第104話 探求の果てに愛を証す

 僕達は南方を巡っている内に、獣人及び竜人の創造主の御業を体験した。


 神獣の神殿では御業の一端を目の当たりに。

 加護を受けた神官は絶大な強者となり、神殿に刻まれた魔法も神格の高さを示していた。


 祖竜の神殿では直接対話を果たせた。

 与えられた力は自然の調和を成し、敬服せざるを得ない圧倒的な神秘性を肌で感じた。


 人の身では真似事すらも難しい、正に神の御業。

 シュアルテン達、外の天使あくまとも違う、別格の存在感。

 それらには深い畏敬を抱きつつ、興味深い研究対象でもある。観察し、分析し、考察する。貶める事なく、理解すべく全力を尽くす。

 世の理を解き明かすのが僕の信仰なのだから。


 その結果として僕は──

 我らが神とも対話出来ないか、と考えたのだ。


 天啓ではなく、こちらから御言葉を催促する。

 不敬で傲慢な行いかもしれない。

 しかし、真理の追究にはやはり答え合わせが必要だろう。推測ばかりでなく、全知なる神に直接伺いを立てる。

 どれだけ説得力があろうとも自らが考えた事は、あくまで自らの考えでしかない。正しいと信じる事と、実際に正しい事は別なのだから。


 そしてなにより、研究とは理論を組み立てるだけでは終わらず、実践してこそ完成するもの。

 新たな魔術が生まれる可能性があれば試さなければならない。手を抜く事こそが、信仰に背く行いであるのだ。




 神をお呼びする魔術の開発は、事前に知っていた知識を確認する事から始まった。

 この山頂の神殿は、長い歴史を誇る。

 神罰が下されたのが千年より遥かな過去。そこで聖地から、危険な前線へと認識が変わった。

 以降は神殿を守りつつも、主要な儀式は内地で執り行われるようになった。

 教皇の代替わり等、一部の機会でしか用いられなかったと記録にはある。その際には天上へ祈りを届ける儀式も行わていたらしい。

 それから徐々に重要性が軽視され、ついには流刑の番人が駐在するだけとなったのが今。

 歴史の中には山頂の神殿の扱いを考え直すべきと主張する者もいたが、結局は叶わなかった。


 そして僕は新たな真実も知った。

 祖竜から受け取りメフアトレスが見せてくれた物語では、まず山頂に神が降り立った。人々もその周りに集まり、南方とも行き来していた。

 極めて重要な聖地である証明。

 そして初めから南方を魔界と認識していたのではなく、聖典が語る物語が変化したと考えられる。意図的かどうかは断言出来ないが。


 それらを踏まえて、僕は魔術の開発が可能だと判断したのだ。正確には開発ではなく、記録にもない失われた儀式の再現だろう。

 難題だからこそ腕が鳴る。


 神獣と祖竜の神殿を参考に出来るとはいえ、あくまで参考程度。

 まるっきり同じでは成立しない。

 共通するのは、神の座所は人が存在出来ない領域であるという事。

 まずは神の領域と人の領域を結びつける必要がある。

 神獣は大地。

 祖竜は深海。

 我らが神は、天上。

 それも地続きの空間でなく、それぞれの性質を備えた、この世ならざる神域。

 神獣の神殿は時空を歪め、祖竜の神殿は加護ある水流で包んで、それぞれの方法で人を適応させているようだった。


 では、天上とどうやって繋げるか。

 師匠とクグムスとも議論と調整を繰り返した。アブレイムやワコの貢献も大きい。

 特に歴史は師匠の専門分野。北方で得た秘蔵の情報も公開してくれた。

 神獣の神殿で収集した情報から法則性を見つけ、祖竜の神殿で記憶したものと比較。手段を探り出す。


 そうして再発見したのが、空へと続く山脈の地形それ自体を触媒とするというもの。生存が厳しい環境、高みから見渡す立地が、神秘性を持つのだ。

 理論は無事に組み上がった。

 が、それからがまた難題。


 その解決の為、僕達は二手に別れた。

 山中に散った別動隊は、大掛かりな魔術儀式の準備をしてもらったのだ。

 各所に僕達で構築した魔法陣を刻む。神殿には元々あるはずだが、手入れされずに崩れているだろうと最初から期待していない。

 極大かつ精緻な陣は、しかし完璧な正確性を要求しない。

 天地の繋がりを強め、敬意を示し、供物を捧げて神をお呼びする。求められるのは、愛だ。

 その人員を、僕は信頼して送り出した。


 ベルノウの酒も大きな役割だった。酒は古来より深い意味を持つ触媒である。

 出発前のやりとりでは、彼女は心配げに問うてきた。


「私が信じるのはシュアルテン様なのですけど良いのですか?」

「問題ない。悪魔ではなく天使に近い存在だと判明している」

「それは助かるのです。シュアルテン様もきっと喜ぶのです」

「とはいえ、だ。ベルノウが異なる神に捧げたくないというのなら無理強いはしないが」

「それは大丈夫なのです。私もカモちゃんは幸せになるべきだと信じているのですから」


 陸鮫とゴブリン。

 念の為の護衛戦力と力仕事。単純に頭数の多さも必要だった。


「俺達を信用していいのかよ? 改心なんざしたつもりはねえぜ?」

「それならそれで“純白の聖人”に突き出すだけだ」

「たはっ。アイツは気に入らねえから一泡吹かせるってんなら乗るぜ。こっちの方が肌に合うしな」

「頭ぁ、情けないっス」

「るせえ! あんなヤツとやってられっか!」

「まあ、心配していない。成功すれば故郷の家族と再会出来るかもしれないとなれば、裏切るはずないだろう?」

「……見透かされんのも気に食わねえがな」


 賑やかな海賊、悪人を誇るように言う彼らは、それでも身内には甘い。外への暴力の裏には愛がある。


「ローナ。ゴブリンは?」

「おう。ソイツらよりもバッチリ従順だぜ!」


 ゴブリンは軍隊のように整然と並ぶ。

 表情は精悍に見えた。教育が行き届いた、力による絶対的な支配。まるで獣の世界だ。

 妖精は肉体ある精霊。そして精霊は、天使の一種。人とは相容れずとも、神とは相性が良いはずだった。見えづらいだけで愛はあるのだ、きっと。


 師匠とクグムスが儀式の監督をしてくれる手筈。

 言うまでもなく心強い。


「良い所は譲るよ。報告を楽しみにしてるからね」

「……その際はお手柔らかに」

「きひひっ。そいつは聞けないねえ。全て細かく観察しておくんだよ!」

「カモミールさんの善性を証明してください。彼女は聖女に相応しい人です」

「勿論。それにしても随分思っているようだな?」

「な……っ、いえ、ですから素晴らしい人を守るのは当然です」


 師匠からは厳しい叱咤。

 クグムスは照れながら応援。

 研究者としての代表を任せられた、この重圧を誇らしく背負って、僕は挑もう。




 そして神殿。柱の構造を見ても、やはり僕達の理論を補強してくれる。

 詳しく調べたいが、怪しい素振りで相手を刺激したくはない。

 至近距離での観察は断念。偵察からの推測で妥協した。


 残る儀式の痕跡、魔法陣の確認。

 それらは、最初に衛兵と接触してから聖人達が到着するまでの間に終えていた。

 改めて僕達の魔術が発動に足ると確認。


 聖人達を迎えたサルビアの讃美歌も儀式の一部。

 神を称える歌は、天上と地上の繋がりを強める。

 聖人に邪魔されず、むしろ推奨されるだろう事も予想していた。


「それ、オレ達かなり重要じゃない? プレッシャーやばいよ。いや手汗凄いもんホラ!」

「最高の舞台じゃない。神様にもあたし達の歌を存分に楽しんで頂きましょう」

「いやー、オレはやっぱ後ろで腕組んで頷いてたいなー」

「シャロもいなきゃ始まらないでしょ! ちゃんと自覚する!」

「はいぃっ!」


 やはり二人は元気にはしゃいで周りを和ませ、本当にプレッシャーがあるのかと疑う程。安心して聞いていられた。


 ライフィローナ。肉体持つ精霊である妖精の、その中でも強力な彼女。

 天使にも近い妖精。

 そして一連のきっかけとなった、始まりの愛の主。

 神殿の中央で儀式の始まりを告げるのに、彼女程相応しい人材はいない。


「神を呼ぶ陣頭、ね。柄じゃねえな」

「そんな事はない。武力も天使級だ」

「きゃははっ。そんなに褒めるなよ」


 威勢よく笑うローナ。だったが、真剣に顔を曇らせた。


「だけどな、神様を呼べたところで、アタシらの期待通りに運ぶとは限らねえだろ?」

「ああ。僕の推測は的外れで、罪だと糾弾される場合も考えられる」


 最悪の予想は、実現してもおかしくない未来。

 だがそこで、グタンがキッパリと断言。


「信じるとも。愛は罪ではない」

「ま、そうだな。今更改めて罪だとか言われても遅いもんな。いざとなりゃまた逃げるか」

「縁起でもない。今度こそ平穏を掴むさ」

「悪い。カモミールは文句無しの良い子、そうだもんな?」

「うんっ!」


 笑顔いっぱいの親子が密着して抱き合う。

 守りたい、幸せの象徴のような光景は、正しく僕の追究する信仰、愛の形だ。




 儀式魔法陣に必要なのはもう一つ。

 膨大な魔力。

 大掛かりな儀式には、それに見合う魔力が必要不可欠だった。

 

 カモミールとローナが呼びかけて精霊を呼び込んだのも讃美歌も、魔力確保の役割があった。

 神罰の地が蘇り、精霊と魔力が満ちたからこそ。

 だが、周辺一帯の精霊、魔力があっても、まだ足りない。本来なら何年にも渡って蓄積すべき魔力量だ。


 だが更に当てはあった。

 奇跡だ。

 マラライアと純白の聖人が起こす奇跡は普通の魔法とは異なる神秘。未だ謎多い。

 魔力を消費するのではなく、結果を作り出す。しかも作られたものは、力を内包する。

 故に、純粋な魔力として儀式へ捧げられる。


 マラライアが必要以上に多くの部下を呼び出し、山頂一面を緑としたのも、聖人の証明だけではなく、魔力を確保する為。

 そして“純白の聖人”の“断罪の奇跡”もまた、悪いが捧げさせてもらう。だから光輪は多い程良い。挑発したのもその為だ。


 これが、準備の全て。


 “天啓拝謁ジャッジメント”は無事に発動した。

 今正に、マラライアの奇跡と共に僕達を縛る輪は解れ、空へと上っていく。天空より来たる道の素材と化していく。


 聖人は驚きも露わに困惑するばかり。


「断罪の光輪が……!?」

「喜ぶと良い。神が降臨する手助けをしたのだ」


 自由になった僕が言えば、悔しげに唇を噛んだ。決して戯言ではないと察しているのだ。




 始まるのは、新たな神話。

 魔術が発動し、天が輝く。

 身動きすら出来ず、いや、してはいけないと自然に思わされる。

 空気が重く、呼吸もままならないのに、苦しくはない。安心する温かみに包まれている。


 空より、大いなる存在が降りてくる。


 とはいえ、神ご自身ではあるまい。

 直接相見えた祖竜も、あくまで一部だった。人の世、人の感覚に合わせて力を制限した代理の存在。

 

 だとしても偉大さは変わらない。

 地に膝を付き、手を組んで、迎える。

 それは、聖人をはじめとした教団の一行も同様。

 熱心な信徒として、姿勢を正して待つばかり。


 恐れながら、僕が代表して、祈る。


「偉大なる神よ。どうか我等の問いにお答えください」


 神殿の上空に、翼を持つ巨大な人影。

 威光を背負う、創造主。

 誰もが見上げる先に、人の目の届く範囲に、神が顕現された。


 ──その祈り、聞き届けた。


 ここが僕の探究、祈り、そして愛の到達点だ。

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