阿久津音々の消失

第14話 生徒会メンバー

 そして阿久津音々は消えた。


 阿久津の停学の件は山下から聞かされた。

 停学宣告を受けた彼女は、大人しく家に帰ったらしい。


 昨日の出来事が夢だったとしか思えないほど、いつもの日常が過ぎて行った。


 全ての授業が終わると、俺は一人教室に残って読書を楽しむ。

 ……はずであったが、実はもう一つの厄介事が残っていた。


 俺はすぐに教室を出ると、その部屋へ向かった。


「失礼します」

「待っていたわ田中くん」


 面子は既に揃っているようだ。部屋に入り俺に声を掛けたのは、奥の特等席に座る生徒会長。その手前にある縦に並べられた二本の長机と四つの椅子。その奥側で対面に座る、中学時代の顔見知り『カルロス』と、一年生『マキ』。


「昨日のは大丈夫だったの?」

「ええ、特に怪我も無くメガネも壊されずに済みました。それよりも昨日はすいません。せっかく呼んでもらったのに」


 本来であれば昨日の放課後、この生徒会室で大事な話を聞く予定だった。それを阿久津に妨害されて仲断となっていた。


 今日はその続きをやるために呼ばれたのだ。


「あんな子がいたなんて予想外よ。田中君が無事で良かったわ。さ、空いてる席に座って」


 俺は彼女に言われた通り、右の手前の席に座った。

 左奥にカルロス、右隣の席はマキ。マキの方は軽く会釈えしゃくをしてくれた。


「すまない、これを見てもいいか?」

「はい、どうぞ」


 目が合ったので次いでだ。俺は彼女が暇潰しに読んでいたであろう『生徒会規約』を借りた。


 はっきり言って生徒会長の話とやらの内容は大方予想が付く。この本はその詳細を解き明かすための資料だ。


「さて、始めましょうか」


 生徒会長は両手を一度叩いて立ち上がった。彼女はホワイトボードの前に向かうと、黒のマーカーを取り出して文字を書き込んだ。


『会長』、『副会長』、『書記』、『会計』。俺はその文字を横目で見ながら、規約のを開く。

 目次から該当のページを辿ると、すぐに答えが目に付いた。


 規約第七条『執行部』。第二項「本会の役員は会長、副会長、書記、会計、及び庶務とする」。第五項から第九項までの各役員の規定。会長一名、副会長二名、書記二名、会計二名、庶務は上限なし。ただし立候補者がいない場合、庶務を除く副会長以下は一名でも可とする。


 つまり生徒会は最低四名の人間を必要とするのだ。


 現在この部屋にいる人間は四名。ホワイトボードに書かれた役職は四つ。


「カルロス、お前の現在の役職はどれなんだ?」

「僕は副会長だよ。それで残った二つを二人に……」

「やはりそうか。まぁ予想通りだな」


 彼らの目的は、俺とマキを空席の『書記』『会計』に推薦すること。


 だが腑に落ちない点がある。

 なぜこの時期になって二名が欠員しているのか。


 規約のページを遡ると、生徒会の任期は九月から一年間との記載がある。それならば本来は八月、夏休みの期間を考えると七月中に次の候補者を募集するはずである。それがなぜ新学期である四月の今なのか。


「二名がほぼ同時期に離脱か。長期入院……は都合が良すぎる。年度末に当たるこの時期ですと、親の転勤による転校とか? 元書記と元会計は兄弟だった」

「……お見事。田中くん、それで正解よ」


 生徒会長はマーカーのキャップを閉じ、そのペン先で俺を指差した。


「その二人は親の転勤で四月から東京に行っちゃってね。一応補充要員の募集はしてたんだけど、学年末の時期だと誰も来てくれなくて。唯一来てくれたのが、新入生の牧田さんよ」


 彼女に名前を呼ばれて、マキ……もとい牧田が会釈をする。


 新入生にも関わらずいきなり生徒会に立候補するなど、こころざしの高い人間である。どこかの不良少女にも見習ってもらいたいくらいだ。


「それじゃあ田中くんと牧田さん。希望はあるかしら?」

「ちょっと待って下さい。誰もやるとは一言も言っていない」

「じゃあ私は『書記』で」


 牧田が手を挙げて進言する。


「なら田中くんは『会計』ね」

「おい、勝手に決めるな」


 生徒会長は俺の意見を無視して、牧田と田中の文字をホワイトボードに記入する。


 書き終えると彼女は、眉をへの字にしながら振り返り、心底嫌そうな顔を見せつけた。


「ちょっと、話が違うじゃないのカルロス」


 カルロスは「え、会長もその呼び方なんですか?」と一言反応し、その後「っていうか田中、なんで断るんだよ」と俺に言葉を投げた。


 俺も生徒会長のように顔を歪ませ、嫌そうな顔で答える。


だよ、めんどくさい」

「酷いよ田中ぁ、中学からの付き合いじゃないか」

「俺は生徒会が面倒なのを知っているから断ってるんだ」


 実は中学時代、将来何かの役に立つと思って俺は生徒会長カルロスの下で副会長をしていたことがある。


 だからこの男は俺を推薦したのだろうが、本人の意志はノーである。


 俺が中学時代に学んだことは、生徒会とは所詮子供のごっこ遊びで、権限は大人である教師側にあることだ。この経験が将来役に立つとは思えなかった。

 だから俺はこれ以上、無駄な労働をするつもりはない。


「……と言うことなので、申し訳ないですがお断りします。それでは」


 生徒会長にそう伝えて席を立とうとした瞬間、彼女は俺の肩を掴んで後ろから密着し、耳元でささやいた。


「そんなこと言わずにさぁ、私を助けると思って、ね?」


 対面に座るカルロスが赤面している。

 恐らく男性にとって最高のシチュエーションなのだろうが、俺はその手のものに惑わされない。


「俺じゃなきゃダメなんですか? まだ部活の決まっていない一年生を、もう一人スカウトすればいいでしょう?」

「私は田中くんがいいのよぉ。真面目で仕事が出来るし、何より経験者だしね」


 心なしか、彼女が俺の肩を握る手が強くなった。


 どうやらかなり切羽詰まっているようだ。

 俺も非道な人間ではないので、それ相応の誠意を見せてもらえれば、一考の余地もある。


「……なら俺を口説いてみて下さい。なんでも良いです。生徒会のメリットだとか、実績とか」

「ふふふ、よくぞ聞いてくれたわね」


 生徒会長は待ってましたと言わんばかりに、俺の肩をポンと叩いて突き放した。

 解放された俺は少しだけ期待しながら、彼女の方に顔を向ける。


「まずはこれを見なさい!」


 彼女はそう言って、自分の指を広げながら手の甲を見せつけた。


 これは「綺麗な手ですね」と褒めて欲しいのか? 俺には女心がよく分からん。


「あー、ネイルですか」

「はいマキちゃん正解!」


 もう一人の女子である、牧田が言い当てて見せた。


「私たち生徒会は、校則を変えました! 今時ネイル禁止なんて時代錯誤さくごはなはだしい。服装や髪、化粧もある程度学校に認めされてやったわ! おほほほほ」

 

 どうやら彼女が言いたかったのは爪のことだったらしい。生徒会長は水色に塗った爪をこちらに見せつけながら高笑いする。


 思い返してみればこの高校は他校と比べて、髪の色が明るかったり、薄化粧をしている女子が多い。


 意外ときちんとした実績を提示してきて、俺は素直に感心した。


「なるほど、じゃあ昨日の音々……とか言う先輩も、生徒会のおかげで」

「いやあれは存在自体が謎だわ。余裕で校則違反よ」


 牧田の質問に生徒会長は冷静に答えた。

 やはり阿久津は校則違反らしい。


 改めて考えてみると、よく停学だけで済んだものだ。


「あと、生徒会には予算があるわ! 備品を節約すればお菓子やジュースも買える。それに、この部屋にはエアコンがある。夏でも冬でも快適よ」


 菓子には興味はないが、この椅子とエアコンはいいと思った。座り心地が良く、教室に残るよりも読書するのに最適だ。


「仕事の内容は田中くんも知っているだろうし、あえて言わないわ。これが田平岡《タピ》高生徒会のアピールポイントよ」


 アピールを終えた生徒会長はホワイトボードを軽く叩きながら、面接官である俺に評価を求める。


 俺は腕を組みながら彼女から聞き出したメリット、実績などをかんがみて思考を巡らせる。


「分かりました。一旦保留にさせてください。明日返答します」


 俺は答えを渋ることにした。俺の高校生活の時間を拘束してしまう重要なことだ。すぐに答えは出せまい。


 規約をテーブルの上に置いたままスッと立ち上がり、帰り支度を済ませる。


「前向きな返事を期待しているわ。今日は話を聞いてくれてありがとう」


 俺は生徒会長の言葉に、何も返さず部屋を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る