第100話 再生の一歩を始まりの地から

 神罰の地。死の大地。

 流刑になったわたし達が見た山脈の南側一帯は、確かに寂しい荒野だった。


 でも、今はもう違う。

 柔らかい土に、まだ少ないけど緑が生える平原。

 ウサギみたいな小動物も結構見える。

 魔力も精霊もあふれるくらいに感じられた。

 命が生きる、元気な場所だ。


 話には聞いていたけど、改めて自分の目で見るとやっぱり強く実感する。


「最初と全然違うね!」

「ああ。誰がどう見ても罪なき土地だな」

「確かに。新たな呼び名が必要だ」

「全部アタシのおかげだな!」

「流石姐さん、前向き!」


 わたしだけじゃなくて皆がこの場所に感動して、思い思いに喋る。

 ペルクスとおとうさんがゆっくりと見回して、おかあさんが胸を張るのをシャロさんが盛り上げる。師匠さんとクグムスさんが魔術で調査して、ワコさんはスケッチだ。


 生まれ変わったここに、わたし達は勢揃いしていた。

 山脈の北側、教団の人達と話し合う為に。

 交渉材料を見つけた、ってペルクスが言ったから、皆でそれを実行する為に。


 そうだ。遊びに来たんじゃない。

 アブレイムさんが険しい雰囲気で山脈を見上げている。


「教団の人間は誰も確認していないのでしょうか」


 そういえば人の痕跡を見ない。

 目で見ても探知の魔法を使っても、見つけられなかった。

 これだけ変化があったら調べに来てもおかしくない。むしろ調べた方が絶対に良いと思う。そもそも気づいていないんだろうか。


 ペルクスが少し考えた後、皆に聞いた。


「境界の警備はどうなっているか、分かる者は?」

「以前山頂警備に派遣された方と話した事はありますが、機密ですからね。詳細は教えて頂けませんでした」


 アブレイムさんも流石に知らなかった。警備する人がいるのは確実みたいだけど。

 他には誰も答えない。しぃん、と静かになった。


「まあ、そうなるな。今の内に確かめておきたいが」

「仕方ねえ。直接見てくるか」


 おかあさんが素早く飛び上がったから、わたしもビシッと手を挙げた。


「それならわたしも行く!」

「おう、そうか。よしよし一緒に見てこような」

「確認だけだ。向こうからは見つからないように、そして刺激しないように」

「分あってるよ」

「くれぐれも気を付けるようにな」

「うんっ」


 ペルクスやおとうさんに心配されながら、二人で上空へ。

 空から見ても、綺麗な平原だ。

 最初に来た時にも空から見たけど、同じ場所とは思えない。


 気持ちの良い風が吹く。

 あの時もおかあさんと一緒に飛びたいって、思ったんだっけ。


 今は隣、顔のすぐ横におかあさんがいる。手と指を繋いだところがあったかい。

 耳と尻尾が風より激しく動き回る。


「えへへ……」

「嬉しいか。楽しいもんな」

「うんっ」

「でも大事なお仕事だ。ちゃんとするんだぞ?」

「うん、大丈夫!」


 手を強く握って気合を入れる。そしておかあさんと一緒に加速した。


 張り切ってぐんぐんと上へ。緑も見えない高さまであっという間。

 精霊魔法は絶好調。楽しさが力を生んでくれる。

 風が強くなったり冷たくなってきたりするのも防ぐ。雲も突き抜けて、目的地まで一直線。


 そうして、山脈より上に出た。

 北側の景色まで見える高さ。マラライアさんの時以来、久し振り。おかあさんが一緒だから、必死だったその時とはまた違う嬉しさいっぱいの感覚。

 まだ見るだけだけど、行けるように頑張るんだ。


 だから今は、ちゃんと調べなきゃ。

 離れた所から見下ろすと、警備がいるはずの山頂が見えた。


「うわあ……こうなってたんだ」

「まぁた、立派なもんだな」


 山頂は広く平らに整備されて、建物があった。

 真ん中に神殿と、端の方に普通の家。

 真っ白で綺麗な石の床と高い柱、石碑や台座はあっても、壁も天井もない。空に向けて開放している。

 高い高い山頂から、更に上空に向けて。

 天上、神様の居場所を、敬っているみたいだ。


 家の方はレンガ積み。本当に一つの家族が暮らすぐらいの普通の家みたいで、神殿との違いがなんだかおかしい。

 外に人は誰も見えない。静かに風だけが動いて砂を散らしている。


「こりゃサボって中に引きこもってんな。いや、魔法の仕掛けがありゃあそれでいいのか」

「それも確かめるの?」

「そうだな。精霊オマエら、見てきてくれ」


 精霊さんがブワっと飛び出して、山頂のあちこちに散らばる。キラキラと光が綺麗だった。

 その調べた結果をおかあさんは受け取って、眉を下げた。


「ふぅん。近寄り過ぎると引っかかるな。にしてもかなり古い魔法。転移魔法と同じだな」

「どういう事?」

「昔の奴らに頼り切りって事だ」


 失われた魔法。未知のまま使われている魔法。

 ただ、だからこそ手強いみたい。おかあさんでも無理矢理解除とかはできないんだ。


 それに、これから、挑む。

 でも、戦いじゃなくて話し合うんだ。

 だから、大丈夫なはず、って思う。




「あれっ!?」


 地上に戻ると、広々としていた平原に何軒も立派な造りの小屋が建っていた。

 こんなに早く、って驚いたけど、すぐに思い出す。


「あ、そうか。マラライアさんの奇跡!」


 奇跡ならあっという間に出来る。ずっと暮らす訳じゃないから、後で消えてもいいんだ。

 色々と人に指示していたマラライアさんと目が合ったから、ありがとうって手を握った。

 またいつか、ここにも新しく町を造るかもしれない。でも今はまだ、キャンプみたいに開放的な感じでいい。

 皆それぞれ、のんびりしながら待っていた。


 そこに混ざりたくなったけど、急いでペルクスの所に行く。


「おかえり。どうだった?」

「探知と警報の魔法頼りでロクに警備してねえな。代わりにその魔法が厄介なんだが。あと転移も用意してあるな」

「やはりそんなものか。作戦に修正は要らないな」


 おかあさんが言えば、満足そうにうなずく。ある程度予想通りだった感じだ。


 ペルクスがいた小屋には大きな机があって、色んな紙が広げられている。


「ありがとう。最終確認が済めば出立する。休んでいてくれ」

「わたしもまだ頑張れるよ?」

「確かに心強い。だが万全な状態にしておくのも大事だ。特に妖精なら、気分を盛り上げるのが作戦成功に繋がる。今は備えてくれると助かる」

「うん、ありがとう。頑張ってねペルクス!」


 机の周りには師匠さん、クグムスさん、アブレイムさん、ワコさん。

 真剣に話し合い、紙に書き足していく。最終確認で忙しそうだ。


 休むのは少し悪い気がする。

 でもわたしの出番は後にある。その時活躍する為に、今は休まなきゃいけないんだ。

 おかあさんも背中を押してくれる。


「ほらほら、外の奴ら楽しそうだぜ!」

「そうだよカモちゃん! 難しく考えなくていいんだよ!」

「こっちよ! ね、あたしの歌を聞いてって!」


 シャロさんとサルビアさんも、外からやってきて熱心に誘ってきた。

 その勢いのまま手を引かれて、そのまま別の建物へ。

 そこも別の皆が集まっている。

 早速素敵な演奏と歌に包まれた。

 綺麗で最高な気分。力が湧き上がって、思わず踊りだしそう。


 ベルノウさんが果汁を差し出しながら、温かく笑いかけてきた。


「本番前のリハーサルなのです。だからこれは、大事な準備なのですよ」

「そうそう。楽しみだって大事大事!」

「うん。楽しいよ!」


 皆の優しい気持ちが、とにかく嬉しい。

 わたしはわたしのやるべき事を、考えるより楽しむ事をする。それが本気で皆を救う事に繋がるんだ。

 精霊魔法は感情で大きく強さが変わる。

 気持ち次第で、全然別物。緊張しても上手く力を出せない。今の楽しさが力になるから。


 だから、おとうさんとおかあさんの間に入った。

 ピッタリと肌を寄せてくっつく。


「不安か?」

「ううん。なんとなく、こうしてたいの」

「そうか。アタシもだ。だから、こう!」


 おとうさんとおかあさんも、きっと同じ気持ち。ワシャワシャと髪を撫で回されて、笑った。

 それを見た周りの皆も声をあげて笑う。


 大好きな皆。


 思えば、この南方に来て、暮らしてきて、もう長い。

 たくさんの思い出が出来た。

 流刑前の方が長いのに、もうずっとそれより長くいる気がしてくる。それだけ素敵な事が多くて、辛い事も多かった。


 ペルクスにはずっと助けてもらってきた。

 シャロさんとサルビアさんの歌劇はとっても素敵。

 ダッタレさんとは最初に分かり合えた。

 ベルノウさんは優しくて温かい。

 アブレイムさんには大事な事を教わった。

 マラライアさんとは大切な約束をした。

 陸鮫の人達とももう争いはなくなった。

 神官さんの悲しさから償いの重さを知った。

 おかあさんとおとうさんとの再会は勿論最高に嬉しかった。

 ベルノウさんの故郷の人達がたくさん増えたのも良かった。

 ワコさんとはすっかり仲良しだし。

 フロンチェカではいっぱい感謝されて。

 ゴブリンとも良い関係になれた。

 ダイマスクでは大変な経験をしたけど、ひたすらに綺麗でもあった。

 フダヴァスの海と空は透き通っていた。


 戦ったり、困ったり、寂しかったり、嫌な事もたくさんあった。


 その色々が詰まった時間。

 全部、大切。

 そうだ。わたしは、とにかく全部が好きだ。


 ここにいる皆、胸を張って、悪人なんかじゃないって言える。


 その為の、認めてもらう為の、ペルクスの作戦。

 難しい所もあって全部が分かった訳じゃないけど、信じてる。


「……うん、もっと。もっともっと幸せになれるよね」


 きっと、必ず上手くいく。そうしてみせる。皆の為なら頑張れる。

 明るい未来を思い描いて、わたしは心から笑った。

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