第91話 青い碧い思い出

 今日も青空のいい天気で海もキラキラ綺麗だから、わたしは最高の気分でついつい鼻歌を歌ってしまう。


 マッシェ島を出た後の船旅は短かった。

 朝に出発して、また大きな魚を撃退したりはしたけど、昼前にはもう次の目的地に来れた。


 シューボン。フダヴァス諸島で一番大きい島。

 フダヴァスの大長、王様みたいな人も住んでいる。まずはその人との交渉だった。

 とはいっても、贈り物や撃退した魚のおかげで話は順調に進んで、すんなり終わった。紙や絵の具やお酒もとても喜ばれたし、凶暴になった生き物にも困っていたから、そのお礼だ。引き続き取引や手助けの約束をしたら、わたし達はもう仲間。

 仲良くなれる人と場所が増えて嬉しい。


 だから後は自由。

 皆で島を見て回る事にした。

 ダイマスクの都とは違うけど、また賑やか。人はダイマスクより多くないけど、一人一人に活気がある感じだ。

 石より木を使った建物が中心で、風がよく通り抜ける。

 そこら中に絵があって、色とりどりな風景。

 お店に並ぶ果物や海の生き物は美味しそう。肌が見える服は細かい模様があって可愛い。皆頭を帽子や布で覆うのは日差しから守る為みたい。


 知らない場所を素敵な思い出のある場所にしていくのは、やっぱり楽しい。


「見て見て! 凄い人がいるよ! 木なのに本物の人みたい!」

「おう。絵だけじゃなくて木彫りも凄いんだな」

「小物もある。欲しいのなら買っていくか?」


「む! なんだこの生き物は!?」

軟体海老スクゥイビ。ここでも珍しいし美味しい」

「いや全く、研究しがいのある海ですね」


「美味しいね! 海の魚って川の魚と違うんだね!」

「偉いぞ! ちゃんと見るのはいい勉強だ」

「急いで食べるのは行儀が悪い。ほら、口元についてる」


「ほう。弾力のある食感が面白いな。これは?」

「ヤシの実の果汁から作ったもの」

「成る程。やはり料理一つにも工夫があるのですね」


 楽しく街を遊ぶ。

 歩くだけでも新鮮で、フダヴァスの竜人の事をたくさん知れた。あっちへこっちへ行けばもっともっとたくさん体験したくなる。


 でも、気付けば。


「……あれ?」


 わたしは皆とはぐれてしまっていた。

 一人。人波の中でぽつんと立ち尽くす。

 初めての場所。知らない人。少し心細い。


 それでも怖くはない。今までのワクワクがまた違ったワクワクになってくる。

 空を飛べば皆を探しやすい。おかあさんにも見つけてもらいやすい。風が強くて大きな鳥もいるけど、その辺りは大丈夫そうだ。


 だけど、今日はちょっと、一人でこの島を探検してみたいって思う。


「うん。一人でも楽しめるよね」


 ルンルンと尻尾を振って歩く。

 フダヴァスのお金はもらってる。

 気になったお店でお買い物だ。


「これくださいな」

「お嬢ちゃん、変わった子だね? 大陸から来たのかい?」

「うん!」

「それじゃあ、おまけしたげるよ」

「ありがとう!」


 買ったのはお花の模様の綺麗な布。落ちないようにぐるぐると頭に巻く。帽子も可愛いけど、耳でかぶれないからこっちにした。

 それとおまけ。貝殻の飾りが付いた手首に着けるもの。これも可愛い。

 思わず笑顔になって、気分が盛り上がる。


「君、ちょっといい? 是非モデルに」

「ごめんね。今じっとしてたくないの!」


 やっぱり絵を描く人は多い。頼んでくるのも何回かあった。

 悪いけど断って手を振り、足早に人波を抜ける。


「精霊さん、空を飛びたい!」


 わたしは人が少なくなった町の外れで精霊魔法を使った。抑えきれないワクワク気分で空を飛ぶ。


 青い空。雲と風。広い海。

 遠くに険しい山があって、曲がりくねる川があって、見慣れない木が集まる明るい森がある。とんがった建物は大長のお屋敷だ。他にも小さい建物がたくさんで、可愛く見えた。

 ぐんぐん高く、一度思いっきり天高く。気を抜けば吹き飛びそうな風を乗りこなして自由に舞う。近い太陽の熱さも気にならない。

 可愛い布が飛んでいかないように、魔法も使ってしっかりと固定。


 そうして一気にまた下の方に降りてくる。

 速い風が気持ちいい。暑いけど爽快。くるくると回りながら、笑う。


 街から離れても、集落はいくつかあった。下にはフダヴァスの人達がわたしを見上げて、手を振ったりしていた。

 絵を描きたいからモデルに、って声も聞こえてくる。

 悪いけど、やっぱりじっとしていられない。

 手を広げて、強い風を感じる。島の景色と空を、最高に楽しむ。


 そんなわたしを、地面を走って追いかけてくる人がいた。


「御使い様! 御使い様だよね!?」


 竜人の子供だった。多分六、七才ぐらい。

 よく分からない事を言って、転びそうな勢いで走っている。

 少し心配になった。

 ゆっくり地面に降りて、話しかけてみる。


「違うよ。わたしはカモミール。みつかいさま、じゃないよ」

「うそだ! 羽があって耳もそんな感じで、そんな人見たことないもん!」


 子供は強く言い切る。

 わたしの姿が珍しい。そもそも獣人も妖精も初めて見るみたい。

 どうすればいいのか、困る。


「大陸、って分かるかな? わたしはフダヴァスの外から来たの」

「フダヴァスの外? すごい、ホントにあるんだ! すごい!」


 大陸は知ってたみたいでほっと安心。

 興奮して目をキラキラさせてはしゃがれると、わたしは少し照れてしまう。でも嫌じゃない。


 ロジ。

 それがこの子の名前。

 お客さんだね、って自分で持っていたお花の輪っかをくれた。首にかけてくれる。


「あげる!」

「ありがとう!」

「それから、こっち! こっちに来て」


 ロジくんに手を引かれて走っていく。一生懸命に引っ張る後ろ姿を見ると、おかあさんの気持ちが分かるような気がした。

 だから、ギュッと抱えて飛んだ。

 初めは驚いていたロジくんだけど、わああっ、って目をキラキラさせて喜んでくれる。わたしもつられて笑った。


 そうして空から案内されて着いたのは浜辺。

 海の中、波の向こうに建物がある。

 祖竜様を奉る神殿みたい。

 立派で、どうやって建てたのか不思議。

 それから落ちてきた太陽がちょうど屋根に重なっていた。海面に影が落ちて、色がクッキリと別れている。


「うわあ、凄いね……!」


 見惚れて、感動。ボーっと見ていたくなる。

 空から見た時とはまた違ってて、ここから見れて良かった

 だから、手首につけていた、おまけにもらった飾りをロジくんに渡す。


「はい、これはお礼!」

「え!? もらえないよ!」

「ううん。もらって」


 綺麗な飾り。お返しに手首に巻いてあげる。

 初めは遠慮してたけど、喜んでくれてわたしも嬉しい。一緒になって笑い合う。

 良い景色、良い出会い、とっても気持ちの良い時間だ。


 だけど、そんな温かな雰囲気を乱す声があった。


「やっと見つけたぞ! なんだオマエ、いいもんもらったな!」

「そうだそうだ、ズルいぞ!」


 少し大きい子供が何人か来た。

 ロジくんは怖がって、わたしの後に隠れる。あんまり良くない子達なんだろうか。


「駄目だよ。仲良くしなきゃ」


 キッ、と見つめて少し怒る。

 すると一番大きな先頭にいた子がロジくんを指差した。


「その花飾りはおれが作ったのにそいつが盗ったんだ! だからそのお礼はそいつじゃなくて、おれのものだ!」

「そうなの……?」


 振り返ればロジくんはブンブンと首を横に振っていた。


「ほら、違うよ」

「信じてくれないんだ。嘘じゃないのに。だから大人は悪いんだ」


 じっと怒った風に見てくる。


 困った。わたしもまだ子供、なんて言ってもそれは違う話だ。

 ロクに調べないで悪いって決めつけるのは、確かに悪い。可哀想。


 でもロジくんの方を信じたい。

 悩む。一歩下がって、悲しそうなロジくんと目が合う。やっぱりあっちの子が嘘っぽい。

 でも嘘っぽい、ってだけで怒るのは駄目だ。

 困った。


 どうすればいいんだろう?



「そこまでです」


 ザッ。と急に現れたのはクグムスさん。

 息を切らせているのは、ずっとわたしを探していたせいかもしれない。

 でも今は、子供達を鋭く見回していた。


「そちらの子の指先には土や草の汁がついています。対してあなたの手は綺麗で、むしろ汚れているのは足。本当は向こうに転がっていたこれを蹴って遊んでいたのでしょう?」


 クグムスさんが持っていたのは動物の皮か何かを丸めた物。手足の汚れも言う通りだった。

 ビクッ。大きな子は目を逸らした。


「嘘なの?」

「オマエが悪いんだからな!」


 今度は素直な怒りの様子で、またロジくんに指を突きつける。


「いいえ。悪いのはあなたですよ。子供だからといって許されない事はあります」

「なんだよ!? そいつだけズルいじゃんか! おれだって空を飛んでみたい!」

「この国ではどうか知りませんが。他の国では嘘をついて人から物を騙し取ろうとした人は罪人です。子供が罪を犯した場合は親が代わりに責任を取る事もあります。ご両親とは会えなくなったかもしれませんね。この国では罪人をどうしているか、確認しましょうか?」


 強く、多分わざと怖く、脅かすように言い聞かせる。

 相手の子は、うっ、と嫌そうな顔で黙る。

 クグムスさんがじっくりと迫れば、ジリジリと下がっていって、やがては。


「ごめんなさい……」


 うつむいて、小さく言った。

 そして一緒にいた子達と走って逃げていく。


 クグムスさんは正しい。厳しく教えるのは年上の人の役目だ。

 でもそれだけじゃいけない気がして、わたしは追いかける。


「なんだよ! もう謝っただろ!」

「ちゃんと謝れたね。これからずっと忘れないでね」


 しゃがんで目を合わせて、頭を優しく撫でる。

 恥ずかしそうにしていたけど、顔を真っ赤にして、叫ぶ。


「覚えてろよ!」

「うん。次は嘘なんて言わずにちゃんと頼んでね。それなら飛んであげるから」

「……絶対だぞ!」


 今度こそ全力ダッシュで帰っていくのを見送る。

 それからロジくんとクグムスさんのところに戻った。


「反省してくれるでしょうか」

「してくれたらいいな」

「しかし。もししなかったら、その子がまた困りますよ」


 クグムスさんが少し言いにくそうに言った。

 その通りだ。

 ロジくんはまだ怖がって震えている。きっと何度も何度もあったんだ。

 でも、きっと次は助けられない。

 だから、今度はロジくんと向き合う。


「ね、おとうさんやおかあさんは元気? 困ってるってお話した事はある?」

「ううん。ふたりともいつも忙しいの……」

「それでも良いんだよ。おとうさんやおかあさんも君とたくさんお話したいんだから」

「でも……」

「今日、わたしを追いかけてきたでしょ。おとうさんとおかあさんに話す時もそれぐらい一生懸命にやってみて。君ならできるよ」

「…………分かった。今日話してみる!」


 ロジくんは顔を上げて、元気よく答えてくれた。

 とりあえずはこの島の大人に任せるしかない。その為には、まず身近な勇気だ。

 後でペルクス達とも、相談しておこう。


 またね、ってロジと別れる。

 それを見送りながらクグムスさんが言う。


「カモミールさんらしい、良い行動だったと思いますよ」

「ありがとう」


 不安や心配が、温かい気持ちに溶けていく。

 手を握って笑えば、クグムスさんは驚いて固まって、でも優しく微笑んでくれた。

 わたしもまだまだ子供。聖女らしくあるには頑張らないといけない。今日は勉強になったと思う。


 景色は夜に近づいていく。

 さっきより暗くなって、空は紫。海の色も濃い。涼しい風が砂を舞わせる。

 夜は夜で良いけど、怖くて危ないのも確かだ。

 

 そろそろわたしも戻らないと、そう思っていたら。

 丁度よく迎えが来た。


「やっと見つけた!」

「良かった……」


 おかあさんとおとうさんだ。

 おとうさんの胸に飛び込んで、おかあさんから頭を撫でられる。

 ペルクスとワコさんも他の所で探していたみたい。

 かなり心配させちゃっていた。


 一人で勝手に動き回った事は反省。

 でも、後悔はしたくない素敵な一日だった。

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