第86話 灼熱浴びて財宝踊る

 炎。死をもたらす息吹。

 財宝で煌めく洞窟が灼熱の赤で染まる。純粋な破滅の塊が迫る。

 そんな暴力に対するのは、涼やかな声だった。


「熱は空へ。炎は煙へ。醒ましの雨よ」


 ワコの精霊魔法。精霊の作る不可視の幕が僕達の前に広がった。

 しかし維持は僅かな時間。ワコにも負担をかけてしまう。

 その短い間に僕達は速やかに奥へ。


 まず二手に別れた。

 南の戦士二人は軽快に壁沿いを駆けていく。

 僕はグタンの背中にしがみつき、飛ぶように高速移動。隣にはワコも掴まっていた。

 あの場に残れば危険で、彫像に着色する作業があるので都合が良いのだが、それでも尋ねざるを得ない。


「僕達と同行すれば危険だぞ? 向こうの組でもいいのだが」

「ん。覚悟の上」


 彼女は乏しい表情ながらハッキリ応えた。やはり頑固だ。そして非常に頼もしい。

 それから改めて向こうの二人にも声をかける。


「そちらも無理はするな!」

「冗談! 活躍しねえで終われねえよ!」

「役立たずでは故郷に帰れません!」


 勢いよく熱意にみちた返答。

 少々心配だが、彼らなりに勝算はありそうだ。ならば任せよう。

 そう思えば、早速動く。


「さあ、見なさい!」


 二人は宝の山から装飾品を拾い、ドラゴンに向けて掲げた。ジャラジャラと見せつけるように。


 思惑は分かる。

 ドラゴン、財宝の守護者は、決して盗人を許しはしないだろう。


 予想通りにドラゴンの意識が二人へ向く。潰されそうな圧力と重苦しい殺意。

 振り上がる前脚。爪が鈍く光る。

 天災の如き力が裁きを下さんと迫った。


「骨の勇者よ、肉の賢者よ、称える魂に加護ぞあれ!」


 二人は揃って精霊魔法を用い、対抗。

 巨岩のような前脚を、人の一撃が迎え撃つ。

 衝撃が弾けた。

 魔法は人を英雄と変える。武器にも魔法陣が仕込まれているようだ。

 仲間の魔法使いの助けだろう。僕達が財宝ゴーレムを準備する間に対策をしていたらしい。


 とはいえ、やはり拮抗は僅か。

 二人は転がるように必死に逃げた。

 そしてまた宝を掲げ、降りかかった脅威に立ち向かう。

 

 彼らは十二分に囮を引き受けてくれている。

 今の内に僕達は僕達の仕事をすべきだ。焦る気持ちの中、冷静に急ぐ。


「またドラゴンの上に?」

「ああ、背中が丁度いい」


 近く、安定した場が望ましい。

 危険は承知だが、呪いの黒を退けるには必要経費だ。

 財宝が散らばる中を速やかに駆け、跳ねる。


「天の御使い空に舞う。柔き羽毛は風に乗る」


 フワリ、と。

 魔法を用い、刺激しないように背中へと静かに降り立つ。

 ドラゴンはまだ二人の盗人に注目していた。好機だ。


「“展開ロード”、“分析アナライズ”」


 僕は呪いを移す準備を素早く整える。

 魔力による防御を物理的に越え、鱗に接触して魔法陣を広げた。


「虹の魚。月の貝。泳ぐ海に色彩を」


 ワコも手早い。

 顔料を取り出して唱えれば、水に溶けて宙を舞う。

 彫像に色を乗せ、描く。

 徐々に人の顔となっていく。質感や陰影も見事。素晴らしいの一言だ。


 僕は自らの仕事に目を戻す。

 ドラゴンに満ちる呪いの魔力。人を模した彫像。

 二つを繋げる。

 以前ローナの憎悪に染まった魔力をゴブリンに移したのとほぼ同様。

 ただし。無論それより難度は高い。

 ドラゴンがこちらに反応すればどうなるか。ローナが暴走したままであの作業をするようなものだ。


 全て、覚悟している。

 師匠が体を張って得た呪いの情報がある。

 それを活かして、いや活かさねばならない。

 熱意は燃えていた。

 分析結果でも彫像と相性は良好。順調だ。


「……よし。着色が終わればいけそうだ」

「ん。もうすぐ」

「いや、警戒!」


 グタンのひりついた声に体を強張らせる。

 と、体が重圧に押された。息が詰まる。


 ドラゴンが飛んだのだ。

 狭い洞窟で無理矢理に。

 僕達を振り落とそうとしてか、乱れ飛ぶ。

 ただ捕まっているだけでは無理だ。振り落とされないよう力を振り絞り、それでも速度や風圧で頭にクラクラする。


「雄大なる大地よ。不動の重臣は城の如く。繋ぐ礎を我が内に」

「底の錨。硬い珊瑚。鯨の寝床に」


 グタンとワコの精霊魔法が僕達を包む。

 重圧が和らぎ、力を入れずとも姿勢が安定した。

 だとしても戦慄が走る。

 こう場が乱れる中で呪いの移動を成し遂げる。難度は凄まじい。


 やはり安全に進めはしない。

 呪いを財宝として蒐集したのなら、呪いもまた守護の対象。僕達は盗人だ。


「こっち見やがれ!」

「宝を放置していいのですか!」


 再びリカルゴとモルフィナが囮になろうと宝を振り回した。更に、宝の山の上で踊るようにして誇示。

 ドラゴンの首が下を向く。上から盗人を見下ろす。敵意が目に見えるよう。


 が、標的が移る訳ではない。

 両方を敵と定めたようだ。

 大口を開く。

 放たれるのは、絶大の咆哮。


 ──グオオオオオオオオオオオォォォオォオオ!!


 魔力と圧力。圧倒的な力を持つ声は破壊の雷声。

 これでもマシな方だ。もし宝がなければ洞窟は火の海だっただろうから。


 音の揺らぎが周囲の魔力を支配。

 魔法陣が乱れて定まらない。

 グタンとワコも歯を食いしばる。

 この場では、対抗手段は体力で耐える事しか──


 いや、ある。


「縋りつけ!」


 僕が命じれば、財宝の蛇が伸び上がりドラゴンの尻尾に噛みついた。

 一度捧げたからか、財宝ゴーレムは敵と見なされない。既に発動し安定している魔法なので咆哮からの影響もない。

 僕の指示が通るか確実ではなかったが、最良の手だった。

 ドラゴンも戸惑ったか、咆哮が止んで魔力の支配が緩んだ。

 その機会は逃さない。


「“展開ロード”、“人形工房ゴーレムドック”」


 宝の山に魔術を展開。

 無数の宝を動かし、固定し、蛇を構成する体を更に盛る。組み合わせて、より強い財宝の獣を生み出す。


 それは、双頭の蛇。


 尻尾に噛みついた頭が下へ引っ張り、もう一つの頭が前脚に食らいつく。

 反撃はない。

 やはり財宝は最早自らの一部なのだ。

 代わりに、僕への敵意が発生した気がした。背中から見えないはずの視線が、僕の胸を射抜く。

 口が開かれる。脅威を吐き出そうと苛烈な魔力が渦巻く。


 が、先手は僕だ。口内に、尻尾を離した蛇の頭が突っ込んだ。

 乱暴に炎と咆哮を封じてしまう。


 とはいえ安心するのはまだ危険だ。


「いつまで保つかは分からないか」

「完成」


 呟きに目を向ければ、いつの間にか着色が終わっていた。

 正に人間そのもの。岩の質感も全く見えず、肌の柔らかさすら感じられる。ただ大きさが違うだけのよう。

 ワコは自慢気に微笑む。

 ずっと集中して描いていたらしい。


「はは。負けてられないな」


 深く呼吸。精神を整える。

 一度興奮気味だった頭を冷静に、意識的に切り替える。


「グタン、迷惑をかけるが」

「ああ、構わない。二人は自分が必ず護る」

「感謝する」


 ひとまずドラゴンの反撃は二の次。

 意識を、魔術に捧げる。己の内、魔力の世界に潜る。

 五感の消えた、魔力感覚だけのイメージ。荒々しい洞窟から、静寂の孤独へ。

 流れを追い、捉え、結ぶ。


「“展開ロード”、“分析アナライズ”、“掌握ドミネーション”」


 呪いの魔力を丁寧に探して拾い、支えながら誘導。魔力障壁は貫かず、馴染ませるように突破。

 彫像への筋道を伸ばす。

 周囲に漏れないよう慎重に流す。


 彫像に呪いが染み込んでいく。

 代わりにドラゴン自身の力が活性化。

 まずは成功だ。黒から金に蘇ったはず。

 このまま流れを維持。繊細に微調整。

 揺らぐ魔力を、発散させず留まらせず、緩やかに通していく。

 

 しかし急に流れが乱れる。

 外で大きな揺れがあったのだろう。咆哮程大きくないが魔力への影響はある。大きく調整しなければ。

 再び道筋を整える。強引な制御ではなく、羊飼いが誘導するように。秩序をもって管理する。

 その内乱れが収まってきた。


「──」


 グタンとワコ、リカルゴとモルフィナのおかげだろう。

 集中していて聞こえないが、声を張り魔法を使っている。肌の温度を感じずとも、傍で戦っている。

 無意識な安心。信頼の熱さが心地良い。

 魔力に集中した認識は、皆の健闘に支えられていた。


 だが、突然世界が色を取り戻す。


「済まない!」

「ぶはっ!」


 グバッ、と強引に体が引っ張られた。魔力の世界から洞窟に引き戻される。


 遅れて、轟音。

 ドラゴンが羽ばたき、洞窟の天井に自ら激突したのだ。蛇を引きずって、そのまま宙吊りにしていた。

 崩れはしないが、その衝撃は洞窟全体を揺るがした。

 強硬手段。

 危なかった。今更どっと汗が噴き出し、息が荒れる。忘れていた呼吸を思い出したように貪る。溢れる色彩に目がチカチカした。

 一度休まねば、再び魔術を扱うのは難しい。


 グタンは彫像の一つに降り立つ。天井近くのドラゴンを見据える。黒と金のまだら模様が僕の成果を実感させてくれるが、喜ぶのは早い。

 ここも危険だ。

 道筋が既に完成したのだから、この位置からでも出来なくはない。

 ただし、妨害がなければ、の話だ。


「進めたいのだが……そろそろ、きついな……」

「なら、蛇は預かる」


 独り言のつもりが、ワコの返答があった。

 唱えるのは清らかな祈り。


「神の似姿。気高き威容。子の願望。凪の静けさ」


 双頭蛇のゴーレムに精霊が寄り添い、跳ねる。尻尾を高く持ち上げ、ドラゴンにきつく巻き付いた。

 飛行を妨げ、行動を制限。

 それでもドラゴンは自由な尻尾で壁を叩いた。それは僕達の頭上。風圧に殴られたが、無事だ。グタンは届かない位置へ退避

 このまま安全を確保出来ればいいが。

 やはり、そう上手くはいかない。


 唐突に熱を感じた。

 蛇ゴーレムが輝きを増す。魔力が膨れ上がる。僕でもワコでもない。

 悪魔の加護だ。


 意図を察して、戦慄。

 宝ごと炎に巻き込み、しかし宝は護って僕達だけを焼く気だ。

 チロリと口内の赤が見える。背筋が凍る。死を予感する。


「こっちだ!」

「受け取りなさい!」


 リカルゴとモルフィナが叫んだ。

 反対側の彫像に登って、絶好の位置とタイミングを確保していた彼らが、一閃。

 投擲した物が、ドラゴンの後頭部を穿つ。

 攻撃直前だった首が後ろを向く。炎が止まった。


「よっしゃ!」

「成功です!」


 攻撃が通ったのは、武器が元々この住処にあった宝剣だったからだ。

 加護がある為に弾かれず、効果的だった。

 が、炎は狙いを変えただけだった。

 灼熱が放出。宝に反射して目が眩む。


 二人はその場から飛び降りていた。間一髪で逃げ切り、蛇ゴーレムの尻尾に掴まり、急いでよじ登る。

 グタンも再び背中に飛び乗った。


 全員が合流。

 双頭が、それぞれ翼を封じる。体力と魔法で不安定な背中でもドッシリ構える。

 四人が安定の為に力を尽くしてくれている。頼もしさに微笑んだ。


「あとは僕の仕事だ」


 僕は呪いの移動を再開。

 衝撃で激しく荒れる空間の只中で、それらを一切無視し、集中。

 孤独の世界で、確かな信頼を認知。

 支えられながら魔力の移動を整える。

 呪いを見極め、手繰り、流す。

 乱れを整理し、誘導し、送る。

 消耗による衰えを感じつつ、意地と決意でもって、冷静に丁寧に仕事をこなす。


 金色が増えていく。輝きがより神々しさを帯びていく。

 順調に治療していく。


 が、半分程度を終えたところで、異変。

 乱れが一切なくなった。

 次いで、強大な、しかし敵意のない魔力が僕達を通過していった。

 不可解だ。


 状況を確認すべく集中を解く。


 すると、半分以上金を取り戻したドラゴンが、宝の山の上で丸くなって寝ていた。聖画のように平和的に。


 しかし再び金の鱗が黒くなっていく。侵食の速度は僕の仕事より遥かに速い。

 グタンが焦りを見せた。


「……もしや、呪いに抵抗出来ない程に弱まったか?」

「……いや、恐らく、僕達は認められたのだ。呪いが軽減され意識が明瞭になった際に。今は再び都の呪いを蒐集し始めたのだろう」


 僕達は敵ではないと認識し、そして許容量に余裕が生まれたから、守護を再開したのだ。

 分析で把握出来るのは「ドラゴンの力と呪いの魔力が拮抗している」という点だけだが、希望的観測ではないはずだ。芸術の悪魔が急に強化された、というのは考え難い。

 自己犠牲。守護者の鑑だ。

 改めて敬意を捧げたい。


「“展開ロード”、“石工メイソン”」


 故に無理を重ねて、身代わりの彫像を追加する。幾ら増えても堪えられるように。

 ワコもまた素晴らしい仕事だ。

 再び苛烈な環境で集中。財宝の聖獣にいつまでも食らいついてやろうと、心を奮わせる。


 とはいえ、余裕が出来たのは確かだ。

 都のカモミール達に連絡しておこう。


「シャロ、カモミール、今はどんな調子だ?」

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