第110話 平穏を聖女は謳う
皆が笑っていた。
楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうに。
人間、獣人、妖精、竜人。男の人、女の人、子供、大人。北と南の、色んな見た目の人がとにかくたくさん。
それに動物、鳥、魚、虫、精霊。あらゆる存在が一緒になっての大宴会。
皆が皆、思いは一つ。
争いなんてなくて、悲しみなんてなくて、笑顔だけがある。
理想の幸せ。
体の中に収まらないくらいの楽しさでじっとしていられなくて、わたしは空を舞っていた。
「──起きてください! カモミールさん!」
うぅん、とわたしは目を覚ました。
さっきのは夢、と残念に思いながら辺りを見回す。
そこは牧場。
ぽかぽか暖かい日差しと爽やかな青空の下。気持ちの良い風が草を揺らして鳴る音も楽しい。柔らかい感触を不思議に思ったら、
起こしてくれたのはクグムスさんだ。
優しく微笑んで、大事な事を教えてくれた。
「お客さんが到着しましたよ」
「あ! 今日だったよね。ありがとう! 君もごめんね」
クグムスさんには丁寧にお礼。
それから牛さんに謝りながら撫でたら、短く鳴いた。気にしない、って言ってるみたい。
最近のわたしは、この牧場で動物のお世話もしていた。精霊魔法があれば心が通じているみたいになって便利だし、可愛いから楽しい。
人が増えて、必要な物の確保は大事。だからやる事もたくさんで大変だけど、皆の役に立つ立派なお仕事だった。
でも、今日はもうお休み。クグムスさん達が交代してくれる事になっていた。
「後はお願いするね! 待たせちゃ悪いから急がなきゃ!」
「いえいえ聖女様。遅れたのはクグムスの旦那も悪いんですよ。起こすのは忍びないって」
「……毎日忙しいのを知っていますから」
「見てたいなら素直に言えばいいんですって」
「止めてください!」
クグムスさんが、口を挟んだダッタレさんに顔が赤くなる程怒った。
よく分からないけど、わたしを見たいならいつでも見ていいのに。
近くの畑で責任者をしているダッタレさん。昔は悪い事もしていたけど、今は皆から信頼されていた。
クグムスさんも、動物や植物を研究して、育て方を工夫している。おかげで畑と牧場の収穫量が凄く増えた。
わたしや二人だけじゃなくて、皆の協力があってこそ。おとうさん、おかあさん、それからゴブリン達も一生懸命働いている。畑と牧場は、この街の名物だ。
その名物を、今日のお客さんにも喜んでもらえたら嬉しい。
わたしは慌てて飛んでいく。
街中、屋根の上を軽やかに。手を振ってくれた皆に、急いでいても振り返す。この温かさが大好きだから。
そしてすぐに門へ着いた。立派な街の象徴。草原の中に堂々と建っている。
そこにはおかあさんとおとうさんが待っていた。遠くから護衛をしてきた乗り物ゴーレムの前、にこやかな笑顔で。
「遅れてごめんなさい!」
「気にすんな。誰も怒ってなんかないぞ」
「昨日は楽しみだって、眠れなかったようだからな」
「ううん。待たせちゃダメだよ」
優しくされても、反省はちゃんとする。
わたしは聖女。この街、
だけど今日は、特別。
ゴーレムからお客さんが降りてくる。
その顔を見た途端、わたしはふわふわと嬉しさでいっぱいの気持ちになった。
「皆! 久し振り、元気だった?」
お客さんは、北の、前に住んでいた村の人達だ。
思い出の友達と手を繋いで、笑い合う。
「カモミールちゃん、会いたかったよ!」
「聖女様になったってほんと!?」
「立派になったねえ」
「またご馳走してやるからな!」
好きな人達に囲まれて、大きく思いっきり笑う。
おかあさんとおとうさんも馴染みある大人とお話して、賑やかな声が空に広がっていった。
あれから三年近くが経っていた。
山頂で神様からお話を聞いて、認められて、たくさんの国が集まって会議をして、北と南の交流は本格的に始まったんだ。
だけど山脈を越える道を整備するのが大変。わたしとおかあさんの魔法や他の人の力があっても簡単じゃなかった。
それが最近ようやく、誰でも行き来出来るようになった。
夢は、実現に近付いている。
理想は、確かに近くなっている。
人の頑張りで、人を幸せにできているんだ。
嬉しくて楽しくて落ち着かなくて、でも歓迎するのはわたしの大事な役目だ。
少しだけ上を飛んで、手を広げる。
「案内するよ! 皆ね、とっても素敵なの!」
「うん、楽しみ!」
北の皆を連れて、街を行く。
建物は色んな地域の造りがバラバラに建っていて、色とりどりのお花はふわりと香る。
わたしの絵や彫刻がたくさん飾られてて少し恥ずかしい。でも皆からも好評だから、悪い気はしない。
賑やかな声が街の皆にも伝わって、お祭りみたいな空気だ。
まずは市場へ。
たくさん素敵なお店があるけど、紹介したいのはベルノウさんのところだ。
「カモミールちゃん。友達と会えたのですね」
「うん、最高の気分!」
「良かったのです。サービスしてあげるのですよ」
「ありがとう!」
昼は食堂で、夜には酒場になるお店だ。
シュアルテン様特製のお酒は南北の国々でも有名で、それから料理も、ベルノウさんの人柄も大人気。
魚と豆のスープと、甘い果汁を皆にご馳走してくれた。
「美味しい!」
「こんなの食べたことないよ!」
「でしょでしょ! ベルノウさんは凄いの!」
皆もベルノウさんも、飛び切りの笑顔。
好きな人が褒められたら、自分の事みたいに嬉しい。幸せが繋がって、更に大きくなっていく。
人の多さは、そのまま幸せの多さになるんだ。
だけど、人が多くて賑やかだからこそ、起きてしまう問題もあった。
「テメエ! オレが先だろうが!」
「この野郎! ふざけんな!」
外から、ビリビリする怒鳴り声。
喧嘩だ。
皆が怖がって、縮こまる。折角の幸せがしぼんで消えてしまう。
わたしはなんとかしようと、立ち上がる。
でもその前に、喧嘩する二人は光の輪に縛られた。
「大人しくしていなさい。暴力は許されざる罪です」
リュリィさんだ。
“純白の聖人”。奇跡の力。
自分はもう聖人でいられないって辞めようとしたけど結局は教団に止められて、ここに。
罪を償う為に、南の治安維持を手伝ってくれていた。教団から南方の支部として正式に認められた、カモミール派の一員になって。やっぱり偉そうな名前は照れる。
「ねえ、あの人……」
でも、皆はまた怖がっている。なんなら喧嘩の時よりもずっと。
昔、村に来てわたし達を捕まえたのを見ているからだ。
でも、もう認めてくれたんだ。
「大丈夫だよ。皆安心して。ね、リュリィさん」
「はい。あなた方が善良でさえあれば」
冷たく固い雰囲気で答えた。だから皆は怖がったまま。
わたしは頬を膨らませて、言う。
「ダメだよ、もっと笑って」
「いえ、私が仲良くなる等……」
「幸せにならなきゃダメだって。仲良くしよ?」
リュリィさんは困っているみたい。
でも罪を償うのなら、やってもらわなきゃいけない。目を逸らされるけど、しつこく言い続ける。
「くっくっくっ……聖人も形無しだな。折角の機会だ。子供らしく皆と遊んでくるといい。後は私が処理しておく」
と、そこにマラライアさんが現れた。
部下の人に喧嘩していた二人を任せながら、わたしを援護。
「私は何よりも贖罪すべきです。遊ぶ暇等は……」
「やりたくないというのなら、それはつまり効果的な罰だという事だ」
リュリィさんを格好いい微笑みで説得。
最後には観念して、わたしに目を向けてくれた。
「では……ご一緒してよろしいのでしょうか」
「うん!」
わたしが手を引いて先へ。
皆も怖々と、ゆっくりとお喋りして馴染もうとしている。きっと、新しい友達になれるはずだ。
次は劇場。
勿論、シャロさんとサルビアさんの歌劇だ。
皆も話を聞いていたみたいで、期待してはしゃいでいる。
でも一番元気なのはシャロさんだった。
「ようこそようこそ、よーうこそ! カモちゃん御一行様、ごあーんなーい!」
「ちょっと、いい加減ふざけないでよ!」
「えー。だってカモちゃんの特別な日だよ? そりゃテンション上がっちゃうでしょ」
「分かるけど。もういい大人でしょ!」
「うんうん。それって夫の自覚を持てって意味?」
シャロさんの言葉を聞いて、サルビアさんが、ばしん、と強めに叩いた。痛そうな音だったけど、シャロさんは笑っている。
二人はつい最近夫婦になった。結婚式は盛大で、たくさんの人が祝ってくれた。
毎日幸せそうで羨ましい。凄く凄く憧れる。
やっぱり恋って素敵だ。
「あ、今日は新作だよ。今日の為に急ぎで間に合わせたんだから」
「やった! どんなお話なの?」
「ジオっつぁんから聞いた、この土地の英雄の話だよ」
この街に元々住んでいた神官、ジオリットさんの事だ。
前は復讐に囚われていたけど、もう穏やか。
街に残る遺跡と、かつての文化を守って伝えている。服や装飾は綺麗でわたしも好き。大事な街の一員だ。
皆で劇場の席に着けば、シャロさんの口上が響く。
「本日お越しの皆々様、お待たせ致しました! 必ずや御満足して頂ける、最高の歌劇の開幕です!」
演奏と歌は、やっぱり最高の仕事。
うっとりする綺麗な音楽。魅了されて、歌劇の世界に入り込む。
隣を見れば皆が前のめりで舞台に集中していて、更に楽しくなった。
皆で集まって、お喋りして、食べて、歌を聞いて、笑う。
ひたすらに幸せ。のんびりした平穏。
理想が、確かにここにあった。
でも。
好きな人達が足りないから、少し、寂しい。
今街にいる皆も好きだけど、全員じゃない。
多ければ多い程、もっと幸せになれるのに。
その好きな皆も、それぞれ好きな事をする為に違う場所にいる。頑張っている。
それは、大切にしなくちゃいけない。
その為にも、帰ってこれる、この場所を守る。困らないように、豊かにしていく。
皆を幸せにして、わたし自身もずっと幸せでい続けるのが、わたしの役目。
だからわたしは今を楽しんで、心の底から、笑うんだ。
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