第3話 乱入
――これが『阿久津音々』。
彼女とは去年別のクラスだったので
俺と正反対の人間。
もうあいつと関わるのはこれっきりにしたい。
俺は先程の出来事を頭の中から消して、再び読書に
「さてと」
と、椅子に座ろうとしたその瞬間――
ガラガラガラガラ。
――不意に、閉めたはずの窓ガラスが開く音が聞こえた。
俺は阿久津の自殺を説得した後、きちんと戸締りをしたはずだ。
怪奇現象なんてもの、俺は信じない。
カーテンが膨らみ、その中から何かが落下した。
人の足だ。上半身はまだカーテンに隠れている。
その来訪者は乱暴に、ベールを引き剥がした。
「みぃーつーけた」
「ヒッ……」
人はその状況に
それと腰も抜ける。
俺は糸を切られた操り人形のように、その場で体を崩した。
後頭部に机の角が当たり――「
間違いない、あれは阿久津音々だ。
先程まで対面の校舎の屋上にいたのに、彼女はこの教室に窓の外から入ってきたのだ。
「お前、どこから」
「屋上からっスよ」
即答した彼女は人差し指で天井を指す。
「馬鹿な、あり得ない」俺は手品でも見せられているのか?
「配管に足引っ掛けて、つたってきたんスよ。あんなの度胸があれば誰でもできるっス」
「なっ……」
この校舎と阿久津がいた校舎は、2階以上の階層が渡り廊下で繋がったコの字型である。
校舎が繋がっているなら、そのまま屋上を通ればいい。あとは下の階に降りるだけだ。
確かにこいつの言うそのルートでしか、この短時間でここに到達することはできない。
だとしても……
「どうしてそんな危険な真似を!」
窓の外から吹き込む風が、彼女の髪とスカートを揺らす。
その髪の隙間から派手な化粧を見せつけながら、道化師のような気味の悪い笑みを浮かべる。
「決まってるじゃないスか。君を殺す――」
言いながら、彼女は近くの椅子を持ち上げた。
「――ためっスよ!」
そして俺に向かって放り投げる。
「くっ」
俺は手元の椅子を持ち上げ、その椅子を弾いた。衝撃音と共に腕が痺れる。
「やり過ぎだぞ! 一体俺が何をしたって言うんだ!」
阿久津は俺の話に耳を貸そうとしない。
彼女が返事代わりに投げた椅子は、机の足に当たり、嫌な音が教室に響く。
こんなところから早く逃げ出したが、大事な荷物が入ったリュックが俺と阿久津の中間地点にある。
説得が通じない今、一か八かで攻撃を掻い潜って荷物を取りに行くか、それとも荷物を諦めて逃げるかだ。
俺は前者を選択した。
「おおおおお!」
椅子をヘルメット代わりに頭に被りながら、荷物の方へダッシュ。
机の上に置かれたリュックを奪取すると、その勢いで教室から脱出しようとした。
だがそれは間違いだった。
阿久津は足で机を倒して進路を塞ぎ、俺は窓側に追いやられてしまった。
「落ち着け阿久津。話し合いをしようじゃないか」
「話し合いで解決するなら、殺し合いは不要っスよ」
彼女は聞く耳を持たない。
そして今度は机の天板を両手で掴んで、そのまま持ち上げてしまった。
俺の背後ではカーテンが風でひらひら舞う。逃げ道があるとすれば後ろの窓だが、この高さで落ちればひとたまりも無い。
鈍器を持った阿久津が迫る。
左右を見渡すが、倒された机のせいで足場が悪い。走り抜けて逃げるのは不可能だ。
「くそっ!」
俺は唯一の避難場所に向かった。
「どこへ逃げるつもりなんスか?」
選択肢はここしかなかった。
乱暴にその箱を開け、中のものを足で蹴り落とす。空洞になったその中に飛び込んで、俺は扉を閉ざした。
「……チッ」
阿久津は舌打ちすると、机を乱暴に投げ捨て、そのまま怒りに任せて後ろ蹴りを入れる。
――がしゃん!
と大きな音と共に、俺が隠れた掃除ロッカーが揺れた。
「隠れても無駄っスよ。『井の中のカラス』ってやつっス!」
「…………それを言うなら『井の中の
自分で訂正してなんだが、確かに彼女の言う通り、俺はこの小さな箱の中に追い詰められた状況だ。
理不尽な暴力から身を守れるが、このまま閉じ篭るだけでは分が悪い。
「…………ふぅ」
乱れた息を整え、伝う汗を拭いながら、扉の小さな隙間の穴から外の様子を覗く。
彼女は制服のポケットに手を突っ込みながら、こちらを睨んでいた。
「落ち着いて聞いてくれ阿久津。なぜ俺がお前に殺されなきゃならんのだ?」
「証拠隠滅っス。音々が屋上にいたことを黙ってくれるなら、逃がしてやってもいいっスよ」
「なら理由を話せ。納得できる理由がなければ、俺はこのことを学校に報告する義務がある」
『ゴンッ!』返事はノー。
阿久津は怒りに任せてロッカーを蹴った。
スチールの扉がボコボコと
「やめろ阿久津、これ以上罪を重ねるな。俺でも庇えきれなくなる」
「……どういう意味っスか?」
俺の話を聞いて、彼女は蹴る足を一旦止めた。
「俺の手元にスマホがある。誰か人を呼べると言うことだ。それに、お前との会話も録音してある。逃げても無駄だぞ」
ちなみにこれは全て
俺はスマホを持っていないし、もちろん録音もしていない。
「こんなところを教師に見られでもしたら停学……下手すりゃ退学だ」
だが彼女を
隙間からだと表情はよく見えないが、彼女は肩を落として立ち尽くしてしまっている。
息が漏れる音が聞こえたので、恐らく怒りを沈めているのだろう。
そして彼女は、耳で聞こえるくらいの大きなため息を吐いた。
「はぁ、仕方ないっスね」
落胆した声をこぼすと、阿久津は床に散らばった机と椅子を直し始めた。
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