第8話 田中実、バズる

 朝から嫌な視線を感じる。

 朝一番に登校してしかるべき報告を済ませた俺は、自席で読書を堪能していた。


 本来であれば、本の世界に没頭して周りのことなど気にしないが、昨日の阿久津との乱闘の件がある。

 机と椅子の配置に間違いはないはずだが、彼らは我が校で優秀な特進クラスの生徒達。教室の違和感に気付くかもしれない。


 だから俺は続々と入ってくる他の生徒の様子が気になっていた。

 いずれバレるかもしれないが、彼らが違和感に対して騒ぎを起こすと、俺も巻き込まれてしまう可能性がある。


 そんな心配を抱えながら電子書籍に目を通していたが、どうやらクラスメイト達がこちらをコソコソと見ている気がする。


 この視線が気になってしまい、読書に集中できずにいるのだ。


 自意識過剰だと言いが、どうやらそれは勘違いだったようだ。

 隣の席に座る佐々木が俺に話しかけて来た。


「おい田中、お前すげぇな。あの阿久津音々とあんなことを」

「アクツネオン……誰だそれは?」


 とても嫌な名前を耳にして、俺は防衛本能でその名前を記憶から削除した。


「お前はよく分からん暗いやつだと思ってたけど、やる時はやるんだな……まぁ、凄いよお前」

「だから何の話だ」


 俺はタブレットを一旦スリープモードにして、彼の方を向いた。

 佐々木は自分のスマホをしばらく操作すると、その画面をこちらに見せてきた。


「ほら、これだよ。この動画」


 スマホに映るのは、

【衝撃】〜今時の高校生の○事情〜

 ……とタイトルが付いた動画だ。


 彼は再生ボタンをタップした。


『隠しても無駄っスよ。実くんの硬いモノを音々に見せるっス』


 俺が阿久津に襲われた時の動画だった。

 確かあの時、バスケ部員に目撃されていたが、まさかあの生徒が……


「………………」

「……って、おい! 無視かよ」


 それは無視したくもなるだろう。

 この映像がクラスメイトに見られていると知ったのなら。


 それにしてもあのバスケ男はなんてことをしてくれたんだ。

 阿久津の暴力行為の証拠品になるとはいえ、あれだけの偏見報道をされれば、別の意味で勘違いされてしまう。

 これだから運動部は嫌いだ。バスケットボール部の……いや、待てよ。佐々木は確か……


「犯人はお前か?」

「いや違う違う! 確かに同じバスケ部のやつに動画は見せてもらったけど、投稿したのはそいつじゃないって。仲間内で動画を送り合ってたら、いつの間にか投稿されてたんだ」

「投稿されただと?」


 俺はもう一度佐々木のスマホを確認した。

 これはよく見るとTicTac《チックタック》のアプリに投稿された動画だ。

 再生数は……30万!?


 クラスメイトどころか全国規模で拡散されている。


 終わった……


 俺はそのまま机の上に顔を埋めた。


「まぁでもお前も悪いよ。さすがに学校でそう言うことするのは……な」


 佐々木はそう言って俺の肩に手を置いた。

 俺は顔を伏せながらその手を払いのけ、反論のために顔を上げた。


「動画をよく見てくれ。どう見ても俺は被害者だろ。俺は阿久津に襲われたんだ」

「何言ってんだよ、ギャルに襲われるなんてご褒美だろ」

「お前こそ何を言っているんだ? 阿久津だぞ。あの阿久津音々だぞ?」

「でもあいつ顔は結構可愛いじゃん。ウチのクラスもあいつのファン結構いるよ」

「そんな馬鹿な……」あの悪魔が”可愛い”だと?


 やはりウチのクラスはダメだ。

 勉強ばかりしているせいか、現実を直視しようとしてない。

 阿久津は”可愛い”で収まる程度の人間ではない……と言うより、あれは最早人間ではない。


「まぁ俺は山下先生やまちゃんみたいな大人の女性が好きだから、阿久津みたいなロリはタイプじゃないけどな。だからお前には嫉妬してないから、安心してくれ」


 佐々木がそう言い残すと、席を立って別の友人の元へ向かった。


 席に取り残された俺は、あらぬ疑いをかけられ、クラスメイトの熱視線を浴び続けた。


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