第107話 闘争は誰が為に

「負けないよ! 絶対に助ける!」


 わたしはぐっと力を入れて、大きな声を出した。

 まずは言葉で自分自身を勇気づける。

 だってそうしないと、怖くて体が動かなくなりそうだったから。


 “断罪の奇跡”。

 地獄の門の創造。それより更に凄い力。

 光の輪から現れた、剣を持つ天使は、それだけ強力な存在だった。


 いつかペルクスに聞いたけど、確か聖典にはこうあるみたい。


 人々を苦しめる悪魔が暴れていた時、祈りに応えて天から天使が現れ、悪魔を退治して地獄に送り返した。神様は人の祈りを全て聞いているし、悪は必ず滅ぶというお話だ。

 青く光る剣を象徴とした、裁きの天使。

 教会でもよく絵や像が飾られている、人気の高い天使様のはずだ。


 その青い大きな剣が、今振り上げられている。とても綺麗な、でも圧倒的な武器が。

 そして振り落とされる。光の塊を、自分を作り出したリュリィさんをピタリと狙って真っ直ぐに。

 お伽噺みたいな、現実感のない景色。受け入れるしかなさそうな断罪の儀式。


 でも、これは人の手で作られたものだ。

 本物の天使じゃない。

 だから、立ち向かう。打ち払える。


「精霊さん! 皆を守りたいの! 力を貸して!」


 風が強く激しく吹く。

 光は眩しい程に輝く。

 白い風が塊となって剣とぶつかる。天使ごと吹き飛ばすつもりで精霊魔法を放った。

 精霊さんの頑張り、濃い魔力の流れる圧が、山頂を揺るがした。


 だけど天使の振り下ろす剣は、止まらない。魔法を鮮やかに切り裂いて、地面に迫る。


精霊オマエら! カモミールを助けろ!」


 おかあさんの声はやっぱり力強くて頼もしい。

 援護の魔法で、なんとか剣がリュリィさんの横に流れる。

 山頂を割るくらいの衝撃。そのはずだったけど、何故か無事。悪だけを斬る、裁きの剣なんだろうか。

 剣がゆっくりと上がっていく。また、強力な一撃が来る。

 緊張して、唾を飲み込む。

 次もちゃんと防げるんだろうか。


 ペルクスも厳しいと思ったのか、慌てて叫ぶ。


「無事か!? 今そちらの分析に──」

「いや、要らねえ! こっちは任せとけ! だろ? グタン!」

「ああ! そちらの仕事に専念していてくれ。……雄大なる大地、高遠なる天空、猛き戦士たる力を我が内に」


 おかあさんが強気に断って、おとうさんもしっかりと答えた。

 大き過ぎる障害にも、ちっとも負けていない。それならわたしも、気持ちが軽くなる。


 でもそれに、絶望的な悲鳴が重なる。


「マジか!? いやこんなモン無理だぁ!」

「おおおい、逃げちまおうぜ!」

「ああん!? 天下の陸鮫がビビってんじゃねえ! 気張れ!」

「はっ! オマエらも要らねえよ! アタシら三人でいい!」


 騒ぐ海賊の人達に、またおかあさんが断言。

 注目されながら空から見下ろして、格好良く笑う。


「今まで訳分かんねえまま捕まるしかなかったんだ。これなら分かりやすくて最高だ」

「ふ。ああ、存分にやるといい」


 おとうさんと言葉を交わして、戦意が高まる。その姿に勇気づけられた。


 魔力が渦巻く。ごうごうと激しく魔力が膨れる。

 精霊さんがビシッと従っての、整った流れ。膨らむ力が、一つにまとまっていく。

 そして命令は最大級の一撃。


「風だ、風だ、風だ。絶ち、撒き、荒らす、畏怖すべき風だ。精霊オマエらの全力を寄越せ。底の底から力を引き出せ!」


 対するのは、ただ静かな構え。

 天使はまた、感情もなく剣を振り下ろす。一直線に空を割る一撃。

 二つの軌跡が交差する。


「キャッッッハアアァァァァァァァァ!」


 甲高い音は雷みたいに轟く。衝撃が山を揺らして岩を崩す。

 ぶつかった結果は、勝ち。

 おかあさんの突撃が、剣を弾き返した。

 青い跡を残して、上に帰る。天使様は顔を変えないけど、人ならとんでもなく驚いたはずだ。


「わたしも!」


 また攻撃されないように、追いかけて風をぶつける。剣を空に留める。

 すご過ぎる勢いで通り過ぎたおかあさんが戻るまで、わたしが守るんだ。気合いを入れて頑張る。


 この下には、リュリィさんの他にも皆がいる。


「尊き主よ。どうか我等に守護の御力を分け与え下さい」


 アーノルフさんは上で激しい攻防があっても、ピクリとも動かない。

 流石の祈り。精霊魔法は、わたし達にも届いて、地獄の炎や怖い魔力から守られている。

 アブレイムさんも同じく祈っていた。


「どうか健やかなる加護を」


 強いけど、戦いよりこれが本来の姿。

 厳しさの裏にある愛情の深さ。

 頑張らなきゃって、改めて思う。



 シャロさんが後ろから大きく声をかけてくる。


「カモちゃん! 姐さんの好きな曲で応援してもいい!?」

「うん、大丈夫だよ!」


 応えると、シャロさんは激しい曲の演奏に切り替えた。サルビアさんの歌声も、綺麗さより力強さを凄く感じるものになった。

 攻撃的で、怖い。耳を抑えたくなる。でも戦いには合ってる感じだ。

 戻ってきたおかあさんはこの音楽に似合う、強そうな顔で笑う。


「キャハハッ。いいね!」

「格好いいよ、おかあさん!」


 二人がかりで天使を相手に剣を弾いていく。

 守る事に、集中。全力で防ぎ続ける。


 でも、剣を持っていなかった左手に、もう一本の剣が現れた。

 右を弾いている隙に、対応が間に合わない攻撃が、来た。


「う、おおおっ! させるものかっ! 猛る戦士たる力を我が内に!」


 おとうさんが猛烈な勢いで大ジャンプ。

 体をひねって、剣を殴る。

 周りにまでビリビリと衝撃。豪快な音を立てて横に逸れた。

 そして着地して、また構える。安心出来る頼もしさだ。

 おかげでわたし達は右の剣に集中出来た。


 このまま続けば、大丈夫。

 皆の頑張りで、魔力や気力も十分。

 音楽が鳴り響く、壮大な戦い。

 弾いて、弾いて、防御を繰り返す。

 勝てるはずだって、信じていられた。


 だけど。


「……む? おお……グゥッ!」


 おとうさんが、危ない。

 剣を弾いた後、着地に失敗してしまった。

 天使の力に押し負けたんだ。歯を食いしばって、また立とうとする。

 だけど、ガクンと膝をついてしまった。


「ぐ、お……っ!」


 よく見るとひどい怪我だった。

 腕はボロボロ。息も荒い。ずっと無理していたんだ。

 血を流して、限界が近そうな辛い顔で、それでも天を見上げている。


 気付いたら、一気に世界が冷たくなった。


「おとうさん!」


 わたしは一直線に飛んでいく。


「しっかりして! おとうさん! 精霊さんお願い、助けて!」


 慌てて焦って、揺さぶる。

 魔法はちゃんと治している。でも、傷は深い。

 心配で、悲しくて、魔法の力は弱くなってしまう。


 でもそんな時、肩に、温かい感触。


「大丈夫なのです。ほら、一回深呼吸してみるといいのですよ」


 ベルノウさんだ。言われた通りにすると、少し落ち着く。

 周りを見れば、ワコさんも治療してくれていた。

 マラライアさんもすぐそばに。


「安心していい」


 立派な鎧と大剣が現れた。弓矢を持った部下も大勢。

 吹きさらしの山頂が、あっという間に戦場だ。奇跡で軍隊を作ったみたい。

 頼もしい背中が皆を守ろうと立っている。


「さて、どれだけ保つか」


 マラライアさんは天上、天使を静かに見つめる。険しい顔だけど優しげな瞳。

 それからリュリィさんに向けて、挑戦的に笑った。


「くっくっくっ……勝負といこうか」


 マラライアさんの奇跡と、リュリィさんの奇跡。直接対決。

 まず数え切れない矢が放たれた。剣に当たったけど、全然弱くならない。

 そこに、マラライアさんが大きく振りかぶった大剣を振り抜く。気迫の乗った一撃。


 山が震動。音が激しく響く。

 剣は、斜めに。リュリィさんからなんとか逸らせたけど、マラライアさんも膝をついてしまう。ひどく疲れて息も絶え絶え。

 やっぱり、難しいみたい。


 見上げれば、明るい空と、天使の冷たい顔が見えた。青く光る剣を寒く感じる。

 右手はおかあさんが弾く。衝撃が強烈に轟く。

 そして、また左手が、空から降ってくる。


「カモミール!」


 おとうさんが素早く立ち上がって、また守ってくれた。

 体当たりで剣にぶつかって狙いを外す。

 それから、また倒れてしまった。わたしは慌てて駆け寄って、ベルノウさんとワコさんが治療する。無理したせいで、傷は更に深い。


「くくくっ……重いな」


 マラライアさんが交代して構えた。心折れずに立ち向かうけど、体はボロボロだ。

 おかあさんも、いつまで続けられるかどうか。


 だから、わたしも行かないと。

 そう思うのに、心配で力が入らない。

 楽しくなれないから、精霊さんも弱々しい。


「カモちゃん。お父さんが大事なら、逃げてもいい」


 ハッと顔を上げる。

 ワコさんが静かに言った。甘い優しさだ。

 こんな状態だったら、仕方ないかもしれない。

 確かに、皆が傷付くのは嫌だ。逃げたら安心出来る。


 でも、わたしには、やりたい事がある。リュリィさんに言いたい事がある。言ってもらいたい事も、伝えたい事も。

 でもおとうさんも助けたい。皆無事でいてほしい。

 両方大事だ。両方欲しい。


 だってわたしは、ワガママだから。


 思い出が、胸いっぱいにあふれてくる。

 楽しい皆とのお話や、触れ合い。辛い戦い。全部の経験が、動きたい源になる。

 それから、リュリィさんの苦しそうな顔も。


 うん。やっぱり、放っておくなんて、寂しい。


 わたしだったら、嫌だから。

 手を差し出してくれる人がたくさん居たから、わたしはこうして幸せなんだ。

 今度はわたしの番。一人残らず幸せにするんだ。


 その為なら、大丈夫。

 ずっと乗り越えてきたから、頑張れる。

 今までの経験から、皆を信じて頼る。おとうさんは助かる。他の皆も全員、絶対に帰れる。

 不安を払って、楽しい未来と笑顔を思い描く。


 ほら、楽しくなってきた。精霊さんも活発に力を貸してくれる。


 だから。


「わたしは、諦めないよ!」


 改めて力強く答えると、ワコさんは優しく笑ってくれた。


「ん。なら応援する。……旗の誇りを手に掲げん。荒ぶる波裂く竜の角。帆を張る勇士に追い風を」


 それから絵を描いた。光を手で動かして空中に素早く。

 その絵は実物になった。綺麗に光る銀色の槍。皆を守る為の武器だ。


「ありがとう!」


 槍を手に、空へ飛び出す。

 必死に、だけど楽しさを忘れずに呼びかける。


「精霊さん! 優しくて素敵な精霊さん! 皆を守る風を起こしてください! 涙を払う風を吹かせてください! わたしは助けたいの!」


 渦巻く風の中、槍を構えて突撃姿勢。空にわたしの軌跡を描く。

 一瞬息が止まった。

 おかあさんみたいに、豪快な突撃は激し過ぎて自分も苦しい。

 それでも大丈夫。空を飛ぶのは気持ちが良いから。


「──きゃははっ!」


 澄んだ音が世界を貫く。

 左手の剣が真っ二つになっていた。今まで抵抗を続けていたおかげだ。

 安心して息を吐く。


 シャロさんや陸鮫の人達が、空に届くぐらいの歓声をあげていた。


「うおおおっ!! 凄いよカモちゃん!」

「さっすが聖女サマだ!」

「──まだだ!」


 熱くなる空気を静めて、おかあさんが鋭く警告。


 肌がピリピリする感覚。嫌な予感。

 天使が空に手を掲げれば、また剣が出現。改めて武器を手にした。青い輝きが悔しい程に綺麗だった。


 苦労が無駄に。全然終わらない。

 冷える感覚が山頂に走った。


「そんな……」


 サルビアさんが、歌を止めて呟いた。

 他にも諦めたみたいな、青ざめた顔になる人が増えていく。


 それでも、希望はある。

 わたしは、信じて笑う。


「大丈夫。ペルクス達が、方法を見つけてくれるから」


 勝てなくても、時間まで守るだけ。

 おかあさんも強気のまま。


「ああ。それまで何本でも何本でも折り続けてやる」

「うん、そうだよね!」


 絶望なんかじゃない。希望は確かに灯っている。


 あくまでワガママに、わたし達は笑って天使に抗い続けるんだ。

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