けたんです。そっからはもう、音々ちゃんラブです」


 牧田は水を得た魚のように、阿久津の話をしながらこちらに近寄る。


「あのですね、音々ちゃんは可愛らしい子供なんです! 体が小さいのにパワルフで、すごく生意気でワガママな女の子!」


 そして俺は壁際に追いやられて、彼女に両肩を掴まれてしまった。

 彼女の方が俺より僅かに背が高いせいで、威圧感が凄まじい。


「音々ちゃんが一番可愛い瞬間が、田中先輩にイタズラする時なんですよ。だから田中先輩には、生徒会に入って欲しいんです!」


 凄まじいプレッシャーに圧されて、俺は彼女から目を逸らした。


 年上の男としてこのまま黙ってるわけにはいかないので、俺は反論をこころみた。


「お、俺とあいつがからむところを見たいなら、別に生徒会じゃなくてもいいだろ?」

「生徒会じゃないと私と田中先輩の接点が無くなるじゃないですか。それか文化系の部活ですね。生徒会が嫌なら部活はどうですか?」

「部活だと? そんなものに入ってる暇は無いし、元々の部員に迷惑が掛かるだろ」

「じゃあ一から部活を作りましょう。田中先輩の趣味に合わせるんで、私が部員になりますよ」

「部活を作る? それこそアイツが……」


 言いかけた台詞を、俺は飲み込んだ。

 阿久津の当初の目的を、俺は思い出したのだ。


「そうか、部室だ。部室を手に入れれば条件はクリアできる」


 部室があれば、阿久津は好きなようにMytubeの撮影をすることができる。


「えっ、いきなりどうしたんですか?」


 俺の肩を掴んでいた、牧田の手が離れた。


「いや、なんでもない」


 阿久津のことを彼女に伝えるべきか悩ましい。


 理想は阿久津と牧田で部活、もしくは同好会でもやってくれれば、阿久津は俺の手から離れる。


 しかしながらその方向へ舵取りしてしまうと、俺自身がその部活に巻き込まれてしまう可能性が高い。

 牧田が望む阿久津のイタズラを受け続ければ、俺の身が保たなくなる。


 そんな阿久津と牧田の手から逃れるためには、正当な理由が必要だ。


「……不本意だが生徒会に入ろう」


 阿久津を部活立ち上げに誘導して、そこに然るべきタイミングで牧田を投入する。

 俺も部活に入るよう説得されるかもしれないが、生徒会と両立できないときっぱり断る。牧田が生徒会を抜けるかもしれないが、その時はまたその時だ。


「本当ですか? やったぁー!」


 牧田は両手を叩いて喜んで見せた。


 そして彼女は自分のカバンを漁り、スマホを取り出した。


「そっかー、良かったです、ホントに」


 スマホの画面をスライドさせながら、何かを操作し始める。


「……ところで田中先輩に質問なんですけど」

「なんだ?」


 俺の返事を聞くと、彼女は笑顔でスマホの画面をこちらに向けた。


「昨日音々ちゃんとカラオケボックスで何してたんですか?」

「な、何故それを……」


 突きつけられたのは、俺と阿久津がカラオケ店の受付に並んでいるところを、背後から撮影した写真だった。


「帰る途中にたまたま見ちゃったんで、何かに使えるかと思って撮ってたんです。別にこれで脅そうとか、そう言うのじゃ無いんですけど、気になっちゃって」


 牧田がこちらに一歩進むたびに、俺は一歩後退する。


「二人の関係が謎なんですよね。幼馴染なんですか?」

「いや、アイツとは二日前に知り合ったばかりだ」

「いじめられてるようには見えないし、かと言ってカップルのようには見えないんですよね」

「そうだ。俺とアイツは奇妙な関係なんだ。うまく説明できないが」


 言い返しているうちに、俺は再び校舎の壁に追いやられてしまった。


 牧田は俺の顔の近くの壁に、右肘を付ける。左手でスマホをぶらぶらさせながら、俺の耳元でささやく。


「私に何か隠してますよね? 本当のことを言わないと、この写真を先生に見せますよ」


 やはりこの写真を使って、俺を脅すつもりだったらしい。


「勝手に見せればいいだろ。俺に後ろめたいことなんて何も無いから」

「停学になった生徒と制服のまま不純性行為。証言なんてでっち上げれますからね」

「俺と阿久津がそんなこと……」


 そんな馬鹿げた話を教師が信じるものなのか? 

 ふと想像してみると、馬鹿らしくなってきた。


「ははははははは。俺と阿久津がか? ふふふ、笑えるな」

「何がおかしいんですか?」


 俺はさっと牧田の拘束をかわして、彼女の背後に回った。


「あまりにもあり得ない組み合わせすぎてな。生徒会長のような魅力的な女性相手なら、まだしも」


 ……ピコッ。


「なるほど、生徒会長となら淫らな関係になっても仕方ないと」

「そうだ、あの人相手ならまだ分か……おい、今スマホの録音ボタン押しただろ」

「……チッ、バレましたか」


 牧田はこちらを向いてスマホの画面を見せ、ボイスレコーダーを停止させたことを証明する。


 危うく次の脅しの材料を取られるところだった。油断のならない女だ。


「俺を脅す必要などない。よく考えてみれば、お前の協力は必要不可欠だったんだ。聞いてくれ、牧田。全てのこと、そしてこれからのことをお前に話す」


 回りくどいことをする必要はなく、ただ牧田を協力者に加えておけば良かったのだ。


 俺は彼女に阿久津と過ごした二日間のことを打ち明け、そしてこれからのことを伝えた。


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