第六章 深き神秘へ潜る藍

第89話 海の国の冒険

 熱い輝きをギラギラと誇る太陽。

 白く細かくサラサラとした砂浜。

 耳心地よくザザァンと響く潮騒。

 遠くに船が行き交い、魚が跳ね、海鳥が旋回する。

 広々と続く濃い青は、ひたすらに美しい。


 僕達が訪れているのはダイマスクより更に南、大陸の端、シュモットという国。その更に南端の漁村近くの浜辺だ。

 そこには雄大な海が生命と神秘を内包しながら広がっていた。


「すっっごぉーい!」


 カモミールが元気いっぱいにはしゃいでいる。

 南端だけあって暑く、この地で購入した涼やかな服に着替えており、活動的でよく似合う。

 水際を走り、海中に顔を突っ込んで覗き込み、光を散らして飛ぶ。上空の眩しさに負けない快活さだ。

 ローナも同じく、あるいはカモミール以上にはしゃいで遊んでおり、精霊魔法で海水を巻き上げた。

 

「おう! 気分はどうだ?」

「きゃははっ! 冷たくて気持ちいいよ!」


 海水を被っても、より楽しく。

 二人で風を吹かせ合い、水が光を反射して煌めく。


「グタン、来いよ!」

「む……」


 呼びかけながらも来るのを待たず、ローナがザバンと水飛沫をグタンにかけた。

 毛皮が濡れ、一回り縮んだように見違えるグタン。

 ブルブルと体を震わせて水気を飛ばせば、犯人を含めた二人も頭から被った。


「きゃははっ。もう、おとうさん!」

「キャハハハハッ!」


 笑い声が伸びやかに響く。

 そこを狙ってグタンはニヤリと笑む。高く遠くへジャンプし、豪快に海へ飛び込んだ。

 水飛沫が天高く跳ねて海に虹がかかる。

 三人共ずぶ濡れで一体感が生まれた。

 そしてまた幸せそうな笑い声が響くのだ。



 ダイマスクの都と鉱山の事件から半月程は経ったか。

 ダイマスクとの交渉、調整は済んだ。今では僕達の街との交流は活発になりつつある。人も品も行き交って繁盛しているそうだ。

 そうして次へ。

 シュモットの王家との支援や商売の交渉を始めて、やはりギャロルが中心になって纏めた。そこでは特に面倒な事件もなかったので楽に進んだ。


 という事で次はフダヴァス諸島。僕達が先行するのだが、今しばらくは移動の待ち時間だ。

 今回の人員はカモミール、グタン、ローナ、僕、クグムス、ワコ。

 シャロとサルビアはダイマスクの劇場でも人気になって忙しくいているし、ベルノウはその補助だ。師匠は病み上がりの上、完全に復調しても地下墓地の調査を優先したいそうなのでここには来ていない。とはいえやはり興味はあるのでシュモットやフダヴァスの歴史と文化の調査を任されていた。

 代わりにローナの謹慎は解かれていた。

 毎日のように凶暴な獣や盗賊退治に励み、道の整備に勤しみ、許される為に仕事漬けの毎日だったらしい。僕達の街やフロンチェカの人々にも英雄視されているそうだ。

 失態を忘れない為か「私はやらかしました」と「反省しています」の旗はまだ持っているが。


 だからこそ今は久々の家族の時間を大いに満喫。

 微笑ましさにこちらまで幸せをもらえた。


「いやあ、仲良き事はいいものだな!」

「ほんとにそう」


 近くにいたワコも三人の家族を見て同意。

 スケッチを山のように量産している。どれも見事。楽しげな一家の様子が丁寧に描かれていた。こちらも満喫している様子だ。新しい相棒も気に入っているだろうか。


 僕はといえば、少し離れた岩場で、貝や蟹をはじめ珍しい生き物を観察していた。

 しばしカモミール達を見ていたが、クグムスに呼びかけられて視線を戻す。


「先輩、このウミウシはどうです?」

「ほう! なんと鮮やかな色! しかし毒性はない……警戒色ではないのか?」

「そうですね。こちら独自の生態系です。海藻も北方とはまるで違う。それに海水自体にも特徴が見られます」

「まさに生命の宝庫だな!」


 僕は興奮して声をあげる。笑みが自然と漏れて締まらない。

 あらゆるものが好奇心を刺激してくる。

 調査の魔術だけで魔力が尽きそうな程に多種多様な生物に魅力される。

 専門は歴史とはいえ師匠にも見せたかった。


「しかし必要以上に集中しようとしているというか、目を逸らそうとしていないか?」

「……いっ、いえ、そんな……」


 指摘すると、視線を泳がせ口ごもるクグムス。明らかな動揺。

 あえて誰かを見ないようにしている理由は、ある程度察しはつく。

 だからこそ踏み込むのは止めておこう。

 未知の生き物を観察して情報を整理するのに、助手がいるのは非常に助かるのだから。


 と、そこに水を差すような声。


「何をやっているんですか?」

「そう言うなよ。この海を気に入ってくれてんだ」

「その通りです。我が国の素晴らしさを堪能しているのですから」


 ザック。リカルゴ。モルフィナ。

 鉱山で同行し共闘していた、ここシュモット出身の戦士達。その縁で滞在の間はずっと案内や交渉に頼らせてもらっており、そして今は船を借りる交渉を頼んでいた。

 彼らが顔見知り、かつ小さな漁村の住人は身内以外には気難しい性格という事もあったが、完全に任せきりにしまっていた。

 確かに遊び過ぎたのは悪い。


「いや、済まなかったな。素晴らしい環境に我を忘れていた」

「ほらな。最高の海だろ?」

「ああ。最高だ」

「こちらこそこの海の価値を理解してくだり光栄です」

「はあ。まあいいけど」

「という訳で次は僕達の町に来てくれ。大いに歓迎しよう」

「おう、楽しみにしてるぜ!」

「はい。またお会いする時を待ち望んでいます」

「うん。それじゃあまた次の機会に」


 三人とは良い顔で挨拶を交わす。

 何日も世話になった。新たな友としても得難い交流だった。

 正式な街を代表しての仕事も、彼らのおかげで有意義な成果を得られた。

 感謝と再会の意思を伝え、惜しみながらも次へ向かう為に、一時の別れを告げるのだ。





「さあ、船は頼むぞ」

「任された」


 小さな漁村の船着き場から、僕達は出発。

 ワコが手際よく精霊魔法も用いて船を操る。

 船は十人程が乗る事を想定したもの。

 羽の生えた猫のような絵が描かれた帆があり、快適な船室もある。六人が乗っても余裕はあった。

 航海の無事を祈る太陽の意匠の旗が翻る、その横にローナが例の旗も結んだ。彼女らしく自由にはためくと明るい笑いが起きる。


「ワコさんの国だね。楽しみ!」

「歓迎」


 ワコは普段よりやや分かりやすく微笑んだ。やはり故郷は特別なのだろう。

 僕も期待している。


 今回の旅は、フダヴァスとの交流を深める事。祖竜に興味は唆られるが僕達の街を代表している以上、そちらが主目的である。

 だからまあ、その時間を確保しようと思えば忙しくなるだろう。望むところだ。



 船は疾走するように海を進む。

 見渡す限りの青。海と空、異なる青が鮮やかだ。

 魚や海鳥と並走し、カモミールがにこやかに手を振る。

 彼方に巨大な鯨の影が見えれば親子が揃って飛んで見に行く。更にあちこち飛び回って楽しんでいく。

 島まで到達するのは迷いもするし難しいが、この程度の飛行は大丈夫そうだ。とはいえ疲れるだろう。適度に休憩するよう忠告はしても無理に止めはしないが。

 天候も良い。潮風がベタつくが、それもまた良し。未知の体験は貴重だ。


 青一色とはいえ見応えがある景色。

 見慣れたはずのワコもウズウズしているのがよく分かる。操船にかかりきりなのを気遣おうと声をかける。


「僕達が操船を変わろうか。魔法があればいけると思うが」

「ん、いい。船は任せて」


 前を見たまま、しっかりとワコは答えた。強い責任感がにじみ出るようだ。

 ローナの騒動の際にも実感していたが、やはり良い腕だ。改めて感心。

 頼もしい仲間に感謝する。彼女の為に何が出来るだろうかと考える。


 船旅はこのように順調に進んでいった。



 とはいえ、この穏やかに見える領域にも、危険は潜んでいるのだ。

 ローナとグタンが警戒心を強めて呟く。


「なんか来るな?」

「海中から、かなり速いな」

「ん……水の流れ。勇士の戦船。波を裂け」


 ワコが精霊魔法により船を加速。

 波が激しく立ち、揺れながら前進する。


 その、すぐ後。船が去った場所に。

 海面を突き上げて、小船程の巨大な魚が飛び出した。空へと突き上がって影が差す。

 カジキのようだが顔の先の長い口吻は三本も伸びていた。

 ワコが冷静に解説してくれる。


三又旗魚ミタナイカン。ベテラン船乗りでも危険。船が壊される」

「退治した方がいいのか?」

「ん、そう」

「じゃ、遠慮なく。精霊オマエら、手ぇ貸せ」


 ローナが勇ましく呼びかける。

 活性化する精霊。渦巻く魔力。燃え滾る闘志。

 大きく振り回した槍をビシッと構えた。

 暴風に船が揺さぶられる。ローナ以外の全員が船へ必死にしがみつく。

 放たれるは、一陣の武力。


「邪魔な壁には風穴空けろ」


 バシュン。と決着の風切音。

 船を覆う影に小さな光が通った。

 巨大魚の頭に風穴が空いていた。

 ローナによる風が海水を矢にし、穿ったのだ。

 カジキはそのまま腹を上にひっくり返り、動きを止めて海に浮かぶ。

 その衝撃で波が荒れて船が揺れるが、すぐに魔法で落ち着ける。ちょっとしたトラブルは瞬殺。

 大海であっても破城の妖精は敵無しだった。


「よっし。ところでコレ食えるか?」

「ん。なかなかの味」

「じゃ持ってくか」


 縄を繋いで回収、曳航。船旅に大きな荷物が加わった。

 早速の興味深い収穫に僕はクグムスと共に大興奮。船上で意気揚々と調べる。



 という訳で、危険はありつつも順風満帆な旅路である。

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