第15話 後輩女子① 〜秘密の会合

「……帰るか」


 読書をするために教室に一旦戻るか迷ったが、そんな気分にはならなかった。




 帰路につくため廊下を渡り、歩を進めながらもう一度考える。


 ――生徒会長は素晴らしい人だ。カルロスも頼りないが悪い奴ではないし、牧田も真面目でいい人間である。

 彼らのことを嫌いになるのが難しいのからこそ、悩ましい問題なのだ。


 生徒会のマイナス面を、生徒会長がアピールした多少のメリットに彼らの人柄を足し算したもので、天秤掛けして考えてみる。


「……やはり、それでもデメリットの方が大きいな」


 申し訳ないが、明日は断りの返事を入れよう。

 そう決心して立ち止まった瞬間、廊下を駆ける足音が背後から聞こえた。


 振り返って確かめてみると、見覚えのある顔が俺のもとに向かってきている。


「……牧田か。何の用だ?」

「田中先輩、ちょっと話、いいですか?」


 緊迫きんぱくした表情で彼女は言う。

 俺はつばを飲み込んだ。


「ここでは少し話しにくいので、どこか人気のない場所で……」


 彼女は誰かに聞かれたくない深刻な話がある、そんな面持ちをしていた。


「分かった、付き合おう」


 人気のない場所……は一ヶ所思いついた。

 俺は彼女を連れて、阿久津にワサビ入りクッキーを食わされた、例の校舎裏に向かった。




 校舎の壁で音と光を遮られ、踏み慣らされていない湿気の含まれた土。

 阿久津と来た時は何も感じなかったが、冷静に見ると不気味な場所である。

 ……牧田の緊張感がそうさせているのかもしれないが。


 とにかく、早く話を終わらせよう。

 質問は俺の方から投げかけた。


「……それで、話とはなんだ?」


 大方予想は付くが、彼女の口からその言葉を聞き出したい。


 牧田は周りを見渡し、誰もいないことを入念に確認してから口を開いた。


「田中先輩、生徒会に入ってください」


「………………」

 答えはノーであるが、俺はあえて沈黙した。


 俺がそれに返事をしてしまうと、会話が俺主体に転じてしまい、いつまで経っても彼女の真意を聞き出せなくなるからだ。


 牧田は俺の顔をじっと見つめると、肩を少し落として口を開いた。


「話は以上です。それじゃあまた、明日」

「待て待て、本当に話はそれだけなのか?」


 立ち去ろうとする彼女を呼び止める。


 まさかそれだけのことを伝えるために、わざわざこんな場所に呼び出したとは考えにくい。


「俺を説得しに来たんだろ? お前が俺を生徒会に入れたい理由を話せ」

「それじゃあ、まず答えを聞かせてください。現時点で生徒会に入る気はあるんですか?」


 このまま沈黙を続けてもらちがあかないので、俺は首を横に振った。


「……分かりました。田中先輩を呼んだ本当の理由を言います」


 牧田は前髪をかき上げて、ため息を吐く。


 恥ずかしげに俺から目をらしながら、ゆっくり口を開いた。


「実は……ひ、一目惚れしちゃったんです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る