第88話 表舞台輝き、楽屋裏猛る
スッキリした青空から太陽が堂々と照らしていて、暑い風も吹き渡っていく。でもそれよりも強い熱気が地上にはあった。
人。人。人。
お店も、急いで作った屋台も大賑わいで、広場や道端で披露される芸も拍手喝采。
賑やかな声と楽しい音楽に合わせて尻尾が揺れる。
食べ物やお花の香りは辺りに広がって人をお店に誘う。
それになにより、たくさんの笑顔が満ち溢れている。
あの事件から何日か経ったこの日、ダイマスクの都は、解決したお祝いをしていた。
苦しんでいた人も頑張っていた人も怒っていた人も、皆今日はお祭りに夢中だ。
最初に見た以上に賑やかで楽しい都で、私は嬉しい。
画家さんが起こした事件は大きな影響を残した。
ペルクス達や、この国の王様とか、他の国の偉い人が集まっての会議があって、難しい話だったけど、聖女だからわたしも頑張って参加したから分かった。
被害を受けた人は皆治った。
鉱山も元の姿に戻って、ドラゴンも完全復活して、鉱石の流通が再開。
それでも、数日都の活動が止まってたから、お金の問題とか皆の納得とか大変で、混乱の中では喧嘩や泥棒もあったみたい。
むしろその対応に時間がかかってしまった。事件の最中より忙しそうにしている人も多かった。
このお祭りはそんな色々な埋め合わせの為に必要だから開かれたみたい。王家への不満を紛らわせる為のカモフラージュだ、なんて言う人もいたけど、わたしとしては皆が幸せになるのなら大歓迎だ。
わたしも思いっきり楽しみたい。
「速く速く! 始まっちゃうよ!」
「そう急ぐと危ないのですよ」
「今日は仕方がありませんよ」
「ああ。頑張ったからな。大いに楽しむといい」
ベルノウさんとクグムスさんとおとうさんを待ちきれなくて、その場でピョンピョンと手招きする。
美味しい食べ物やビックリする曲芸。この四人で連れ立って一回りしてきたけど、まだまだ楽しみがあったから。
行き先は劇場。
とっておきのメインイベント。
シャロさん達とティリカさん達が、協力して一つの舞台を演じるんだ。わたし達とダイマスクの末永い友好を願って、関係が結ばれた事を記念して。
耳や尻尾が落ち着かないくらい楽しみで、他の獣人も同じ風に期待していた。
席に座って、ワクワクしながら待てば、張りのある堂々とした声が響く。
「レディース、エーンド、ジェントルメーン! ようこそお出でくださいました! 今日の良き日に感謝致します!」
「どうぞどうぞ、此度の劇をお楽しみくださいませ!」
シャロさんとティリカさんが並んで口上をあげれば、物凄い拍手が応えた。
それからサルビアさん、続いて色んな出演者が舞台に登場。
早速壮大で豪華な演奏が劇場を震わせて、劇が始まる。
「鉱山で異常が起きている。調査し、解決してまいれ」
「はい陛下! 必ずや解決してご覧に入れましょう!」
まずは王様と騎士の場面から。
格好良い衣装と演技、ワクワクする音楽に乗って騎士は旅立つ。
この舞台は、今回の事件を元にしたお話だ。
騎士は鉱山へ調査へ行き、そこで呪いを発見。なんとか救おうと奔走する。
そこで出会うのが、北方の聖女。
サルビアさんが耳と尻尾と羽をつけて演じるのは、わたしだ。正確にはわたしっぽい人だ。
「これはあくまで応急処置。根本的な治療にはなりません」
「客人よ。では最後まで協力してくれないか!?」
「勿論お供致します。私は聖女ですので」
でも、実際とはかなり違う筋書き。
ペルクスもおとうさんも、シャロさんサルビアさんも出なくて、騎士と北から来た聖女が主役になっている。
台詞も見た目も恥ずかしい。舞台のサルビアさんは素敵だけど照れちゃって正面から見れなかった。周りの目も気になってしまう。
他にも、色々と嘘のお話だった。
これも難しい大人の事情のせいだったり、わたし達への配慮だったり、面白くする為だったりする。
その辺りは全部、恥ずかしくても納得はしていた。
画家さんや、あの絵が、悪いものとして扱われるのは嫌だから。
それで、この舞台では悪の邪術師が犯人になっている。
それを演じるのは団長さんだ。混乱させた責任をとって団長じゃなくなってるけど。
演技は上手い。渋くて悪役の貫禄は十分。
騎士とわたしっぽい人役のサルビアさんとの対決も白熱。照れが気にならなくなるくらいに凄くて、前のめりに夢中になった。
「……本当に、良かったのですか。あの人は散々理不尽な事をしてきたのに」
そんな中、ポツリとクグムスさんが言う。その目は舞台上の悪役を本気で嫌っているみたいだった。
確かに、元団長さんが立場を変えただけで劇団に残っているのは、わたしがあんまり責めないでと言った事も理由の一つだ。厳しくしてもいいと何度も言われたのに。
罪と罰。
前にアブレイムさんに言われたし、神官さんの時にも考えたし、おかあさんへの対応も知ってる。
可哀想だからって軽々しく扱うのは、他の人に失礼だし困らせてしまうんだ。
それでも許す。
それがわたしの気持ちだった。
「良いんだよ。皆が幸せなら。ほら、こんなに盛り上がってるのはあの人のおかげでもあるんだし」
「……聖女だからといって、損ばかり背負わずに、もっと自分の得になる事を優先してもいいと思います」
「それは違うよ」
クグムスさんの忠告に、首を横に振った。
皆が繰り返し言う事だ。心配からの有り難い言葉だって分かってる。
それでもやっぱり、心からの笑顔で、言う。
「わたしもちゃんと、自分の事を優先してる。他の人が笑顔になったら、わたしも幸せになって笑顔になる。どんな人でも。だから、わたしの頑張りで誰かが幸せになったら、それもわたしの幸せなんだよ」
「しかしそれは危う、いの、では……」
否定しかけて、でも私と目が合うと、口を開けたまま言葉に詰まるクグムスさん。
少し顔を横に向けて、でもまたわたしに向けた。手で顔を隠して、しばらく黙る。耳は寝ていて、緊張しているみたい。
それから手を下ろすと、真っ直ぐに、決意したみたいな眼差しでこう言ってくれた。
「……いえ、眩しい考え方ですね。ボクも応援します」
「ありがとう!」
だからまた嬉しくて、ウキウキした笑顔で応えた。
おとうさんも頭を撫でてくれたし、わたしはこの考えを貫きたい。
舞台では戦いが決着。
サルビアさんとティリカさんが声を揃えてハッピーエンドを盛り上げる曲を歌い上げていた。
綺麗で楽しい素敵な歌声。気持ちの良い時間。
大きな大きな歓声があがる。
皆が皆、最高の気持ち。たくさんの笑顔。
この幸せを守れて、本当に良かった。
─────────────
暗く、かび臭く、湿った空気。
彫刻は精緻だがところどころが崩れかけ。状態が悪く虫やネズミの住処になってしまっている。
非常に残念だ。
僕達は祭の最中、地下墓地を訪れていた。
本当はもっと早く訪れたかったが、会議や調整、復興関係の仕事で遅れてしまった。祭の後に延ばすのも不安があるのでこのタイミング。
僕としても、カモミール達や今回の件で縁ができた南方の友との祭は楽しみにしているので、無用の長居をするつもりはない。必要最低限の観察だけに留めよう。
ここはダイマスクの成立以前に繁栄していた国の遺した物のようだ。ここを覆い隠すように神殿を建て、やがては忘却の彼方へ。
竜人の文化的侵略を憎んだ画家がここを隠れ家にしたのは、なんとも皮肉なものだ。
余所者との軋轢は、人の歴史に常にある。
僕も重く意識しなければならない。
師匠も興味深そうに気色を浮かべ、魔術で情報を次々保存していく。調査しがいのある場所に、病み上がりの体も絶好調に見えた。
しかし、今日の目的は他にある。
悪魔だ。
奥の小部屋に踏み入った。人を呪っていた壁画と、天井にはカモミールの絵もある。遺跡に手を加えるのは感心しないが、解決には必要だったと認めている。
繋がっていた画家がいなくなった今、仮称芸術の悪魔は残っているだろうか。
消えてしまう可能性を恐れていたが、果たして。
「芸術を司る存在よ、まだこの地に居るのなら話がしたい」
まずは普通に呼びかけてみる。ワコの絵も掲げてみせた。
が、シンと静寂。虚しく響くばかり。
強引にも分析で魔術的に接触しようとしたところ、魔力の揺らぎを感じた。
「ん……わかった。する」
ワコが唐突に声を発した。
反応に薄くて簡潔に過ぎるが、この状況ならば恐らくは悪魔との契約か。
ジッと見ていると、僕を見て頷いた。
「ついてくるって」
「やはり芸術との親和性を重要視するようだな」
是非僕が自ら関係を築きたかったが、仕方がない。
繋がる当人以外には声が聞こえないので、通訳を頼む。
「話がしたい。間に入ってくれるか」
「ん。わかった。気になるし」
再びワコは頷く。
逸る気持ちを抑えて冷静に問おうとするが、相手から先に質問が来た。
「自分を排除する気はないのか、って。災いを起こした悪魔なのに」
「ない。そもそも人でない存在を人の法で裁く道理などないのだからな」
今回の件は自然災害に近いものだと会議で取り決めた。
画家も死者の
結局は国、王家の責任として復興。僕達やトゥルグも援助し、結果的に繋がりを結べた。
そしてこの悪魔は、僕達に任された。何もかもが分からないものを丸投げされたとも言う。
丁度いい話題なので本題に繋げよう。
「それに、本来は神官や天使、異なる世の神に仕える存在だったのだろう? お仲間からも確認はとれている」
見えない相手に鋭く問いかけた。
今まではシャロやベルノウに相方の正体を尋ねても不明だった。彼ら当人にも秘されていたらしい。
が、これまでに得た知識と今回の件を経て考察を重ね、確信に至った。その答えを提示すれば肯定を得られたのだ。
異質な魔力、異質な神秘。
それらから外の世界からの来訪者である事は既に確定済み。
そして悪魔の象徴は、娯楽や嗜好品。
神への供物としても定番だ。
それを管理する存在は重要な意味を持ち、彼ら自身もまた信仰の対象になり得る。
だがそれらは人の堕落の要因にもなる。欲を刺激し善から外れる事を誘い、信仰とは真逆の象徴にもなり得る。
具体的に何があったかは分からないが、危険視され追放されたのだろう。
言うなれば、堕天使、といったところだと睨んでいた。
とはいえ、我らが神ならざる異界の神に仕えた存在。他の世界で他の創造主によって生まれた存在である以上は、教会の定義では悪魔になるのだが。
だとしても今後はその呼称は止めておくべきか。
ややあって、ワコが返答を受け取る。
「ん。だったら何が目的か、だって」
「無論協力してもらいたい」
「きひっ。真理を紐解くにはあらゆる手段が必要だからね」
「……いいって」
軽い口調であっても重要な発言。断られるかとも考えていたが、手は届いた。
僕と師匠は興奮を隠しもせずに笑みを交わす。
研究への意欲が湧いてくる。
「まずは名を知りたい」
「メフアトレス、って」
「そうか、メフアトレス。ふむ」
その響きを噛みしめる。
意味等の考察は後に回し、次へ。
「絵を好むという竜人の祖竜とはどんな関係なのだ? 無関係ではないだろう?」
「それは気になってた」
ワコも同様に興味津々。だから進んで協力してくれたのか。
そしてその答えは、やはり無表情にもたらされる。
「相性が良かったから契約してた、って。元々好きで、契約の為に絵を好んでたんじゃないみたい」
「ふむ。好みは偶然。しかし、聞くからに祖竜とは竜人の創造主だろう? それ程の存在が何故契約する?」
「……昔は……力をほとんど失ってたから、って」
「何故だ?」
今度は長めの沈黙。
そしてワコさえも顔を険しくする程の真相が、僕の前に現れた。
「……仲間の争いを止める為。大陸の中央部を死の土地にする程の力を使った為。って」
「…………な、に……!?」
思わぬ情報に、絶句。ひたすらに絶句。
師匠も驚きに目を見張って固まった。唇がヒクヒクと痙攣のようにふるえている。
大陸の中央部、つまりは神罰の地。まさかここでその手がかりを得られるとは。
俄然興味が刺激され、フダヴァスの祖竜には是非相対したいと決意する。
いつか必ず訪れるべき目的地として、その神殿を定めた。
第五章 邪悪退治の英雄歌劇 終
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