第9話 生徒会長

 後頭部を上から糸で吊り上げられているかのような、美しく真っすぐな姿勢で彼女は歩む。


 俺はその綺麗な背中を追いかけながら、廊下を進む。

 なぜか俺の後ろに、彼女とは正反対の素行の悪い女がいるが気にしない。


 初めは野次馬が俺たちをストーキングしていたが、それは綺麗に撒けたようだ。


 行き通う生徒たちが向ける関心が薄れると、ようやく先輩は口を開いた。


「初めましてね田中くん。私は生徒会長の――」


 その言葉を耳にした瞬間、俺の後ろにいた阿久津は吹き出した。


「ぷっ、生徒会長っスか。ハハハ、キャハハハハハハ」


 何がツボに入ったのか分からないが、阿久津は腹を抱えて笑う。


「さっきから何なのよあなた、失礼じゃない?」


 もちろん、生徒会長と名乗る彼女は御立腹ごりっぷくである。足を止めて彼女は振り返った。


「ハハハ、いやだって、生徒会長って……今は令和っスよ。平成じゃないんだから」

「何がおかしいのよ」

「今の時代、高校に生徒会なんてあるわけないっスよ」


 確かにこの学校に生徒会なるものが存在していた記憶はない。


 だが高等教育と言えど存在していてもおかしくはない。彼女はもしかすると、今から生徒会を作ろうとしているのではなかろうか。


「とすれば、俺は生徒会とやらの立ち上げメンバーに選ばれたということか」


 彼女が生徒会を創設するとのことで、名誉なことに教師から俺の推薦すいせんが入ったのだろう。だから互いにまだ面識がなかったのだ。


するどいわねあなた。私があなたを呼んだのは……って、今立ち上げって言わなかった?」

「ええ。生徒会を今から立ち上げるんでしょう? 生徒会長殿」

「違うわ! 生徒会は存在します! 私は本物の生・徒・会・長!」

「またまたぁ。タピ高に生徒会なんてないっスよ。おっぱいばっか成長して、頭空っぽで痛い人なんスね」


 阿久津はそう言いながら、生徒会長の豊満な胸を触ろうと手を伸ばす。


 生徒会長はそれを華麗に回避しながらその手をはたき落とすと、声を上げた。


「あなたたち本当に知らないの? 去年の文化祭とか運動会とか……あと入学式! 生徒会を目にしてるはずよ!」


「サボってたから知らないっス」

「すいません、俺もです。サボってはないけど、意欲的に参加してませんでした。だから全く記憶にありません」


「何なのよあなたたちは!」


 彼女は頭を抱えながら高らかに叫んだ。


「ハハハ、馬鹿だ。馬鹿がいるっスよ」

「こら阿久津。上級生を指で刺すんじゃない。この人は、自分なりに頑張っていらっしゃる。生徒会を一から作ろうなんて立派なことじゃないか」

「だ・か・ら! タピ高に生徒会はあるのよ! ずっと昔から今に至るまで!」


 初対面はクールな印象であったが、今はその綺麗な顔を必死にゆがませている。

 阿久津はその反応を見て、腹を抱えて笑い初めた。


「キャハハハハ、おっぱい会長面白いっス」

「おっぱい言うな!」


 生徒会長は自分の胸を両手で隠しながら顔を赤くして、うずくまってしまった。


「もぉう、何なのよあなたたちぃ……」


 頭を抱えながら、折り曲げた膝の先に頭を埋める。


「あーあ、実くんが泣かしちゃった。女の子泣かすなんて最低っスよ」

「いや、俺なのか? 俺が悪いのか?」


 まさか本当に彼女は泣いてしまったのか? 彼女は顔を伏せたまま何も話さない。


「…………」


 心配になったので声をかける。


「あの、生徒会長。大丈夫ですか?」

「もうこんなやつ放っておいて、行くっスよ実くん」


 彼女を気にかける俺の袖を、阿久津が引っ張る。


「ふふふ、なんてね。騙されたかしら、私の泣いたフリに……ってコラ、待ちなさい! どこ行くのよ」


 阿久津に無理やり引きずられたせいで、生徒会長が顔を上げた頃にはすでに十メートルほど離れた位置に俺たちはいた。


 泣き真似をしていた生徒会長に呼ばれた俺は、阿久津の手を引き剥がし彼女の元へ戻った。


「すいません、俺もアレには手を焼いているんです。これまでの非礼をお詫びします」


 と言いながら彼女に頭を下げる。


「あなたも苦労しているのね」


 生徒会長は立ち上がり、そう言って握手を求めてきた。俺は頭を上げてその手を握り返す。


「ついてきてくれるかしら。生徒会室を案内するわ」

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